エヌ・シー・ジャパンは9月15日、MMORPG『ブレイドアンドソウル』にて大型アップデート「胎動」を実装する。同作はNCSOFTランチャーにて提供される、PC向けの基本プレイ無料オンラインRPGだ。壮大な世界が展開され、9999兆通り以上のキャラクターメイキングが可能。基本職業14職それぞれで異なるアクションと、スピーディーなスキルを使いこなすことで、本作ならではの爽快さを体感できる。そして、今月15日に実施される大型アップデートでは、同作が大胆に刷新。ゲームエンジンがUnreal Engine 3(UE3)からUnreal Engine 4(UE4)に移行され、ゲームが根底から作り直される。より美麗なグラフィックで繊細な表現ができるようになるほか、ロード速度が向上し、ゲーム動作も快適になるのだ。
ユーザーにさまざまなメリットをもたらすUE4への移行だが、実はUE3からUE4への移行にはさまざまな技術的ハードルが存在する。はたして、ライブサービスゲームにおけるエンジンアップグレードはどのような工夫のうえに実現したのか。そしてUE4への移行は具体的にどこまで恩恵をもたらしているのか。Unreal Engineに詳しく、MMORPGの開発に携わってきたIndie-us Gamesの中村匡彦氏を聞き手として、技術面について『ブレイドアンドソウル』開発チームにインタビュー。制作を担った3名に詳しく話をうかがった。本記事はエヌ・シー・ジャパンとのタイアップ企画記事である。
金弘才氏:
『ブレイドアンドソウル』プロダクトディレクター
鄭泳彩氏:
『ブレイドアンドソウル』アートディレクター
李昇鉉氏:
『ブレイドアンドソウル』リードプログラマー
中村匡彦氏:
Unreal Engine 4を専門に扱うプロフェッショナルIndie-us Games代表。数々のゲーム会社を経て現職。アートやプログラムなど、多岐にわたる分野に知見を持つ。
従来の作風を活かしたアップグレード
中村氏:
『ブレイドアンドソウル』といえば、もとから非常に美麗なグラフィックで有名なゲームです。UE4へのアップグレードによる変化でもっとも注目してほしい部分はどこでしょうか?
金弘才氏(以下、金氏):
もとのグラフィックが優れているからこそ、ゲームエンジンをUE4へアップグレードすることはとても大変でした。『ブレイドアンドソウル』のアートの独創性は、いまだにほかのゲームとの差別化が図れる要素です。しかしながら、UE4の特徴である、アートの写実感を活かす物理ベースのレンダリング方式は、既存のキャラクターや背景に“そのまま”適用すると、何だか物足りなさを感じました。
そこで、本作のアートの独創性を活かすため、UE4の物理ベースのレンダリング方式に加え、『ブレイドアンドソウル』ならではの新しい方式を追加しました。そうすることで、UE3を基盤としていたアートの独創性を活かすことができたんです。もちろん、この作業のためアートディレクターの鄭泳彩がとても苦労しました(笑)
また、UE4では4K解像度に対応しているため負荷が大きく、グラフィックカードによってはパフォーマンスが落ちる場合もあります。そうした状況でも最適なプレイ環境を提供できるように、グラフィックパフォーマンスモードを自社で開発し、高い解像度でも快適なプレイができるようにしました。
中村氏:
なるほど。単純にUE4にアップグレードするのではなく、『ブレイドアンドソウル』の持ち味を活かすための改良を施したのですね。このアップデートで採用されているUE4のメジャーバージョンはいくつになるのでしょうか?現在のUE4は4.27の正式版が出ている状態です。
李昇鉉氏(以下、李氏):
現在『ブレイドアンドソウル』のUE4バージョンは4.25を使用しております。本作はライブサービスゲームのため、エンジンバージョンを簡単にアップグレードすることはできませんが、UE4側で追加されるエンジン機能は細かくチェックしています。今後特定の機能が必要になった際には、システムが安定したタイミングで、アップグレードをする予定です。UE3からUE4へのアップグレードもできましたので、マイナーバージョンアップデートもそんなに難しくはなさそうです(笑)
中村氏:
UE3からUE4へのアップグレードですが、実際にはどのくらいの期間をかけておこなわれたのでしょうか?今回はかなり大掛かりなアップデートなのは予想がつきましたし、道のりも簡単なものではなかったのではないかと。
金氏:
最初の計画からR&D(研究開発)へと進行するまでに、3年ぐらいかかったと思います。とくに、計画を確定したり進行したりするプロセスについては1年ぐらいかかりました。その中で、既存のUE3で作られたコンテンツを制作し直すのは費用の問題もありますし、過去のものをそのまま活かすことはできないと考えました。そこで大きな方針としてはコンバートで進行したのですが、そのおかげでリードプログラマーの李がとても苦労しました(笑)
リッチに進化するグラフィック
中村氏:
苦労の甲斐あって、さまざまな変化がゲームに表れていると思います。とくにグラフィックの強化は目に見えてわかりやすい変化ですよね。比較動画を見ると、鮮やかさやコントラストが上がっていることに気づきます。これらの変化の意図は?
鄭泳彩氏(以下、鄭氏):
この動画は、UE4に移植した『ブレイドアンドソウル』の初期バージョンと旧バージョンを比較したものです。ここでは、UE4の特徴である物理ベースのレンダリングを通じ、より写実に近いニュアンスを強調するために、中低彩度のポストプロセスを使用しています。しかし後になって見たときに、これは『ブレイドアンドソウル』の特徴とはかけ離れていると感じたんです。そこで、UE3の空気感を十分引き出せるよう色感とポストプロセスの基準を設定し直しました。加えて、共用アセットと背景のクオリティを全般的に向上させることで、既存のものと対比しディテールの質を上げることができました。
※ ポストプロセス……レンダリング前ではなく後に画面加工処理をかける手法
中村氏:
なるほど、最終的には、よりUE3時代の風合いを尊重したバランスに落ち着いたのですね。あと、光と影の表現も素晴らしいですね。従来では樹から落ちる影、いわゆるキャストシャドウがほとんど見られなかった部分にも、非常にクッキリとした影が落ちるようになっていて、明確なクオリティアップを感じることができますね。この光を調整するライティングで特に注力した点はありますが?
鄭氏:
キャラクターが背景に埋もれず強調できるようにライティングの設定を分けています。また、キャラクターの逆光を目立たせるようにライティング構造を設計しました。背景のシャドウで明暗対比を強調しても、キャラクターの影は暗くなりすぎないように調節できるようにしているため、背景ライティングに自由度を与えています。やはりUE3に比べ、キャラクターに対する背景の影響度が強いため、作業には大変なところもありました。
中村氏:
水面などの光の反射表現もわかりやすく向上していますね。これはUE4へとアップグレードを
する際にシェーダーから作り直しているのでしょうか?または新たな技術を用いられているのでしょうか?
鄭氏:
UE4アップグレードに際しては、すべての箇所で新しいシェーダーを適用しました。水面の表現と水の中のニュアンスが強調されるようにシェーダーを制作し、適用しています。ただし一部では「UE3版よりも水が濁って見える」というフィードバックがあったため、再びUE3方式に戻したところもあります。「半月湖」の水が代表的な例ですね。
中村氏:
繊細な調整をおこなっているのですね。キャラクターの衣服のシワやハイライト、鎧などの金属の光沢表現もわかりやすく向上していますよね。特にキャラクターはプレイヤー自身のアバターなので、良く見せたいという気持ちがあると思いますが、衣装ではどのような部分にこだわっているのでしょうか?
鄭氏:
『ブレイドアンドソウル』における衣装のもっとも大きな特徴は、鏡面反射色(Specular Color)に表れています。しかしこれは、UE4の物理ベースのレンダリング方式では表現が不可能だったため、別途シェーダーを制作し、鏡面反射色を維持することで、UE3でのニュアンスを失わないようこだわりました。また物理ベースレンダリング方式でレンダリングのクオリティが大きく向上したと感じられる箇所としては、金属や布などの各パートの質感です。こうした点では、クオリティがアップしていると感じられると思います。
鏡面反射色……光沢のある物質による反射光の色
中村氏:
キャラクターだけでなく、背景にも変化を感じました。背景は遠距離と近距離で詳細度を変化させるLoD(Level of Detail)技術が使われていると思いますが、アップグレード前と比べてLow Levelで描画されている部分が少なくなったと感じました。これもUE4アップグレードによる恩恵なのでしょうか?
Level of Detail……距離によって、グラフィックをまるごと差し替える手法。近い距離ではより高品質なアセットで、遠い場所ではクオリティを抑えたアセットを配置することで、負荷を軽減する
鄭氏:
UE4にアップグレードする際、従来の『ブレイドアンドソウル』のコンテンツ量が膨大だったため、すべてを新しく制作し直してしまうとUE3版での質感を活かすことはできないと判断しました。そのため、重要なアセットやよく使うアセットを中心に、クオリティを上げる作業をおこなっています。こうしたプロセスの結果として、一部の描画が詳細に見えるようになったのだと思います。
中村氏:
なるほど。背景などを中心に、テクスチャの解像度も上がっているように感じました。テクスチャもUE4アップデート時にいくらか描き直しや次世代向けのコンバートなどをおこなっていたりするのでしょうか?
鄭氏:
はい。全体アセットを物理ベースレンダリング方式でテクスチャを手直しし、解像度を上げる作業を進めました。既存テクスチャだと明暗がすべて表現されてしまうため、手直しの作業が必要となってしまったんです。そこで、物理ベースのレンダリング方式でしっかり表現するため、マスクテクスチャ方式も変更しています。ゲーム容量の問題で削った部分もありますが、全体としては、より高いクオリティの解像度で制作しています。
マスクテクスチャ……明暗の強さをテクスチャに白黒やグレーで描いて、より印象的なコントラストを反映させるためのテクスチャ
中村氏:
背景についてもう少しお聞かせください。被写界深度表現はこれまでも使われていましたが、今回のUE4アップデートにより、さらに変化が生まれているように感じました。またUE4には多様なポストエフェクトが用意されていますが、これらを効果的に利用している部分がありましたらぜひ教えてください。
鄭氏:
UE4から追加された要素として、ボリュメトリック フォグと高品質の被写界深度表現があります。さらに追加で天候生成システムのtrueSKYテクノロジーを導入し、ボリュメトリック クラウドも表現できるようになりました。カットシーンでは被写界深度とモーションブラーが追加されているので、UE3と比べて映像のクオリティが上がっていることを実感できるかと思います。ただし、ゲームの性質上ページングが存在するため、間接光をモデルとした光源処理、いわゆるグローバル・イルミネーション(GI)をうまく活かせなかったのは残念でした。
ボリュメトリック フォグ……一定空間内に霧がかかり、より印象的なライティングやエフェクトなどを画面内に与える手法
ボリュメトリック クラウド……現実の雲に近い印象を与えるために複雑な計算処理を行なうことで、空間内にボリュームのある雲をシミュレーションする手法
技術的ハードルを超えた快適さ
中村氏:
ロード時間も非常に速くなっていますね。UE3からUE4へとアップデートするにあたって、ロードシステムにはどのような変更を加えたのでしょうか?
李氏:
従来の『ブレイドアンドソウル』はリソースを順次にロードしていたため、そのゾーンで使用するリソースをすべてロードしないといけない問題がありました。長いロード時間を解決する鍵は並列ロードと非同期ロードでした。つまり、必須リソースのみを最低限ロードし、よく使用するリソースについてはリソース別に周期を管理するように多くの箇所を修正しています。そうしてすべてのリソースが並列ロードされるように実装し、ロード速度を改善しました。
中村氏:
効率のよい処理になるよう調整し、ロード時間を短縮したのですね。アップグレードを進めるにあたり、UE4からUE5へのアップグレードと比べると、UE3からUE4へのアップグレードはほぼエンジンが別物となるので、一筋縄ではいかない部分も多かったと思います。そのうえで、このUE4アップグレードでもっとも苦労された点はどこでしょうか?またそれに見合うだけのものは得られたのでしょうか?
李氏:
もっとも苦労した点は大きく分けて2つありました。まず、UE3で使用していた機能がUE4では使用できない箇所があった点。そして、10年以上かけて開発されていたすべての要素を、UE4に合わせてリニューアルする必要があった点です。さまざまな試行錯誤や苦労がありましたが、各分野のスタッフたちが努力してくれたおかげで、目標を達成することができました。
金氏:
『ブレイドアンドソウル』のUE4への移行は、まだこれからだと思います。まず優先すべきなのはユーザーさんのプレイ環境を改善することです。なるべくUE3版と同じように感じられることを目指しつつ、クライアントの遅延現象を改善し、ロード時間を減らすことを目標としていました。これからはアートチームとゲームデザインチームとの協力を通じて、UE4エンジンと本作の特徴を活かし、新しい機能を適用することで、より面白いゲームプレイ環境を提供することがいまの目標です。
UE3とUE4の壁
中村氏:
UE4への適応はまだスタート地点ということですね。ところで、UE3ではUnrealScriptというスクリプトシステムが存在していました。それに対して、UE4ではBlueprintというビジュアルスクリプトシステムがあります。それぞれに互換性はありませんが、どのように対応されていたのでしょうか?もしBlueprintが利用されているのならどのような用途で使われているのか、それとも別のシステムが使われているのであれば何を使われているのかをお聞きしてもよろしいでしょうか。
李氏:
おっしゃる通り、UE4ではUnrealScriptとKismetシステムがなくなり、代替としてBlueprintシステムを導入しました。
中村氏:
では、UE3からUE4へと移る際に「UE3にしかなかった機能で困るようなこと」はあったのでしょうか?先程のUnrealScripntを含め、UE3に存在していたいくつかの機能はUE4ではなくなったということで、苦労するケースがあるという話を聞いています。
李氏:
はい。Blueprintシステムを導入する際、システムが変更されるので、新しく開発しないといけない部分があったんです。しかし、新規の制作だとゲームの動作自体が変わってしまう問題がありました。そこで協議を重ねた結果、『ブレイドアンドソウル』専用コンバーティングシステムを開発することとなり、今まで開発されたコンテンツをUE3時の機能のままで動作するように実装しています。多くの箇所が変更となり、それぞれ説明できないぐらい苦労しました。
ほとんどの問題点は『ブレイドアンドソウル』専用コンバーティングシステム制作を通じて解決でき、どうしてもUE3のニュアンスが継承されていないところについては、アートチームとゲームデザインチームとの共同作業を通じて解決しました。
中村氏:
システムごと再開発したんですね。逆に、UE4ならではの機能というのは使われていますか?UE4には非常に多くの機能があり、グラフィック部分以外でも性能が向上したという部分がたくさんあると思います。
李氏:
本当にたくさんの機能がありますよね。『ブレイドアンドソウル』でも多くの機能を使用していますが、UE4には並列システム、プロファイリング、開発環境改善など多くの機能があるので、そうした機能によって多くの部分が改善されたと思います。
「変化がない」のが目標
中村氏:
このほか、ぱっと見ただけでは気付きにくい、こだわっている部分などあればぜひ聞かせてください。
金氏:
ぱっと見ただけで変化がないように見えることが、私たちが目指していたものでした(笑)先ほどお話ししたように『ブレイドアンドソウル』のキャラクター性とアートの独創性は、いまだにほかのゲームとは一線を画すポイントだと思います。しかし、UE4の物理ベースレンダリングを通じて写実的に描かれたキャラクターを見たとき、「これは『ブレイドアンドソウル』じゃないな」と思い、キャラクターには個性が感じられませんでした。それを解消するために本作独自の特別なレンダリング方式を開発し、物理ベースレンダリングを使用しながらもUE3での『ブレイドアンドソウル』アートの独創性を保つことができています。
中村氏:
「変わらなさ」に注目してほしいということですね。最後に、もし答えられるのなら最新バージョンであるUE5へのアップグレードも検討しているのかを聞いてみたいです。もしくはぜひしてみたいという願望のみでもお聞かせください。
金氏:
UE3からUE4にもアップグレードできたので、UE5へのアップグレードも当然できると思います。ただ、『ブレイドアンドソウル』の改善はこれからです。ユーザーさんのゲームプレイ環境におけるクライアント遅延とローディング時間短縮が最優先だと判断し目標としていましたが、まだまだUE4の機能で表現し改善できる点がたくさんあります。これからUE4の機能を少しずつ研究開発して実装し、コンテンツを公開するたびにユーザーが新しさを感じられるようにしていきたいです。これからも『ブレイドアンドソウル』をぜひ楽しんでください!
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