Steamにおいて、ゲームそのもののクオリティなどとは別の理由で“おすすめしない”レビューを大量に投稿し、ゲームの評価を下げる「Review-bombing(レビュー爆撃、レビュー荒らしとも)」がたびたび発生している。そのため、Steamを運営するValveはレビューの統計データグラフ表示機能を提供し、いつどれだけのレビューが投稿されたかを可視化した。そして突発的な大量の不評レビューを検出すると、何が起きているのか確認するようユーザーに促しているが、現在『Kerbal Space Program』にてその警告が発せられている。
『Kerbal Space Program』は、Squadが手がける宇宙開発シミュレーションゲームだ。2013年にSteamで早期アクセス販売を開始し、2015年に正式リリース。昨年にはPlayStation 4/Xbox One向けにも発売された。自由に宇宙開発を楽しめるサンドボックスモードと、カーバルと呼ばれる本作のキャラクターたちの科学技術を発展させるサイエンスモード、そして乗組員の管理から宇宙センターの施設拡張まで宇宙開発計画のすべてを体験できるキャリアモードがあり、自由度の高い本格的な宇宙開発が楽しめる。ちなみに、今年5月にはTake-Two Interactiveが本作の権利を買収している。
上の画像が、本稿執筆時点での本作のSteamレビュー統計データグラフだ。10月8日から突然大量の不評レビューが投稿され、現在も継続していることがわかる。この不評レビューのほとんどは中国語で書かれているため、中国人プレイヤーからのものと思われるが、原因は10月6日に配信されたパッチにあるようだ。このパッチでは日本語や中国語(簡体字)などのローカライズの微修正や、バグ修正などがおこなわれたが、不評レビューの多くが「“不到Mun非好汉”を戻せ」と強い調子で訴えている。
「不到Mun非好汉」とは、本作のタイトルメニュー画面に映っている宇宙船に書かれていた文字のことで、英語版では「Mun or Bust!」日本語版では「ムンまで届け!」となっている。Munとは本作における月のような存在だ。「Bust」は失敗という意味を含んでおり、「Mun or Bust!」はなんとしてでもMunに到達してやるというカーバルの想いがスラング混じりに表現されているわけだ。直訳するとおかしな文になりかねないが、日本語の「ムンまで届け!」はユーモアに溢れた本作に合わせつつニュアンスを捉えているといえるだろう。では中国語の「不到Mun非好汉」はどういう意味かというと、「Munに到達せずしてヒーローにはなれない」と訳せる。やや固い表現だが、意訳として間違っていないように感じられる。ただ、ここで「好汉」という言葉を用いたことが回りまわって今回の問題を引き起こしてしまった。
そもそものきっかけは今年6月のことだ。本作はその前月から日本語や中国語に対応していたが、あるユーザーがこの「不到Mun非好汉」という翻訳についてSteamの掲示板にて問題提起をする。そのユーザー曰く、「好汉」は特に男性を指す言葉であるため、本作において女性プレイヤーを含め皆が目指すMunに関して、男性に限定するかのような表現を用いることは性差別的であると訴えたのだ。このスレッドは大きな議論に発展するが、結論を得ないままモデレーターによりロックされ収束する。
そして話は10月6日配信のパッチに戻る。開発元であるSquadはこのパッチで問題の「不到Mun非好汉」を「不到Mun不罢休」へと修正したのだ。日本語に訳すと「Munに到達するまで諦めるな」だろうか。一見特に問題ないように思えるが、この変更が中国人ユーザーの怒りを買う結果となってしまった。もともと「不到Mun非好汉」という表現は、毛沢東の「不到长城非好汉(万里の長城を訪れずして立派な男にはなれない)」という有名な言葉をもじっていた。ある意味、ローカライズとして粋な手法を取ったわけだが、それが味気ない表現に置き換えられたことに多くの中国人ユーザーは憤りを感じ、結果的に大量の不評レビューへと繋がっていった。
注目したいのは、6月の時点ではSteamレビューに大きな変動がなかったことだ。上に掲載したグラフを見ると6月にわずかに不評レビューが増えているが、これはSquadがTake-Two Interactiveに本作の権利を売ったことに対する批判が多くを占めている。つまり、ひとりのユーザーが提起した、性差別的だとする指摘はほかのユーザーからはそれほど支持を得ていなかったと解釈できる。レビューの中には、そもそも「好汉」は男性だけを指す言葉ではないという意見もある。前出の問題提起したユーザーは、中国人なら誰もが男性だと受け取ると強く主張していたが、「強いヒーロー/ヒロイン」というように女性に対して使っても問題ないとしている。Steamの掲示板には今回の一件を受けて、開発者が修正に応じたことにより、本作を担当した翻訳者が性差別者であると中傷されたのではないかと元の翻訳を擁護する声まで寄せられているほどだ。
開発者が自らのゲームに性差別的だというレッテルが貼られることは、なんとしてでも避けたいと考えるのは自然である。ただ、メキシコに拠点を置くSquadが、中国語やそのローカライズの詳しい内容を理解していたわけではないだろう。よかれと思っておこなった修正が結果的に批判を受けてしまったわけだが、性差別的でないという中国人ユーザーの意見も多くあるため、ローカライズを担当した会社とのコミュニケーションをしっかり取っていれば避けられた問題であるように思える。
これまでの経緯を見るに、少なくとも文言に関する問題の解決は難しいことではなさそうだ。しかし、そんな些細なことでもSteamでは大きくゲームの評価を下げてしまうことになる。ユーザーとのコミュニケーションやローカライズ体制という面では、本作に限らず慎重な対応が求められることを証明した形となった。