『ウォッチドッグス レギオン』香港デモを支持しているとの誤解を招いたとして、政治的中立を主張するUbisoftが謝罪


Ubisoftは6月14日、『ウォッチドッグス レギオン』を宣伝するFacebook投稿に、誤解を招きかねない表現が含まれていたとして当該投稿を削除。Facebook上に謝罪文を掲載した。

「E3 2019で発表した、ロンドンを舞台にした最新のフィクション作品『ウォッチドッグス レギオン』を宣伝する投稿が最近シェアされましたが、ロンドンを舞台にしたゲームであると言及しなかったことから、誤解を招いてしまった可能性がございます。これは私たちが意図したものではありません。混乱を招いてしまい、誠に申し訳ございません。」

Ubisoft SEA Facebook

 

香港デモと同時期に投稿された「傘」のイメージ

同社は6月13日、Facebookにて最新作『ウォッチドッグス レギオン』を宣伝する文章と画像を投稿した。投稿文には「かつて美しい景観が広がっていたこの街は、今や破滅へと向かっています。私たちは、お互いのことを知らないかもしれませんし、会ったことすらないかもしれません。しかしながら共通の目的のために立ち上がり、団結しました。ロンドンの街を取り戻し、私たちの未来のために戦う時がきたのです」。

これは監視社会化したBrexit後の近未来ロンドンを舞台に、レジスタンスグループDedSecとして自由を取り戻すために戦うという『ウォッチドッグス レギオン』の設定を踏まえた文章だ(関連記事)。Ubisoftは複数言語で投稿を行っており、英語と中国語でほぼ同内容の文章となっているが、後者では最後の「ロンドンの街を取り戻す」という部分が「私たちの街を取り戻す」という表現になっていた(resetra)。この文章と、「傘」を持ったキャラクターたちの画像の組み合わせにより、香港デモを支持しているのではないかと勘繰られたのだ。

Image Credit: resetra user vinnykappa

Ubisoftの投稿が公開される数日前、香港では大規模なデモ運動が決行された。中国本土への容疑者移送を可能にする「逃亡犯条例」改正案の撤回および親中派として知られる林鄭月娥行政長官の辞任を求める抗議運動だ。多くの市民が傘やヘルメットで身を守り、街に集結。百万人以上の市民が抗議に参加した。デモ参加者と警官隊が衝突する様子は、各国のメディアに取り上げられていった(CNN)。

6月13日には米国議会が「香港人権・民主主義法案」を中国政府に提出。容疑者引き渡し要件を緩和する条例改正を牽制する内容となっていた。海外からの支持を得つつ、香港での学生グループによるデモ運動は続き、18日には林鄭月娥行政長官が、改正案を支持し抗議運動を招いたことについて謝罪。21日には、香港政府が改正作業の停止を発表した(日本経済新聞)。

先述したUbisoftのFacebook投稿は、中国のSNS Weiboなどで広まり、文章と画像のチョイス、そして公開タイミングから、香港デモを支持する投稿だと解釈されていった。特に画像に含まれた「傘」は、今回の香港デモにて参加者の多くが身を守るために持ち込んでいた。また2014年に香港で起きた反政府デモ(雨傘運動)でも、催涙ガスから身を守る手段として用いられたことから、同国におけるデモ活動の象徴的なイメージと言える。

後日、UbisoftはVICEに対し、『ウォッチドッグス レギオン』が、ディストピア化したフィクション上のロンドンを舞台にしたゲームであると記載しなかったことで、誤解を招いてしまった可能性があると伝えている。説明不足により、香港デモを支持する投稿だと捉えうるコンテクストが生まれてしまったのだ。単なる誤解として無視しておいてもよさそうなものだが、同社は中国展開を視野に入れ、テンセントと戦略的パートナーシップを結んでいる。「Ubisoftは香港デモを支持している」という伝聞が広まることは望ましい結果ではなく、そう簡単には無視できなかったとも考えられる。

なお今回使用された「傘」の画像は、『ウォッチドッグス レギオン』アルティメットエディションのカバーイメージとして以前から掲載されているものであり、香港デモを意識して制作された画像とは考えにくい。

『ウォッチドッグス レギオン』アルティメットエディション

 

政治的中立を貫くUbisoft

Ubisoftは各種トム・クランシー作品を筆頭に、政治的なテーマや設定を用いたゲームを多数扱っている。『ウォッチドッグス レギオン』に関しても、現実世界での社会情勢を参考にしつつ、最悪のシナリオをたどった近未来ロンドンが描かれている。そのディストピアにて人々は互いの価値観の違いを乗り越えて団結し、レジスタンスグループDedSecの一員として、自由を取り戻すべく反撃する。

政治的テーマを扱う一方で、Ubisoftが自社タイトルで政治的なメッセージを発信することはないとも、繰り返し説明されている。あくまでも政治的なトピックについて考える材料を提示しているだけであって、特定の立場から政治的な意見を伝えることはない。どこまでも政治的に中立であり、どの政治的立場が優れているのか示しはしないというわけだ(The Guardian)。政治的無関心ではないものの、どの立場が正しいのかは明示しない。Ubisoft MassiveのCOO Alf Condelius氏も、ビジネス的なデメリットがあることから、同社のゲーム内で政治的な立場を取ることはないと説明している(GameIndustry.biz)。

政治的なテーマを扱う作品において、政治的なメッセージを発さないこと。それを本当に達成できているのかどうか、Ubisoftは常に問われ続けている。公式ブログでも、プレイヤーに選択の自由を与え、ゲーム内で描かれる体験や題材をもとに自分自身の考えを構築してもらうという、同社のスタンスについて詳しく説明している。

政治的題材について考える材料を提示するといっても、ゲームの中で全ての視点や思想を含めることは困難。同ブログでも、『ファークライ5』においては、それは不可能であったと伝えている。現時点でのゲーム開発で実現できることと、彼らが想い描くビジョンとの間には、まだギャップがある。

とはいえ、政治的な問題に限らず、あらゆる事柄について可能な限り多くの視点を含めるというのは、Ubisoftが目標とするところである。「恐れるのではなく、敵を知り、嫌いだと思っていることについて理解を深める」「自分とは異なる観点から物事を体験する」ことで、人々が互いの違いを認め合えるようになってほしいと述べている。

『ファークライ5』

そうしたUbisoftの思想を踏まえると、価値観の違いを乗り越えて団結する、どんな住民でも仲間にして操作できるという『ウォッチドッグス レギオン』の設定は、中立的立場を強く意識したUbisoftを象徴するような設定だと言えるだろう。ただ「価値観の違いを認め合う」という強い思想は、今回のFacebook投稿の事例が示すように、ゲームのコンテクストから切り離して発信されると、政治的なメッセージへと変化する可能性を秘めている。

 

時事ネタを取り入れた過去事例

今回のFacebook投稿についてUbisoftは誤解であったと謝罪しているが、過去には意識的にゲーム設定と現実世界の社会情勢を交差させるようなプロモーション活動を行ったこともある。『ディビジョン2』のプロモーションの一環として、メキシコ政府がアメリカからの不法移民を防ぐため国境を封鎖し、壁を建設するという架空の非常事態宣言を行っていた(関連記事)。

『ディビジョン2』における政情は、現実世界とは真逆なのだ。現実世界のアメリカでは、ドナルド・トランプ大統領がメキシコからの不法移民や麻薬の流入などを防ぐため、両国の国境に壁を建設することを目指しており、その予算を捻出するため今年2月15日に国家非常事態を宣言。その流れを意識させるPR活動となっていた。

一方、時事ネタを取り入れたプロモーションとして謝罪対応に至ったケースもある。今年2月の『ディビジョン2』プライベートベータテスト実施にあたり、「プライベートベータテストに参加して、実際に政府機関が閉鎖された様子を目撃しよう」という件名のメールを登録者に送付したのだ。

当時アメリカでは、ねじれ議会により政府予算が承認されない状況が続き、一部の政府機関が閉鎖。全米各所では空港や国立公園が一時閉鎖し、米議会予算局は約30億ドルの経済損失が生じたと伝えていた。一方の『ディビジョン2』は、ウィルスのアウトブレイク発生により政府機関がほぼ機能停止した米国を描いている。現実世界とゲームの世界を重ねた時事ネタジョークではあるが、実際に起きている深刻な状況を揶揄したことでUbisoftは批判を浴びることとなった。のちに同社は、不適切な文章であるため採用するつもりはなかったが、誤送信してしまったと謝罪している(関連記事)。

『ディビジョン2』

政治的題材を扱いつつも、政治的中立を維持することは難しい。少なくとも、政治的中立だと捉えられるように徹底することは難しい。作品内で完結する部分であればコントロールしやすいだろうが、現実世界のコンテクストが入ってきやすい宣伝活動においては誤対応が起こりがち。あらゆる社会情勢のコンテクストから、政治的と捉えうる表現が含まれていないか精査せねば、意図せずとも政治的と捉えられる表現は生まれてしまう。今回の「傘」表現は、その良い例だろう。

※『ウォッチドッグス レギオン』E3 ウォークスルートレイラー