ゲーム会社Blizzardが香港のeスポーツ選手を厳しく処分、原因は香港デモの支援。中国でビジネスをする企業が背負う政治的なリスクとは
人気ゲーム『ハースストーン』のプロ選手Chung “Blitzchung” Ng Wai氏が、Blizzard Entertainment(以下、Blizzard)から厳しい処分を受けることになった。Blitzchung氏は、アジアパシフィックグランドマスターの試合後のインタビューで香港デモを支援するメッセージを残したことが原因で、Blizzardから正式に処分されたのだ。その処罰の内容は、グランドマスターの除籍および賞金全額がゼロになるという極めて厳しいものである。海外メディアのKotakuがあらましを伝えている。
[BREAKING] Hong Kong Hearthstone player @blitzchungHS calls for liberation of his country in post-game interview:https://t.co/3AgQAaPioj
@Matthieist #Hearthstone pic.twitter.com/DnaMSEaM4g
— Inven Global (@InvenGlobal) October 6, 2019
※ 試合後、Blitzchung氏は香港デモ抗議者をイメージするようにマスクをかぶって、「光復香港、時代革命」と語った。彼がマスクをかぶるのは、おそらく先日香港政府が発令された「覆面禁止法」への反発があるのだろう。この緊急法律によると、市民は公共の場で覆面することが禁じられた。ちなみに、警察はこの法律の規制対象外だ。
Blizzardの説明によると、この処罰はルール違反(リンク先はPDF)によるものだという。ルールの規定では、信用低下を招く行為、公衆の一部または特定グループの気分を害する行為、もしくはBlizzardの評判を傷つける行為に関与したとBlizzardが判断した者は、即グランドマスターの除名および賞金ゼロに処すると明記している。Blitzchung氏のインタビューに協力した二人の台湾キャスターも、業務停止の処分を受けたという。また、この処罰を受けたあと、Blitzchung氏がTwitchでのライブ配信にて、「ハースストーンでは今日負けたが、4年の時間を失っただけだ。しかし香港が今回で負けたら、一生負けたことになる」という骨がある発言をのこし、後悔をしない立場を貫いた。
【UPDATE 2019/10/14】PDFリンク先およびルール規定内容を修正。
「Blizzardのイメージを傷つける」とは、中国国内におけるBlizzard支社のことを指しているのだろう。eスポーツ大国と呼ばれる中国では、古くからBlizzardのファンが数多く存在する。今年の8月28日から人気MMORPG名作『World of Warcraft』がサービス再開された際には、単純計算したところで平日(当日は水曜日)にも関わらず初日で中国大陸では90万人も同時に接続していることが判明していた。のちに中国の代理店NetEaseがサーバーを追加する声明を出すほどの人気ぶりだ。世界と比べても、中国のファンは人数も情熱もトップといえるだろう。この巨大な中国市場でうまくやっていくためには、中国政府と良好な関係を保つことが重要なのだ。
中国で正式にゲームを発売するには、ゲームライセンスを政府から獲得することを義務づけられている。ライセンスの発行には、ゲーム内容の審査はもちろん、ゲームの開発側とリリース側の企業も、審査の範囲内にある。政府側の「ブラックリスト」に載ることで最初から審査を受ける対象から外れることもしばしばある。ゆえに、今回のように香港を直接に支援することがないとしても、「処罰しなければ賛同と見なされる」ことは放置できない。今回の処分は、そうした危惧から出た行動だろう。最悪、「香港デモを支援する外国企業」としてブラックリストに載せられるリスクがあるからだ。
一方、米プロバスケットボールNBAも香港デモを支援するツイッターの事件で、中国国内市場で苦戦を強いられている(Bloomberg)。NBAのチームロケッツのゼネラルマネジャーDaryl Morey氏がツイッターで香港デモを支援するメッセージを発信したころで、中国のSNSのWeiboにて批判が集まり、結果的には中国現地でのスポンサー企業のほぼすべてを失った。中国の国営テレビ局CCTVとテンセントも、プレシーズンマッチの放送を中止すると発表している。Daryl Morey氏がすぐツイッターを削除し、謝罪もしたが、最悪の事態を避けられなかった。
バスケットボールは、中国でもっとも人気のあるスポーツ。NBAにとって、海外市場で一番大きいマーケットとされているのが中国である。これだけ広い層に支持されるスポーツであっても、中国政府の逆鱗を触るとあっという間にすべてを失う。この余波は、ゲーム業界にも及んだ。中国のゲーム会社Hero entertainmentがEAの『NBA Live』を代理店として中国市場に向けてリリースをしたが、今回の事件によりサービス展開を中止する声明をだした。今現在、中国のApp Storeでこのゲームがすでに検索不可になっている。また、もともと中国向けに正式販売をする予定だった数少ない正式PS4版の『NBA 2K20』も、実質販売中止になったことが、筆者調べで判明している。
もちろん、国よりも愛するチームを選ぶファンも存在する。Weiboで「Howard王颢达」を名乗った人物が、「愛するチームを支援する、捕まろう!」と発言したところ、後に中国遼源市の警察から「逮捕された」との発表があった。(ロケッツの)チーム服、黒いアイマスクとキャップ(香港デモの象徴)を着てライターを持って、中国の旗を燃やすふりをした写真を投稿したことが原因だという。こうした状況の下で、自身の身を守るために意見を表さないファンも数少なくない。ただし、ここで強調したいのは、実際、NBAが中国国内で処分されたことの最初のトリガーは、政府からのものではなく、中国ファンの自発的な行動であること。
似たような構図としては、台湾発のゲーム『還願』が世界で消えた事件もその一例になる。中国では、ゲームがもともとマイノリティーな文化であり、影響力も比較的ないといっていい。このゲームが「問題」になったきっかけは、やはり今回と同じくネット上で炎上したのが引き金。ゲーム内の小さな張り紙一枚をきっかけに、中国のWeiboユーザーから「国と国家主席を侮辱する行為は許さん!」という批判が殺到した後、政府がようやくこの騒ぎを注目し始めたのだ。そして、政府もまたこの批判を容認。反対する意見も政治上のリスクを避けるために削除または規制され、言論が統制された状態になり、このゲームは中国から永久に追放されることになった。今でも、中国では「還願」という普通の日常生活にも使う言葉が、特定の検索エンジンでキーワードとして検索不可あるいは使用不可な状態になっている。ビリビリで検索をかけても、なにも出ない状態が続いている。
これは、中国政府が長年行ってきた言論規制と、愛国主義的な教育を内包した一部の中国国民の「自己規制」から発したものである。彼・彼女らは、この国家主義的なイデオロギーを自ら道徳的、行動的に移し、自らの信念として信じることにした。「何をしても国家への侮辱などは許されない」と認識したのだ。結果的に、その信念によって自分自身または他人の行動を監視することになった。最近では、「中国で中国人の金を稼ぎたいなら、中国のルールに従え!」という意見が主流になっている。つまり、中国でビジネスをすることは、少なくとも表面上では中国の国家主義に合わせることが必要だというのが、彼/彼女らの認識。この国家主義は、必要最低限のスタンスであると、しばしば国のメディアからも愛国心あふれる人々にも告知されている。今回の事件でのルール違反は、「国を侮辱する行為、国家の統一と安全を害する行為」になると見受けられる。香港を支援することは、国家の統一に反する。国家の意思とはつまり、中国国内の主流(換言すれば共産党の意思)であるのだ。
Blizzardの今回の行動も、最初から中国国内のネチズンの「口を封じる」ことを意図したものだろう。上記のNBAや『還願』みたいな大事にならないように、事前に行動に移す。結果的に中国国内には賛同の声もあり、中国共産党系列のメディアにも「良い例」として報道された。中国国外では香港を除いた中国国内と全く逆の意見が主流である。
ツイッターでは、StandWithHongKongのハッシュタグで、ブリザードをボイコットする行動も見受けられる。中国で経営をするとくに海外企業では、中国政府からの厳しい規制を受ける他に、中国政府を擁護する愛国心あふれる人々の目線も、常に気を配らなければならないのだ。今回の事件は、米中貿易摩擦および中国の国慶節によって、人々の愛国心が高ぶっていることも背景にあると思われる。中国政府と、政府を支援する愛国心ある中国の人々の狂熱は、まだまだ終わりそうにない。
【UPDATE 2019/10/10 13:55】
「日中貿易摩擦」を「米中貿易摩擦」へと修正
【UPDATE 2019/10/12 17:45】
Blizzardは10月12日、Blitzchung氏に対する処分について経緯説明文を公開(関連記事)。処分に関して中国からの影響は無く、あくまでルールに則さないが故の処分であると強調した。重すぎると指摘されてきた処罰内容については、ハースストーンeスポーツシーンへの出場停止期間が1年間から6か月まで短縮された。