『ディアブロ』15年前のスピードラン世界記録、「捏造」と判定される。検証が勢い余って“新たな最速”の可能性を開く

『ディアブロ』にて15年前に打ち立てられたスピードランの世界記録が「捏造」されたものだったことが、長い時を経て証明された。

ディアブロ』にて15年前に打ち立てられたスピードランの世界記録が「捏造」されたものだったことが、長い時を経て証明された。不正を暴く執念ともいえる取り組みが海外メディアArs Technicaなどで取り上げられ話題になっている。

『ディアブロ』はアメリカのBlizzard Northが開発し、Blizzard Entertainment社から1996年12月31日に発売されたアクションRPGである。昨今ではよく知られるハック・アンド・スラッシュ、いわゆる「ハクスラ」ジャンルを世に浸透させたといわれる人気作だ。プレイヤーはウォリアー、ローグ、ソーサラーという性能の異なるキャラクターから一人を選び、ゲームの舞台となるトリストラムの町の地下迷宮に挑む。

問題となったスピードランは2009年3月にMaciej “groobo” Maselewski氏(以下 、groobo氏)によってスピードラン記録集積サイトSpeed Demos Archiveにアップロードされ、ギネス世界記録にも認定されている。Speed Demos Archiveにおいてこのランのカテゴリは「any% segmented」。「ゲーム内に存在するグリッチの使用や、セーブ&ロードによるやり直しで区間の“良いとこどり”をしても良い」というレギュレーションのもとでクリアまでのタイムを競うカテゴリだ。

その世界記録のタイムは、わずか3分12秒。ランにおいてgroobo氏はソーサラーを選択し迷宮に直行。新しい階層に入るたびに次の階層へ向かう階段がすぐ近くにある「幸運」が繰り返され、後半のマップで使用するテレポートに必要なアイテムNaj’s Puzzlerを地下9階で“偶然”入手し、あっという間にラスボスのもとへ到着してマナぎりぎりで撃破するという信じられない内容だ。当時アップロードされた動画の冒頭では大きく「VERIFIED:NO CHEATING(チートなし検証済み)」と主張されていた。


それから15年あまり経った2024年8月、Allan “dwangoAC” Cecil氏(以下、 dwangoAC氏)がDEF CONに登壇し、このランが不正であったという発表を行った。DEF CONとは1993年からラスベガスで開催されているハッカーの祭典で、コンピュータセキュリティの専門家や学生らが集い、ハッキングに関連する講演やコンテストが行われている。

dwangoAC氏は講演の中で、groobo氏のランに含まれる複数の不正について指摘している。その内容は概要として確認できるだけで「バージョン1.00と1.09の両方が使われた映像的証拠があり、複数回のプレイを継ぎ接ぎしたものである」「単一のプレイスルーでは同時に発生し得ない区間が含まれているため、無関係な複数回のランの区間を使用したと見られる」「外部ツールによる改ざんなしには存在し得ない階層が生成されている」「記録に影響する映像のカット編集を示す映像・音声的証拠もある」と、幅広い。

なおこの調査の際に生み出されたのが、Matthew Petroff氏が『ディアブロ』をリバースエンジニアリングして解析し、開発した『ディアブロ』のマップ生成ツール「Diablo MapGen」だ。『ディアブロ』ではゲーム開始時のシステムクロックの値をシード値としてランダムマップの生成が行われており、有効な日付の範囲は1970年1月1日から2038年12月31日まで。生成されるパターンは約22億通りとなっている。「Diablo MapGen」を利用すれば、そのなかからスピードランに最適なシード候補を特定することができるという。

しかしdwangoAC氏の調査によれば、通常のプレイで再現可能な約22億通りの中には、groobo氏の世界記録映像のようにNaj’s Puzzlerを地下9階で手に入れられるパターンは存在しないという。映像に合致するのは2056年と2074年に存在する不正なシード値であることも判明しており、セーブデータ改ざんなしに偶然遭遇することは不可能である。この点や先述した複数の不正の証拠とあわせて、dwangoAC氏はgroobo氏の記録を捏造と判断している。

dwangoAC氏の分析結果を踏まえてSpeed Demos Archiveは2024年9月10日、groobo氏の記録を撤回すると発表した。撤回の理由としては記録映像が無関係なセーブデータの映像を継ぎ接ぎしたものであることに加え、最後の戦闘をTASで再現しようとしてもダメージが足りず最終的にマナ不足で死亡することも挙げられている。不正にダメージをブーストしなければ同じ状況を再現できないというわけだろう。dwangoAC氏による告発を受けて、SDAでの記録も消されたわけだ。なおdwangoAC氏のそのほかの分析結果については、同氏および協力者によって取りまとめられたドキュメントで詳細が確認できる。

ちなみに現在のところgroobo氏の記録はギネス世界記録に掲載されたままとなっており、ギネス世界記録はArs Technicaの問い合わせに対して返答をしていないようだ。不正が検証されるまでに15年も経った問題であるだけに、対応にも慎重にならざるを得ないのかもしれない。

なおdwangoAC氏による調査とその際に用いられたマップ生成ツールは、ディアブロのスピードラン界隈に新たな活気をもたらした側面もあるようだ。特定のシード値でタイムを競う「Seeded any%」カテゴリが生まれ、5分13秒という記録も作られている。15年前に打ち立てられた不動の記録が捏造と判断されたことで、スピードランコミュニティに思わぬ新風も吹き込んでいる格好だ。

Naoto Morooka
Naoto Morooka

1000時間まではチュートリアルと言われるようなゲームが大好物。言語学や神話も好きで、ゲームに独自の言語や神話が出てくると小躍りします。

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