人気ローグライク『Hades II』のサプライズリリース大成功に、インディー業界からは恐怖の声も。“被る”とマーケティング計画が台無しになる懸念
デベロッパーのSupergiant Gamesは5月7日、ローグライトアクションゲーム『Hades II』の早期アクセス配信を“サプライズ”で開始した。同作は早期アクセス配信後さっそく人を集めている。そんな『Hades II』の突然のリリースについて、悲鳴を上げる業界関係者もいるようだ。
人気作『Hades』の続編、サプライズ配信
本作は、高い評価を獲得したローグライクアクションゲーム『Hades』の続編だ。主人公は冥界の王女メリノエ。本作の世界では、ハデスが冥王の座を追われ、時の巨神クロノスとその軍勢によって神々が暮らすオリュンポスが戦火に包まれていた。不死の力を備えたメリノエは、クロノスを打ち倒すべく冥界のその先を目指して戦うこととなる。
本作は5月7日に早期アクセス配信を開始。SteamDBによればさっそく人を集め、同時接続プレイヤー数がピーク時で10万3567件を記録。またSteamユーザーレビューにおいても、本稿執筆時点で約1万8500件中95%が好評とする「圧倒的に好評」ステータスを獲得し、ロケットスタートを切っている。
前作『Hades』が非常に高い人気を誇っていたこともあり、続編である『Hades II』も高い期待を受けており、発売後の反響に繋がっているかたちだ。なお本作は4月26日には、公式ブログにて、4月29日にテクニカルテストを終了した後、比較的すぐに早期アクセス配信を開始すると告知されていた。具体的な配信日は伝えられなかった一方で、5月7日に突如早期アクセス配信が開始されることになった。一般的に早期アクセス配信開始日はトレイラーやSNS上で事前に告知される傾向もあり、サプライズでの配信開始といえるだろう。
そんな本作の早期アクセス配信開始にはユーザーだけでなく、ゲーム業界の関係者も数多く反応を示していた。海外パブリッシャーのDevolver Digitalなどは、「社内のマーケティングに関する電話が、『Hades II』のリリースによって急に終了した」と冗談交じりの反応をXに投稿した。そうしてユーザーやゲーム業界にいわば祭りのような騒ぎを巻き起こしていた一方で、本作のリリースを嬉しいとしつつも、手放しには喜べなかったとする反応もみられる。
サプライズ配信によるマーケティング計画“台無し”の懸念
そんな複雑な心境を語ったのはRichie de Wit氏。同氏はインディーゲーム開発者の支援や宣伝をおこなうコンサルティング会社・Bear Knuckleの創設者だ。同氏は投稿にて『Hades II』の好調ぶりに触れ、「I’m happy a sequel of a massive indie game is doing well(大規模インディーゲームの続編が成功していて嬉しい)」と感想を述べた。
一方でRichie氏は、大きく期待されているゲームのシャドウドロップ(shadow drops)、つまり配信日の予告なしにリリースすることは業界みんなでやめてもらえないだろうか、との願いを伝えている。またRichie氏は『Hades II』のようなシャドウドロップは、失礼な表現と前置きつつ同業者にとって「きわめて侮辱的な行為(massive fuck you)」であるとの考えを述べた。
というのもインディーゲーム業界では、たいていの場合ごくわずかな広告費用から最大限の成果を残さなければならないそうで、同氏は注目タイトルのシャドウドロップについてそうした同業者の計画を蔑ろにする行為だと考えているようだ。つまり、注目タイトルが突然リリースされることで、発売日の重なったインディータイトルが“埋もれて”しまいそれまでの計画が水の泡になりうるとの見解だろう。マーケティング担当者の目線では、注目作のシャドウドロップとその成功を素直に喜べない気持ちもあるようだ。
この投稿には、ほかのパブリッシャーやコンサルティング会社など、インディーゲームのマーケティングを担当する人々が返信や引用で反応している。たとえばベルギー・アールストに拠点を置くインディーゲームパブリッシャーOro Interactiveの創設者であるSam De Boeck氏は、Richie氏の投稿に同意。Sam氏はたとえば、3年間あるタイトルに取り組みつつ、入念にリリースを計画していたところに突如『Hades II』が登場して、すべての注目をかっさらっていくところを想像してほしいと述べた。
なおSam氏は返信の中で、スタジオごとに独自の目標があるだろうとして、ほかのスタジオのリリース計画まで考慮することが難しい点にも理解を示している。一方で同氏は、特にインディースタジオは手がけるタイトルで注目を集めるのが非常に難しい状況もあると説明。もし(強力なIPや潤沢な予算をもつ)大手スタジオがシャドウドロップをおこなえば、一方的に注目を奪うだけになってしまう、とマーケティングの難しさを語った。
マーケティングにおける“大作避け”
このほかシャドウドロップに限らず、大手企業発のゲームや、期待されている話題作の続編といった作品のリリースは、販売戦略において大きな影響を及ぼすこともあるだろう。実際に話題作と発売が重なったことの影響が報告されたり、予定の変更がおこなわれたりした例も存在する。
たとえばAscendant Studiosが手がけEA Originalsレーベルから2023年8月に発売された魔法FPS『アヴェウムの騎士団』では、同月に『バルダーズ・ゲート3』や『ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON』がリリースされた。同年7月には『ピクミン4』や『Remnant II』もリリースされており、新規IPであった『アヴェウムの騎士団』の注目を集めることが難しかった、とAscendant StudiosのCEO・Bret Robbins氏が語っている(関連記事)。
また2024年2月には、フロム・ソフトウェアが『エルデンリング(ELDEN RING)』のDLC「Shadow of the Erdtree」を6月21日に配信すると発表した。一方でこの発表に先がけてソウルライク・アクションRPG『Enotria: The Last Song』では、発売日が同じく6月21日と発表されていた。同作の開発を務めるJyamma GamesのCEO・Greco Giacomo氏は、「『エルデンリング』(のDLC)と同じ日にリリースするということは、本作であれほかのどのゲームであれ、自滅的な行為であることは重々承知している」と同作公式Discordサーバーにてコメント。検討を重ねた結果、最終的に発売時期を延期し、8月21日にリリースするとした(関連記事)。
人気作品や大型タイトルのリリース・大型アップデートなどといったニュースは多くのユーザーの注目を集める。そうしたタイトルに“食われてしまう”ことを避けるために、マーケティング計画においては、発売日が大型タイトルと被らないように慎重に検討される傾向もあるだろう。
今回の『Hades II』も大好評の前作からの続編ということで大いに期待されていたタイトルであり、そして突然早期アクセス配信としてリリースされるに至った。期待を高めるファンへのサプライズともいえる施策であり、ゲーマーコミュニティや業界人からは歓喜の声が寄せられていた。その傍らで、特にインディーゲームのマーケティング担当者としては、こうしたサプライズ配信が一般的になってしまうことに肝を冷やす事情もあるようだ。