『ジェットセットラジオ』の“ゲームボーイアドバンス版”を手がけた開発者、移植の苦労を明かす。アセットが貰えず「原作のゲームディスクを“ハック”した」など
『ジェットセットラジオ』のゲームボーイアドバンス版として北米向けに展開された作品『Jet Grind Radio』について、当時の開発者が回想している。

『ジェットセットラジオ』のゲームボーイアドバンス版として北米向けに展開された作品『Jet Grind Radio』について、当時の開発者が回想。ドリームキャストとゲームボーイアドバンス、スペック差のある二機種の間における移植の苦労などを明かしている。
『ジェットセットラジオ』は、スマイルビット(現在はセガに統合)が手がけ、セガから2000年に発売されたアクションゲーム。対応プラットフォームはドリームキャストで、後にPS3やXbox 360などに向けてHD画質対応版が展開された。また、パワーアップ版の『デ・ラ・ジェットセットラジオ』や続編『ジェットセットラジオ フューチャー』も展開されている。


同作にてプレイヤーは3Dで描かれた街にて、スケートシューズで縦横無尽に駆け回り、指定された箇所に制限時間内でグラフィティを描くことを目指す。ストリート文化を取り入れたアートや音楽、そして「マンガディメンション」と呼ばれる独特のトゥーンレンダリングが特徴。近年でもその人気は根強く、『Bomb Rush Cyberfunk』といったフォロワー作品が『ジェットセットラジオ』ファンを中心に好評を博すなど、アイコニックな作品として知られている。なお、現在セガによる『ジェットセットラジオ』新作が開発中だ。
そして『Jet Grind Radio』は、ドリームキャスト版『ジェットセットラジオ』をゲームボーイアドバンス(以下、GBA)に落とし込んだ移植作品だ。THQ/セガが販売を担当し、日本国内向けには展開されていない。タイトルについては、『ジェットセットラジオ』の北米における当初のタイトル『Jet Grind Radio』に倣っている。主人公の背後に視点があった『ジェットセットラジオ』に対して、『Jet Grind Radio』では斜め見下ろし型のアイソメトリック視点を採用。かなり毛色の違う作品となりながらも、メディアやファンからなかなかの好評を受けた作品だ。

Image Credit: World of Longplays on YouTube
そんな『Jet Grind Radio』ながら、性能に大きな差があるドリームキャストからGBAへの移植にあたっては、並々ならぬ苦労があったようだ。同作にリードデザイナーおよびアーティストとして開発に携わった、Rob Gallerani氏が、Time Extensionのインタビューにて語っている。
『Jet Grind Radio』を開発したのは、Vicarious Visions。同社はActivisionによる買収を経て、Blizzard Entertainmentに吸収され現在Blizzard Albanyとなっている。Gallerani氏は、元Vicarious Visionsのスタッフとして、『Jet Grind Radio』に携わっていた。
『Jet Grind Radio』が生まれた背景として、当時THQとセガがタッグを組んで多数のGBA向けタイトルを展開する計画を進めていたことがある。そうした中で、Vicarious Visionsにも『ジェットセットラジオ』移植のオファーが舞い込んだ。「『ジェットセットラジオ』と『クレイジータクシー』を遊ぶためだけにドリームキャストを持っていた」と語るほどの大ファンであるGallerani氏は、喜んで作品に取り組んだという。
また、Vicarious Visionsにはスケートゲームのノウハウもあった。過去には『トニー・ホーク プロ・スケーター』第2作から第4作のGBA版を手がけたことがあり、そのゲームエンジンや経験が『Jet Grind Radio』開発における基礎となったという。
ただし、当然ながら『Jet Grind Radio』では新たに手を加える必要があった。まず『ジェットセットラジオ』の大きな特徴である「マンガディメンション」の再現だ。Gallerani氏ら開発チームは、キャラクターを囲む線を「複数のレンダリングを少しずつずらす」ことで実現したという。キャラクターを5重に描画し、そのうち4つについては「それぞれ上下左右に少しずらして黒く描画」することで、トゥーンレンダリングを表現したそうだ。地道な手段ながら、ゲームプレイを見るとかなり雰囲気を再現できていることがわかる。

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また、ゲーム内に使うアセット(素材)の入手も問題となったという。オリジナルとなる『ジェットセットラジオ』の開発元は日本のスタジオであるスマイルビット。そのため、Gallerani氏らは当時精度も今ひとつだった機械翻訳での会話を強いられることとなり、技術的な会話をするのが難しかったとのこと。言語の壁を前に、ゲーム内アセットを貰うことも難しい中、開発チームは「『ジェットセットラジオ』のゲームディスクなら持っているじゃないか」と気づいたという。
つまり、開発チームは『ジェットセットラジオ』のディスクから直接データを手に入れることを決断したわけだ。結局Gallerani氏らはドリームキャストのゲームディスクを“ハック”して問題を解決したとのこと。また「ベンテンチョウ」「コガネチョウ」「シブヤチョウ」「グラインドシティ(日本向け作品では『デ・ラ・ジェットセットラジオ』まで未登場)」といったロケーションについても“原作再現”を目指したものの、後半の複雑なマップは大幅に調整せざるを得なかったとのこと。

Image Credit: World of Longplays on YouTube
ほかには、「音」も問題になったという。ドリームキャストとGBAの間では音周りのスペックにも大きな差があり、そのため『Jet Grind Radio』開発チームは外部企業に頼んでGBAのスペックに適切な音声を作り直したという。BGMについても、MIDIやFMODといった形式に落とし込んだバージョンを作ったとのこと。ただ、作品タイトル画面で流れる「ジェット セット レィディオー!」という音声については、こだわり故にできるだけそのまま収録したという。そのため、その音声単独でゲーム内でも最大級のファイルサイズとなったそうだ。
そうした苦労の結果、『Jet Grind Radio』はファンにも好意的に受け入れられる出来栄えとなったようだ。今回開発者から語られたのは、新作が心待ちにされる『ジェットセットラジオ』シリーズの歴史のなかの、知られざる一幕だった。なお、Gallerani氏は現在もゲーム開発に携わっており、インディースタジオSuper Evil Megacorpにてシニアデザインディレクターを努めているとのこと。