『Neverending Nightmares』作者の鬱病・強迫障害が生みだしたホラーゲーム、開発者インタビュー
『Neverending Nightmares』は、2014年9月にリリースされたホラーアドベンチャーゲームだ。開発はMatt Gilgenbach氏ひきいるInfinitop Gamesが担当した。Gilgenbach氏は、かつて24 Caret Gamesを設立し、2013年3月に『Retro/Grade』を発売したが、その売れ行きがかんばしくなく、持病であった鬱病や強迫性障害を悪化させる結果になったという。本作は、そんなGilgenbach氏が見た悪夢の世界を描いたサイコロジカルホラーゲームである。『Neverending Nightmares』で伝えたいメッセージとはなんだったのか、そして悪夢の根源にあるものとは。Gilgenbach氏に本作についてお聞きした。
『サイレント・ヒル』や『零』の大ファン
――あなたの過去とキャリアを教えていただけますか。どんなゲームを子供時代からプレイし、どんなゲームを開発してきたのか。
子供のころ、私は日本のゲームの大ファンだったんだ。特に任天堂とセガのね。ゲーム開発者としてはHeavy Iron Studiosで働き始めて、『Mr.インクレディブル』とかピクサーの版権ゲームを開発してきた。その後、High Impact GamesでPSP向けの『ラチェット&クランク』の開発に参加した。2008年からインディーデベロッパーとして働き始めて、『Retro/Grade』と『Neverending Nightmares』を開発した。
――日本のゲームがお好きだったんですね。
もちろんさ!初代『サイレント・ヒル』や『パンツァー・ドラグーン』、『マリオ』シリーズや『零』の大ファンなんだ。残念なことに、アメリカだと『零 ~月蝕の仮面~』と『零 ~濡鴉ノ巫女~』はまだ買えないよ。
――『Neverending Nightmare』を最初に見たとき、非常に独特なビジュアルに引き込まれました。インスピレーションはどこから得たのでしょうか。
子供の頃、エドワード・ゴーリーの本を持っていたんだ。エドワード・ゴーリーのアニメイントロがあるドラマ『Mystely!』も見ていた。このゲームのムードをとらえるには、いいスタイルだと思ったんだ。
――ホラーゲームファンとして、同作はグラフィックだけでなく音響効果もとても優れていると思います。サウンドに関してこだわった点はありますか。
本作においてサウンドは最も重要な要素なんだ。だから音響やBGM、オーディオ品質にはとりわけ気を使った。声優にはElizabeth Maxwell(『攻殻機動隊』草薙素子役)とJosh Grelle(『進撃の巨人』アルミン・アルレルト役)を起用している。2人とも、『進撃の巨人』や『攻殻機動隊 ARISE』のような、日本製アニメの英語版声優として活躍している人物だ。
――サウンドやグラフィックの次は、『Neverending Nightmares』のゲームプレイやメカニックについてお聞きしていいですか。本作はとてもシンプルなサイドスクロールアドベンチャーですね。
没入感を生みだすため、『Neverending Nightmares』のゲームプレイはわざとシンプルにしているんだ。プレイヤーがインベントリ管理や制限されたセーブポイント、難解なパズルに頭を悩ませてしまうと、彼らは”ゲームをプレイしていること”を何度も思いだしてしまうだろう。ゲームの世界の外に連れだされてしまう。我々は、簡単に迷いこんでしまえるような世界を創りあげたかった。プレイヤーは、ただのゲームであることを忘れて、恐怖体験に集中できるんだ。
私の心は、私の最悪の敵
――『Neverending Nightmares』は、あなたの心を深く反映したゲームです。あなたの心の病気について質問するのは問題ないでしょうか。
もちろんだ。私は強迫性障害と鬱病をわずらっている。ささいな事であっても、自分の身になにかが起きると、ひどく不安になってしまうんだ。考えを制御することができなくて、酷いことを頭で思い浮かべては、自分をみじめな気分に追いやってしまう。”侵入的想起”だよ。だから、私の心は、私の最悪の敵なんだ。だが数年間のセラピーを経て、病気にどのように対処するかを学び、自分の人生を生きがいあるものにできるようになった。
――本作が始動する前、あなたは『Retro/Grade』を開発し、2013年にリリースしました。『Retro/Grade』は高評価を獲得しましたが、セールスは悪かったと聞きます。
『Retro/Grade』は私の強迫性障害の犠牲者なんだ。私にとって初めてのインディーゲームで、すべてを完璧に仕上げたかった。隅々まで素晴らしい作品にするため、あまりにも多くの時間をかけすぎたんだ。トリプルA級ゲームは、沢山の人が開発に参加しているからこそ、簡単に細部にまでこだわることができる。つまり、私はインディーデベロッパーとしての開発に対し心構えができていなかった。『Neverending Nightmares』で、独立系の開発についてはなにか学べたと願っているよ。
――そのあと、『Neverending Nightmares』のプロジェクトはどのようにスタートしたのでしょうか。Kickstarterを選択した理由は?
『Retro/Grade』で失敗したあと、大きな契約プロジェクトの開発に参加しつつ、私は自分の”夢”のゲームを作ろうと決めたんだ。次が最後だと考えていたからね。ゲームを開発してきたなかで思いついたクレイジーなアイディアを、すべて1つのゲームに盛りこもうとした。契約プロジェクトの開発を続けて、その利益をすべてNeverending Nightmaresの開発に投じた。ただ、それだけでは1本のゲームを完成させるのに十分でないことは明白だった。なんとかできないか常に資金問題については考えていて、その時にコミュニティが残りの開発資金を出してくれるんじゃないかと期待していたんだ。我々はとても幸運で、最終日にKickstarterで目標額に到達することができたよ。
鬱病はあなたの世界を塗り潰す
――『Neverending Nightmares』のアイディアを思いついたとき、恐怖は感じなかったのでしょうか。本作はあなたの精神や心の病気に関するゲームです。多数のゲーマーに、自身の弱い部分をさらけだすことになります。
ゲームのために自分自身をさらけだすことは、心の底から怖かった。私は親友にすら自身の精神病について滅多に話さなかった。だから、精神病の体験を盛りこんだゲームを構築することは、挑戦だった。GDC 2013で『Retro/Grade』の開発について話し、強迫性障害がどのように開発に影響するかを語ったんだが、それが受け入れてもらえたんだ。これが、自分の心の病気についておおやけに話す自信につながった。自分の病気について語ることはとても難しいが、重要なことであると思う。声を押し殺して苦しんでいるほかの人々を、手助けすることができるから。
――恐らくGilgenbach氏にとっては、『Neverending Nightmares』の開発は、自身の心のなかを旅するようなことであったと思います。ゲームを開発しているあいだは、なにを考えていましたか。
精神病に対処した経験をどうすればゲームに落としこめるのかに集中していたよ。私の物語を伝えるという面でみると、『Neverending Nightmares』は厳密な自叙伝ではない。ただ、強迫性障害や鬱病がある人生がどのようなものとなるのか、その感覚や感情をうまく再現しようとした。自分の最悪の記憶を再訪することはとても怖かった。過去の自分に戻ってしまうんじゃないかと思っていた。でもプロジェクトが始まると、その作業は自分の心に対する治療行為でもあるとわかったんだ。
――あなたの最悪の記憶は、具体的にどのようにゲームに反映されましたか。
実際は目覚めていなくて、ほかの悪夢のなかにいるというアイディアは、自分の夢をもとにしているんだ。自分の歯が抜け落ちる夢も何度も見てきたから、それがゲーム序盤にシンクがある理由となっている。だけど、ほかのシーンはもっと侵入的想起をもとにしている。強迫性障害のせいで朝起きると不安な気分になるんだけど、特に自分自身を手酷く痛めつけるような侵入的想起に苦しめられた。腕の血管を引っぱりだしたり、骨を引き裂いたりといったゲーム中の冷たいイメージは、私の心が考えだしてしまった恐怖の体験から生まれたシーンなんだ。
――エンディングも含め、『Neverending Nightmares』のストーリーにはとても満足しました。ただただ怖かったです。しかし、やや不鮮明であったとも言えます。本作のストーリーの詳細について聞くことはできるでしょうか。トーマスは救済された?
自由に受け止めてほしいから、ストーリーに関してはくわしく話したくない。私にとって『Neverending Nightmares』は、悪夢に対峙した人間の感情を描きあげた作品だ。トーマスが恐怖や不安、悲しみといった感情に支配されているシーンが、精神病に対処するとはどういうことなのかを示している。エンディングは漠然としている上に矛盾している。これはプレイ後もゲームについて考え続けて欲しいからで、願わくばプレイヤーには精神病に対する洞察力を得て欲しい。
――では『Neverending』は誰のために作ったゲームと言えるでしょうか。本作を誰にプレイし、精神病について知って欲しいと思いますか。
あらゆる人に向けてゲームはデザインされているが、願わくば2種類の人たちと異なるメッセージを共有したいと考えていた。精神病に苦しむ人々に対しては、あなたは1人ではない、同じように苦しんでいる人たちがいるんだよと、ゲームを通して伝えてあげたかったんだ。人生のどん底にいたとき、自分が感じていることなんて誰もわからないし、誰も理解することはできないだろうと私は思っていた。ゲームを通して自身の体験を思いだすなかで、「ほかの人達も同様の体験で苦しんでおり、困難な旅路から抜けだすことができるんだ」と示したくなったんだ。この方面に関しては沢山のメッセージを受けとることができたし、成功したと思っているよ。
精神病を体験したことがない人たちには、病のある生活がどのようなものなのかを理解して欲しかった。精神病について語るのは簡単ではない。もし患者が精神病をわずらっていると話したら、心の病に対する理解が欠けている友人から、奇異の目で見られるかもしれない。『Neverending Nightmares』では、鬱病があなたの世界をいかに塗り潰すかを示している。家のなかですらひどくうすら寒い空間に感じてしまうんだ。このメッセージがしっかりと伝わっているのかわからないけど、ほんの少しでも助けとなったのなら、嬉しいよ。
インディーゲーム開発、”売り”に重点を
――最終的に、『Retro/Grade』と比較して、『Neverending Nightmares』の売り上げはどうでしたか。
過去2年間『Retro/Grade』がSteamで記録した売上を、『Neverending Nightmares』は2日間で超えたんだ。『Retro/Grade』はまったくと言っていいほど売れなかった。
――なるほど。ではあなたは『Retro/Grade』で苦難を迎えましたが、『Neverending Nightmares』で大きな成功をおさめたと思います。栄光と挫折を見てきた1人のインディーデベロッパーとして、ゲーム開発に挑戦する新人たちへアドバイスはありますか。
できるかぎり早く、ゲームをリリースできる段階に持っていくべきだ。恐らく駆けだしのインディーデベロッパーは、わずかな初期レベルを開発したか、基本的な構造のみのプロジェクトを始動したばかりだろう。リリースできる段階が早くなれば、少しばかりいいことがある。ゲームを友人や支援者たち、あるいは早期アクセス版の購入者たちに配布して、フィードバックを得ることができる。全ての優れたデザイナーはテストを繰り返しているし、プレイヤーからの早期のフィードバックでゲームをよりよくしている。ただ、もし配布したゲームが壊れていたり、君が本来意図していない形で動作しているのなら、フィードバックに意味はなくなる。ほかの利点としては、時間や資金が足りないのなら、ゲームを早めにリリースして状況をよくすることができる。
あとは、自分が特別にしたいと思う部分に開発時間と情熱を注ぐんだ。『Retro/Grade』では、コアゲームプレイがそうだったが、我々はグラフィックに多くの時間を費やしてしまった。『Neverending Nightmares』では、ゲームの空気感がもっとも重要だったから、アートやサウンドに多くの時間を費やし、ゲーム全体はわざとシンプルなメカニックでデザインした。全ての面で素晴らしいゲームを作るのはとてもむずかしい。もしあなたがそれをやったとしても、消費者たちがより認めてくれるようなゲームとはならないんだ。『スーパーマリオブラザーズ』は現代のゲームと比較してグラフィックは貧弱だが、それは問題ではない。なぜなら『マリオ』は、30年経った今でもライバルが現れないような、輝かしい2Dアクションが売りなのだから。
――もしAUTOMATONの読者や日本のゲーマーにメッセージがあればお願いします。
もし精神病で苦しむ心理的恐怖を恐ろしく描いた作品を探しているのなら、『Neverending Nightmares』をチェックしてほしい。日本語字幕付きでSteam版、Playism版が配信中だ。
――ありがとうございました。
[聞き手 Shuji Ishimoto]