レースゲーム『マリオカート64』にて8月9日、前人未到の歴史的記録が達成された。単独プレイヤーによる全コース世界記録同時制覇という偉業だ。ショートカットなしで打ち立てられたこの記録の影には長年にわたる挑戦とドラマ、そして強大なライバルの存在があった。
『マリオカート64』は、1996年に国内で、翌年1997年に世界で発売されたNINTENDO 64向けレースゲームだ。本作は国内外で大ヒットとなり、現在でもRTA(スピードラン)シーンを中心に根強い人気を保ち続けている。今年2月には、グリッチを利用してゲーム内コース「ルイージサーキット」を21秒04で3周するという成果がもたらされており、最速を求めるプレイヤーたちの研究と挑戦の道は未だ途上だ(関連記事)。今回の記録については、ショートカットを用いないルールのもと、全16コースの1ラップおよび3ラップ記録、すなわち32部門のカテゴリーで達成されたものとなっている。
今回の偉業を達成したのは、『マリオカート64』走者のDaniel Burbank氏だ。記録達成の瞬間は、同氏のTwitchチャンネルにおいてリアルタイム配信されていた。全コース記録制覇達成の舞台となったコースは「シャーベットランド」だ。世界記録タイとなる1分55秒07でゴールを踏んだ瞬間に、興奮のあまりか何かを叩きつけるような音とともに歓声をあげる同氏。「32部門のうち32個目だ!やっと達成した!」と喜びをあらわにして、「やっと終わった(It’s over)」と何度も繰り返した。
海外の『マリオカート64』コミュニティサイトMario Kart 64 Players’ Pageにおける世界記録リストを確認してみると、記事執筆現在、全コースにおいてBurbank氏が名前を連ねている。まさしく全制覇であり、歴史的偉業といって差し支えないだろう。しかし、やや気になるのはそのうち13個の記録において同率1位を記録しているプレイヤーが存在する点だ。その名はMatthias Rustemeyer氏。同氏もほとんどの部門において世界記録を争っており、一時期は全部門制覇も視野に入れた、Burbank氏の強力なライバルである。
Burbank氏の今回の記録達成への道のりは、もちろん平坦なものではなかった。昨年には上述のRustemeyer氏およびコミュニティに向けて、Burbank氏が謝罪するという出来事があったのだ。その理由は、コミュニティや他走者に状況を共有せずにこっそりと練習していたことだと見られる。つまり、多くのトップランナーにとって“不意打ち気味”の記録更新となったことで、フェアではないと一部コミュニティに受け止められたのだろう。
Burbank氏は昨年6月のコミュニティ掲示板の投稿において、Rustemeyer氏へ個人的な謝罪のメールを送信したと述べ、コミュニティメンバーに対して謝罪のコメントを残している。投稿のなかで同氏は「こうしなければチャンピオンになれないと思った」として、身勝手な行動だったと述べた。コミュニティメンバーの反応は賛否分かれたものの、概ねBurbank氏の謝罪を受け入れるコメントが目立つようだ。不意打ち気味の記録更新が許されざる行為かどうかは意見が分かれるところであり、コミュニティの文化や機微が絡んでくる難しい問題だ。しかし騒動以降、同氏は頻繁に記録や進捗の共有をしている様子が見られる。つまり、同氏は“正々堂々”と戦った上で今回、チャンピオンの座を勝ち取ったのだ。
なお、一連の記録は『マリオカート64』のPAL版、つまり欧州向けソフトで記録されたものである。この理由については、同作PAL版は北米や国内で流通したNTSC版と比較してゲームスピードがやや遅いためだと見られる。つまり、ゆっくりとゲームが動作するので繊細な操作がしやすくなるのだ。動作環境にもこだわる必要がある、スピードランの極限環境を物語るひとつの要素だろう。
そして、今回の全コース世界記録保持という偉業達成の舞台となったコース、「シャーベットランド」の1分55秒07世界1位タイという記録は、わずか約2週間前にBurbank氏の強敵であるRustemeyer氏が打ち立てたものだ。バリバリの現役走者である同氏がこのまま静観するとは考えづらく、これから更にデッドヒートが過熱する可能性もありそうだ。