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乙女ゲームキャラとプレイヤーの「心の距離」がどう縮まるのかを解き明かす研究。距離が縮まるのは「キャラに愛されるから」だけじゃない
アメリカの、いわゆる「乙女ゲーム」のプレイヤーを対象として、ゲームキャラとの親密さがゲーム体験にどのように関係するかを調査した論文が公開された。先行研究である中国ユーザーを対象とした研究との比較もなされている。

ゲーム画面の中でキャラクターが微笑み、甘い言葉をささやいてくれることは、プレイヤーとの心の距離を縮めることにつながるのだろうか。アメリカおよび中国のいわゆる「乙女ゲーム」のプレイヤーを比較研究した結果、キャラクターとの恋愛的な親密さは、「相手が自分に応えてくれている」という感覚と、必ずしも結びつくわけではないようだ。
米国ニューヨークにあるシラキュース大学の学生Elena Yifei Zhao氏と同大学教授のNicholas D. Bowman氏は10月8日、論文「彼はただのピクセルの男性キャラクターにすぎない──米国のプレイヤーは乙女ゲームをどのように体験しているのか(He’s Just a Pixel Guy: How U.S. Players Experience Otome Games)」を発表した。当該稿はゲームに関連する文化研究などを取り扱うジャーナル「Games and Culture」に掲載されている論文であり、Sage Journalsにて無料で公開されている。
はじめに本研究は米国の乙女ゲームプレイヤーを対象に、ゲーム内キャラクターとの恋愛的な親密さが、ゲーム体験にどのように関係するのかを調査したものである。「乙女ゲーム」とは、女性プレイヤーと男性ノンプレイヤーキャラクター(NPC)との恋愛を中心に展開する恋愛シミュレーションゲームを指している。

直近では『恋と深空』『未定事件簿』などをはじめとして、乙女ゲームは近年世界的に人気が高まっている。一方で、プレイヤーがなぜ乙女ゲームを楽しいと感じるのか、また、ゲーム内のキャラクターとの関係がどのように楽しさや感情的な満足につながるのかといった研究については対象が限定的であった。というのも、先行研究ではアジアユーザー、そしてアジアの文化的背景をもとに研究されたものが中心となっていたのだ。
中国では乙女ゲームが広く普及している一方、米国では比較的新しいジャンルであり、社会的な受け止められ方も異なる可能性がある。また、文化によって、人間関係に対する考え方や、テクノロジーを通じて他者とのつながりを感じることへの態度も異なると考えられる。
そこで本研究では、米国の乙女ゲームプレイヤー131人を対象に、中国のプレイヤーを対象とした先行研究の再現を試みたという。具体的には、ゲーム内の男性キャラクターが自分に応えてくれるという感覚が、キャラクターへの恋愛的な親密さと結びつくのか、さらに、その親密さがゲームの楽しさや感情的な価値とどのように関連するのかを検証している。

乙女ゲームの恋愛体験を読み解く二つの理論
まず、本論文を読み解くにあたって「パラソーシャル関係(Horton and Wohl,1956)」と「社会的交換理論(Blau,1964)」という二つの理論を紹介する。
パラソーシャル関係とは、メディア上の人物やキャラクターに対して、実際に親しい関係を築いているかのような親近感やつながりを感じることである。たとえば、人々がメディアを通じて接する人物や、物語に登場する架空のキャラクターに愛着を抱くことが挙げられる。従来パラソーシャル関係は、受け手が相手に親しみを感じていても、相手が受け手個人に応答しているとは限らないという意味で、一方向的な関係として捉えられてきた。
一方、乙女ゲームでは、プレイヤーが選択肢を選び、それに応じたキャラクターの反応を受け取る。そのため、キャラクターを単に眺める対象としてではなく、自分に応えてくれる存在として感じる可能性がある。

本研究で用いられる「知覚された相互性(perceived reciprocity)」という概念は、キャラクターが自分に応えてくれているという感覚を示している。ただし、これはキャラクターが実際に独立した意思を持っていることを意味するのではなく、あくまでプレイヤー側の認識を表す概念である。研究者らは、乙女ゲームにおける関係を、単に一方向的なものとみなすのではなく、プレイヤーが相互的なつながりを感じる可能性に注目して本研究をおこなっている。
社会的交換理論は、人間関係を、互いに何を与え、何を受け取るかという交換の観点から捉える考え方である。この理論を乙女ゲームに当てはめると、プレイヤーがキャラクターから優しさや好意を返されていると感じることが、恋愛的な親密さにつながる可能性がある。ただし、キャラクターの反応はシナリオやプログラムに基づくため、現実の人間同士の交換と同一視することはできない。
研究者らは、キャラクターが客観的に何を意図しているかではなく、プレイヤーがその反応をどのように受け止めているかを重要視している。本研究は、この理論的な枠組みをもとに、知覚された相互性が恋愛的な親密さと関連するかを検証している。
米中プレイヤーで異なる、キャラクターからの反応と恋愛的親密さの関連
研究では、米国の乙女ゲームプレイヤー131人を対象にオンライン質問紙調査を実施している。主に、次の四つの概念を測定した。一つ目は「知覚された相互性(perceived reciprocity)」で、キャラクターが自分に反応し、気遣いや好意を返してくれていると感じるかという概念。二つ目は「恋愛的な親密さ(romantic closeness)」で、キャラクターに対して、どれくらい恋愛的な近さやつながりを感じているかという概念。三つ目は「快楽的享受(hedonic enjoyment)」で、 ゲームから得られる楽しさや快感を表す。四つ目は、「意義的鑑賞(eudaimonic appreciation)」で、 ゲームを通じて心を動かされたり、意味深さや内面的な充実を感じたりすることを表す。
快楽的享受が「楽しい」「面白い」といった感覚に近いのに対し、意義的鑑賞は「感情を揺さぶられた」「深く考えさせられた」といった体験を表しているのが特徴である。
そのうえで、本研究では次の三つの仮説を検証している。一つ目は、「知覚された相互性が高いほど、恋愛的な親密さも高くなるという仮説」(H1)。二つ目は「恋愛的な親密さが高いほど、快楽的享受も高くなるという仮説」(H2)。三つ目は、「恋愛的な親密さが高いほど、意義的鑑賞も高くなるという仮説」(H3)だ。本研究では、パス分析と呼ばれる、複数の要因の関連を仮説に基づいて統計的に検証する手法を用いている。

Image Credit: Zhao and Bowman. on Sage Journals
分析の結果、H1は支持されなかった。パス分析の結果はβ=.07、p=.512だった。βは±1の範囲を取る値で、大きさが1に近づくほど受ける影響が強くなることを示す。またp値は偶然差が生まれたと思われる確率を指し、こちらは値が小さい方(一般に0.05が基準)が統計的に有意とされている。このことから、米国サンプルでは、知覚された相互性と恋愛的な親密さの間に統計的に有意な関連は確認されず、相互性を強く感じるほど親密さも高まるという仮説は裏づけられなかった。
一方で、H2は支持された。恋愛的な親密さは、快楽的享受と正の関連を示した(β=.47、p<.001)。キャラクターの恋愛関係が発展するほど、ゲームから得られる喜びが増していくことが示されたかたちだ。
また、H3として意義的鑑賞とも正の関連を示した(β=.71、p<.001)。つまり、キャラクターとの恋愛的な親密さを強く感じるプレイヤーほど、ゲームを楽しいと感じるだけでなく、感情的・意味的にも充実した体験として評価する傾向があった。

Image Credit: Zhao and Bowman. on Sage Journals
この結果から、米国のプレイヤーにおいても、恋愛的な親密さがゲーム体験の肯定的な評価と関連していることが示された。しかし、その親密さが知覚された相互性によって説明できるという予測は、今回のサンプルでは支持されなかった。
研究者らは、先述の米国プレイヤーの結果を中国のプレイヤーを対象とした先行研究とも比較している。回答結果を0〜100の尺度に換算するPOMP(Percent of Maximum Possible)という方法では、米国サンプルにおける、知覚された相互性の平均得点は61.75、恋愛的親密さの平均得点は72.05だった。どちらも中立点の50を上回っており、米国のプレイヤーがキャラクターからの反応や、キャラクターとの恋愛的な親密さをある程度感じていたことが分かる。
一方、中国サンプルでは、知覚された相互性の平均が70.74、恋愛的な親密さの平均が80.06であり、米国サンプルより高かった。また、中国サンプルでは相互性と親密さの間に有意な関連が確認されたが、米国サンプルでは確認されなかった。

Image Credit: Zhao and Bowman. on Sage Journals
この違いは、知覚された相互性と恋愛的な親密さの関係が、文化を超えて一様に成立するとは限らない可能性を示している。ただし、国ごとの違いが見られたことだけで、文化がその違いを引き起こしたと断定することはできない。
なぜ米国では、相互性が恋愛的親密さと結びつかなかったのか
研究者らは、米国サンプルでH1が支持されなかった理由について、いくつかの可能性を挙げている。なおこれらはあくまで可能性の話であり、原因や因果関係が示されたわけではないことに留意したい。
第一に、仮想キャラクター(NPC)そのもの、そしてNPCとの恋愛に対する社会的な偏見が影響した可能性がある。米国ではNPCという呼称に「知性の無い」「人間以下」としての意味合いを持たせることがある。さらに調査の募集過程では、NPCに恋愛感情を抱くことをからかうような反応も見られたとのこと。こうした環境では、プレイヤーが「NPC」に抱く自分の感情やキャラクターとの関係を率直に回答しにくくなる可能性がある。
一方、中国での先行研究のデータ収集では、同様のスティグマは確認されなかったと報告されている。中国では乙女ゲームが「仮想の彼氏」との体験を提供するものとして広く宣伝されているのに対し、米国では依然として比較的ニッチなジャンルと言える。研究者らは、こうした社会的な受け止められ方の違いが、回答にも影響した可能性を指摘している。
第二に、キャラクターの反応がプログラムされたものであることへの懐疑が影響した可能性がある。 キャラクターの台詞を、自分に向けられた気遣いや応答として受け止める人もいれば、あらかじめ用意された演出にすぎないと考える人もいる。この解釈の違いが、相互性を感じる程度に関係している可能性がある。
キャラクターとの関係を疑問視するような社会的環境にいると、プレイヤーは「キャラクターの反応はあらかじめ用意されているのだから、本当に自分に応えているとはいえないのではないか」と考えるかもしれない。その結果、キャラクターとのやり取りに親しみや愛情を感じていても、それを相互的な関係として評価しにくくなる可能性がある。
第三に、プレイヤーが主人公と自分自身を、どの程度同一視しているかも関係する可能性がある。 主人公を自分の分身として捉えるプレイヤーは、キャラクターの反応を自分に向けられたものとして感じやすいかもしれない。一方で、主人公を自分とは別の登場人物として捉える場合、恋愛物語として楽しんでいても、キャラクターの反応を自分への応答とは感じにくい可能性がある。
実際に、今回の調査の自由記述には、乙女ゲームを「絵のついた恋愛小説」のように楽しむという趣旨の回答や、主人公を自己投影の対象ではなく独立したキャラクターとして捉える回答が見られたという。このようなプレイヤーにとっては、主人公と男性キャラクターが互いに愛情を返し合っていても、その相互性が自分自身の恋愛的な親密さに直結するとは限らない。

第三の点を考えるための枠組みとして、Banks(2015)の「Player–Avatar Relationship(PAR)」というモデルがある。このモデルは、プレイヤーとアバターの関係を、アバターを自分と捉える「Avatar-as-Me」、自分とは別の存在と捉える「Avatar-as-Other」、操作する対象と捉える「Avatar-as-Object」、自分と結びついた共生的な存在と捉える「Avatar-as-Symbiote」という四つのタイプから考える。
ただし、本研究ではPARのタイプを正式に測定・分類していない。そのため、主人公との関わり方がH1の結果を引き起こしたと結論づけることはできない。あくまで、プレイヤーが主人公やキャラクターをどのように捉えているかが、相互性の経験に影響する可能性を考えるための視点として用いられている。
乙女ゲームの魅力と文化による感じ方の違い
本研究の重要な点は、恋愛的な親密さとゲーム体験の肯定的な評価との関連が米国のプレイヤーでも確認された一方、知覚された相互性と恋愛的な親密さの関連については、中国の先行研究と同じ結果が得られなかったことである。この結果は、乙女ゲームの恋愛体験を「キャラクターから応答があるほど親密さが高まる」と単純に説明することの難しさを示している。プレイヤーがキャラクターの反応をどう解釈するか、仮想キャラクターとの恋愛をどう捉えるかといった要因も関係している可能性がある。

ただし、本研究には限界もある。調査対象は米国の乙女ゲームプレイヤー131人であり、結果をすべての米国プレイヤーに一般化できるとは限らない。また、横断的な質問紙調査であるため、相互性や親密さ、ゲーム体験の評価の間に因果関係があると証明されたわけではない。さらに、文化的な環境や主人公への同一視などが結果の違いを生み出したかどうかも、今後の研究で検証する必要がある。
本研究では、米国の乙女ゲームプレイヤーにおいて、キャラクターに対する恋愛的な親密さが、ゲームの楽しさや感情的・意味的な充実感と関連していることが示された。一方で、キャラクターから応答や気遣いを返されていると感じることを表す「知覚された相互性」と「恋愛的な親密さ」との間には、有意な関連が確認されなかった。つまり「キャラクターが自分に対して反応してくれているかどうか」は「キャラクターへの恋愛感情の高まりや親近感の強さ」にはさほど影響がなかったわけだ。
パラソーシャル関係や社会的交換理論の観点からは、キャラクターからの応答や気遣いを感じることが、恋愛的な親密さにつながると予測されていた。しかし、米国サンプルではこの関連が確認されず、理論に基づく予測が米国のプレイヤーにも同じように当てはまるとは限らないことが示された。
したがって、乙女ゲームの恋愛体験を理解するには、ゲーム内の仕組みだけでなく、プレイヤーがキャラクターや主人公をどのように捉え、関係性をどのように解釈するかにも注目する必要があるだろう。

では、日本の乙女ゲームプレイヤーを対象に同様の研究を行った場合、どのような結果が得られるのだろうか。日本では乙女ゲームが広く親しまれているが、そうした文化的背景は、キャラクターとの恋愛的な親密さの感じ方にどのように関係しているのだろうか。
また、プレイヤーがゲーム内の主人公をどのような存在として捉えているかという観点からも、興味深い問いが浮かび上がる。乙女ゲームの恋愛は、単に男性キャラクターから愛情を向けられるだけのものではない。プレイヤーはキャラクターと共に困難を乗り越えたり、相手の悩みや葛藤に寄り添ったりしながら、物語を通じて関係を深めていくこともある。こうした体験のなかで、プレイヤーは主人公を自分自身と重ね合わせているのか、それとも少し距離を置き、相手の人生を見守るような存在として捉えているのだろうか。今後、米中プレイヤーに関する研究の深化だけでなく、日本をはじめとした他国のプレイヤーを対象とした研究が進み、米中の研究結果と比較し、各国の文化的背景による違いも明らかになることが期待される。
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