帰ってきた次男『Crysis Remastered』。『Crysis』と『Far Cry』、オープンワールドのFPSという可能性を追った “兄弟 ”の物語
『Crysis Remastered』が発表されたとき、Crytekの優秀な “次男”が長い時間を経てようやくゲームシーンに戻ってきたと思った。ほぼ毎年、新たな仕事を見せる“長男”と違い、 “次男”は最後の『Crysis 3』(2013)から、実に7年ぶりに公の場に姿を現したからだ。
2007年にPC専用で発表されたゲームが、いまPS4やXbox One、そしてNintendo Switchといったコンソールで起動していることには感慨深いものがあった。当時のようなハイクオリティのグラフィックに加え、新たに独自のレイトレーシングの技術も披露している。
ドイツのゲームメーカー、Crytekにはふたりの “息子”がいる。 長男の『Far Cry』(2004)と次男の『Crysis』(2007)だ。親が自らのビジネスや、社会的地位といった目的に合わせ、子供の教育方針や進路を決めることがよくある。Crytekがふたりの “息子 ”に求めたことも変わりなかった。自らのゲームエンジン「CryEngine」を広めることだった。息子たちに自らの名前の一部 “Cry”を名付けていることからも、その本気さはよくわかるだろう。
ふたりの教育方針……いわばゲームデザインはほぼ同じだった。リリース当時としては高精度のグラフィックをもとに、「広大なマップで、ゲリラ戦をおこなっていく戦略性の高いゲームプレイ」を押し出すことだ。ふたりの兄弟が見せたそんなゲームデザインは、ビデオゲームシーンに大きな影響を与えた。だが兄弟はシリーズを重ねるごとに、当初とは違った方向へと分かれていく。
兄『Far Cry』と弟『Crysis』。似た環境で育ったふたりは、いったいいつ、どこを分岐点に大きく異なる道を進むようになったのだろうか? それは映画や小説で描かれるみたいな、兄弟にまつわる多くの物語によく似ている。今回は “次男”『Crysis』がリマスターされて戻ってきたことに合わせ、Crytekふたりの兄弟がどのような道のりを辿っていったかについて振り返ってみよう。
『Crysis Remastered』 は、本日9月18日よりPC(Epic Gamesストア)/Xbox One/PS4向けに販売中。Nintendo Switch版はすでに配信されている。
“長男”『Far Cry』の誕生――広大なマップでのゲリラ戦をおこなうFPS
長男の『Far Cry』は最初、そもそもゲームではなかった。それどころか南の島でゲリラ戦をおこなうものでさえなく、まったく違うものだったのだ。
Crytek初めての息子は『X-Isle:Dinosaur Island』(2001)(以下、『X-Isle』)と名付けられたデモだった。内容は、タイトルのとおり、どこかの島で恐竜たちが生息している風景を描いた映像だ。うっそうとした植物が広大なマップの向こう側までリアルタイムで描画され、海が太陽の光を反射して煌めくグラフィックが実現されている。公開された段階では、リアルタイムで広大なマップやキャラクターがハイクオリティで描画されていること自体が高い技術を示すものだった。PolygonによるCrytek回顧録ではこの時期を詳しくまとめている。1999年の段階で『X-Isle』のデモは完成しており、E3にてNVIDIAに高く評価され、契約に至ったそうだ。
その後『X-Isle』はNVIDIAのグラフィックボードのベンチマークソフトに採用。Crytekが生み出した、凄まじくスペックを要求されるグラフィックを、NVIDIAの技術こそ実現できるということで利害が一致した形だ。
長男が『Far Cry』の名前を手に入れるのはここからだ。その後CrytekはUbisoftと接触。『X-Isle』を本格的なFPSにする企画が立ち上がり、長男の進路はデモからゲームへと大きく変わる。
4Gamerにて、当時のE3を報じた記事によればこうだ。「突如南海に恐竜列島が出現したことを受け、なぜこの島々が何千年も人類に気付かれずに存在していたのかを調査に乗り出す国連部隊の団員が主人公」、「この列島は、五つの島から形成され、それぞれ三つから六つほどのミッションが用意されている」と、このグラフィックの世界をそのままゲームにしようとしていたことが伝わる。やがて『X-Isle』の本格的なゲーム版は、この後もいくつかの変遷を経て、恐竜の設定はなくなり、プロジェクトは『Far Cry』と名前を変える。
『Far Cry』の優れた点は、単にハイグレードなグラフィックの世界に入りこむだけのFPSに終わらなかったことだった。広大なマップで、安全な場所に隠れながら、双眼鏡で敵を索敵してGPS上に表示させるかたちで情報を集め、戦略を立てていくFPS。いわばゲリラ戦の緊張感あふれるゲームプレイを見せつけたのだ。
このゲームデザインは、決して『Far Cry』が先なわけではない。たとえばBohemia Interactive Studioの『Operation Flashpoint: Cold War Crisis』(2001、以下、『OFP:CWC』)はそうした作品だろう。『OFP:CWC』は徹底してリアルなミリタリーの戦闘が主なゲームプレイだが、「広大なマップを動き回り、隠れて敵を探し、情報を集め、ミッションの成功を目指していく」要素が多く含まれている。本作はミリタリー系FPSの中でも特にリアルなゲームプレイを目指したこともあって、コアなゲーマーに高く評価された。
一方で、この時点ではリアルすぎるゲームプレイは煩雑さもあり、先鋭的すぎることもあって、まだマイナーな人気だったといえるだろう。以降、Bohemia Interactive Studioは『Arma』シリーズなど、『OPF:CWC』のゲームデザインをさらに掘り下げたリアルなミリタリーFPSに特化し、コアゲーマーの支持を集めていく。
また同じ年にはUbisoftの『ゴーストリコン』(2001)もリリース。こちらも広大なマップを舞台にしたミリタリーFPSであり、3つの部隊を操作しながら各ミッションを攻略していく形だった。こうした背景を踏まえると、『X-Isle』が『Far Cry』になる過程で、先行していたミリタリーFPSの影響があったのではないか、と推測できる。
先の4Gamerによる報道からも、その可能性がうかがえる記述がある。「数人の兵士を操るスクワッドベース型のゲームとなり、恐竜が進化した爬虫類人間と戦うことになる」とあるように、開発途中でミリタリーFPSを志向していた形跡がある。開発時期も初代『ゴーストリコン』がリリースされた後であり、UbisoftとCrytek間でゲーム開発をおこなうなか、影響があった可能性は少なくないだろう。
では『Far Cry』は何が優れていたのか? 『OFP:CWC』、『ゴーストリコン』と比較して、『Far Cry』は「広大なマップで索敵して行動」のゲームプレイを持ちながらも、その構造にはオーソドックスなFPSキャンペーンの構造を採用したことが大きい。つまり多くのプレイヤーにとってなじみ深いFPSに、当時は先鋭的なミリタリーFPSが採用していた「広大なマップでのゲリラ戦」を組み込むことで、先鋭的だったゲームプレイを遊びやすく新鮮なものに変えた。たとえるなら『Half-Life』と『OPF:CWC』の中間を取ったゲームデザインといえるだろう。
さらにそこへ、Crytekによる高品質なグラフィックで、リアルタイムで広大なマップを動けるという技術的な意味も大きい。当初の『X-Isle』が見せた「広大なマップを、リアルタイムで高品質なグラフィックとして描画する」ことをゲームプレイにて達成すると同時に、広大なマップをもっとも生かすゲームデザインとして(おそらくは)ミリタリー系FPSの要素を採用した、というのが『Far Cry』の開発プロセスだと推察される。
こうして長男は、ハイスペックなテックデモから始まり、高品質なリアルタイムのグラフィックをもっとも生かすゲームデザインのFPSへとキャリアをシフトしたことで、リリースされた2004年のFPSの中でも高い評価を得た。ところが優秀な長男は、親元の手を離れることになる。
なぜか?Crytekがエレクトロニック・アーツとパートナーシップを結んだからである。その背景には『Far Cry』を開発したゲームエンジンCryEngine 1を、Crytekは本作だけに使われるものではなく、ゲームエンジンとして広く使われることを望んだからとされている。
Crytekは本格的にゲームエンジンを展開することへ踏み出し、Epic GamesのUnreal Engineらと競う道を選んだ。その過程で『Far Cry』のIPをUbisoftに売却してしまう。以後のシリーズ制作はCrytekの手から離れ、Ubisoft Montrealがおこなうことになる。いわば親の強烈な野心によって、長男は養子へと送り出されてしまったのだ。
CryEngineを押し出すためCrytekの次男『Crysis』が見せた、FPSの未来
Crytekが本格的に自社エンジンをアピールする意志を反映したのが、2007年に生まれた次男の『Crysis』だった。本作はCryEngine 2にアップグレードしたエンジンを使用し、世界に印象付けるための意志に満ちたタイトルだ。次男は、丁寧に親が長男に施した教育方針を受け継いでいた。『Far Cry』から引き継いだ「広大なマップを索敵し、戦略を構築する」ゲームデザインをもとに、NANOスーツという、SF的なアプローチによるゲームプレイで新味を出していた。
特筆すべきは、新たにCryEngine 2の技術による破格のグラフィックスを見せたことだ。『Crysis』はグラフィックを押し出したPC専用タイトルとしてリリースされながら、なんと当時のハイエンドPCですら「最高設定ではスペックが足りない」と言われるほどだった。
『Crysis』がリリースされた当初、CryEngineを押し出していく意図もメディアは読み取っている。たとえばGame Watchによるレビューでは、各時代のFPSと比較して本作の価値を評している。
id Softwareの『Quake』やEpic Gamesの『Unreal』といった、強力なゲームエンジンを持つタイトルを例に「新機軸の映像でゲームユーザーを魅了し、ゲームPCの『ハイエンド』を定義する存在として君臨してきた」と前置きし、「『Crysis』は、まさにその役割を果たすタイトルだ」と、新世代のFPSとなるタイトルだと見られていた。
テクニカルライターの西川善司氏による、4Gamerにて『Crysis』をレポートした記事からは当時の熱量をうかがい知れる。「PCゲームとしては2007年最大の話題作であり,なおかつ最先端3Dグラフィックス技術の博覧会的タイトル」と語り、『Crysis』のグラフィック要素がどれほど凄まじいかを各要素から分析している。
このように、長男『Far Cry』がユニークなFPSとしての評価に収まっていたのに対し、次男『Crysis』は当初からFPSとゲームエンジンの歴史を書き換えようとする意志を持って台頭してきた。もう一つ重要なのは、2000年代後半以降に活発になる、さまざまなジャンルの「オープンワールド化」といった可能性にも抵触している面がある所だろう。
すでにRPGの分野ではベセスダ・ソフトワークスの『The Elder Scrolls III: Morrowind』(2002)や、『The Elder Scrolls IV: Oblivion』 (2006)がリリースされていたほか、レースゲームでは『湾岸 Midnight Club』(2001)や『テストドライブ アンリミテッド』(2006)などがリリースされていた。しかしシングルプレイのFPSでは、先述の『OFP:CWC』以外の可能性はまだ少なかった。
そこで『Crysis』は広大なマップを自由に行動しながら、自分なりの戦略を立てて攻略するゲームデザインが、長男『Far Cry』以上に掘り下げられていた。つまりシングルプレイのFPSキャンペーンを、本格的にオープンワールド化した可能性を提示していたと言える。
振り返れば、初代『Crysis』には来たるべきビデオゲームの未来が凝縮されていた。次世代を見据えていたハイクオリティなグラフィックを、なんとオープンワールドのようなマップ構造にてリアルタイムで描画してしまう技術に加え、広大なマップを舞台にプレイヤーが自由に攻略する。これは今でも多くのゲーマーが抱くだろう、次世代のビデオゲームへの期待を体現していると言ってもいいだろう。
親の目的と教育方針のすべてを反映した次男は、『Quake』や『Unreal』、そして『Half-Life』らのように、まさしくFPSの歴史を変えようとして登場した。そのことにメディアも、ファンもおそらく疑いはなかった。この時までは。
戦略的かつ狂気的な親・Ubisoft Montrealによって奇妙なオリジナリティを持つことになる長男『Far Cry』シリーズ
一方、養子となった『Far Cry』は、新たな親であるUbisoft Montrealに独特の教育方針を決められることになる。Ubisoft Montrealは周到だった。養子を新たな教育環境に移行させるために段階を踏んだ。コンソールへの移植だ。
Ubisoft MontrealはCryEngine 1を改良しながらコンソールへの移植を重ねていく。いわば元の親の教育方針を引き継ぎながら、養子を徐々に自分の環境へ引き寄せていった。まずXboxへの移植『Far Cry Instincts』に『Far Cry Instincts Evolution』、そしてXbox 360に移植された『Far Cry Instincts: Predator』、最後にWiiへ『Far Cry Vengeance』を移植していった。
Ubisoft Montrealはその過程でCryEngineを参照した自社のエンジンを構築する。それが「Dunia Engine」である。西川善司氏のレポートによれば、このエンジンが構築された時点で「『CRY ENGINE 1』のコードは10%未満とのことで、だからこそ、名前を新しくしているのだという」と説明。元の親の教育環境を改造しきったことがうかがえる。これが養子『Far Cry』の新たな教育環境となった。
Dunia Engineで特筆すべきは、オープンワールドを構築できるエンジンであることだ。西川氏のレポートによれば「一度にエンジンが処理できる範囲は50×50kmという広さ。この中をシームレスに移動でき、遙か遠方までを描画することに対応」すると説明している。
先述したように2000年代以降、さまざまなジャンルでオープンワールド化が活発になるのだが、Ubisoft Montrealは『Far Cry』の可能性にそれを見出していたことがよくわかる。続編『Far Cry 2』では、大胆にオープンワールドを採用し、自然現象も表現した世界を冒険するFPSとなる。
強力なグラフィックスとオープンワールドによるFPS。それは次男『Crysis』と同じ道のりを辿っていた。ところがUbisoft Montrealの教育方針は、単なるオープンワールドでゲリラ戦をおこなうような、ゲームプレイの耽溺を許さなかった。
たとえば物語がそうだ。元の親のCrytekはストーリーや世界観への教育は無頓着だったが、Ubisoft Montrealは『Far Cry』に深いストーリーを語らせる教育を施した。
アフリカを舞台にアフリカの武器商人を追うメインストーリーは、ジョゼフ・コンラッドの小説「闇の奥」のストーリーを下敷きにしているという。この小説は映画「地獄の黙示録」の原作でもあり、単純な秘境への冒険譚ではまったくない。アフリカを植民地化する西欧社会を暗澹と描いた物語であり、自らの社会を批判的に描いてもいた。
「闇の奥」から繋がる批判性はゲーム本編にも及ぶ。たとえばゲーム中でマラリアに感染したなかで冒険を続けていくなど、意図的に気持ちのよくない要素も導入されている。もはや単純なゲリラ戦を楽しむFPSとはまったく違う方向へと向かっていた。Ubisoft MontrealはAAAタイトルを生み出しながら、「ビデオゲームとプレイヤーの関係性そのものを問いただす」批判性をゲームに込めていた。インディーゲームでこうしたアプローチは珍しくないが、AAAタイトルでやり続けている特異な存在といえる。
シリーズの評価を決定的なものにした『Far Cry 3』は、Ubisoft Montrealの教育方針が結実したタイトルでもある。表向きは初代『Far Cry』の南国の島を、本格的にオープンワールド化した発展的なものだ。ところが普通の人間がゲリラのような行動を覚え、残虐な行動を取っていくことに対し、だんだん批判的なストーリーが展開するという、プレイヤーを揺さぶる仕掛けを導入している。
次男『Crysis』がゲリラ戦をSF的な意匠でさらに楽しませる方向に向かったのに対し、長男は新たな親の教育によって、ただ楽しませることそのものに批判的な目線を手に入れていた。これは以降のシリーズでも続くことになる。
Ubisoft Montrealの教育方針はそれだけではなかった。ときには80年代シンセウェイブのコスプレを長男に着せたり、あるいは原始時代のコスプレをさせてファンを動揺させていた。これは親の趣味ではないのか……。子供にこんなコスプレをさせることはシリーズ戦略の中に入っているのか……?
優秀なビジネスマンであり、同時に「ビデオゲームとは何か?」を考えさせるインテリジェンスでもある親が、養子にコスプレもさせたがる変態性を隠しきれない危うさ。それがUbisoft Montrealと『Far Cry』という、独特の印象に繋がっている。
かくして『Far Cry』は初代のゲリラ的なゲームプレイを引き継ぎ、FPSのオープンワールド化を達成させた稀有なシリーズとなりながらも、当初のゲリラ戦をおこなう緊張感とは異なるゲームへと変わっていった。
「PC専用のタイトルはもう出さない」『Crysis 2』以降の変化
Ubisoft Montrealが長男『Far Cry』を独自の教育方針により、オープンワールドのFPSとして世界的なタイトルへと成長させた一方、次男『Crysis』はキャリアを大きく変えてしまう出来事にぶつかる。親のビジネスの方向が変わってしまったことだ。
CrytekはPCというプラットフォームを主戦場にしていた。『Crysis』のハイクオリティなグラフィックが、当時のハイエンドPCを想定して作られていることからも明らかだったし、この後もその方向で進むものだと思われた。
ところがCrytekは2008年に、なんと「PC専用のタイトルはもう出さない」と宣言する。なぜ極端な方向転換を図ったのか?その背景には『Crysis』の違法コピーの問題があった。Game*Sparkによる報道によれば、このコピー問題は相当な打撃があったようだ。Crytek側から「著作権侵害こそがPCゲーミングの核心を付く問題であり、違法コピーを利用するゲーム愛好者がPCゲームのプラットホームを破壊する」と語られていることからも、今後のビジネスの方向を変えるほどの影響があったことがうかがえる。
また同時期、Crytekはマルチプラットフォームでの展開を本格的に始動しようとする動きを見せる。『Crysis』を構築したCryEngine 2を、2008年のGDCにてPS3やXbox 360に対応したデモを発表しており、今後に向けた展開を目指していたことがわかる。PCゲームシーンへの失望に加え、マルチプラットフォーム展開を目指した動きが重なったことで、『Crysis 2』(2011)は本格的にPC以外で展開していくことになる。
マルチの展開は数多くのAAAタイトルもおこなったことではある。理由としては、すでに2000年代の中ごろより開発コストの高騰が叫ばれており、単一のプラットフォームでの利益回収が難しくなっていったからだ。Crytekは、そうした業界で共通した状況に過激反応した企業であった。しかし『Crysis』に至っては、大幅な方向転換がおそらくゲームデザインに影響したと感じる。というのも、『Crysis 2』では初代のゲームデザインをほとんど捨ててしまっているからだ。
もっとも大きな変化は、広大なマップで戦略を立てて闘うという、初代『Far Cry』からのゲームデザインを捨ててしまったことだ。かわりにレベルを狭くして、ほぼ一本道に近い構造に変え、ゲームプレイを映画のワンシーンのように感じられる構成へと変えてしまった。いわばオープンワールドFPSと真逆の、リニアな『Call of Duty』シリーズのような方向へと変えてしまったのだ。
その理由として、当時のコンソールで人気を博していたFPSに倣ったのもあるだろう。『Crysis』と同じ年にリリースされた『Call of Duty 4: Modern Warfare』(2007)はリニアなレベルデザインを進みながら、要所でスペクタクルが起きる映画的な構造を持ったFPSだった。これがマルチプラットフォームで総計1000万本以上売り上げるなど、圧倒的なセールスを誇っていた。
映画的な構造を持つFPSは、とても派手にわかりやすくゲームのすごさを伝えられる。さらにグラフィック表示もプレイヤーに魅せたい部分のレベルデザインを限定することで、ハイクオリティなグラフィックも効率良く見せられる。つまりマルチプラットフォームで広い層にCryEngineをアピールするために、『Crysis』シリーズは初代『Far Cry』から続いていた、「広大なマップでのゲリラ戦」というゲームデザインを捨ててしまったのだ。
かくしてCryEngine 3を採用した『Crysis 2』では、マルチプラットフォームで豪華なグラフィックを実現するため、人気ある映画的なFPSの構造を採用したゲームデザインにより、自社エンジンの力をアピールする方向にした。しかしそれは初代『Crysis』で期待された、ビデオゲームの未来とはいささか違う方向になってしまったことには違いない。
この後、2010年代では、ビデオゲームシーンがオープンワールド化を進めていく時代が進む。『Far Cry』シリーズがFPSのオープンワールド化を達成していくのに対し、早い段階でオープンワールドのゲームプレイを提示していた『Crysis』は、歴史の流れと真逆の方向へゲームデザインを進めることになってしまったのだ。
いま振りかえれば、これが次男『Crysis』だけではなく、親自身……Crytekの運命自体の分岐点になってしまったように思える。Crytekが歴史の流れと逆行してしまう影響は、後に大きく現れていく。
『Crysis』シリーズは『Crysis 3』(2013)でストップしてしまう。その後の『Ryse: Son of Rome』のビジネスの失敗をはじめ、Crytekは苦境に立たされていくことにもなる。次男はキャリアを断たれ、親はボロボロになっていった。養子となった長男『Far Cry』が世界的なシリーズへと飛躍していく一方で、歴史を変える期待をかけられた次男は、徐々に評価を落とし、沈黙するに至ってしまったのだ。
いま『Crysis Remastered』をプレイする意味
この10数年で起きた。ふたりの兄弟の生きた道のりを振り返ってから『Crysis Remastered』を見つめてみれば、かつてのビデオゲームの未来形が凝縮されているように思える。そこは当時のCrytekが切り開こうとしていた野心や、以降に追求されることのなかった広大なマップによる、戦略的な攻略のゲームデザインなどの可能性に満ちていたことがわかる。『Crysis』がリマスターされて戻ってきたことで、さまざまなジャンルのオープンワールド化にも答えがある程度出ている今こそ、その先進性は理解しやすいかもしれない。
現在、最新のCryEngineにて、Co-op型FPSの『Hunt: Showdown』を運営するなど、数多くの困難に出くわしたCrytekは新たな方向へ踏み出している。『Crysis Remastered』がセールスに繋がることで、『Crysis 3』で止まったままである “次男 ”のキャリアの続きがプレイできることを願うばかり。
『Crysis Remastered』 は、本日9月18日よりPC(Epic Gamesストア)/Xbox One/PS4向けに販売中。Nintendo Switch版はすでに配信されている。
情報協力:
SHINJI-coo-K(池田 伸次)
G.Suzuki