あるオープンワールドゲームの「Unreal Engineから独自エンジンに変えたらパフォーマンス段違いに上がった」成功例が、脚光浴びつつ議論も呼ぶ。デメリットもちゃんとある
汎用エンジンと独自エンジンの長所や短所が議論されている。

採用ゲームでの最適化不足が指摘されることも多いUnreal Engine。とあるタイトルにおける独自エンジンへの移行の発表をきっかけに、汎用エンジンと独自エンジンの長所や短所が議論されている。
Unreal Engine(以下、UE)はEpic Gamesが開発するゲームエンジン。フォトリアルな美麗グラフィックが特徴で、大手スタジオを中心に多数のタイトルで採用されている実績をもつ。現在Unityと並んで業界標準ともいえるゲームエンジンだ。2022年4月に正式リリースされた最新メジャーバージョンであるUnreal Engine 5(以下、UE5)では、NaniteやLumenといった新機能を搭載し、さらなる品質向上や開発プロセスの効率化を実現している。
そんなUEを採用していたタイトル『The Wayward Realms』が、独自エンジンへの移行を発表したとして話題となっている。同作は一人称視点のオープンワールドRPGだ。広大な島々からなり、王国と新興勢力の争う世界「Archipelago」を舞台に、プレイヤーは歴史の流れを変えるための冒険に出ることになる。プロシージャル生成されるマップには、危険な森や巨大な山脈、数千ものNPCが住む大都市なども存在するという。

本作を手がけるOnceLost Gamesは、YouTuberのIndigo Gamingが中心となり、Bethesda Game Studiosの『The Elder Scrolls II: Daggerfall』などに携わったベテラン開発者たちが集まって結成されたスタジオだ。2021年に本作が正式発表され(関連記事)、2024年にはKickstaterキャンペーンで目標額を超える約83万ドル(現在レートでおよそ1億3000万円)を獲得。今日に至るまで開発が続けられてきた。
そんなOnceLost Gamesは12月2日に開発ブログを公開。本作が今後UEから独自エンジンへと移行して開発されることが発表された。独自エンジンへの移行による具体的な恩恵としては、GPU非搭載の10年前のノートPCやNintendo Switchなどデバイスで30fps以上を出し、全ての主要コンソールでスムーズな動作が実現できるなど、パフォーマンス面での大幅な改善が挙げられている。また、広大なマップを一瞬でロードできるようになるほか、エンジンのロード速度も上がったことで開発スピードは2倍以上に上昇したとのデータも報告。また、C#から着想を得たスクリプト言語を用いたModサポートも提供されるとのこと。
なお同スタジオのXでの発言によると、使用される独自エンジンは、オープンソースのWicked Engineを改良するかたちで構築されているそうだ。完全に一から自作のエンジンではないものの、UE5を利用する場合よりも柔軟性のある開発がおこなえるのだろう。
この報告を共有したあるXユーザーのポストをきっかけに、ゲーマーやゲーム開発者の間では議論が巻き起こっている。というのも、UE5はハイエンドなグラフィックなどが持ち味となっているが、これを採用した作品では最適化不足が課題となる例も少なくない。一部のユーザーの間では、「UE5製のゲームは動作が重い」といった印象までもが根付いている様子だ。UE5の採用をやめた途端にパフォーマンスが向上したとする今回のOnceLost Gamesの報告も、UE5への不満を示すユーザーの声を誘っている。
そうした中では、UE5をはじめとする汎用エンジンと独自エンジンを比較する専門的な見解も飛び交っている。たとえばゲームエンジンGodot向けの教材を提供するGDQuestの公式Xアカウントは、汎用エンジンでは機能が豊富になるにつれて複雑になりトレードオフも増えると言及。ただ独自エンジンを作るには経験や時間を要するため、小規模チームやソロでの開発をおこなう上ではゲームエンジンの開発に投資しても必ずしも成果を得られるとは限らないと伝えている。とはいえプロジェクトに合わせてエンジンをカスタマイズすることで、コード量を減らしたり高いパフォーマンスを実現したりできるという独自エンジンの優位性も示されており、特に大規模なチームや、開発に熟達している場合に効果的な選択肢となるようだ。
また寄せられた反応の中には、UEの神髄はそのパフォーマンスではないとする主張も存在。エンジンを自作して運用する場合、機能の追加や管理、独自エンジンを扱う人員へのサポートといったコストも発生する。UEでは機能が完結しており、またライブラリやドキュメントなどのリソースが利用しやすい点などが採用の目的となるケースもあるようだ。このほか資金面で、独自エンジンの開発が現実的ではないケースはあるだろう。
ところで、UE5がパフォーマンスの観点が優れないとする意見には、Epic Games社のCEOであるTim Sweeney氏も過去に反論していた。パフォーマンスの問題は「開発の順序」が主な原因だと述べ、最適化不足がゲームエンジン自体に起因するとの説を否定していた(関連記事)。最適化や低スペック環境でのテストを早期におこなうことで、パフォーマンス面の課題を抱えたまま開発することは避けられるという。また同氏はあわせて、Epic Gamesとして開発者向けの支援にも力を入れていく姿勢を明らかにしていた。UEにおける最適化は開発者の技量やノウハウによる部分も大きいと見られ、業界全体に伸びしろも存在するのだろう。
また最近では、UE5を採用しつつ優れた最適化を実現した『ARC Raiders』などのタイトルも存在。同作においては「Nanite」や「Lumen」などの機能を採用せずに制作されているというユーザー分析もおこなわれており、工夫によって高いパフォーマンスが実現されている点も話題となっていた(関連記事)。

そのため結局のところ、ゲームエンジン選びは担当チームの経験や開発されるゲームによって左右されるだろう。今回のOnceLost Gamesは開発途中でUEからあえて独自カスタムしたゲームエンジンに移行するという大胆な決断の成功を報告しているかたち。とはいえ独自エンジンと汎用エンジンそれぞれのメリットやデメリットも議論されており、エンジン選びの難しさもうかがえる。
『The Wayward Realms』はPC(Steam)向けに開発中。




