国内翻訳者が「ゲームのLQAの重要さ」語り反響呼ぶ。ゲームの“届き方”を左右する言語的品質保証とは

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国内翻訳者の武藤陽生氏は6月17日、Twitter上でゲームにおける「LQA」工程の重要さについてツイートした。このツイートには、ゲーム開発者や翻訳者などの識者より反響が寄せられているようだ。

武藤氏は『Gone Home』『Va-11 Hall-A』など多数ゲーム作品の日本語ローカライズに携わった翻訳者だ。同氏は6月17日、自身のTwitterアカウント上にて、ローカライズの工程のひとつである「LQA(Linguistic Quality Assurance/言語的品質保証)」についてコメント。武藤氏は、「LQAは我々(翻訳者)からすると最も重要な工程」として、自身の見解などを共有している。

武藤氏のツイートによれば、同氏がLQAについて語った背景には「架け橋ゲームズさんとの対談」があったという。これは、先日同氏のYouTubeにて公開された動画のことだ。前編/後編に分かれた同動画では、国内のゲーム販売サポート事業者である架け橋ゲームズの桑原頼子氏と、武藤氏が対談。桑原氏が担当したという『Trek to Yomi』日本語化について語り合っている。また、そのなかではローカライズの表現やクオリティに関する話題や、予算が厳しくローカライズにあまり支出できないインディーデベロッパーの懐事情にも触れられていた。武藤氏はそうした内容を前提に、LQAについてツイートしたようだ。

LQAとはなにか

Image Credit: Dhafin Kumarajati


そもそも、LQAとはどのような工程なのだろうか。たとえば、英語作品の国内ローカライズでは、翻訳者が英語テキストを日本語に翻訳していく。そしてLQAは、そうした翻訳成果を実際のゲーム内で確認する工程だ。LQAでは、翻訳されたテキストなどをゲームに実装し、対象言語のネイティブスピーカーなどが実際にプレイ。日本語化の場合であれば「実プレイでも、ちゃんと問題なく日本語で遊べるか」を確認。そして問題があれば開発元にフィードバックしていく工程なわけだ。

武藤氏は一連のツイートのなかで、「LQAを自分でやってないタイトルはあまり(自分の)名前を出したくない」とさえ語っている。その理由については、「LQAやらないことには何もわからない」ためだと説明している。LQAはローカライズの仕上げにあたり、その工程でしかわからないエラーや改善点もあるだろう。そうした仕上げを自らの手で実施しないことには、最終的な言語品質がコントロールできない。そうした中で、LQAを手がけていない作品では、翻訳者として責任をもって名前を出すことに懸念があるとの意図だろう。

LQAをカットするとなにが起こるか

Image Credit: JACQUELINE BRANDWAYN


実際に、LQAがゲームの言語品質に与える影響は大きいようだ。というのも、翻訳されたテキストなどをゲームに実装しただけの状態では、さまざまな問題が発生する可能性があるからだ。たとえば英語と日本語では、同じ意味合いのテキストでも、文字数・表示上のサイズ・適切なフォントなどが変わってくる。そのため、会話ウィンドウひとつを取っても「行間が狭くて文字が重なる」「文字がウィンドウからはみ出る」「フォントが不適切なせいで文字が表示されない」などの問題が起こりうるわけだ。

また、「キャラクターの設定と口調が食い違う」「ゲームコードに組み込まれた文字列や追加開発された要素など、未ローカライズ部分がある」といった問題も、実際にプレイしてみるまでは発覚し辛い点だ。LQAをカットしてしまうと、こうした問題を抱えたままのゲームが、ユーザーの手に届いてしまう可能性があるわけだ。また、実際のゲームプレイに合わせた表現調整もLQAでなされる場合が多いようだ。つまり、LQAは不具合やエラーの修正のみならず、言語にまつわるユーザー体験全般を向上させる工程でもある。

そうしたLQAの重要性を裏付けるように、国内翻訳者たちの声が武藤氏のツイートに寄せられている。『Katana ZERO』『Nobody Saves the World』『Blasphemous』などの翻訳に携わった黒澤勇太氏は、「自分はLQA作業を通じて翻訳文をガラッと変えることが多い」とツイート。LQAが大事との意見について同意を示した。黒澤氏によれば、英語文と日本語文をただ並べたテキストから受ける印象と、実際にゲーム内で日本語文表示された時に受ける印象は違うとのこと。そのため、実際にゲーム内で確認するLQA段階でなければ、ゲームの演出や印象に合わせた調整ができないのだろう。

また、『Salt and Sanctuary』シリーズや『Hollow Knight』などの翻訳を手がけた伊東龍氏も、「自分はLQAの段階で滅茶苦茶書き換えるタイプ」と証言。LQAの重要性を伝える武藤氏の意見に同意している。ほかに伊東氏は、開発側のLQA予算確保の難しさなど、LQAが浸透しない理由についての考えを伝えている。

弊社アクティブゲーミングメディアのパブリッシングブランドPLAYISMのチーフマネージャーである山中氏も、Twitter上で武藤氏のツイートに反応していた。こちらも武藤氏の語るLQAの重要さについて同意。また、PLAYISMではゲーム作品のローカライズ開始前に、開発元にデバッグ機能について確認して、LQAに有用な機能を盛り込んでもらえるよう希望する場合もあると明かしている。そのくらい、LQAのスムーズな進行はローカライズクオリティに直結するということだろう。また、続くツイートでは、LQAにどのような機能があると助かるか、翻訳者たちに意見を募っている。


LQAが実施されない原因

ただ、識者たちがこぞって「重要だ」とするLQAは、実施されない場合もままあるようだ。武藤氏は一連のツイートのなかで、LQAを重視していない開発元も存在すると言及。特にインディー開発元についてはLQAを実施できない/しない傾向があると伝えている。

また、開発者側からの意見も寄せられている。『獄門ペンギン』『春と修羅』などを手がけた個人デベロッパーみやこ出版のintheriver氏は、予算の問題でLQAを実施できない可能性を指摘。予算の問題で同氏自ら作品のLQAを実施した経験を伝えている。武藤氏も、この指摘に同意。小規模デベロッパーでは「そもそもLQAをする予算がない」場合もあるとの証言だ。

具体的にどういう事情があるのか。PLAYISMチーフマネージャーの山中氏に話を聞いた。まず、LQAを実施するにもハードルはあるとのこと。LQAのためには、対象言語入りで遊べる、テストバージョンのゲームを作る必要がある。たとえば英語ゲームの日本語化の場合、翻訳された日本語テキストをゲームに入れたバージョンが必要になるわけだ。しかし、ローカライズ対応に不慣れなデベロッパーの場合などでは、そもそも日本語を表示させるだけで一苦労な場合も。日本語表示に対応するための開発期間がさらにかかり、LQA実施の上での障害となるケースがあるそうだ。

また、LQAを実施しても開発側が「品質が上がった」と実感し辛いことも問題ではないかとの見解も。ローカライズ対象の言語がわからないがゆえに、クオリティの上昇を実感できずに「コストだけがかかる」と認識されてしまうわけだ。重要なLQAであっても、その価値を開発元が認識できず、無駄な開発コストとして削減されてしまうケースだ。また、LQAを実施しても、その費用が売上として回収できるかは未知数。LQAの価値を認識していても、ビジネス上の判断としてLQAコストが削減される場合もあるだろう。

Image Credit: Nick Fewings

まずはLQAの認知

LQAがゲーム翻訳品質にとって極めて重要なのは、一連の識者たちの声からもわかる通りだ。ゲーム多言語対応の需要や、それに伴う専門家によるローカライズの必要性も高まり続けている。そしてLQAは、言語の壁をゲームが乗り越える最後の仕上げとして、なくてはならない工程なのだ。

LQAの恩恵の例として、前述の伊東氏は『Salt and Sanctuary』がもともと機械翻訳で日本語版を実装していたこと、そして架け橋ゲームズの再ローカライズで売上が伸びたことを伝えている。もともと同作が話題作であったことを加味しても、翻訳品質を高めるメリットは、たしかに存在するわけだ。そしてLQAのもたらす恩恵をもっとも受けるのは、ほかでもないユーザーである。本稿がLQAへの認知と理解のための一助となれば幸いである。



※ The English version of this article is available here

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