今年2018年を振り返る、AUTOMATONの年末企画第四弾。ベストコスパゲーム、ベストショートゲーム、ベストスクリーンショットを掲載してきたが、第四弾は満を持してライターそれぞれの「ゲームオブザイヤー 2018」をお送りする。2018年に発売されたタイトルの中から、各ライターのゲーミングライフにおいて特別な位置をしめた作品を紹介していく。

 

『Dead Cells』

――私の時間を奪っていった、ど真ん中の直球。

開発: Motion Twin 販売: Motion Twin 発売日: 8月7日
機種: PC/PS4/Nintendo Switch

私が個人的ゲームオブザイヤーを選ぶ基準は、「今年もっともたくさんプレイしたゲーム」というシンプルなもの。おかげで昨年は『フライングパワーディスク』という変化球を投げてしまったが、今年個人的GOTYに選んだのは『Dead Cells』。数々の賞を受賞しており、今度はド真ん中の直球となった。2017年に早期アクセス販売が開始された作品だが、正式リリースおよびコンソール版の発売は2018年8月である。私がメインでプレイしているNintendo Switch版のプレイ時間を確認してみると、本稿執筆時点で190時間。Steam版は昨年分も含まれているため参考程度だが、こちらは59時間。今年だけで合わせて200時間は優に超えており、もはやたくさんプレイし過ぎたゲームであった。

『Dead Cells』は、死ぬと装備を失い最初からやり直しというローグライトと、探索要素の強いメトロイドヴァニアを組み合わせた、「ローグヴァニア」なるジャンルを打ち出した2Dアクションゲームだ。さまざまな面においてランダム性が強いのが特徴で、まずステージの構造は自動生成で毎プレイ組み替えられる。豊富に登場する武器やスキルも、何を入手できるかはプレイするたびに異なり、そのアップグレードもランダムで決定する。ゲームバランスが悪いとストレスになりかねないが、本作ではどのような組み合わせでも使いでがあり、プレイスタイルを調整する試行錯誤の楽しみに変わる。とはいえ、道中にてある程度自分好みの装備に整えていくことができるため、これもまたゲームを進める原動力となる。何度も繰り返しプレイしてもらうための仕掛けに、まんまと引っかかった結果の200時間越えというわけだ。

本作の美しいビジュアルも評価したい点のひとつ。シンプルに言うと「ドット絵グラフィックの——」という表現になるが、クラシックなゲームを思い浮かべると少し違う。背景に浮かぶ木の葉や火の粉、ベットリと残る敵の肉片や血しぶき、飛び散る破壊したオブジェクトの破片などのほか、気づきにくいところにまで細かい仕事が行き届いており、これらがさまざまなエフェクトと組み合わさることで、現代的な作品らしいビジュアルに仕上がっている。見ていて飽きない美しさも、リプレイ性に関わる要素だろう。本作はアップデートが続けられ、今後は大きな仕様調整も計画されており、まだまだプレイし続けることになりそうだ。
by Taijiro Yamanaka

 

『Forza Horizon 4』

――ただ走るだけで、満たされる。

開発: Playground Games 販売: Microsoft Studios発売日: 10月2日
機種: PC/Xbox one

今回の個人的ゲームオブザイヤー選出にあたり、「プレイした時の興奮度」と「ゲームプレイとしての楽しさ」という基準を設けた結果、迷うことなく『Forza Horizon 4』が上がった。普段レースゲームをやらない筆者が、本作の虜になった理由は、「圧倒的な走る気持ち良さ」にある。レースゲームの認識は、個人的に二つある。一つは、『デイトナUSA』のように、多少適当な車の扱いで、「デイト〜ナ〜」と口ずさみながら操作可能でありながら、コーナーでの減速位置を変更することで、しっかりとタイムに響いてくる感じが気持ちいい「走る快感」を追求した作品。もう一つは、ブレーキングした時の速度変化が現実寄りで、タイヤのグリップによってはアンダーが出たり、ABSを切るとロックされたりと、「徹底したリアル」を追求した作品だ。

『ForzaHorizon 4 』は「走る快感」を追求した作品である。まず、一般的なレースゲームに比べ、アクティビティが豊富にあるのが良い。それら全てが「走る事」に起因しているため、ただ無心に車を走らせているだけでも、遊びが連鎖していくのが楽しいのだ。肩肘を張る必要もなく、「口笛」を吹きながらでも楽しむことができる。コース上に表示されるナビゲーションのラインが、減速位置やライン取りまでを表示してくれるし、クラッシュしても、時間を巻き戻して少し前の位置から再開出来る「リワインド」を使えば良いので安心だ。こうしたストレスフリーに徹している点も、長寿シリーズだけあって抜け目がない。

そして本作で一番評価したい点が、「四季」の採用である。昼夜といった天候の概念は、他の多くのレースゲームでも取り入れられているが、本作では、四季をオープンワールド上で再現している。満開の桜が美しい春、真っ赤な空と暗い山々との対比が美しい秋など、季節の移り変わりにより景観がガラリと変わる。四季による変化はビジュアルだけに止まらず、環境音やドライビング体験も変化する。「季語」がある日本に住む私たちは、他国よりも四季に敏感だ。美しい天候と、四季の移り変わりに合わせて変化する景観に、人一倍情緒を感じるのではないか。秋の紅葉を背景に、そこに差し込む太陽の美しさに見惚れて、レース放棄で思わず車を駐め、写真を大量に撮ったのも良い思い出だ。

とにかく、「車を走らせる」だけで楽しいのだ。それ以上何もいらないとさえ思える。クルマ好きや、レースゲーム好きな人以外でも、万人が楽しめるレースゲームの金字塔ではないかと思う。なるべく興奮を抑えてご紹介してみたが、誇張なく魅力が伝わっただろうか。今年の個人的ゲームオブザイヤーを、愛と敬意を持って、『Forza Horizon 4』にお贈りしたい。
by Yu Naganeo

 

『奪われし玉座:ウィッチャーテイルズ』

――選択は常に結果を伴う。

開発: CD PROJEKT RED 販売: CD PROJEKT RED 発売日: 10月23日(PC版)/ 12月4日(PS4/Xbox One版)
機種: PC/PS4/Xbox One

2年ほど前に『グウェント ウィッチャーカードゲーム』の中国版がリリースされる際、私は記者会見のような小さな会議によばれ、開発元であるCDPRのキーメンバーと直接お話ができた。当時すでに『奪われし玉座』に言及しており、「詳しくは言えませんが、ウィッチャーを作った我が社ですから、ボリュームたっぷりで選択肢に悩むゲームになることを期待してください」とコメントしていたことを今も覚えている。

そして2年が立った。『グウェント』の正式版がようやくリリースされ、年末には『奪われし玉座』も発売された。このゲームは年末の家族団欒のイメージには合わない気がするが、2018年の締めくくりにはちょうどいいゲームであるように思う。ゲーム自体は確かにCDPRらしく「選択肢に苛まれる」という内容になっているが、『ウィッチャー』シリーズの選択とは一味が違う。ゲラルトは政治、戦争に深く関わっていると言っても、やはり彼はミュータントでありウィッチャーだ。世の中のあれやこれやに一線を画しているところがあり、彼を代弁し、いかなる選択をしても、所詮彼はどこにも属さないよそ者の立場がたもられるし、私も傍観者な立場でプレイできる。私にとって『ウィッチャー3』での選択は、何を選んでも不意の結果で心を動かされることはあるものの、痛くも痒くもないものだ。

それに対し、『奪われし玉座』のヒロイン メーヴ女王は指導者であり、人間でもある。悲惨な戦場をかけ回る彼女の選択は、数多くの他人の運命を変えるし、善悪のはっきりしない戦場で常に善悪をはっきりさせるよう要求される。無実な女子供を残虐なやり方で殺害したエルフたちはもちろん許せないが、そのエルフたちの隠れ家に、兵器を持っていない怪我人が集まっていることを知り、部下は復讐に燃えている。私は止めるべきか?ゲームの序盤から、もうすでに与えられた選択肢のどれも選びたくない私がいた。

よく考えてみると、『奪われし玉座』に出てくる選択問題はどれも現実世界に出てきてもおかしくないものばかりだ。ウィッチャーの世界では種族間の紛争は一つ大きなテーマである。これは現実世界での種族、政治、宗教の紛争と似ていると常に感じられる。『ウィッチャー3』の主人公ゲラルトは、人間ではないことから、私も容易に非人間族に対し同情の念を抱ける。『奪われし玉座』では逆に、人間側の視点から『ウィッチャー』シリーズにて深く描かれなかった非人間族の残虐行為を表現し、そしてプレイヤーに問いかける:「あなたがその立場なら、復讐をしますか?」

この世界もいろんな紛争に包まれている。しかし、「やったらやり返す」という思想は、結局事態を悪化させる。『奪われし玉座』では「選択は常に結果を伴う」と表示される。悪い結果を招きかねないと知りながら、私はそれでも自分の信念を貫くことができるかと、悩まされる一方だ。
by コウ

 

『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』

――ゲームを形作ったのは、執念と情熱と、そして愛情。

開発: ソラ/バンダイナムコスタジオ 販売: 任天堂 発売日: 12月7日
機種: Nintendo Switch

最新の『スマブラ』の良いところを挙げるのは簡単だ。70体を超える(さらにまだ増える)ファイター、たくさんのアシストフィギュアやボスキャラクター、無数のスピリッツ、100を超え(まだ増え)るステージ、数多くのアイテム、900曲以上のゲーマーにはお馴染みの楽曲たち。楽曲については、原曲と通常出会うことがないであろうアレンジャーとのコラボという意味でも興味深い。本作はまさに、文句のつけようがないといってよいボリュームだ。その上、CPUは過去作と比較して賢い。ネット対戦で使われるような復帰阻止をしてくるなど、改善点も多い。オープニングがやけにエモーショナルな「灯火の星」も個人的には気に入っている。ネット対戦が主流な近頃のゲームにおいて、ローカルで8人対戦が可能なゲームは存在するだけでも貴重だろう。

だが私がこのゲームを気に入っているのは、ボリュームがあるからというのが理由ではない。隅々まで目が行き届いたゲームへの“敬意”が感じられるからだ。例えばゲーム内の「コレクション」のなかに「スマちしき」というファイターや基本テクを説明する機能がある。そこには女性のルフレが黒板の前で教鞭を執っている小さな画像が使用されている。74人のファイターやアシストフィギュア、スピリッツを見渡したうえで、やはりそこに描かれるのに相応しいのはルフレだろう。そもそもそこにそんな細かいイラストが描かれていなくてもゲームは成立するし、面白さに影響はない。

しかしルフレが描かれているだけでファンとしては嬉しいのだ。ファイターの項目を読めば(特に子供たちにとって)未知のキャラクターの歴史や豆知識を知ることが出来る。こういった原典への“目配せ”があることで、原典のファンは「それを識っている」という優越感をくすぐられるし、未知のゲームについては興味をそそられる。「もしこの“目配せ”が原典とかけ離れた見当違いのものだったら?」というのは想像するだけでも恐ろしい。ゲーマーなら原典を侮辱されたと感じるだろうし、私ならそんなにわかゲーマーがつくったようなゲームをプレイしようとは思わないだろう。『スマブラ』を支え続けているのは、ひとえに桜井政博氏の底知れないゲーム愛なのだ。本作には、何かに取り憑かれたように一心に取り組んでこられた桜井氏の執念と情熱、なによりも深いゲームへの愛情を感じるのだ。
by Masahiro Yonehara

 

『Hollow Knight』

――美しくも獰猛な地下帝国へのいざない。

開発: Team Cherry 販売: Team Cherry 発売日: 6月13日(Nintendo Switch版)/9月25日(Xbox One版)/ 9月26日(PS4)
機種: PC/PS4/Xbox One/Nintendo Switch

2018年、最も寝る間を惜しんでプレイしたゲームは『Hollow Knight (ホロウナイト)』。美しくも残酷なこの世界をいつまでも遊んでいたい。そう思わせる一作だった。筆者は本作が一部ユーザーから「虫系ダークソウル」と呼ばれている点に惹かれ購入。確かに『ソウル』シリーズの良さを踏襲しつつ、2Dアクションゲームとして独自の面白さを出す事に成功した作品だった。

ゲームを始めてまず感心したのが画面の美しさ。優しく彩られた幻想的なアートワークは見ていて惚れ惚れする出来栄え。かつて栄華を極めた地下の王国「ハロウネスト」のどこか寂しげで退廃した雰囲気がうまく表現されている。厳かな宮殿や不気味な下水道など、探索により新しい景色を見つけるのが楽しみだった。登場人物が「虫」という点に抵抗感を持っている人も、敵味方共にかなり可愛くデフォルメされているので安心してプレイできるかと思う。特にNPCはセリフも印象的なものが多く、非常に個性的なのでプレイしていれば愛着が湧いてくる事だろう。状況に応じて多様に変化するBGMも、プレイヤーの『ホロウナイト』世界への没入感を上げている。ダメージを受けた際に一瞬だけ音楽が消えてしまう演出は、緊張感と絶望感で一気に身が引き締まる。静寂な時と、激しい戦闘の時とで非常にメリハリのついた演出となっている。

地下王国を探求するにつれ謎が解け、装備が充実し成長していき、そして新たなキャラクターと出会う。探索ルートの自由度も高いため、次はどこを探索するかが非常に悩ましい。まさに冒険とはかくあるべし。やめ時を見失う無限ループとなっている。気がつけば序盤に苦戦していた敵が楽勝で倒せていたり、成長を大きく感じさせてくれる点もグッド。アクセサリーの着脱によるカスタマイズ性が高いため、プレイスタイルの幅もとても広い。腕に自信があるならば防御を顧みず特攻スタイルを組むことも可能だ。油断すれば、瞬殺されてしまうが……。

はじめは「ジャンプ」と「斬る」のシンプルなアクションで、敵の行動パターンも単純なものが多い。しかしゲームを進めていくにつれアクション性は増していき、敵の激しさも最終的に「やりすぎではないか」というレベルにまで達する。このゲームは危険ではないかと感じた時には既に「ハロウネスト」の世界の虜となって逃げられないところが、なんともいやらしい。現在はあらゆるプラットフォームで無料大型DLC4本が全て入った状態で売り出されている。地下帝国「ハロウネスト」を舞台にした、小さな虫による大冒険の物語をぜひ体験してみて欲しい。
by Naoya Ito

 

『ゴッド・オブ・ウォー』

――神話の黄昏と誕生を見届けろ。

開発: Santa Monica Studio 発売: ソニー・インタラクティブエンタテインメント 発売日: 4月20日
機種: PS4

神々が如何に残忍で狡猾であるのか、そして復讐そのもののカタルシスと空虚さを描いてきた『ゴッド・オブ・ウォー』は新たな姿を得て帰ってきた。ナンバリングを外したことが意味するのは、これまでの流れの否定、決別。他者を否定し、ひたすらに血にまみれた神話は過去のものとなった。歴代シリーズとは主題を異にする「親子の成長」という小さなテーマと、「運命からの脱却」という壮大なテーマが美しく絡み合う本作の物語は、単なる殺戮機械でしかなかったクレイトスというキャラクター、そして『ゴッド・オブ・ウォー』というシリーズに対し、「厚み」という言葉では言い表せない程の豊かさをもたらした。

前へ進めない父親として描かれるクレイトスと、歩みを止めることを知らない息子アトレウス。正反対の両者によって描かれる家族愛は、実に現実味をもった姿で表現されている。物語の進行にともなう両者の声色、表情の変化や、道中で行われる何気ない会話など、プレイ中に確認できる丁寧で細かな心理描写は、家族という関係の距離感を絶妙なまでに表現する。そしてこの家族愛という小さな世界を、北欧神話という壮大な世界観を描くための重要なピースとして用いているのがまた素晴らしい。濃密なホームドラマとファンタジーな冒険譚をここまでうまく融合させている作品はそうない。

既存作品の良い部分をリスペクトし一新されたゲームシステムは、それでいて『ゴッド・オブ・ウォー』らしさを損なわない出来に仕上がっている。戦闘に関してはハイスピードアクションからロックオンアクションという別物へと変化したものの、旧シリーズの特徴であった本能に訴える気持ちよさは失われていない。むしろ殺るか殺られるかの没入感にグロテスクな爽快感が伴う本作の戦闘の楽しさは、旧シリーズのそれを上回っているかのように感じられた。一方謎解きは旧来のスケール感をそのままに、本作に追加された新たなシステムを存分に活用する形となっている。ダンジョン要素の追加によって移動という退屈なアクションが目立つこととなったが、これが寧ろ物語を演出する上で重要な役割を果たしているのだから面白い。

上記2つの要素を優しく包み込む役割を果たしているのが、空想に実在感を持たせる秀逸なアートグラフィックスであり、一切のカットを用いないカメラワークだ。特にカメラワークに関しては、カットを用いないことによって「ゲームプレイ」と「ストーリー」とを有機的に接続させることに成功しているばかりか、明確な始まりも終わりもなく流れ続ける時間を演出し、語らずともプレイヤーに世界の実存と背後にある歴史を想起させる。

新生『ゴッド・オブ・ウォー』は「物語」「ゲームシステム」「映像美」…評価すべき要素全てが高い水準で隙がなく、尚且つ密接に関係しあっている。これを傑作と呼ばずしてなんと呼ぶのか。2018年、ここに新たな神話が誕生した。
by Takayuki Sawahata

 

『Into the Breach』

――厳しすぎる試練を、可能性で切り拓け。

開発: Subset Games 発売: Subset Games 発売日: 2月28日
機種: PC

2012年に発売された『FTL: Faster Than Light』は、インディーゲーム界において極めて重要な意味を持つゲームとなった。RTAの要素を取り入れた戦闘や、ノードで表されたランダムイベントをたどりながら進むゲーム展開は、当時とても斬新なものであった。特にそのイベントシステムは、「ローグライク」というジャンルを、本来の定義から派生されながらも、その面白さを失わないままシンプルで普遍的なものとすることに成功した。

そんな『FTL: Faster Than Light』を制作したインディースタジオSubset Gamesが、6年の空白期間を経て送り出した新作、それが『Into the Breach』だ。本作は、前述したような “ローグライク要素”を取り入れたターン制シミュレーションであり、プレイヤーは平行世界からやってきたタイムトラベラーとなって外来生物Vekによって滅びつつある地球を救うために戦う。プレイヤーはたった3機のロボット=Mechで、街の人々を守りながら大量に襲い来るVekを殲滅しなければならない。小回りの効かないMechの武装、シビアな戦術目標、毎ターンのように降ってくる増援……。プレイヤーに突きつけられる試練は、あまりにも厳しく、容赦がない。しかし、本作は決してプレイヤーにとって理不尽なゲームにはなっていない。

本作では敵をただ攻撃して倒す以外にも、地形を利用して攻撃を止める、ノックバックさせて攻撃対象を変える、同士討ちさせるなど、敵の攻撃へ対処する手段がいくつも用意されている。加えて、敵のアクションは非常に細かく視覚化されている。敵がいつ、なにを、どこで攻撃するかといった情報は、例外なく事前にプレイヤーへと知らされるようになっているのだ。すなわち、いかに理不尽な状況を目の前にしていても、それを打破する「可能性」だけはプレイヤーにも常に残されているということ。諦めずに思考を続け、手の打ちようがないように見えた戦況をきれいに片付けられる一手を思いついた時の快感は、ストラテジーでありながら上質なパズルをプレイしているような、これまでにない感覚だった。

『Into the Breach』は、2018年に登場した新作としてはあまりにも硬派だ。ゲーム画面を見ただけで「地味」だと切り捨てられてしまってもおかしくはないだろう。しかし、『FTL: Faster Than Light』がローグライクというジャンルを拡張したように、『Into the Breach』はシミュレーションというジャンルに新しいゲーム体験を拓いた。現在進行系でゲームの可能性を拓き続けるSubset Gamesに万感の敬意を表し、私にとってのゲームオブザイヤーをおくる。
by Takumi Kuriki

 

『Kenshi』

――運命は、自らの手で作り出すもの。

開発: Lo-Fi Games 販売: Lo-Fi Games 発売日: 12月6日
機種: PC

改めて2018年という年を振り返ると、今年もまた綺羅星のごとく輝くゲームたちが産み出された一年だったと実感する。多くの開発者が愛情をもって取り組んだであろう作品群に触れる喜びにひたり、そして人間の創造力というものに驚かされる。そんな素敵な一年だった。その中であえて最も心に響いた作品を挙げるならば、と考えた時に真っ先に頭に浮かんだのは『Kenshi』だった。映画や小説にも言えることだが、沢山の作品に触れていると、ごくまれに「自分のために作られたのではないか」と思う一本に出会うことがある。筆者にとっては本作がまさにそれだった。

本作の魅力は、さまざまな楽しみ方を許容するその自由度の高さだろう。プレイヤーは法も秩序も失われた終末世界において、何者でもない存在として誕生する。そこからどのように進めるか、何を目的とするかはすべて自由だ。ただ好奇心の趣くままに進めるのも良いだろう。「俺より強いやつに会いにいく」とばかりに力を追い求めるのも良い。もちろん盗賊となって奪う側へと回る、旅商人として街から街へと旅をするなど、プレイ方針を設けて一種の縛りプレイをすることも可能だ。自ら立てた目的をどのように達成し、いつ旅を終えるか。すべてがプレイヤー任せで、だからこそ独自の体験が約束されているのである。そんな懐の広い本作にどうしようもなく惹かれてしまった。

やがて英雄となる人物の物語を追体験できるゲームというのは、もちろん魅力的だ。さまざまなドラマを経るうちに、プレイヤーは主人公や仲間たちへと感情移入し、物語へ没入していく。だが、一方で思うのだ。ウィザードリィのようにストーリー性が薄く、決まった主人公もいないゲームほど、多くのプレイヤーが自らの体験を熱く語るのはなぜだろうと。おそらくそれは、他の誰でもないプレイヤーだけの物語が展開されるからではないかと筆者は愚考する。あるいは必要最小限の言葉で語られる物語ほど、想像で補完する余地が生まれるのではないかと。そして『Kenshi』もまた、自分だけの物語を楽しむことができる一本なのである。それは「RPG」、すなわち「役割を演じるゲーム」のあるべき姿のひとつではなかろうか。そんな訳で、筆者が余暇のすべてを投入して一気に200時間も廃人プレイしてしまった魅力あふれる本作に、今年の個人的ゲームオブザイヤーを捧げたい。
by Kouzou Suzuki

 

『WILL: 素晴らしき世界』

――時間軸を跳躍する、豪胆で繊細な物語

開発: WMY Studio 販売: WMY Studio 発売日: 11月15日(PS4/Nintendo Switch版)
機種: PC/PS4/Nintendo Switch

人類の意識の変革を信じている作品がある。たとえばクリストファー・ノーランの映画「ダンケルク」。この映画は二週間の出来事、一日の出来事、一時間の出来事をそれぞれ同時並行的に描く。物語において時間軸は確かにズレているのだが、我々には同時多発的に出来事が起こっている印象を抱かせる。そしてそれぞれ時間軸が交錯する瞬間があり、そのとき、我々はパズルのように自分の頭の中で時空間を数学的に整理する必要がある。はたして100年前の人はこの高度な物語文法についていけただろうか。

映画が、まだ物語らしい物語をもっていなかった初期の時代。そこに「追う者と追われる者」といった複数の出来事を交互に描き、最終的にひとつに収束する編集技法「クロスカッティング」が発明された。現実では他者の視点を持つことなど到底ありえないわけだが、違う時空間を交互に描くことは、観客はそれぞれの時空間の理解をそのつど変える必要があり、この目まぐるしさはそれだけで緊張感をもたらす。そして時空間は最終的にひとつに収束することは、物語を描くにあたって不可分な「結末」の概念の必要性を意味している。こうして複数の時空間、場面転換を描けるようになって、はじめて映画が物語を描くようになっていった。これがめぐりめぐって現代の複雑怪奇な「ダンケルク」として結実しているわけだが、冷静に考えてみると、人類がこの物語形式を自然に受けいれていること自体が、驚愕すべきことなのかもしれない。

このような観点から、私はビデオゲームにおいても複数の時空間を描き、その関係性を再定義する作品を一貫して高く評価している。たとえば場面転換そのものをビデオゲームに持ち込んだ『ポートピア連続殺人事件』、時空間の場面転換を任意に設定できる『この世の果てで恋を唄う少女』、時空間を多彩にした『街』などだ。近年では空間を三つに分けて、それぞれの時間軸を解体した『ZERO ESCAPE 刻のジレンマ』は賞賛に値する。

『WILL: 素晴らしき世界』は、もともと編集部からの持ち込まれた企画によって触れたゲームだったが、鈍い衝撃を覚えた。本作はビデオゲームのさまざまな慣習から逸脱しているからだ。多彩なキャラクターが登場するが、それぞれを平等に描こうという意識が向けられていない。さらに舞台となる空間的な枠組みがなく、国すら違っている。またアドベンチャーゲームはもともとボードゲームから誕生した経緯があるため、「時間の省略」という技巧はあまり尊重されていなかったが、本作では軽々と時間が跳躍していく。またこの場合、各キャラクターがどのように交錯していくかが問題になってくるが、言葉を入れ替えるパズルというテキストで紐付けるという、豪胆な手法によって解決している。形式的な挑戦に終わらず、シナリオには人間の血が確かに通っており、各キャラクターの描き方は見事。涙なしにはプレイできない。

私は、このゲームを制作した王妙一氏の作品をこの一作しかプレイしていないが、すでに天才だと思っている。もしビデオゲーム界のクリストファー・ノーランを探しているのなら、王妙一氏の『WILL: 素晴らしき世界』に触れるべきだろう。
by Koji Fukuyama

 

『Red Dead Redemption 2』

――人を変えることはできない。ただ本質に近づいていくだけだ。

開発: Rockstar Studios 販売: Rockstar Games 発売日: 10月26日
機種: PS4/Xbox One

「一年を代表するゲーム」という意味では、2017年は『PUBG』、2018年は『フォートナイト』が該当する。ただそれでは面白くないということで、昨年2017年の同企画にて筆者は「最も心を動かしたゲーム」という基準を設け、『Life is Strange: Before the Storm』を選出。今年も同じ考えのもと『RDR2』を選ぶことにした。

『LiS BtS』と『RDR2』には、「高く評価された作品の前日譚」という共通項があり、両作からは前日譚だからこそ描ける物語というものを学ばせてもらった。こうした前日譚というのは、既存キャラクターの過去を描くことで人物像を膨らませたり、作品のテーマに細やかなニュアンスを加えたり、先の展開を知っているからこそ生きてくる演出や心情描写を添えたりといった、細部へのこだわりによりシリーズ全体に厚みを持たせる力を持っている。そして『RDR2』は、まさしくディテールに力を注ぎに注いだ作品であり、それがそのまま前日譚としての魅力にも繋がっていると筆者は感じている。

たとえば『RDR2』では、「人を変えることはできない、ただ本質に近づいていくだけだ」という趣旨の台詞が繰り返される。それは主に主人公アーサーやジョン・マーストンが、彼らが所属するギャングのリーダーであるダッチについて語る中で発せられるものだ。しかしその言葉はのちに、自身の生き方を変えようと何度も苦心する、『RDR』の主人公ジョンの背中にのしかかっていく。そして「自分を変えることはできない」という言葉は、1作目『RDR』にて、ダッチからジョンにそっくりそのまま返されることになる。変われないと悟ったダッチと、変わりたくても振り返らずにはいられないジョン。2人の「本質」は『RDR2』によって、より明確になる。

このように1作目と2作目で繰り返される台詞は、ほかにも複数存在する。「振り返るな」という台詞が良い例だろう。逃げ出して後ろを振り返らず、新しい人生を歩んで欲しい。その願いは、アーサーからジョン、ジョンからジャックへと、贖罪の念と共に託されていくのだが、彼らは結局振り返ってしまう。一方、ダッチは「俺もずっと自然に逆らってきた。無駄だ…今なら分かる…無駄だと」という台詞を残している。実は彼は、1作目と2作目にて、ほぼ同じ台詞を同じシチュエーションで発している。2回ともダッチは台詞の後で同じ行動を取るのだが、その結果は大きく異なる。世の流れの変化には抗えない。そんな彼自身の台詞を体現してみせるような一幕であった。このように『RDR2』は、1作目の台詞や登場人物の信念を徹底的に補強することで、作品単体としてだけでなく、『RDR』シリーズ全体に深みを持たせている。この前日譚としての『RDR2』に筆者は心打たれたのである。
by Ryuki Ishii

 

『Celeste』

――山を登り続けた先にあるもの。

開発: Matt Makes Games 販売: Matt Makes Games 発売日: 1月25日
機種: PC/PS4/Xbox One/Nintendo Switch

昨年12月に、AUTOMATONの礎を作り上げた編集長が退社し、編集部の体制が変わった。それにちなんで、才能あるライターが異なる活躍の場所を求めて去っていった。残されたメンバーのひとりとして、どのようにAUTOMATONらしさを保ち、発展させていくか。そんなことを考え巡らせている1月に、『Celeste』は発売された。

『Celeste』は、少女Madelineが険しい山を登る物語を描く横スクロールアクションゲーム。進むステージは、針と穴だらけ。失敗を誘うかのような過酷なギミックがMadelineを待ち受ける。何度も何度も失敗を重ねながら、少女――および操作する自分自身が、山を登っていく。登頂は決して順風満帆ではなく、大きなつまずきもある。葛藤し、苦しみ、絶望しながらも進んでいく。『Celeste』の山は、極めて過酷であるが、一方で優しさもある。少なくともある程度は失敗することから逃れられないが、何度も繰り返せば構造を身体が覚えていき、光明が見えてくる。失敗時の演出も極めて短く、少女が弾けるエフェクトは、むしろ気持ち良いと呼べる部類のもの。失敗を恐れさせない優しさを兼ね合わせている。

そしてMadelineは内在的な矛盾に振り回されながら、山を登り続ける。いつしか、そんな少女の状況と自分の状況を少しずつ重ね合わせていた。ステージは巧みに設計されているものの、時としてその難易度の高さゆえに、リトライがひたすらに続くこともある。先に進めないことに虚無感を抱く時間もあった。しかし、そこに諦めるという選択肢はない。山があれば、登らなければならない。Madelineが足を止めないのと同じように。そしてメディアが休まず運営され続けるのと同じように。少女の心理を映し出すステージはその輝きを失わないまま、物語は終わりを迎えた。

メディア運営は山登りであるが、山頂は存在しない。終わりはなく、常に登り続けなければならない。しかし登り続けることに意味はある。もがくような形でも、登り続ければ前に進んでいく。苦しみの果てには、達成感がある。それはMadelineが教えてくれたことだ。筆者にとって『Celeste』が特別なのは、ただ優れたゲームであるというだけでなく、自分のすべきことを認識させてくれた点にある。それはつまり、何があっても、登り続けるしかないということ。しかし登り続けるにはエネルギーが必要だ。そうしたエネルギーは、常に読者からもたらされている。毎日記事を出すたびに、もっと有意義な情報を届けたいと感じる。ひとつひとつの記事を読みこんでくれるし、誤りがあれば真摯に指摘してもらえる。理知的であり批判的思考を持った読者がいるからこそ、AUTOMATONはAUTOMATON足り得るのだ。

『Celeste』は筆者に、あらためて覚悟を抱かせてくれた作品だ。その覚悟と支えをもって2018年は山を登り続けることができた。前述した読者、バックアップしてくれている会社、二人三脚を続けてくれている編集員、寄稿してくれているライター、そして今は関わっていないが、遠くで見守ってくれている関係者。あらゆる存在が、運営の糧になっている。すべての人々に多大なる感謝の気持ちを示し、本稿と2018年のAUTOMATONを締めくくりたい。
by Minoru Umise

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