『The Last of Us Part II』“ジョエルがあんなことを言うはずがない” との批判に開発者が反論。『MGS2』から影響を受けたことも明かす(※ネタバレ注意)

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The Last of Us Part II(以下、TLOU2)』のディレクターNeil Druckmann氏、および同作にてジョエルを演じたTroy Baker氏とエリーを演じたAshley Johnson氏が、Kinda Funny Gamesの「Spoilercast」に出演。ネタバレトークを繰り広げた。多くの時間が費やされたのは、ゲームそのものというよりも、ゲームを巡る言説・批判に対する作り手、演じ手の想いであった。

*以下の文章・動画には、『The Last of Us』『The Last of Us Part II』の結末を含む重大なネタバレが含まれているため、ゲームクリア後の閲覧を推奨。

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・ネタバレを軽度におさえた『The Last of Us Part II』レビューはこちら
・開発者が語る制作、エンディングの意図についてはこちら









「ジョエルがあんなことを言うはずがない」という批判

「Spoilercast」の前半は、「ジョエルの最期」を巡るユーザーの反応に時間が割かれた。「ジョエルがあれほど簡単にアビーを信用するわけがない」「ジョエルがなんの疑いもなく自分の名前を言うはずがない」といった批判に対し、開発者と役者はどう考えているのか。司会役のGreg Miller氏に問われたDruckmann氏は、以下のように語った:

「それこそが、続編を作る上で頭を悩ませた点です。1作目の時点では、ジョエルとエリーに対し、プレイヤーはなんの先入観も抱いていませんでした。いまでは、私たちよりもジョエルとエリーのことを熟知していると思っている人がいます。ですが人間というのは、時間が経つと思いのほか変わったり、成長したりするものです。ゲーム序盤の時点でジョエルは、安全なコミュニティの中で4年間過ごしてきました。外部の人間とも、頻繁に交流しています。

“ジョエルとトミーはなぜアビーたちを信用したのか”という意見をよく目にするので言及しておきたいのですが、彼らは待ち伏せされていたわけではありません。(中略)ジョエルとトミーは、アビーたちを安全なジャクソンのコミュニティに連れていこうと考えていました。ジョエルはあのとき、みんながどんな人間なのか見極めようとしていたのです。彼が救ったばかりの、エリーと同年代の女性(アビー)が危険人物のはずがないと信じていたから。ジョエルとトミーに隙があったのは、そのためです。アビーたちが、ジャクソンで暮らしている人々のような、普通の人たちだったという点も影響しています。そしてジョエルもまた、ジャクソンで暮らしている普通の人間になっているのです」

1作目のころの、警戒心の強いジョエルのままであれば、「こんな行動を取るわけがない」と思うのはもっとも。しかしジョエルはジャクソンでの平和な暮らしを経て、丸くなっていた。それは趣味を謳歌していたと読み取れるジョエル宅の状態や、エンディングでの回想シーンで外部の人間からコーヒーを購入したと語るシーンからも、実感できるだろう。

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他の誰よりもジョエルを大切に想っている

ジョエルが死ぬにしても、あんまりな最期だと、描き方を問題視する意見も多い。雑すぎやしないかと。ジョエル役のTroy Baker氏は、あのシーンを撮る上でDruckmann氏と何度も口論を重ねたという。Baker氏とDruckmann氏は、この世で誰よりもジョエルを大切に想っている人間だろうと述べ、敬意を込めてキャラクターを描いていったと力説。行き当たりばったりではなく、入念に、愛を込めてシーンを作り上げていったと語っている。エリー役のJohnson氏も「私たち3人ほど、キャラクターたちを大切に思っている人はいません」と後に続いた。「開発者はキャラクターを大切にしていない」という批判は、役者としても堪えたのだろう。

なお、ジョエルが撲殺される際、Baker氏は何を考えながら演じていたのだろうか。同氏は以下のように語っている:

「ジョエルの頭を過ぎったのは、“これは俺が油断した結果だ。人を信用することを許してしまった。人を愛することを許してしまった。感情を抱くことを許してしまった。安全だと思うことを許してしまった。その結果がこれだ” という後悔の念です。ただ、そう思いながらも、 “もう一度チャンスがあっても、同じことをするさ。許した結果、あの子と一緒になれたのだから” と。あのシーンでジョエルは何も言いません。ただ見つめるだけです。うまく伝えられなかったとしたら私のせいですが、あの瞬間は間違いなくジョエルに捧げたものです」

「ふさわしい死に様だったのか」という議論についてDruckmann氏は、「彼のこれまでの歩みは、彼の死に様とまったく関係ありません。この世界において、英雄なのか悪党なのかで死に様が左右されることはないのです。この物語で必要だったのは、残酷卑劣な死です」と回答。1作目のサラ死亡シーンは悲しみの感情を引き起こすことが目的であったのに対し、同作におけるジョエル死亡シーンは怒りと絶望、そして嫌悪感を抱かせることが目的であったと説明している。なお、ジョエルはこの日が来ることを覚悟していたという。これまであまりに多くの人々の怒りを買ってきた。こうなることはわかっていたのだが、このままジャクソンで幸せに暮らし続けられるという、誤った安心感に浸っていた。

相手の意見を聞き入れない、現代社会の有り様を映し出す

司会役のMiller氏に「『TLOU2』のメッセージは何だと思いますか」と問われたJohnson氏は、まだうまく自分の中で要約できていないものの、どんなメッセージが込められているのか意見を交わすのが楽しいゲームだと話している。人によって答えが違うからだ。これを受けてBaker氏は、ゲーム内のコンテクストを踏まえたメッセージと同じくらい、ゲーム外で起きている対話は強烈であると感想を述べた。前作がゲームという媒体をめぐる議論を動かしていく様子は、当時のカルチャーを映し出すものであったとし、パート2も同じであると持論を展開。ゲームコミュニティ内には「こんなの『TLOU』じゃない」と、作品の趣意から逸脱しすぎていると考える人が一定数いるが、Baker氏としては100%『TLOU』に即したゲームであるという。

「このゲームについて “絶対にプレイしないし、私の意見は何があっても変わらない”と主張する人たちがいること自体、私たちのカルチャーがいまどんな状態なのかを的確にあらわしています。『TLOU2』はそうした現代社会と関連のある、啓示的な作品です。現代社会は、誰かに間違っていると指摘しても、“たしかに私が間違っていたのかもしれない。もう一度試してみよう” と心を開くことを頑なに拒む傾向にあります。『TLOU2』はそうした現代のあり方に鏡を向け、“あなたは自分が愛するものを嫌う覚悟がありますか。自分本位に思い描いたあるべき姿を愛するのではなく、あるがままの姿を愛することができますか”と問いかけてきます。私にそこまで求めてくるゲームはこれまで遊んだことがありません。自分本位に愛するのではなく、無私無欲に愛することを求めてくるゲームは」

『TLOU2』を絶賛する人は酷評する人の意見を聞き入れないし、酷評する人は絶賛する人の意見を聞き入れない。そうした状況は現代社会の有り様を端的に映し出しているという、Baker氏の持論。事実、ここまで人によって意見や評価軸が違うゲームも珍しいだろう。余談ながら『TLOU2』の議論が加熱し始めたころ、風刺サイトのThe Hard Timesが「『TLOU2』を巡る言説のレビュー」という記事を掲載した。「暴力のサイクルに関するコメンタリーだ」というDruckmann氏の言葉を、そのままユーザー間で交わされている議論の有り様に当てはめた風刺である。あくまでも虚偽新聞的なパロディ記事ではあるが、どこか真実味があった。

なお「『TLOU2』のメッセージは何だと思いますか」という問いには、ディレクターであるDruckmann氏も答えている:

「開発を始めたころ私は、1作目のテーマは愛、2作目のテーマは憎悪だと言いました。それは嘘です。両作とも愛の物語です。両作とも、愛がもたらすもっとも素敵な部分と、愛が引き起こす最悪の部分を探求しています。この世で起きたもっとも残酷な出来事のいくつかは、愛という名のもとに起きました。私にとって本作は、そうした中でもがくキャラクターたちを描くゲームです。ときにひどい決断をしたり、誤った決断をしたり、人間らしい決断をしたり。そうしながら、最終的に自らが振るう暴力からエゴを切り離す。本作でエリーが歩むのは、そうした道のりです。彼女のエゴが裁きをもたらすことに執着するあまり、どん底に落ちるまで目を覚ますことができない。本作はそういったゲームです」


『メタルギアソリッド2』から影響を受けた

Naughty DogおよびSIEは、ゲームが発売されるまでアビーの存在を伏せていた。リーク情報を追っていたプレイヤーは事前に知っていたと思うが、大半のプレイヤーは知らなかっただろう。Druckmann氏はゲーム体験を守るため、批判覚悟でメディアのレビューガイドラインをきつく縛ったと述べている。そうでもしないと、レビュアー同士が一歩先に出ようと、どんどんネタバレをエスカレートさせていく可能性があるからだという。

このように、ゲームが発売されるまで「もうひとりの操作キャラクター」の存在を伏せるのは、『メタルギアソリッド2』のようだと司会役のMiller氏は指摘。するとDruckmann氏は、「『メタルギアソリッド2』は、私が一番好きなゲームのひとつです。『TLOU2』は、同作から間違いなく影響を受けています。ただ『メタルギアソリッド2』をクリアしてからひとつだけ思ったのは、“最後にもう一度、スネークとして遊びたかった”ということです」と答えた。エリー編、アビー編ときて、最後にもう一度操作キャラクターがエリーに戻るという構造は、そうしたDruckmann氏のゲーマーとしての体験が影響していたようだ。

今一番好きなのは、トミーのシーン

そのほかにも「蛾」のシンボリズム、「性別移行」の話を入れた理由、エリーが演奏する曲としてa-haの「Take On Me」を選んだ理由、物語の最後でエリーが向かった先など、多岐にわたるネタバレトークが展開。現状DLCの予定はないことも明かされた(マルチプレイのプロジェクトについてはノーコメント)。Druckmann氏はSNSや海外フォーラム(redditやResetEra)の反応をチェックしているようで、インタビュー中にはミーム化しているネタに何度も言及していた。司会のMiller氏から一番好きなシーンを訊かれた際、Johnson氏がジョエルとの最後の回想シーンや大麻栽培部屋のシーンを挙げる中、Druckmann氏は「私が出ていたセックスシーンも忘れずに」とジョークを飛ばしていた。国内版では規制によりカットされているが、海外版ではアビーとオーウェンのセックスシーンが濃厚に描かれている。合成により、そのシーンにおけるオーウェンの顔をDruckmann氏の顔に変えたミーム画像が出回っていることを受けての冗談である。

そうした冗談はさておき、今一番気に入っているのは、最後にトミーが農場を訪れるシーンだという。みんなを守るために奔走してきたトミーは、最後にすべてを失う。まともに歩けず、奥さんとも別れた。彼からすればジェシーが死んだのも自分のせい。彼に残されているのは、アビーを見つけ出したいという執念のみ。だが、それすらもエリーを通さないと叶えることができない。そうした状況の中、最後にトミーとエリーが対話する様子や、アビーの居場所に関する情報にエリーが尻込みする様子、ディーナが怒る様子、それらを捉えるシネマトグラファーMatt Neapolitan氏のカメラワークにより、Druckmann氏が愛するシーンに仕上がった。「一番多くのものを失ったのはトミーかもしれない。エリーといい勝負だけど」と、Johnson氏は言葉を添えていた。
【UPDATE 2020/06/26 15:40】農場が牧場になっていたため修正。

まだ発売から日が浅いものの、先日のIndieWireインタビュー(関連記事)に続き、ネタバレトークを本格的に解禁しているNaughty Dog。Kinda Funny Gamesは、次週アビー役のLaura Bailey氏にもインタビューする予定。物議を醸したキャラクターを、Bailey氏は何を想いながら演じたのか。『TLOU2』を巡っては、今後も作り手、演じ手の意図が発信されていく。

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