海外の大型格闘ゲーム大会にて特定のコントローラーが使用禁止に。背景にあるのは、“あいまいだったレギュレーション”
アメリカイリノイ州にて開催された大型格闘ゲーム大会である「ComboBreaker 2019」にて、プロゲーマーの梅原大吾(以下、ウメハラ)氏が持ち込み・使用を予定していたレバーレスコントローラーの一種、通称「ガフロコン」が使用禁止の裁定を受けた。結果、同氏は大会には通常のレバー付きコントローラーで参戦したが、この問題については大きな注目が集まっている。注目される理由と、その経緯を本稿にて改めて説明させていただく。
対戦ゲームにつきまとうハードの問題
界隈では「ハードウェアチート」という言葉が、根強く使われる。対戦ゲームにおいて忌み嫌われる「チート」という言葉が入っていることや、その定義の曖昧さからこの言葉自体を嫌う人も多いが、おおむね「ゲームプログラムではなく、物理的な周辺機器(つまり、ハードウェア)に働きかけて他者より優位に立とうとする行為」を指していると考えて問題ないだろう。しかしこれにはさまざまなアプローチ方法がある。たとえば応答速度の速いモニターを買う、PCデスクをより広いもの、チェアをより快適なものに買い換えるといった行為から、多ボタンマウス、連射機能付きコントローラー、入力をエミュレートしてくれるマクロ機能付きキーボードといった入力機器を使用することも広義のハードウェアチートにあたるだろう。チートとはまさに「不正、ズル」という意味の言葉であるゆえ、「ルールが許さないライン」を超えた行為のみがハードウェアチートと呼ぶべきなのであろう。しかしながら、線引きの難しさやオンラインでの検出の困難さもあり、こういったハードウェアにまつわるルールの不統一や未整備は、対戦ゲームが長らく抱えこんでいる課題のひとつでもある。
格闘ゲームの世界にもこういったハードウェアの問題は存在し、長らく大会ごとの対応で乗り切っていた背景がある。もともと大会において特殊な入力機器の扱いというのは難しい問題であったが、一方でそれは通常のパッドやアケコンを使用しているプレイヤーや、オフライン大会に出場しないプレイヤー・ウォッチャーにとっては今まであまり意識することのない問題でもあったのだ。しかし今回、世界的に有名なウメハラ氏のコントローラーが禁止になったことで、一気にこの問題が注目されることとなった。そういった意味では、今回の騒動の本質はハードウェア裁定に関する問題が新しく発覚したというよりは、ウメハラ氏を通じて可視化されたという点にあるだろう。
hitBOXが禁止されたわけではない
では今回使用禁止になった「ガフロコン」とは一体どのような代物なのだろうか。ガフロコンとはhitBOXと呼ばれる格闘ゲーム用に開発されたレバーレスコントローラーの亜種であり、ワンコネクト所属のプロゲーマーであるガフロ氏がその製作を行っていることからその通称が付けられている。hitBOX系統のコントローラーはいわゆるゲーセンの筐体で見かけるような方向入力用のレバーが搭載されておらず、代わりに上下左右の入力に対応するボタンが用意されている。FPSのWASD移動のようなイメージだ。ボタンの配置も少し工夫されており、左手の薬中人がそれぞれ左、下、右の入力を担当し、中央下部に配置された「上」ボタンはジャンプボタンとして両手の親指どちらでも押せるようになっている。
こういったボタン配置をしたレバーレスコントローラーは総じてhitBOXと呼ばれることが多いが、そもそもhitBOXは商品名であり、Hit Box Arcadeの公式サイトより購入できるもののみが純正のhitBOXと言えるだろう。単にhitBOXとだけ言った時、どちらを指しているかは注意を払う必要がある。
今回ComboBreakerにてガフロコンは禁止となったが、純正hitBOXは禁止となっていない。この判断基準についてはComboBreakerの公式サイトにて以下のように記されている。
以下引用:
More clarity from PhreakMods: Official Hitbox devices that handle SOCD (Simultaneous Operation of Cardinal Direction) properly are not considered to cause impossible behavior and are tournament legal. Controllers that handle these operations and do not allow opposing directions on the same frame include Godlike Controls Cthulu+. PhreakMods Cerberus, & Akishop Customs PS360+, and Brook Universal Fighting Boards.
最初の一文にて「純正hitBOXのような、SOCDを適切に扱っており、(本来)不可能な挙動を可能にしないコントローラーは禁止されていません」と述べられている。これは一体どういう意味なのだろうか。
SOCDにまつわるターミノロジーの難解さ
SOCD(Simultaneous Operation of Cardinal Direction)とは本来レバーでは不可能な「左+右」「上+下」の同時入力のことである。こういった入力はそのままソフト側に渡してしまった時の挙動がタイトルによって統一されておらず、また一部タイトルではバグ挙動を引き起こしてしまうこともあるため、レバーレスコントローラーではハード側で処理してからソフトに渡す仕組みが搭載されている。この「逆方向同時入力をハード側で制御してソフトに渡す機能」のことを、SOCD Cleanerと呼ぶ。呼ぶのだが、このSOCD Cleanerの挙動が2種類存在するため、非常にややこしいことになっている。
Extra: A few games I could test myself with my Keyboard and no SOCD, you'll see most have a different way of dealing with SOCD inputs which means forcing a universal SOCD cleaner on your device is already flawed. pic.twitter.com/Ehh0sgm2Rd
— Saunic 🇭🇰 (@Saunic) May 23, 2019
※ 生入力SOCDの各タイトルにおけるデフォルト挙動
純正hitBOXにて採用されているSOCD Cleanerの仕様(以下、N仕様と呼称)では、左右同時入力はニュートラルとなり、上下同時入力は上入力として扱われる。ガフロコンでデフォルト有効となっているSOCD Cleanerの仕様(以下P仕様と呼称)では、左右同時入力は後に押された方が優先される。つまり、左を押した状態で更に右を押すと、右入力をソフトウェアに送るということだ。上下同時入力に関しては、N仕様と同じく上入力として扱われる。
ComboBreakerの裁定文は明らかに「N仕様はOKだが、P仕様はNG」と述べているものだが、問題をさらにややこしくしているのは、このN仕様とP仕様が基板で自由に切り替えられるということだ。ガフロコンに採用されている基板はBrookのAudio Fighting Boardというもので、デフォルトではP仕様となっているが、付属のジャンパーピンでN仕様に変更することができる。同じくBrookのUniversal Fighting Boardという製品では、デフォルトがN仕様となっているが、こちらもジャンパーピンでP仕様に切り替えることが可能だ。
ComboBreakerの裁定文の2文目では、N仕様を採用していて使用OKな基板の例に後者のUniversal Fighting Boardが挙げられている。確かにデフォルトではN仕様の製品なのだが、簡単にP仕様に切り替えることが可能であるし、逆に禁止されたガフロコンもOKとされているN仕様に切り替えることができるのだ。市販品を出荷時と異なる状態にすることを「改造」とみなして「改造コントローラーもNG」と解釈することはできるが、そのケースだと、例えばRAPのHORI製スティックを三和製のものに入れ替える行為もNGとなってしまう。重箱の隅をつつくような話だが、基板名を挙げていることで、なんとも曖昧な裁定のようになってしまっているのだ。
また、この切り替え機能そのものをSOCD Cleanerと呼称している場合があり、例えばN仕様からP仕様に切り替えることを「SOCD Cleanerをオンにする」などと言うこともあるせいで、非常に混乱しやすくなっている。SOCD Cleanerはあくまで逆方向同時入力を整理してソフトに渡す機能のことであり、それに切り替え可能な2つの仕様が存在するという理解のほうが適切だろう。
線引きすることの難しさ
最初の話に戻ろう。なぜComboBreakerはP仕様のみを禁止するという判断に至ったのだろうか。ComboBreakerの裁定文では「impossible behavior」、つまり(本来)不可能な挙動という記述がされているが、これがおそらくどのような挙動を指しているかは以下の動画を参照してもらいたい。
このように、P仕様を採用している場合は特にいわゆる「溜めキャラ」において大きな操作アドバンテージを得ることができるのだ。ガイルのクリティカルアーツ、ソニックハリケーンのコマンドのレバー部分「←タメ→←→」は、P仕様ならば左ボタンを押しっぱなしにしたまま右を2回入力するだけで完成してしまう。こういった挙動が、P仕様の禁止の原因となったであろうことは想像に難くない。
しかし、「N仕様はフェアだが、P仕様はアンフェア」と言い切れるかというと、そうとも限らない。N仕様の純正hitBOXも、本来のレバーでは到底できないような速度でコマンドを完成させてしまうことができるからだ。こちらについても以下の動画を見てほしい。
これはHit Box公式のYouTubeチャンネルにてチュートリアルとして公開されている動画であり、hitBOXの特にN仕様を活用して真空波動拳コマンドを高速で入力する方法が紹介されている。真空波動拳コマンドは「↓\→↓\→+P」であるが、厳密には「↓→↓→+P」で完成する。純正hitBOXでは、右ボタンを押し込んだ状態で左ボタンと下ボタンを同時に2連打することでこのコマンドが完成するのだ。これはN仕様の「左右が同時に押されるとニュートラル扱いになる」という仕様を利用しており、3ボタン全てを押し込むとソフトには下入力が送られることで成立している。レバーでは到底困難な速度でコマンド完成するという意味では、P仕様のタメキャラとさほど違いはないだろう。
また、N仕様においても上下同時入力は上入力として認識されるため、下タメコマンド技に関してはN仕様とP仕様において操作感にほぼ違いはない。さらに付け加えるならば、『ストリートファイターV』のソフトウェアは左右同時入力を「前」、つまりキャラクターの相対位置が左側なら右、右側なら左として扱う。つまり、hitBOX系統のコントローラーからSOCD Cleanerを引っこ抜いて生の入力をゲームに送った場合、少なくとも後ろタメ技についてはP仕様と全く同じ挙動を示すということだ。このような状況で、N仕様とP仕様どちらがセーフか、どちらがフェアかという線引きを行うことは、かなり難しいことだ。
先延ばしを続けることはできない
今回のComboBreakerによる裁定が、カプコン公式によるCPT(Capcom Pro Tour)におけるコントローラー問題に関する声明を受けてのものであることは間違いない。こちらの声明文では、特に今回のComboBreakerにおいて「CPTの精神に沿わないコントローラーの使用を認めることができない」としている。カプコンがSOCDの仕様について直接ComboBreakerのオーガナイザーに指示を出したとは考えづらいため、このやや不明瞭な判断基準に基づいてComboBreakerが下した判断が、P仕様のみの禁止だったということなのだろう。また、ガフロコンは純正hitBOXには存在しない追加ボタンが存在するが、こちらの是非については少なくともComboBreakerのコントローラー規定に記載はない。SOCD仕様の問題とは全く別のものとして扱うべきだろう。
今回の騒動は、ウメハラ氏というビッグネームが特殊なコントローラーを持ち込むということで急ぎの対応が求められたのだろう。長らく棚上げにされていた問題について、急にコミュニティの注目を受けた状態で判断を下すのは、ComboBreakerの運営チームにとっても決して簡単なことではなかったに違いない。SOCDの仕様の煩雑さによってさまざまな誤解も生まれているかもしれない。しかしながら、今回の一件によってこのようなハードウェア問題に対するコミュニティの関心が高まり、統一されたレギュレーションが制定されるための第一歩になるのであれば、それは格闘ゲームコミュニティだけではなく、eスポーツや対戦ゲーム全体にとって非常に価値のあることではないかと思われる。