『ヘブンバーンズレッド』は、「困難な現代を生きる人々」に捧げる泣きゲーの進化系。ライブサービス型のゲーム形態だからこそ生み出せる新たな表現

『ヘブンバーンズレッド』は「困難な現代を生きる人々」に捧げる泣きゲーの進化系。『ヘブンバーンズレッド』は多忙極まり、問題あふれる現代を生きている私達に向けた物語でもある。

「フィクションには人生を変える力がある」。これは真実であると私は思う。なぜならフィクションの影響で趣味を増やしたり、立ち振舞いの方法を勉強したり、行動を起こしたりといったことを、今までに幾度となく経験してきたからだ。そして『ヘブンバーンズレッド』もまた、人生を変える力を持った作品の1つである。多忙極まり、問題あふれる現代において、とにかく踏ん張って生きている、私達のための物語であることを、本稿を通じて伝えたい。

ヘブンバーンズレッド』はライトフライヤースタジオから配信中の基本プレイ無料の
RPG。対応プラットフォームはスマートフォン(Android/iOS)のほか、PC(Steam)となっている。開発を手掛けるのはライトフライヤースタジオとビジュアルアーツのゲームブランド・Keyだ。本作は『AIR』『CLANNAD』、アニメ作品としては「Angel Beats!」「Charlotte」などを手掛けたことで知られる麻枝 准氏が原案、およびシナリオを担当していることを最大の特徴としている。


過去に置いてきた青春。間違いなくKeyの新作


ふと気がつけば、私はいつのまにか、「美少女ゲーム」を遊ばなくなっていた。それは歳を重ねていくうちに、「青春」という商材を信じられなくなっていったからかもしれないし、ゲームの売りである美少女との関係性……人と人の朗らかな繋がりに対し、少しドライになってしまったからかもしれない。あまりにもフィクション過ぎる、と。若かったあの頃から視力はいくぶん落ちて、同時に世界からいくつか色も抜け落ちた。そんな折に、縁あって編集部から仕事の依頼があった。『ヘブンバーンズレッド』を遊ぶきっかけを得たのである。

タイトル名は既に知っていた。『AIR』『CLANNAD』で著名な麻枝 准氏が原案とシナリオを手が掛けていることも知っていた。彼が手がけた『Angel Beats!』にハマった友人と『智代アフター 〜It’s a Wonderful Life〜』の内容に関して夜中にダラダラ話していたことを思い出す。麻枝 准氏が手けている作品は、自分にとってはいわば青春の残滓。とうに過去へ置いてきたものだ。今さら遊んだところで楽しめるのだろうか。疑問を覚えながら、とりあえずゲームを起動する。

まず意表を突かれたのは、主人公=プレイヤーではないことだ。本作の主人公は「茅森月歌」であり、プレイヤーの分身ではない。美少女ゲームと言えば、だいたい主人公がプレイヤーの分身、もしくは想定する消費者像に近しいキャラクターを備えた人物に設定され、美少女たちとイチャイチャするものだが、本作はそうではないらしい。つまり、今後彼女たちに降りかかるであろう困難を、プレイヤーは見守ることしかできないことを私はこの時点で悟った。

しばらくして、世界観について理解していくための説明が始まる。『ヘブバン』の世界は宇宙から飛来した敵と戦争を行っていること。それに相対する「セラフ部隊」は専用の武器を操る美少女たちであること。基地の中には男性は居ない。あまりにも非現実的過ぎる設定である。説明中に挿入されるキャラクター同士の漫才じみた掛け合いはあまりにもくだらない。そして、しかし自分にとっては、本当に愛おしい。

麻枝 准氏はこれまで手掛けた作品において、「日常の破局と、その先に待つ未来」を描き続けてきた。たとえば、永遠の愛を誓った男女が死別し、それでも生きようと力強くもがく、というような内容である。そして、日常というものは基本的にくだらないものだ。中身が無いものだ。故に得難く愛おしい。戦争、軍人、基地というロケーション、プレイヤー自身ではなく茅森月歌の視点で進める物語、そして乱打されるくだらないギャグは、“やがて訪れる破局”への前フリなのだということを嫌でも認識させる。


また、本作はゲーム進行をアドベンチャーゲームのような形式にすることにこだわっている。主人公を操作してフィールドを簡単な形で移動できることをはじめ、キャラクターの掘り下げに専用ステータスが必要になったり、会話中の選択肢が多く、その内容が後の会話に若干反映されたりといった具合だ。あくまで『ヘブバン』は『AIR』『CLANNAD』の後に続く作品であり、それらと同様、「プレイヤーが入力すること」で生まれる作品への引力を信じているゲームという立ち位置なのだろう。しかし、それだけが人気の理由ではないはずだ。Keyが開発に参加しているゲームが故の人気作ではないだろう。「困難な時代」を「困難なまま生きる」ことを謳う作品は世にごまんとある。そうした状況の中で、本作が人気を獲得した明確な理由があるはずだ。この疑問の答えを得なければならない。

疑問の答えを探す旅

濃密なチュートリアルを終えた私は、答えを求め、ゆっくりとゲームを進めていく。ライブサービス型のゲームは得てして、可能な限り毎日遊ぶことをプレイヤーへ求める傾向にあるが、育成素材収集の自動周回や、イベントの拘束力の低さによって、肯定してくれるプレイスタイルの幅が広いことが嬉しい。

そうして遊んでいて気づくのは、1つ1つの描写が非常に丁寧であるということだ。キャラクター1人を描写するにしても、基地での生活という「日常」を描写するにしても、文章量と時間をかけてゆっくりと行っている。本作はフルボイスを採用しており、役者陣の演技は個性豊かなキャラクターの魂の輪郭を鮮明にする。光彩にこだわった背景は日常の賑やかさと儚さを黙して語る。(キャラクターの雑談が背景からボイス付きで聞こえてくるという演出が好きだニクい)。こうした描写は「やがて訪れる破局への前フリ」であることは重々承知している。

だが、キャラごとの一面をそんな丁寧に描写されたらキャラクターたちに愛着が湧いてしまうのではないかをどうしようもなく好きになってしまうではないか。脳天気で仲間思いなバンドマン「茅森月歌」ツッコミハッカー「和泉ユキ」、関西サイキッカー「逢川めぐみ」、ポンコツ諜報員「東城つかさ」、キリングゲーマー「朝倉可憐」、ロリ元艦長「國見タマ」。主人公が隊長を務める第31A部隊は戦いの最前線に赴く切り込み隊という設定だが、みんな死んでほしくない。もちろん、他のセラフ部隊のみんなも。

筆者はキャラクターの名前を覚えることに時間がかかるタイプだが、『ヘブバン』はその描写力で否が応でもプレイヤーの脳にキャラクターの存在を刻み込んでくる。人を愛することがこんなにも辛い。それでいてゲーム進行のテンポが損なわれていないのは、麻枝 准氏が持つ文章表現のなせる技である。彼は音楽的で歌詞のような文章に定評があり、スチルの出し方や選択肢のタイミングなど、計算された画面上の演出と組み合わさることで、彼が関わるアドベンチャーゲームは歌うように読み進めることができる。本作は3Dモデルを導入したことで、文章を通じた情景描写をしなくてよくなった分、その読み口はさらに軽快だ。この影響はギャグの言い回しを読むとわかりやすい。


そして立ち込める暗雲

筆者が最初に取り組むことになった第一章は第31C部隊を軸に据えた物語。導入部という趣が強いものの、第31C部隊の影に潜む「破局」には思わず泣かされてしまった。山脇殿たちには幸せになって欲しい。ここではじめて、筆者はゲームの山場となる「ボスバトル」に挑むことになった。興味深いなと思ったのは、本作の音楽の使い方だ。麻枝 准氏は作曲家としても定評があり、文章表現とはまるで逆、小説のような音楽を書き続けてきたことに定評がある。というより、彼のクリエイティブの根源は1つであり、それが文章の姿で表にでるのか、音楽として表にでるのかの違いなのだろう。これまでの作品ならば、文章とスチル、音楽が和音のように重なり、響き合うことで感動を生み出しているが、『ヘブバン』は戦闘中にオンボーカルのBGMを重ねることで、感動を生み出している。

本作はメインストーリーが最大のコンテンツとなっており、きちんとゲームをやりこまないとクリアできない。システムこそシンプルなコマンド式戦闘だが、そのコマンド式バトルが奥深い。本作はジャンルにおなじみである「属性」の関係性をシステムの中心に据えており、敵の弱点属性を攻撃しなければダメージの通りが非常に悪い。それでいて、キャラクターごとに用意されているロールは計7種類も存在する。というのも、本作はDPとHPという2種類のゲージが敵味方ともに存在し、DP→HPの順番で削り切る必要があるからだ。よってDP削り担当、HP削り担当、味方ステータス上昇/敵ステータス低下担当、ヒール担当、タンク担当を敵の弱点に適合した形でパーティに組み込む必要がある。パーティは6人で構成され、攻撃を受ける前衛、攻撃を受けない代わりに何もしない後衛の概念もある。戦う相手に合わせて、計画性のある育成と戦略性が求められるのだ。そうした難易度に挑戦する中、歌手のやなぎなぎ氏の歌が流れてくる。「生きていくのは難しい」ことを歌うその声は、儚くもその芯に反骨的な力強さがある。「生きるのが難しいことくらい知っている」という言外のメッセージが込められているかのようだ。

この歌が、強敵に相対するプレイヤーの心を鼓舞し、時間をかけて育てた仲間と共に苦境を乗り越えさせる。これは単に描写に対してテンポが停滞しがちなコマンド式戦闘の勢いを補う働きもあるが、麻枝 准氏が原案、シナリオを務める作品においては、テキスト主導のアドベンチャーではないプレイングを使ったことで成立した、新しい表現であると言えるだろう。シナリオに登場しないキャラクターを使用すると、物語に違和感が出ますよ、という注意書きがでるあたりに、戦闘体験に関する開発陣のこだわりが伺い知れる。

なるほど。『ヘブンバーンズレッド』は麻枝 准氏の新しい表現形態なのか。積み重ねた日常の果てに、破局とその象徴たるボス戦がある。それをプレイヤーの努力で乗り越えていく。理解した。確かにこのゲームはKeyの新作だ。同時に腑に落ちない部分もあった。まだ新しい表現と言うには何かが欠けている。引き続き答えを求め、筆者は第二章へ歩みを進めた。本作は「ライブサービス型」の形式を採用しているが、自動周回や実質的な周回回数のスキップシステムを導入しており、毎日の負担が少なく継続プレイがしやすいのが嬉しい。さらにやりこみプレイヤー向けとして、エンドコンテンツが充実している。ハイスコアを目指す「スコアアタック」「恒星掃戦線」強化ボスと戦える「異時層」など、すべてがソロプレイで楽しめる内容となっており、こちらもまた自分のペースを阻害しない。筆者が『ヘブンバーンズレッド』を続けられるのは、こういった、ゲーム側がプレイヤーのライフスタイルに合わせる現代的な仕様による助けが大きい。

新しい人生の表現


結論から言うと、第二章、及びその先に待つ経験を通じ、本作の人気の理由について、十分理解することができた。そして、本作をさまざまな人に遊んでもらいたいということを強く思った。第二章に突入してから、運命の歯車はそのギアを上げる。美少女の夢は残酷な現実を前に引き裂かれ揺さぶられ、それでも人生は続いていく。どんな幸福があっても、いかなる困難が待ち受けようとも、人生は続くのだ。これこそが、『ヘブンバーンズレッド』が持つ唯一無二の魅力なのだと筆者はようやく気付くのだった。

本作を手が掛ける麻枝 准氏の代表作に『CLANNAD』がある。当作品は男性向け美少女ゲームとしては珍しく、ヒロインとのカップル成立までのみならず、その後を描いたことで人気を博した。氏いわく、「何より自分が一番感動できるゲームを考えたとき、それは“『人生』”を描くことだと思った」そうだ。この理念は本作にも「ライブサービスゲーム」という形態を用いて受け継がれている。戦争に犠牲はつきものだ。それでも彼女たちは立ち上がり、命尽きるまで戦わなければならない。この原動力となるのは、キャラクターたちがこれまで経験してきた日常、「人生」であり、即ち「物語」である。やがて人は死ぬ。だが彼女たちの物語は語り続ける限り、時空を超えてどこまでも連れて行くことができる。たとえ”孤独の果てでも。虚数の海でも。神話になって語り継がれる”まで、物語は彼女たちを1人にしない。

筆者は記事の冒頭にて「本作の主人公はプレイヤーではない」と述べた。これは誤りだったことを認めよう。確かにプレイヤーは物語に干渉できない。しかし、「ライブサービスゲーム」という形態を通じ、自分たちの人生を用いて、彼女たちの人生=物語を見届ける役割を与えられている。プレイヤーが主人公として背負う、その責任の重さとせつなさが、プレイヤーを「感動させ、泣かせる」のだ。彼女たちと共に歩み、共に戦い、共に乗り越えていく。そうして私達の人生は続く。『ヘブンバーンズレッド』はテキストに依存しない表現を使うこと以上に、「ライブサービスゲーム」だからこそ成立する作品であるし、人生を描くことを標榜した、麻枝 准氏の新しい表現形態といえるだろう。本作の人気に心から納得した。


『ヘブンバーンズレッド』は多忙極まり、問題あふれる現代を生きている私達に向けた物語でもある。というのも、本作は困難を前に生きていく上で、必ず「現状の受容」というプロセスを挟む。辛いことに向き合い、辛いと言う事。辛いときは辛いと認識することが、それを克服する上で重要なことである。そして極めて難しいことでもある。だが、私達は1人ではない。彼女たちが日常の破局に向き合う姿を通じて、自分も現実に向き合うための勇気を貰うことができる。

そしてこの性質こそ、私がかつてプレイしていた美少女ゲームの醍醐味ではなかったか。悩みや生きづらさを抱えた自分を、悩みや生きづらさを抱えた自分のままに赦し、それに向き合う勇気をくれる。『ヘブンバーンズレッド』は私が忘れていたあたり前のことを思い出させてくれたゲームだ。読者の中には「美少女ゲーム」という響きに抵抗があるという人がいるかもしれないが、ぜひ『ヘブンバーンズレッド』をプレイして欲しい。これはあなたのための物語でもあるからだ。

そして、最後は宣伝での締めとなるが、『ヘブンバーンズレッド』は今がはじめどき。サービス開始から2.5周年を記念して、さまざまなキャンペーンが開催されている。夏にふさわしい水着イベントと、それに合わせたガチャが開催されるほか、1日1回10連無料、最大で120連無料のキャンペーンが開催。メインストーリー第一章をクリアすると、最高レアリティの全48部隊員の基本衣装スタイルから1人選んでもらえるイベントも実施している。また、2024年8月11日/ 2024年8月12日に、東京国際展示場で開催されるコミックマーケット104に初出展が決定。描き下ろしイラストを使用したグッズや、ノベルティの無料配布が行われる。このほかのキャンペーンは公式サイトをチェックしてほしい。

『ヘブンバーンズレッド』はiOS/Android/PC(Steam)向けに配信中だ。

Takayuki Sawahata
Takayuki Sawahata

娯楽としてだけではなく文化としてのゲームを知り、広めていきたい。ジャンル問わず死にゲー、マゾゲー大好き。

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