『ファミレスを享受せよ』開発者インタビュー。開発きっかけは「留年したこと」で物語の導入は「他者に言われて」、新作含め「よくわからないもの」を増やしたい


わくわくゲームズより、『METRO PENGUIN EUTOPIA』(以下、『ペンギン』)がNintendo Switch/PC(Steam)向けに発売予定となっている。

同作は『ファミレスを享受せよ』(以下、『ファミレス』)などを手がけてきた、サークル「月刊湿地帯」の最新作。やまない吹雪によって独自の文化を築いた地下のサポロシティにて、市民を襲う殺人ペンギンとの戦いなどが繰り広げられるのだという。『ファミレス』では筆者も含めて、センスのあるテキストと独特の世界観でプレイヤーを魅了していたが、本作もかなり興味をそそられる内容だ。「月刊湿地帯」のおいし水氏はなにを考え、どう思って作品を制作しているのだろうか。

京都にて7月19日から開催された「BitSummit Drift」には本作が出展されており、会場には「月刊湿地帯」のおいし水氏ときょむけん氏も来場していた。『ファミレス』の制作経緯や『ペンギン』制作でのこだわりなど、2人に話を伺ってきたのでその内容をお届けしよう。

 

左からおいし水氏、きょむけん氏のアイコン


──自己紹介をお願いします。

おいし水氏:
おいし水です、8月に23歳になります。大学を休学しながら、「月刊湿地帯」というホームページと同名のサークルでゲーム制作をしています。

──月刊湿地帯としてはいつ頃から活動されているのでしょうか。

おいし水氏:
月刊湿地帯を2022年5月に開設し、約1か月後の6月に「湖」を公開して、それから2年間ゲームをずっと作ってきました。今はプログラマーと一緒に『ペンギン』の制作を進めています。

きょむけん氏:
きょむけんです。月刊湿地帯にプログラマーとして所属しています。以前からプログラムが好きでずっとやっていたんですが、作るモノのアイデアを考えるのが苦手だったんです。おいし水とは、元は高校の同級生でした。その後大学に入ってからおいし水がいろいろやっていると聞き、作らないかと誘われて、今は月刊湿地帯で一緒にゲームを制作しています。

『ファミレスを享受せよ』


雑談するだけのゲームだった

──まずはこれまでの活動について伺わせてください。前々作『ファミレス』は、どういったきっかけから制作が始められたのでしょうか。

おいし水氏:
月刊湿地帯の開設は、私が留年したことがきっかけでした。自分に何かを課さないと、何もしなくなってしまいますし、漠然と就活のことも考えて、ポートフォリオ的なモノを作っておくべきかと考えていたんです。そこで夢に出てきた雑誌「月刊湿地帯」という名前で、自分に毎月(何かを)作ることを課しました。最初はウェブ系をやろうと思っていたんですが、別にウェブサイトを作りたいわけではなかったので、ゲームを作ることにしました。

それで何作か作ったあと、『ファミレス』を作り始めた頃には元気がなくなっていて、ゲームを遊んでも面白いと感じられない状態でした。面白いという感情がわからない状態で、とにかくゲームをプレイして面白いと感じられず、ゲームを作れなくなっていたんです。今もそれは少し尾を引いているんですけど、でも何かに触れた時に感じる感情は「面白い」以外にもいろいろあります。それで、その時の自分にとってはストーリー的な盛り上がりがあっても面白く感じないけれど、ただ文字を読むだけのゲームなら自分でもできるなと考えて、雑談するだけのゲームが良いんじゃないかと作り始めたんです。

──雑談だけだったゲームが、どういったきっかけで『ファミレス』へ変化していったのでしょうか。

おいし水氏:
そんな経緯から作り始めたので、最初は本当に雑談だけのゲームだったんです。元の作品はまったく閉鎖空間から脱出するゲームではなくて、閉じ込められている状況自体を描いていました。バックボーンがないとキャラクターが作れないので、今のゲームに繋がる設定自体は最初からありましたが、キャラクターやシチュエーションの謎を明かす必要はないと思っていたのです。でもきょむけんとは別の友だちに会った時、作っているゲームのことを話して「いいと思うけど、盛り上がりは物語的にあったほうがいいんじゃないか」と指摘されました。そりゃそうだなと納得して、手を動かしているうちに浮かんできた要素を段々増やし、今の形になっていきました。

『いるかにうろこがないわけ』


──続いて前作『いるかにうろこがないわけ』(以下、いるか)は、どういった経緯から制作されていったのでしょうか。『ファミレス』とは違って、ストイックなゲームプレイが中心に据えられていますが、『ファミレス』制作の反動なのでしょうか。

おいし水氏:
反動で作っていったのは『ペンギン』(現在開発中)の方ですね。『ファミレス』のあと、『ペンギン』をストーリー的な反動で作っていたんです。『いるか』は『ペンギン』を作ってる途中に現実逃避というか、一度別の作品を作りたくなって制作を始めました。私はゲームでは、短くて洗練されていて、それでいて引き継ぎ要素がまったくないゲームが好きです。なので『いるか』もそういうゲームを目指していきました。

たとえば、『Nuclear Throne』が本当に大好きなんですよ。『Nuclear Throne』はゲームデザインが素晴らしくて、やればやるほど極限まで考え抜かれていて、ミニマルによくまとめられていることがわかってきます。とんでもないゲームです。1日に10時間続けて遊ぶようなプレイスタイルではなかったので、プレイ時間は180時間ぐらいなんですけど、一時期は毎日必ず遊んでいました。あとは『Downwell』のミニマルさとゲームデザインの緻密さも好きです。見下ろし型の2DのツインスティックSTGも好きで『Hotline Miami』もかなり遊びましたね。そういう、ミニマルで洗練されたゲームプレイの作品を、自分なりの形で出してみたかったんです。

──『いるか』は確かにストイックなゲームなんですが、おいし水さんの遊ばれているゲームが『ファミレスを享受せよ』の印象とは違ったので、少し意外でした。

おいし水氏:
自分で、作りたいものと好きなものが結構乖離しているなとは感じます。たとえば『ダークソウル』シリーズも好きですが、別に作りたいとは思わないです。作るのと遊ぶのはまた別の行為だと思っています。『いるか』みたいな例外はあるものの、自分はゲームを作る時、物語表現を中心に置いているつもりなんです。でも自分が遊ぶのは単純に面白くて、奥が深い感じのゲーム。ストーリーもあまりないようなものが結構好きな気がしますね。ノベルゲームとかは本を読めば良いという気持ちが強いので、全然プレイしていません。

──「月刊湿地帯」や他誌のインタビューなどを見ていると、本をかなり読まれていますよね。

おいし水氏:
小説が好きで、結構読んでますね。でもゲームもかなり遊んでいて、AAA級のゲームを何も考えず遊ぶのも好きだったりします。たとえば『アサシン クリード ユニティ』をなにも考えずにずっと遊んでいた時期がありました。クリア後の街をひたすら駆け巡って、テンプル騎士団を何時間も倒していましたね。


困惑されるような作品を作りたい

──ここまで前2作について伺ってきましたが、では『ペンギン』はどういったところから制作が始まったんでしょう。

おいし水氏:
『ファミレス』と出発は近いですね。取っ掛かりとしては、まず昔考えた「札幌市の地下でペンギンを殺す孤高のヒーロー」という設定がありました。ストーリーや舞台設定が先にあり、それを表現するためにどう作れば良いのかを考えて、システムを設計していった形です。制作を始めた頃の「月刊湿地帯」の記事では、主人公がペンギンを模した被り物を被った戦士と出会うといった内容を書いていましたが、一部引き継いでいるものの現在は変わっています。またバトルシステムは、好きなゲームの一つである『Darkest Dungeon』を自分なりに再構成しています。結構違うんですが、好きな部分を参考に組み立てていきました。

──先ほど試遊させていただきましたが、遊びがいのあるバトルがありつつ、センスのある世界観やテキストでまとめられていて、完成への期待が高まりました。『ペンギン』は、どういったゲームだと捉えて制作されていますか?

おいし水氏:
よくわからないものを作りたいという気持ちで作っています。小説など、よくわからない作品が好きなんです。たとえば最近だとロン・カリー・ジュニアの「神は死んだ」という小説を読みました。紛争中のスーダンに神が若い女性の姿で現れ、神の死をきっかけにいろんな変なことが起きるんですが、よくわからないなりにテーマや方向性が感じられました。安部公房の作品もそうなんですが、方向性がはっきりしていても、わけのわからない形を取っているモノが好きです。チャールズ・ブコウスキーの「パルプ」など、はっと思わせられるような体験を小説で味わうのが好きなんです。自分の中では、めちゃくちゃ変にしようとは思っていないんですが、感動よりも表現としての変さというか方向性の定まらなさ、「なんなんだこれ」と困惑されるような作品を作りたいと思っています。

──きょむけんさんは、『ペンギン』をどんなゲームだと思って制作されていますか。

きょむけん氏:
あまりどうというのはないのですが、渡された内容を確認しながら、おいし水の考えたゲームを上手く描写できるように頑張って作っています。『いるか』のNintendo Switch版移植も担当したんですが、『ペンギン』だから、『いるか』だからどうというのはあまりないですね。

──きょむけんさんから見て、おいし水さんはどんな方ですか。

きょむけん氏:
悪い意味ではないんですが、変な人ですね。少なくとも、自分とはタイプが違うと感じています。もともと同級生だったので、あまり何も感じていない、というのが一番近い感想かもしれないです。

おいし水氏:
変なものを作りたいのはそうなんです。でもそれは、自分の中にある表現したいものと向き合った時に、既存のパターンだと上手くはめられず、変な形にならざるを得ないからだと思っています。『ファミレス』の時もそうでしたが、先入観を与えたくないのでテーマは明かさないことにしているものの、自分の中にしっかりテーマはあるんです。自分の中にあるテーマに沿って表現したいことを考えた時、「ペンギンを殺すヒーロー」みたいなイメージが当てはまってくる。変な形になってくるんです。

──『ファミレス』や『いるか』は独特でありつつも、ゲームとしてはわかりやすい内容でした。形にしていく中で、大事にしていることはありますか。

おいし水氏:
個人的な趣味としては、全然わからなくてもいいと思っているんです。ですが『ファミレス』の時は、後半の展開はわかりやすく作ろうと考えていました。物語としてもちゃんとオチをつけようと思っていたので、結構わかりやすくなったのかなと思います。『ファミレス』自体でいえばフリーゲーム的な雰囲気を踏襲しつつも、違う空気を出すことを意識していました。個人的に、フリーゲームは物語や設定のほのめかしが多い印象があります。だったら私は、説明する方向でいってみようと考えていました。総当たりのシーンも、脱出ゲーム的なお約束を無視して主人公が正解にたどり着くまで手動でやればいいと思ったので、主人公が総当たりに挑む形式にしたんです。

あまりプレイヤーに届けたいとは思っていなくて、わかる人にわかればいいかなぐらいに思っています。わからなくてもいいというか、困惑してくれたら嬉しいです。楽しい以外の感情も意味があると思いますし、楽しさとか感動だけを届けるのが表現物じゃないと思うので、そういうよくわかんない感覚になってもらえればと考えています。よくわからないものが好きですが、世の中に少ないので増えてほしいと思っており、好きなので自分もジャンルがわかりにくいものを作ろうとしている節はありますね。



芯のあるキャラクター、システムとストーリーがリンクする楽しさ

──『ペンギン』の制作において、システム面で大事にしていることがあれば伺わせてください。

おいし水氏:
システムでは、第一に制作が大変過ぎないようにすることを考えていました。RPGですし、基本的に同じシステムで進んでいくようにしています。また戦闘はフレーバー的な側面もあるので、命がけで戦う緊張感や、やらなきゃやられるスピードや高揚感を表現できるように設計してきました。やっぱりゲームシステム単体で面白いのがいいと思うんですが、それはそれとして絶対ストーリーとリンクさせたいと思っています。システムとストーリーの距離を近づけられることが少人数で作る強みなので、そこはやらなきゃ意味がないと思っていますね。

──きょむけんさんは、これまで『ペンギン』を作っていく中で、大変だったところはありました?

きょむけん氏:
仕様変更ですかね。そんなに多くはないと思うんですが、結構しっかり作ったのにすでに3回か4回ぐらい仕様変更が入っています。毎回、若干規模が大きいところを触ってくるので、「もう作ったのに」とちょっとショックではありました。もう慣れたんですけど。

おいし水氏:
コンセプトとゲームを一致させる部分では頭で思い描いたとおりになるんです。でも、手を動かして作ってみないとわからない部分もあるので、そういうところは変更しましたね。あまり具体的な変更点は覚えていませんが、戦闘関連は結構手を入れています。探索もすでにシステム自体は作ってはいて、マップの作り方を変えましたね。

本作のマップはランダム生成です。探索シーンを一通り見ていただかないと伝わらないかもしれませんが、イメージでは『ウィザードリィ』などダンジョンRPGが近いかもしれません。マスごとにイベントやバトルがあり、マスを進むことで攻略を目指していきます。ランダム要素はあるもののローグライクではなく、マップをランダム生成にすることで攻略を見ればいいという状況を防ごうとしています。それで、もともと想定していた仕組みでは、たしかマップごとにそれぞれ固有のプログラムで生成する方式で作っていたんです。そこから、ユニットごとに組み合わせていく方式に変えて、楽に個性出せるような形式に変更してもらった形です。

──本作でもっともこだわっているポイントはなんでしょうか。

おいし水氏:
どの作業も大変ですし、どれもこだわっている気持ちになるんですが、一番はやはりテキストで、キャラクターですね。ストーリーはキャラクターがいないと成立しないので、一つ一つの言葉にキャラクターの背景が映るように。『ファミレス』でもそうだったんですけど、ちゃんと裏付けのある、芯のあるキャラクター描写をしようと気を使っています。

──『ファミレス』でもキャラクターには愛着がもてたので、期待しています。最後に読者へ向けてメッセージをお願いします。

きょむけん氏:
おいし水さんの考えた内容を、なるべくそのままお届けできるように頑張っています。しっかり快適に動くように作っているので、楽しみにしていてください。
 
おいし水氏:
本作は、ペンギンについて結構調べた上で作っています。素人なので言い切ることはできないんですが、調べた結果として、ペンギンは逞しくて生命力のある生き物でした。そうやってペンギンについていろいろ調べた上で、本作ではめちゃくちゃ嘘をつきながら制作していますので、ペンギンが好きな人も楽しみにしていてください。2025年中には完成させたいと思って開発していますので、よろしくお願いします。

──ありがとうございました。


月刊湿地帯による最新作『METRO PENGUIN EUTOPIA』は、PC(Steam)/Nintendo Switch向けに開発中だ。