Nintendo Switch版『狂気より愛をこめて』移植は“狂気じみていてはいないけど地道に頑張った”。『メグとばけもの』開発会社も参加した移植開発秘話
Nintendo Switch版の移植にあたっては……なんと『メグとばけもの』、『くまのレストラン』で知られるOdencatが担当している。

弊社アクティブゲーミングメディアPLAYISMより2025年5月29日、Nintendo Switch向けタイトル『狂気より愛をこめて』が発売となった。本作はヴァンパイア株式会社所属のjamsanpoid氏が開発した、「絶対に会話がかみ合わない男たちとの恋愛ゲーム」がキャッチコピーのノベルゲームタイトルだ。
プレイヤーは元々いた高校が爆破されてなくなってしまい、近所にあった私立古詩庵歌羅芽琉院学園に転校してきた高校2年生として、新たな母校で青春の日々を過ごすことになる。
その中で出会う、四人の男たちとの恋愛成就を目指していく恋愛ゲームだ。
攻略ターゲットは同級生で金髪イケメンチャラ男の佐伯 祐介、保険医を務める糸目セクシーな荒川 修司先生、かわいらしいけど謎が多い、おそらく下級生の田村 マシュマロ、高校の生徒会長を務める青白い肌の3年生、アオルタ先輩と、四人いずれも個性豊かな男たち。彼らと部活動、体育祭、夏祭り、お正月、うなぎとばし大会、バレンタインなど一年の学園生活を通して四人との交流を深めていくことになる。
お気づきの通り、かなり個性が強い作品で、ほぼ全編にわたり理解不能な物語が展開されていくコメディ色の強いタイトルであるが、好感度に応じたそれぞれのキャラクターのエンディングに向かって行くうちにかなりシリアス……どころではない怒涛の展開を見せていく。
さて、そんな本作はもともとPC版が先行してリリースされており、今回Nintendo Switch版が発売された。Nintendo Switch版の移植にあたっては……なんと『メグとばけもの』、『くまのレストラン』で知られるOdencatが担当している。繊細なストーリーラインを武器にどんどん自社ゲームを開発することで名高いOdencatが、なぜ本作の移植をサポートすることに至ったか、また移植に用いられた「Ebitengine」とは何なのか。移植されるにいたるその経緯をご紹介したい。
ーーまずはヴァンパイアという会社についてご紹介いただけますか。
ヴァンパイア かとう:
ゲームイラストを制作する事業からスタートし、自社でもゲーム開発をはじめました。『狂気より愛をこめて』は、社員のじゃむさんっぽいどくんが学生時代から作っていたゲームを会社の事業として開発することとし、ゲーム制作以外の部分をサポートしています。会社のスローガンが「#遊んでいたら褒められた」で、他社には作れない尖った作品を今後も制作することを決めています。
ーーOdencatについてご紹介ください。
Odencat Daigo:
素朴なドット絵RPGアドベンチャーを作っている会社で、『くまのレストラン』や『メグとばけもの』が代表作となります。CEOをしている自分も、CTOの星もバリバリのプログラマーなので、実はかなり技術寄りの会社だったりします。ゲームに使用しているエンジンはEbitengineベースの内製エンジンで、これまでのところゲームの開発からパブリッシュまで自力で行っているよくわからないこだわりのある会社です。
ーー両社はどういうつながりで今回協力し合うことになったのでしょうか?
ヴァンパイアのかとう:
当初『狂気より愛をこめて』のNintendo Switch版をリリースするつもりはなかったのですが、改めて本作を盛り上げていきたいという想いと開発者のじゃむさんっぽいどくんの才能をより多くの人に知って欲しいという想いで計画を開始しました。
それで幾つかの制作会社に問い合わせをしたんですが、もともと本作はティラノビルダーで開発されており、ノベルゲームを作るうえでは使い勝手が素晴らしくUI/UXも素晴らしいツールではあるのですが、いかんせんSwitch対応していなかったのですね。ぜひ対応してほしいと思うのですが、していないならしょうがないということでゲームエンジンを変えて移植をする必要がありました。つまり、フルスクラッチで作り直す必要があると判明したんです。
そんな中、普段からずっと仲良くしているOdencatのDaigoくんが「できるかも」と言ってくれたことで、どうせなら仲良しのOdencatにお願いしたいという気持ちが生まれました。
また、以前から小さな仕事、たとえば『くまのレストラン』のねことクマのドット絵などの手直しの手伝いとかはお互いにしてきたんですが、公式に発表できる開発に深く関わる仕事をご依頼できるまたとないチャンスだとも感じたんです。また長い付き合いの中で、Odencatの技術力の高さは知っていたので、そこも含めて移植を依頼するに至りました。
Odencat Daigo:
そもそも加藤さんと知り合ってもう25年以上経つくらいには、仲が良いんですよね。もともとCTOの星さんが運営していたRPGツクール開発者たちが集まるテクニック研究所というサイトのCGI チャットの友達なんです。当時、自分は『息子よ。這い上がれ。』、『親父と俺。』というゲームをコンテストパークというところに出して受賞していたりしました。
当時お世話になった仲間の中には他にもインディーゲーム界隈で活躍されている方もいて、皆今も仲がいいんです。星さんと加藤さんは今回のNintendo Switch版発売の打ち上げパーティーではじめてリアルに会ったそうですが。
ーー……一見すると接点がなさそうな企業同士ですが、25年前から続くつながりで今回の移植プロジェクトが実現したんですね。
Odencat Daigo:
Odencatとしては、過去に移植仕事を引き受けたことは過去にありませんでした。それに本作はゲームの仕組み自体はシンプルな方ではあるものの、それでも家庭用ゲーム機への移植コストというのはそれなりにかかりますし、やるならばOdencatのブランドイメージも考えないといけない。なのですが、本件は加藤さんからの依頼でしたし、なんかおもしろそうという理由でわりと採算度外視で引き受けた形になります。
また、OdencatにはEbitengineを使用した内製のゲームエンジンがあり、『狂気より愛をこめて』はこのエンジンの機能で概ねカバーできる範囲のゲームでしたので、こちらに対応する形で移植すれば割とすぐ動くのでは?との見立てのもと、移植を引き受けることにしました。
それに、この移植で新規実装された機能などは今後のOdencatの資産にもなるので、そういった意味で引き受ける実利もありました。Ebitengineの採用実績も増やせると良いという思惑もあり、ヴァンパイアとの利害が一致したといえます。
――Odencatにあるという、そのEbitengineについてご紹介いただけますか?どういうものなのでしょう?
Odencat 星:
Ebitengineは、そもそも自分が趣味で開発し始めた 2D ゲームエンジンです。特徴としては、プログラミング言語 Go を使用していること、 2D に特化していて非常にシンプルであること、 GPU を利用していてハイパフォーマンスであること、 PC、モバイル、ブラウザ、コンソールなど幅広いプラットフォームをサポートしていることです。
趣味で開発し始めたものとはいえ、現在は Odencat のゲームを支えるコア技術となっています。というのも、 Ebitengine を使用した RPG エンジン、いわゆる RPG ツクールのようなものがOdencatにあって、『くまのレストラン』や『メグとばけもの』などのOdencatの作品も、そのOdencatエンジンで開発したものです。
Odencat Daigo:
そういう事情もあって、OdencatにはRPGツクールの使い手(通称ツクラー)が数名在籍しており一緒にゲームを作っています。ただの宣伝ですが、Odencatでゲームを作ってみたいという人はDaigoにDMを投げてみるとワンチャンあるかもしれませんよ(笑)!

――移植作業自体は順調でしたか?
Odencat Daigo:
概ね既存のOdencatエンジンでカバーできていたと言っても、やはり足りない機能があり、それを実装しながらだったので、それなりに大変でした。『メグとばけもの』のDLC開発と並行で作業しつつ、プログラマーがほぼ1人で10か月くらいはやっていたでしょうか。一応自分も2-3週間くらいは時間を使ったかもしれません。思ったよりは時間がかかってしまいましたが、開発とはそういうもんですね。
あと、目コピでの移植は早々にあきらめました。目コピ移植は、作業が大変なのもありますが、細かいパラメーターのズレが発生しやすかったり、バグも生みやすいですし、品質チェックのためのコミュニケーションコストも増大します。なので最初にティラノスクリプトからOdencatエンジンへのコンバータを書くのが最善と判断した形になります。

原作者のじゃむさんと直接やり取りをして作業が出来たのは、効率的でした。1人の人間がほぼすべてをわかっているのでとにかく話が早かったですね。こういった部分もインディーゲーム開発の魅力かもしれません。
予算の制約もあり、完全再現出来ていない部分もありますが、移植を引き受ける側としてもいいものにしたいので、既存のゲームにバグがあればついでに直してしまったり、よくできる所があればよくしたりしました。
Nintendo Switch版では、ゲームの容量が大幅に小さくなったり、ドット絵がより「くっきり」表示されるようになったりしています。あと、もともとの動画の容量が大変大きく、数GBに達するものだったのでNintendo Switchで販売する上で障害になりえました。
Odencat 星:
そこは社長自ら、自作のアニメツールで動画を一から再現し直してくれて、結果としてコンパクトなアニメーションに移植できたのでよかったです。
Odencat Daigo:
主題歌を何百回聞いたかわかりません。脳筋ともいえる作業ですが、移植においては時には気合を入れて筋肉で解決するほうが早く簡単なことがあるんだなと思いました。スマートに動画容量を圧縮などの方法で進めることも出来たかもしれませんが、品質が犠牲になるし、それでも容量が大きいのは嫌でしたから。
Odencat 星:
原作者様もアニメーション移植にご協力してくださり、スムーズに物事が進みました。本当に感謝しています。
――本作移植の最大のネックはどこにありましたか?
Odencat 星:
メモリ管理ですね。Nintendo Switchでは 物理メモリが PC と比べるとそこまで大きくなく、クラッシュするケースが出てきました。いままでの Odencat ゲームでは起きなかった問題だったのですが、『狂気より愛をこめて』は立ち絵が多く、またフルボイスなので、この問題が顕在化してしまいました。
この問題の対応策は、気合、もといトライアンドエラーの繰り返しです。発生箇所がバラバラで特定が難しく、何が起きているのかを把握するところから始めました。しばらく調査した結果、どのようなプレイでも一定時間後に物理メモリ使用量が上限に達することがわかりました。メモリやテクスチャのダンプなどを行い、メモリを無駄に使用している箇所などを突き止めました。
真っ先に見つかったのは音声データ周りで、フルボイス故に、単にプレイするだけで音声データが蓄積してしまっていました。これは使用後に単にすぐ消すことで対処できました。テクスチャについてはテクスチャのライフタイム管理をきちんと行うようにしました。これでクラッシュの頻度はかなり減りましたが、それでもしばらくすると使用量上限に達する問題は完全には解決しませんでした。
メモリリークを疑いましたが、 GC (Garbage Collection) を強制することでメモリ増大が全く起きないことがわかりました。メモリリークではなく、どうやら GC タイミング由来の問題でした。 Go の GC タイミングをチューニングして頻度を増やしたところ、プレイ中でも全く問題のない範囲に収まりました。ものすごく技術的な話となって恐縮ですが。
――パブリッシャーサイドとしては、Nintendo Switchの仕様部分でのバグがあまりに少なく、チェックも一度で通過したのが驚きでした。
Odencat Daigo:
Odencatは開発会社でもありますが、パブリッシャーでもあり、いままで『くまのレストラン』、『メグとばけもの』ふくめ4本ほどNintendoSwitchゲームをパブリッシュしています。
そのため、Ebitengineを元にしているOdencatエンジン自体がある程度仕様に準拠できていましたし、移植する Odencat メンバーも仕様自体について概ね把握できていました。一部、本作で初めて知る仕様や新機能もありましたが、ヴァンパイアさんやPLAYISMさんと相談して事前に確認したうえで実装できたのでスムーズに進められました。
――もしかして今後、ティラノビルダー開発者はOdencat社を頼るとNintendo Switch版に移植してもらえたりするのでしょうか?
Odencat 星:
そこは、要相談になると思いますね。ティラノスクリプトからOdencatエンジンへのコンバーターをつくったのですが、あくまでこれは『狂気より愛をこめて』に特化したものになっているので、ティラノスクリプトのゲームならなんでもすぐ簡単に移植できるというわけではありません。
またティラノスクリプトのゲームによっては JavaScript を使用することがあり、その場合は移植コストがかなり高くなります。そういうのもあり、タイトルに合わせた対応をする必要がありますので、コストはそれなりにかかります、というのが正直なところです。
とはいえ、Ebitengine 開発者としては、また一つ大きな実績が増えたので嬉しく思います。弊社は RPG が多いのでどうしても目立つ実績が RPG に偏りがちですが、今回はノベルゲームの実績が増えました。今後も様々なジャンルのゲームの実績が増えるとうれしいですね。
Odencat Daigo:
実は『狂気より愛をこめて』パッケージ版発売と同日にEbitengine製の『SAEKO: Giantess Dating Sim』というゲームもSteamで発売され、Ebitengineを使用したゲームの事例がだんだんと増えてきています。EbitengineはUnity3Dのようなツールと比べればシンプルですが、それ故の自由度もあります。WebやXboxなどでも動きますし、今回の発売をもって実績もまた積み重ねているエンジンなのでますます使ってくれるユーザーが増えてくれるといいんじゃないかなと思います。OSSなのでソースコードも見れますしね。



ーー最後に、移植者として、またインディークリエイターOdencatとして、『狂気より愛をこめて』をおすすめしていただけますか。
Odencat Daigo:
何より、『狂気より愛をこめて』というゲームは、コンセプトがしっかりしているゲームで、「恋愛ゲームなのに言葉が通じない」というところが圧倒的に新鮮で面白い体験でした。笑いもありますが、シリアスな点もしっかりあるのでそのギャップが魅力で、Odencatゲームにも通じるところがあるなと思います。唯一無二の体験だったのは間違いないですね。
登場人物がほぼすべて男性なので、いわゆる乙女ゲーに分類されるゲームだと思いますが、そもそも言葉も通じないので、性別のことを考えているどころではなく男性の自分でも楽しめました。開発者のじゃむさんは音楽含め、ほぼ一人で作っており、インディー開発者のお手本として尊敬いたします。
じゃむさんが声優もつとめているマシュマロ君というキャラクターが罵倒しまくるのですが、実際に本人とお会いしたときに生の罵倒が聞けたので感動してしまいました。あと、初対面でじゃむさんから食べ物のおでんは嫌い、と言われて思わず笑ってしまいました。
ーー狂気と愛のこもった移植のお話、ありがとうございました。
『狂気より愛をこめて』Nintendo Switch版は5月29日より発売中。PC(Steam)版も発売中だ。