中国国営紙がゲームを「精神的アヘン」と呼んだことで、なぜ中国大手ゲーム会社の株が急落したのか。IT・教育産業を直撃した取り締まり事例の数々

今月8月3日、中国の国営通信社・新華社の新聞紙である経済参考報から「精神的アヘンが数千億人民幣の産業に成長した」というタイトルの記事が公開された。中国の機関紙とも呼べる新聞が、ゲームを強く批判する声明を出したのだ。

今月8月3日、中国の新華社通信系列の国営紙である経済参考報から「精神的アヘンが数千億人民幣の産業に成長した」というタイトルの記事が公開された。この記事では中国のゲーム産業を、中国の青少年をゲームに惑溺させるための「精神的なアヘン」と称した上、「どんな産業・スポーツも、若い世代を滅ぼす対価によって発展してはいけない」とeスポーツ事業も含めて批判し、「厳しく処罰する必要がある」と呼びかけている。中国の機関紙とも呼べる新聞が、ゲームを強く批判する声明を出したのだ。
【UPDATE 2021/08/10 20:20】冒頭説明を修正。
 

経済参考報の記事で使われている画像。子どもたちがゲームの悪影響を受けているような印象をもたせる。

 
公開されるや否や、この記事の影響はまたたく間にゲーム業界に広まった。中国のゲーム大手企業Tencent(テンセント)を始め、多くの企業の株価が大幅下に落したのだ(Bloomberg)。テンセントはその日のうちに株価が6.1%ほど下落した。そのほかにも、NetEase(ネットイース)の株価が8%近く下落。中国のゲーム企業全体で、時価総額にして数千億香港ドル相当の損失を出す結果となった。

この記事が公開された4時間後、該当記事が経済参考報の公式サイトから一時的に削除。そして同日夜ごろにもう一度掲載された。その際、「精神的アヘン」の文言がタイトルから削除された。しかしながら、記事の内容は変更がないままとなっている。経済参考報の記事が一時的に削除された影響か、上述したゲーム企業の株価は若干ながら持ち直した。 

この記事からもっとも影響を受けているテンセントは、記事が公開された5時間後、同社傘下スタジオTiMi Studiosが手がける大人気ゲーム『王者栄耀』の公式Weiboアカウントで、対応措置を発表した。その内容とは、すでにゲームに実装されている「ゲーム中毒防止システム」(中国語:防沉迷系统)のルールを変更するというもの。具体的には、未成年者のプレイ時間の短縮、実名認証の強化などの措置をおこなうという。つまり、未成年者がゲームにアクセスできる期間と手段をさらに厳しくするわけだ。 
 

「全面的な取り締まり」の一環 

中国の機関紙とはいえ、どうして記事一つで、ここまで大きな結果がもたらされたのだろうか。その理由は、政府関係機関が記事を掲載しただけでなく、実際の行動に移す可能性が高いからである。中国政府はいま、自国内のIT企業に大きな圧力をかけている。今回の件が起こる前には、大手配車アプリDiDiも似たような“措置”を受けていた(CNET Japan)。DiDiがニューヨーク証券取引所で上場したわずか数日後のことだった。 

この時中国政府は、「個人情報の収集に関するルール違反」または「国家のデータセキュリティがアメリカに流出する危険がある」との理由を突如挙げ、DiDiを処罰しようとしていた。結果として、翌日にはDiDiが中国のアプリストアから削除された。またDiDiも政府からの調査と要求に応じると発表した(ロイター)。こうした前例を見ると、今回テンセントおよび中国で大人気のゲームアプリ『王者栄耀』も、同様に規制や処罰を受けかねない。だからこそ、上記のように迅速な対応措置の発表をしたのだ。 
 

テンセントが現在使用している「ゲーム中毒防止システム」のUI。中には年齢を基準にしたレーティングのようなシステムが存在し、適度なゲームは心身に有益であるとの説明文もあった。(Weibo

 
ゲーム産業(主にはテンセント)やDiDiだけではなく、中国政府は近ごろ熱心に中国のIT企業を“整理整頓”しているようだ。同日となる8月3日には、中宣部(中国共産党中央宣伝部)を始め5つもの部署から「インターネットサイトのアルゴリズムを整理し、正しくない情報をユーザーにおすすめしないように」と警告が出され、中国のIT企業にプレッシャーがかけられた。 

それ以外にも、今年4月には中国の大手電子商取引会社アリババも、独占禁止法違反が原因で、政府から182億元(約3050億円)という莫大な罰金を課されたケースがある。自社のプラットフォームに出店する企業に対し、競合他社への出店を禁止する「二者択一」行為に対する処罰だ(JETRO)。また、同様の原因により中国の注文配達デリバリーサービスを提供する大手Meituan(美团)にも、10億ドルの罰金が課されると予想されている(The Wall Street Journal)。ゲーム産業とはいえ、中国では大手IT企業であるテンセント、ネットイースなどの大手企業も、こうした取り締まりを受けているのかもしれない。 
 

「ゲームはドラッグだ」とレッテル付けする伝統芸 

実は、中国政府がゲームを“ドラッグ”と称するケースは今回が初めてではない。過去事例があり、一種の伝統芸ともいえる。 
 

2016年における中国政府によるゲーム産業に対する規制のまとめ。「ゲームを正式に運営するためにはライセンスを獲得する必要がある」「青少年を保護するためにゲーム中毒を防止するシステムを実装させる」「ゲーム審査のルール変更」など、さまざまな措置がある。(Weibo) 

 
2000年には、中国のもう一つの機関紙である光明日報が、ゲームのことを「電子ヘロイン」と称したことがある。この記事は当時の中国社会に大きな影響を与えた。同年、政府は中国でゲームをプレイできる場所のひとつであるネットカフェを広範囲に取り締まった(People.cn)。これ以来、中国政府は定期的といっていいほどに、ゲームを批判する記事を出しながら、ゲームを規制してきた。2015年までは、中国では「ゲーム機販売禁止令」(関連記事)が出されており、中国で海賊版ゲームが横流しされていたことも、一連の規制に大きく関係していた。 

また余談であるが、中国では「ゲーム依存症」を治療する施設が多数存在。その多くが子供を虐待する施設であると、伝えられている(Wikipedia)。 
 

「青少年を保護するため」 

さらに今回の事例の背景には、発端となった経済参考報の記事にも記載されているように、「青少年を保護するため」という名目があった。 

中国の教育部が7月の下旬ごろ、「義務教育段階での小中学生の負担を減らすための指導意見」を発表。その中には「電子製品を合理的に使用し…ネット中毒も防止する」という文言がある。これは経済参考報による例の記事の冒頭にも引用されていた。 

ゲームとは直接的に関係がないように見えるが、実は上記の「指導意見」が今の中国で大きな影響をもたらしている。指導意見には、学外教育を取り締まる一方、国が全国範囲の無料オンライン学習を開始するといった内容が盛り込まれていた。そして指導意見の公開後、突如に中国の学外教育産業が、警察など政府機関の取り締まり対象になった(Diamond Online)(The New York Times)。中国の大手教育関係会社の株価が軒並み30~50%以上急落し、従業員たちの多くは翌日から即時強制退職させられた。 

教育産業は、コロナ禍の影響による急成長が突如停止し、一夜ですべてがゼロに戻ったと言っていいほどの惨劇だった。このように、中国の政府はどんなに発展した産業でも一夜で潰す権力と行動力がある。教育産業が受けた打撃の前例を見ると、ゲーム産業の株価が下落するのも無理はない。 

ではなぜ中国政府は学外教育産業に対し、このような措置を取ったのだろうか。 さまざまな原因が予想できるが、一番の原因は少子化対策だと思われる。中国の国家統計局によると、2020年中国の新生児人口は60年ぶりの低水準と発表された(朝日新聞デジタル)。中国は2016年に「一人っ子政策」を廃止(二人まで容認)したものの、統計が示すように出生数の大きな増加にはつながっておらず、今年には産児制限を三人にまで緩和した(BBC News Japan)。また、少子化の原因の一つは、子供の養育費の高騰と認識されている。そして教育コスト引き下げの一環として、今回の学外教育産業の取り締まりにつながるわけだ。 
 

中国ゲーム産業と政府の関係 

教育産業向け施策の余波が、ゲーム産業にまで広まっていった。とはいえ、中国政府は一貫としてゲーム産業を嫌悪しているわけではない。とりわけeスポーツ産業に関しては、中国政府からの支援とサポートが厚い(関連記事)。eスポーツ選手を正式な職業として認めているほか、中国で有数の国際的大都市上海を「国際的なeスポーツ都市」として発展させることを目指す(XINHUANET.com)など、さまざまな方面でゲーム産業をサポートしている。ゲームライセンス発行数の激減が原因で、海外で成功を狙うしかないゲーム会社のことも、新華社による機関紙が「中国産のゲームは海外でも大人気」と称賛している(XINHUANET.com)。 

中国のゲーム企業も、さまざまな方面で政府に対してアピールをしている。多額な税金を納めている以外にも、いろいろな方面で「ゲームは悪いものだけではない」とアピールし続けている。中国政府のイデオロギーなどを宣伝するために、たくさんの無料ゲームを開発し、政府に提案をしている。 
 

ネットイースが開発した無料ゲーム『第九所』。内容は、中国で原子爆弾、宇宙技術を研究するというシミュレーションゲーム。共産党の功績を謳う内容である。

 

テンセントが中国の機関紙である人民日報とコラボし、美しく偉大なる中国を建設するシミュレーションゲーム『家国夢』。このゲームは一時的にとても人気だった。

  
また、テンセントを始め、中国のすべてのゲーム企業は、政府のいうことをとにかくよく聞く。自社が運営するゲームのユーザー、あるいは海外のパートナーが中国政府に対する異論を唱えるとすぐ縁を切って、自分の立場を表明するなど(関連記事1/2)、愛国主義を貫いてきた。政府からの規制要求も強く抗議することなく従ってきた。ゲーム発売のためのライセンス獲得も順守。また今年に入ると、「すべてのゲームに、中国公安部のデータベースと接続するシステムを実装させるようにする」という要求にも応えている(井出草平の研究ノート)。現在中国では、すべてのゲームを遊ぶには、実名認証、顔認証を済まさなければいけなくなっている。いわば、ユーザーが何をどうしているのかは、政府がすべて把握しているわけだ。 

しかし、今年に入り急に政府からの規制が一気に厳しくなってきた。いくら政府に従ったとしても、将来が保証されないのが現実だ。たとえテンセントのような超巨大企業ですら、この「権力」から逃れることはできない。 
 

これからは 

今回の件を受けて、今の中国の学外教育産業のように、中国のゲーム産業が致命的な打撃を受けるかどうかはわからない。しかし、中国の政治状況が激しく変化しているのはたしかである。今の段階では、まだ政府から経済参考報による記事以上のアクションは起きていないが、明日になるとどうなるのかは誰もわからない。 

今年に入ってから、中国の国家主席習近平はいろいろな場所で「中国では実体経済をもっと発展させるべき」という理念を提唱している(Deutsche Welle)。また、米中貿易摩擦、中国の人権問題などが深刻化している2021年では、中国が国際社会から孤立することもしばしば見かける。今回の一連の事件は、経済と政治方面で全面的に国内に注力していくという、中国指導層からのシグナルであるとも解釈できる。 

また余談だが、8月5日に、中国の機関紙を発行している人民日報社の傘下にある証券時報の公式Weiboアカウントから、「ゲーム産業を健康的に発展させるためには、税金をもっと納めないといけない」というテーマの記事が公開された。記事の最後には「ゲーム産業の皆さんは、心の準備をしたほうがいい」とも提唱している。 

コウ
コウ

中国在住のゲーマー女子。面白いゲームと3匹のネコと一緒に暮らしています。好奇心の塊です。

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