「1か月でゲームを作ってほしい」と言われたら、あなたはどうするだろうか。もちろん、ゲーム開発の心得はなく、開発エンジンの使い方などまったくわからないところからである。
ゲームライターの仕事に就いて4年以上になる。ゲームをプレイしてその内容について論じることはあれど、自分でいちからプログラミングをしてゲームを制作したことはない。TRPGのシナリオを作ったり、Unityを少しかじったりといった経験はあるが、ゲームというかたちで最後まで完成させたことはなかった。
良い機会だと思い、制作してみることにした。作るのは筆者が普段行っているゲームライターの仕事をRPG風に紹介する、簡易お仕事シミュレーターである。聞けば、『RPGツクール』シリーズ最新作『RPG MAKER WITH』であれば、Nintendo Switchでゲーム制作ができるらしい。来年1月30日にはPS5/PS5版も発売される。アセットもあらかた搭載されていて、気軽にゲーム制作をはじめられるのだとか。
そういうわけで、筆者はNintendo Switch版『RPG MAKER WITH』で短編作品を制作することになったのだった。なお、筆者が制作した短編RPG『ゲームライタークエスト』は『RPG MAKER WITH』体験版にて無料でプレイすることができる。本稿はその制作記であり、ゲームの内容のネタバレが多く含まれる。クリアまで30分もかからないタイトルなので、遊びながら読んでいただけると幸いだ。体験版のホーム画面の「みんなの作品」から「ゲームを探す」を選択し、作品タイトル『ゲームライタークエスト』か、作品ID「d9Xq33GRnm」を検索していただきたい。
まずはシナリオづくり、文字を書きまくる
『RPG MAKER WITH』での制作を始める前に、作品のプロットやギミックの大枠を決めておくことにした。いつも記事を執筆するのに使っている文書作成ソフトで、物語の流れと戦闘のギミック、アイテムのフレーバーテキストや会話の流れといった、ゲームで表示されるあらゆるテキストを文章化しておく。なぜなら、ここでしっかりやっておかないと詰む、という不安があった。ゲームライターである筆者にとって、文書作成ソフトはホームである。『RPG MAKER WITH』に移ったら、アウェーでの戦いを強いられることになる。ここでできる限りの得点を稼いでおかなければいけない。
このときは『RPG MAKER WITH』公式のYouTube動画をさらっと見た程度で、どのような機能があるのか、どうやってゲームにギミックを実装していくのか、という部分は後から考えることにした。すべての機能を把握してからシナリオを作るには時間が足りなかったし、やりたいこと先行で「どう作るか」を考えていく方が効率的だと考えたからだ。幸い、職業柄ゲームのプレイ経験はそれなりにある。「国産RPGであれば、おおよそこういうことはできるはず」という感覚のもとゲームの流れを決めていった。
そうして完成したシナリオは文書にして8000文字程度だ。この時点ではどういう画面や音声の演出ができるかもよく分かっていなかったので、セリフやフレーバーテキストのみでの分量である。さほど多くない、というのがこの時点での印象だった。キーボードを叩いて文字をこねくり回すという、「知っている作業」だったこともある。ちょっとした短編ショートストーリーを書くくらいのもんである。ただ結論として、USBキーボードはあったほうがいい。これについては後述する。
楽しいマップ作り……のはずが
ここからは『RPG MAKER WITH』に移っての制作である。物語やギミックの大枠は完成しているので、骨組みに沿って順番に実装していくだけだ。……「だけ」だと思っていた。作業を介して、ゲーム作りの難しさを思い知ることになる。
さて、ゲームを作るには、まずはオブジェクトやイベントが必要である。『ゲームライタークエスト』では「私室」で仕事を請け負い、「インターネットの世界」でリサーチをする。この2つのマップは必須である。先んじてマップの中で必要なものをリストアップしておき、見様見真似でイチからマップを作ってみよう。
最初に制作した「私室」のマップ
「私室」を作ってみたものの、妙に垢抜けない。ボクセル系サンドボックスゲームの豆腐建築のような、なんともいえない野暮ったさである。どうにも平面的でしっくりこないこのマップをどうしたものかと首を傾げ、もうひとつの「インターネットの世界」マップはサンプルマップを改造してみることにした。『RPG MAKER WITH』には便利なサンプルが実装されているので、最初からそれに頼ればいいのである。なぜ最初からノーヒントでやれると思ってしまったのか。
サンプルマップ
サンプルマップを見ると、部屋を俯瞰するように「壁」のマスがあることがわかる。なるほど、床と壁の間に壁面のマスを置くことで奥行きを出しているのか。エアコンの室外機やら窓やらのタイルがあったが、壁面のマスに置くことで飾り付けに使うことができるらしい。
修正した「私室」のマップ
こちらが修正後の「私室」である。サンプルマップを参考にしたことですぐにマップ作りのコツがわかり、私室の壁もそれらしく修正することができた。わかってしまえばこっちのものである。雰囲気でポチポチそれっぽくタイルを並べるだけでゲームのマップが作れるのは、なかなか楽しい作業だ。
壁や天井、柱などのマップタイルにはすでに当たり判定の設定がされているので、「ここは壁にしたいのにどうしてもプレイヤーが通り抜けてしまう」といった不具合に遭遇することもなく、快適にマップ作りを進めることができた。おそらく細かく設定すれば隠し通路や見えない壁を作ることもできるのだろうが、初心者にはまだ早い。細かな遊びを入れる経験値はないので、シンプルなマップで進めていこう。
プロットに沿ってイベントを配置
マップが完成したら、プロットに沿ってイベントを配置していく。イベント編集画面に切り替えると、所定の動作をすることでイベントが発生するシンボルをマップに配置できるようになるのだ。所定の動作もいくつかの種類から選んで設定することができ、キャラクターに向き合ってボタンを押すことで話しかけるイベントや、マップに入ったときに自動再生される会話イベントなど、ゲームのあらゆる出来事はイベントによって制御されていることがわかった。
オープニングの会話や主人公と編集長の会話など、事前に作っておいたテキストデータを『RPG MAKER WITH』に入力していくだけ……なのだが、いつもはプレイヤー名やクレジットカードの番号入力程度にしか使っていないNintendo Switchの文字入力機能のみでセリフを移していくのはかなり大変。『RPG MAKER WITH』は外付けキーボードに対応しているので、USBなどでキーボードを接続し、直接入力できるようにしたほうがいいだろう。というか、そうしてほしい。
イベント管理はほとんどを「スイッチ管理」システムで行った。基本的な機能については『RPG MAKER WITH』の公式Wikiも存在するものの、個人的には『RPGツクールMV』や『RPGツクールMZ』など、過去シリーズの初心者講座もわかりやすく感じられた。ツールの仕組みはかなり似ているので、歴代『RPGツクール』シリーズのTipsの多くが役に立つことだろう。
スイッチとは、要するにフラグのことである。たとえばオープニングのイベントを制作する場合、マップに入った段階での自動実行を設定していると、オープニングが何度もループしてしまう。オープニングが終了した時点で「オープニング終了」のスイッチをONにし、スイッチをトリガーにして空のないイベントを発生させることで、オープニングを終了させられるというわけだ。『RPG MAKER WITH』では、とにかくスイッチの仕組みさえ覚えられればゲームが作れる。スイッチを信じろ。
制作にあたって、あらゆるイベントがスイッチで管理されていることにとても驚いた。30分程度の作品でも20以上のスイッチを使ったのだが、超大作の場合はどうなってしまうのだろうか。スイッチが競合し、イベントの不整合が起きやしないのだろうか。今回は脳内管理のみでなんとかなったが、スイッチ関係も表計算ソフトなどで一覧にし、可視化することでわかりやすく管理したほうが良さそうだ。
並行してデータベース作り
並行して敵やアイテムなどのデータベースも制作していく。『ゲームライタークエスト』ではリサーチした情報をアイテムとして取得し、ボス戦でそのアイテムを使うことで記事を書く、という仕組みにすると決めていた。レベルやスキル、武器や防具といった概念は存在しないので、そのあたりのデータベースはデフォルトのまま放っておく。制作時間もないので、できるだけコンパクトにしたかったのだ。
しかし、途中で問題が発覚した。用意していたテキストは1つのアイテムあたり200文字程度のフレーバーテキストを用意していたのだが、説明文が長すぎるため、戦闘画面で表示すると枠から文字がはみだしてしまうのである。
はみ出している。余談だが、セリフも改行に気を遣わないとはみ出す。
少し悩んで、アイテムを使用することでフレーバーテキストを表示するイベントを仕込むことにした。アイテムの説明欄には概要を書いておき、使用したときに詳細なテキストが表示されるようにする。
また、アイテムの使用や数をさまざまなトリガーに仕込んでしまった影響で、少しでも変なことをしたら不具合が出そうな、砂上のジェンガのごときシステムに組み上がってしまった。面倒くさがらずにスイッチや変数はきちんと使用用途ごとに分けた方がいい。しかし本作はもう取り返しがつかないので、ユーザビリティを放置して先に進ませていただくことにした。本作を遊び、かゆいところに手が届いていない部分がもしあれば、そういうことだと思っていただきたい。
バトルのギミック作り
あとはバトルを作れば、ゲームの体裁はある程度整う。『ゲームライタークエスト』には雑魚戦はなく、バトルは集めたアイテムを手に挑むボス戦のみ。集めた情報の粒度によってバトルの難易度を変えたいので、情報アイテムを使用することで自分にバフをかけ、情報が集まっていれば集まっているほど敵を倒しやすくなる、という仕組みにした。
そのためにはボスのHPと、バフの係数管理が重要になってくる。乱数で落としきれない事態は避けたいので、自分の攻撃の「分散度」をゼロにすることでダメージをすべて固定化した。情報によってバフの種類を変え、全部のバフを得れば一撃でボスを倒せるようになっているはずである。
ダメージの計算式の設定。直感的でかなりわかりやすい
バトルは必死に作ってみたものの、道中にアイテムを使用してあるとバフがついてしまったり、戦闘前にフラグが立ってしまってボスが勝手にペラペラ話しはじめたりと、まったくゲームに言うことを聞いてもらえなくて泣きそうになっていた。バトルの最初にアイテム関連のバフやスイッチをすべて解除する力技で解決したのだが、もっと良い方法はないのだろうか。わからない。動いているから良い気がする。
戦闘にもなにかしら穴がある気がする。潰せるバグは潰したが、何か変なことが起きそうな気がする。シナリオを読み進めるだけのゲームなら自信たっぷりに作れるようになっていたのに、バトル設計で心が一回折れかけてしまった。大規模な開発現場だとバトルとシナリオでチームが分かれている理由がよくわかった。使う脳の分野が違いすぎる。『ゲームライタークエスト』を遊んでくださる方は、なるべくシナリオの誘導に従って素直にゲームを遊んでほしい。1か月という期限付きで初めて作ったのだ、大目に見てほしい。後生である。
完成すれば達成感もひとしお
そんなこんなで、1か月かけて初めてゲームを完成させたのが、この『ゲームライタークエスト』である。ゲームというのは、誰かに遊んでもらって初めて完成するものだと筆者は考えている。『ゲームライタークエスト』は30分もかからずに終わるボリュームで、ニンテンドーeショップから無料でダウンロードできる『RPG MAKER WITH』の体験版から遊ぶことができる。ぜひ遊んでいただけると、私の苦労も報われる気がする。
そして『ゲームライタークエスト』を遊び、自分ならもっと上手にゲームが作れると感じる方もたくさんいらっしゃることだろう。『RPG MAKER WITH』は現在、Nintendo Switch向けに発売中。また、PS4/PS5版が2025年1月30日発売予定だ。手軽に制作を楽しみたければNintendo Switch版を、より高いスペックで軽快に制作を進めたければPS版(特にPS5版)がおすすめだ。また、PS版ではリモートプレイを駆使することで、PCからの制作も可能となる。ぜひ本作を手に取って、あなただけのゲームを制作してみてほしい。