「1曲」のためのミュージックビデオゲーム『nerd: tracing dayline』は、『ポケモン』MV「GOTCHA!」のような体験を目指して作られている。開発者インタビュー

国内の個人ゲーム開発者Evan氏が、『nerd: tracing dayline』を開発中である。同作は、「一曲のためのゲーム」をコンセプトとした作品なのだという。謎めいた本作について率直に伺ってきたので、その内容をお届けしよう。

国内の個人ゲーム開発者Evan氏が、『nerd: tracing dayline』を開発中である。同作は、「一曲のためのゲーム」をコンセプトとした作品なのだという。動画などを確認する限りでは、女子高生を主人公にしたADVのように見えて、コンセプトの指し示す内容はピンとこない。しかし物語の終わりには、謎めいたコンセプトの意味が理解できるのだとか。

京都で7月19日より開催されたBitSummit Driftの会場では、開発者のEvan氏が本作を試遊展示していた。曲のためのゲームとは何なのか、謎めいた本作について率直に伺ってきたので、その内容をお届けしよう。


「一曲のためのゲーム」って何?

──自己紹介をお願いします。

Evan氏:
Evanです。『nerd: tracing dayline』を個人で作っています。ゲーム開発は大学時代に少しやっていたことはあるのですが、ちゃんと商売を意識した制作は本作が初めてです。


──『nerd: tracing dayline』はどんな作品なのでしょうか。概要を教えて下さい。

Evan氏:
ゲームの概要もなかなか説明が難しいんですが、「一曲のためのゲーム」というコンセプトを掲げて開発しています。ゲームの内容を全て点として描いたあとに、エンディングでその点をすべて繋いでいく。そういう爽快感みたいなものを狙っています。

既存のもので例えると、2020年に公開された『ポケモン』のスペシャルミュージックビデオ「GOTCHA!」(楽曲はBUMP OF CHICKENの「アカシア」)が近いでしょうか。あれを見た時、歴代の『ポケモン』を遊んできたプレイヤーたちは「このシーンはこの作品だな」など映像の元ネタがわかって、感情を動かされたと思うんです。そんな感動がやりたいんです。

「GOTCHA!」は、ゲームのストーリーとMVの映像によって感情を動かしていたと思います。『nerd: tracing dayline』では、映像だけではなく音楽だったり、歌詞だったりなど、MVのすべてを1本のゲームから作ることで、見て聞いた瞬間にすべての意味を理解してもらう。初見ですべてが理解できる映像作品を見ることで、五感すべてでそれまでの物語を体感できるようなゲーム、というよりMVを目指しています。

──ゲーム中でミュージックビデオまでの過程は、どういった形で進んでいくのでしょうか。

Evan氏:
MVまでの過程にあたるゲーム内容自体は、オーソドックスなアドベンチャーゲームに近いです。背景は3Dになっていて、キャラクターを操作して自由に教室や海辺を探索できます。

主人公は、海沿いの片田舎にある学校へ転校してきた高校生です。ストーリーでは、学校に馴染めない彼女が現状の打開を目指そうとします。いろんなところを回ると話題が手に入るシステムがあって、話題から会話を広げられます。ミュージックビデオゲームなので、ストーリー中には音楽の要素を取り入れていて、少し暗いシーンも交えながら友達や音楽を軸にストーリーを展開する予定です。教室では主人公の隣の席に帰宅部の男の子が座っているのですが、メインキャラクターの彼のストーリーもあったりします。簡単に言うと、主人公たちの高校生活や青春を描こうとしています。


ミュージックビデオで味わった感動を

──本作を作ろうと思ったきっかけを教えて下さい。

Evan氏:
卒業制作の際、折角なので自分の好きな「音楽と映像とゲーム」を全部合わせたいと思ったんです。それで最初は、ミュージックビデオを作るゲームを制作していました。当時作っていたのはアドベンチャーゲームではなくて、音楽が流れてきて、その最中にMVを作って楽しむゲームです。でもそれは行き着くところまで行くと、普通に動画編集をしているのと変わらなくなってしまう。ほかにもいくつか難しい点があって、結局それは挫折したんです。

その後、本当にミュージックビデオを楽しむためにはどうすればいいんだろうと考えました。MVをとにかく魅力的に見せようと考えていて、『ポケモン剣盾(ポケットモンスター ソード・シールド)』の演出を思い出したんです『ポケモン剣盾』の発売時、チャンピオン戦の戦闘BGMが話題になっていたと思います。あの演出はそれまでの『ポケモン』シリーズをプレイしてればわかる演出でした。また『ポケモン 剣盾』からはゲームである必要性も感じました。ゲームクリア後にスタジアムでちょっとした演出がありますが、あれはゲームでしか体感できない感動で、強い共感や当事者意識を生み出す体験だと思ったんです。

今作は実験作としての側面が強いので、MVのインタラクティブ性についてはあまり考えていないのですが、そうした経験を思い出させることによる感動が、本作の発想の起点になっています。「ゲームをMVにする」ではなく、「経験をMVにする」といったほうが核心に近いかもしれません。ほかに『アストラルチェイン』の演出や、MVに限らず過去に見てきたアニメのOP/ED映像などにも影響を受けていますね。

卒業制作+約1年時点での開発中の様子


──ゲームを通してミュージックビデオで感動させるために、どういったところにこだわっておられますか。

Evan氏:
本作では、ゲームとして遊んできた内容がMVになっていると気づいてもらうことを、重要な感動ポイントと考えています。なのでミュージックビデオになった時、プレイヤーが聞いてわからなきゃいけないですし、見てわからなきゃいけないです。とにかくプレイし終わった時、プレイヤーがちゃんと思い出せるように工夫を込めています。たとえば、主人公がギターを引くパートを作りたいと思っていて、ミニゲームにして何度もプレイさせることで、プレイヤーの耳に残るのではないかと考えています。ただコンセプトの意味を知ってしまった時点で、完全な意識外の気づきではなくなってしまいます。できれば何も知らない状態で遊んでほしいですね。

また本作では、ヨルシカの「雲と幽霊」や「だから僕は音楽を辞めた」のような、横スクロール風のMVを目指しています。ゲーム画面もMVにあわせた構成にしているので、3Dの背景に2Dのキャラクターを置いているんです。

──最後に、読者へ向けてメッセージをお願いします

Evan氏:
ミュージックビデオを楽しんでもらうために、雰囲気がいいのは当たり前ですし、音楽も当然よくなくちゃいけないと思います。でもそれ以前に、とにかくゲームとして遊んでいて楽しくなければ意味がないので、今物語を頑張って作っています。ストーリーの勉強から始めて、実際にいろんなゲームをプレイしてみて、最近ストーリーを全部変えました。奇抜なコンセプトが目立つかもしれませんが、オーソドックスなADVとして楽しんでいただけたらと思います。

また本作は、夏にしか出せない作品だと思っていて、リリース時期は2026年になる可能性が高いです。結果としてちゃんと面白くなるかはわかりませんが、頑張って作っているので、よろしくお願いします。

──ありがとうございました。


nerd: tracing dayline』は、PC(Steam)向けに開発中だ。

Keiichi Yokoyama
Keiichi Yokoyama

なんでもやる雑食ゲーマー。作家性のある作品が好き。AUTOMATONでは国内インディーなどを担当します。

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