『Spintires』が起動不可の“時限爆弾”騒ぎに発展した理由、開発者と販売元の不仲が招いたあらぬ疑惑

ロシアントラックシミュレーター『Spintires』の開発者Pavel Zagrebelnyj氏は、先日から海外フォーラムを中心に囁かれていた“時限爆弾”コードの疑惑を、業界メディアのインタビューにて完全に否定した。

ロシアントラックシミュレーター『Spintires』の開発者Pavel Zagrebelnyj氏は、先日から海外フォーラムを中心に囁かれていた“時限爆弾”コードの疑惑を、業界メディアのインタビューにて完全に否定した。ゲームが起動不可に陥るバグは決して意図的に仕込まれたものではなく、違法コピーの拡散防止のために組み込まれた整合性の確認用コードが、予期せぬ形で機能してしまった結果だと説明している。『Spintires』をめぐるパブリッシャーとデベロッパーの不仲は、以前から報酬に関する契約面での衝突が方々で話題に挙がっていたことから、今回の時限制バグは未払い金を要求する開発者が意図的に仕込んだものではないかとの噂が浮上していた。双方の意思疎通を阻害していた確執が、あらぬ疑惑を招いてしまったようだ。なお、不具合を受けてSteamページでの販売が一時的に停止されていたが、現在は正常に戻っている。

 

トップセラーの栄光に落ちた不仲の影

『Spintires』は、ロシア人プログラマーPavel Zagrebelnyj氏が開発したPC用オフロードトラックシミュレーター。2013年にクラウドファンディングサービスKickstarterで目標額を遥かに上回る6万935英ポンドの支援金を獲得し、英国のパブリッシャーOovee Game Studios(以下、Oovee)から2014年6月に発売された。旧ソ連製のレトロな大型車両を巧みに操り、舗装されていないロシアの田舎道を泥まみれで駆け抜けるというアバンギャルドな内容が好評を博し、リリースされるや否やSteamのトップセラータイトルに輝いた。その後、少なくとも1か月はベスト10に君臨。その時点で10万本の売上を達成したことも報じられていた。レビュー集積サイトMetacriticでの評価は平均67点と賛否両論だが、2014年で最もシェアされたPCゲームのトップ70に食い込んだほか、業界メディアEurogamerが「Games of 2014」に選出するなど、世界的に脚光を浴びた。

20160303_SpintiresTimeBombIssue_01一方で、同年末を境に、開発者であるZagrebelnyj氏と販売を担当するOoveeの不仲が囁かれ始めた。2014年12月、Zagrebelnyj氏がロシアのソーシャルネットワークサイトVKにて、Ooveeが売上金を持ち逃げしたと告発したのだ。当時、『Spintires』には未完成と指摘する声も少なからずあり、アップデートによる改善が期待されていた。そんな中、無料配布を予定していたマップやMod制作用ツールが完成間近だったにも関わらず、パブリッシャーと連絡が途絶えたためにゲームがアップデートできなくなったと同氏は説明。「私にはSteamにアップデートファイルをアップロードする権限はありません。そういうわけで、現時点でのバージョンをもって、マップエディターをリリースして完了となるでしょう。これ以上Spintiresが更新されることはありません」と、Ooveeへの不満を赤裸々につづっている。また、公式フォーラムから自身の投稿が全て削除されたことも暴露。ユーザーとのコミュニケーションを制限されていたことを明らかにしていた。

これに対し、OoveeはZagrebelnyj氏の主張を全面否定。同氏には合意した報酬が全額支払われたとして、契約違反はなかったことを公式フォーラムにて釈明した。「残念ながら、ロシアのフォーラムにPavelが投稿するにいたった経緯には、お互いの意思疎通に問題がありました。Ooveeは契約の終了や、それに関連する一切の通知は受けておりません。誤解を是正するために話し合いの場を設ける予定です」とコメント。『Spintires』のアップデートに関しては、権利を有しているのはOoveeであり、更なるサポートを終了する予定はないと付け加えた。翌年2月、両者は和解。OoveeのフォーラムマネージャーTony Fellas氏は、一連の騒動に関して、Zagrebelnyj氏のみならず、予想以上に規模を増したユーザーとのコミュニケーション不足がトラブルを招いたことを認め、ファンに対して改めて謝罪した。なお、当時Zagrebelnyj氏がOoveeを糾弾する内容のSkypeチャットを写した画像がネットに出回っていた件については、何者かによる捏造だと本人が認めている。同氏も和解にいたったことを喜ぶと共に、Fellas氏に賛辞を呈している。これにより、『Spintires』の運営状況は通常運転に戻り、その後アップデートも再開された。

 

掘り起こされた時限爆弾と報復の疑惑

先月、『Spintires』が突然起動できなくなったという報告が相次いだ。最初はゲームファイルのアップデートが引き金になったと疑われていたが、報告を受けた期間には一切更新されていなかったとスタッフが反論。その後、本人も起動しないことを確認したために調査が開始された。当時、この不具合はAUTOMATONでも実際に確認している。

20160303_SpintiresTimeBombIssue_02今月はじめ、ゲームに仕込まれていた“時限爆弾”コードが不具合の原因だという報告が、海外フォーラムRedditに投稿された。実行ファイルを解析したユーザーによると、コードの中に特定の日時に作動するよう設定された14のラインが見つかったという。少なくとも今年1月4日に配信されたバージョンにはすでに書き込まれていたと説明していた。これにより、フォーラムの議論は一気に過熱。かつてパブリッシャーとの確執を騒がれた開発者が、報酬の未払いに対する報復として“時限爆弾”を仕込んだのではないかと、根拠のない憶測が飛び交った。また、一部の海外メディアもスクープに飛びついたことで、疑惑に油を注ぐ形で過去の不仲が再び脚光を浴びることとなった。

この事態を受けて、Ooveeは不具合と工作疑惑に関する公式声明を発表。海外メディアを中心に根も葉もない噂が広まっている現状に遺憾の意を表すると共に、先月フォーラムで報告を受けて以降、Zagrebelnyj氏と連携して修復作業に着手していると説明した。加えて、「現在、問題を特定したことを確信しており、Pavelから提供されたホットフィックスをテストしている最中です。また、彼は今後も必要に応じて協力する態勢にあります」と、過去の確執が尾を引いていることはないことも示唆している。時を同じくして、渦中のZagrebelnyj氏もGamasutraのインタビューに答え、自身の作品に破壊工作を施すはずがないと、疑惑をきっぱりと否定。違法コピーの拡散防止のために組み込まれた整合性の確認用コードが、予期せぬ形で機能してしまった結果に過ぎないと解説している。

「いったい誰が何のつもりで妨害工作の噂を流したのか分かりませんが、Spintiresのコードを逆行分析した結果を根拠にしているようですね。とにかく、ソースコードを持っているのはパブリッシャーなので、彼らも私がSpintiresに細工するはずがないことは分かっているはずです。そんな(時限爆弾)コードはありませんよ。しかし、これまで未修正だった時限制のバグ(ゲームがクラッカーに割られていないかを確認するための自己判別機能は時間関数を使用する)があることは事実です」。どうやらOoveeとのコミュニケーション不足が招いた過去の擦れ違いが、思わぬところにバグとして残っていただけのようだ。「バグは1日前に修正されたのでSteamにアップロードされてもいいはずですが、Ooveeが何を躊躇しているのかは分かりませんね」。今月4日、Ooveeは修正パッチの配布をSteamページで公表。一時停止されていた本作の販売を再開した。

 

売上金の行方と背後に渦巻く陰謀論

とうの昔に和解したはずのパブリッシャーとデベロッパーの確執が、なぜ再び蒸し返され、今回のようなあらぬ疑惑が浮上してしまったのか。実はその背景には、先月Eurogamerによって報じられたOoveeの金銭事情が関係しているように思われる。それによると、英国政府が財政申告の不備を理由にOoveeへ事業解体を通告していたことが、2月はじめに明らかになったとのこと。不透明な金の動きが囁かれたことで、同社の運営状況に対する疑念が再燃したのだ。本件について、OoveeのウェブシステムとIT管理を統括するFellas氏は、「Spintiresのリリースや将来の計画が原因で混み合っているのです」と、収支計算が遅れているだけだと弁解している。しかし、はたして本当にそれだけなのだろうか。

20160303_SpintiresTimeBombIssue_03Oovee Game Studiosは、イングランド東部ノーフォークに拠点を構える極めて小規模のパブリッシャーだ。『Spintires』の権利を有する以前は、主にSteamストアでDovetail Games の『Train Simulator』向けにアドオンを販売していた。その頃、現在プロデューサーを務めるReece Bolton氏とマネージング・ディレクターのZane Saxton氏は、ローカル鉄道会社のカスタマーサービスに勤めており、ゲーム開発はサイドビジネス程度だったようだ。そんな折、Pavel氏が開発した『Spintires』の話題を聞きつけ、同作のクラウドファンディングを開始。目標額の4万英ポンドを遥かに超える資金調達に成功した後は、『Spintires』の爆発的な売上記録も受けて、名実ともにSteamゲームの頂点に上りつめた。相当羽振りがよかったはずだ。その証拠に、昨年2月、Saxton氏が13万5000英ポンドで購入したベンツが、たった2週間で何者かに傷つけられるという事件がローカルニュースで報じられたこともある。

実はOoveeの背景には、主要メンバーが立ち上げた複数の独立企業が存在する。現在はキプロス在住でOoveeのウェブ関連を担当するFellas氏は、これまで英国で小規模なビジネスの起業と解体を繰り返してきたという。Ooveeと『Spintires』のホームページを制作したキプロスのウェブデザイン代行会社Chicsystemsも、同氏が運営している。このほか、同氏が所有するYarmouth B&Bや、Saxton氏が経営するSaxton Haulage、その親会社にあたるSaxton & Coのウェブサイトを担当したのもChicsystemsだ。ちなみに、Fellas氏はSaxton & Coの少数株主でもある。つまるところ、国への財政申告が滞っている背景には、『Spintires』の成功で得た多額の資金をよそへ移した後に、Ooveeを倒産させるという思惑があるのではないかと危惧されているのだ。こうした現状に対しOoveeは、二重課税のリスクを含めた収支計算に手間取っているだけであると、一貫して主張している。

「昨年、(Spintiresの)アップデートが途絶え、誰もがアルミホイルの帽子を被って(陰謀論の信じ込んで神経質になることを意味する表現)あれこれ憶測をめぐらせた時期がありました。陰謀論にあふれているけど、現実にはない。ある意味、“JFKを射殺したのは誰だ”って感じのシチュエーションでした」。そう語るのは、Bolton氏。『Spintires』のファンへ何も説明しなかった理由を、一重にNDA(Non-Disclosure Agreement=守秘義務契約)に則ってのことだと説明している。当然ながら、Pavel氏と待遇面で揉めた件も同様、真実はNDAの盾に保護されており知る由もない。少なくとも、契約違反はなかったと主張するOovee側と、「契約通りなら連中は俺に対してクソみてえに多額の貸しがある」と今でも当時を振り返るPavel氏の確執が、完全に払拭されていないのは事実だろう。そんな折に作動した“時限爆弾”が、ファンの猜疑心にまで点火してしまったのは、ある意味必然だったのかもしれない。

Ritsuko Kawai
Ritsuko Kawai

カナダ育ちの脳筋女子ゲーマー。塾講師、ホステス、ニュースサイト編集者を経て、現在はフリーライター。下ネタと社会問題に光を当てるのが仕事です。洋ゲーならジャンルを問わず何でもプレイしますが、ヒゲとマッチョが出てくる作品にくびったけ。Steamでカワイイ絵文字を集めるのにハマっています。趣味は葉巻とウォッカと映画鑑賞。ネコ好き。

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