NetEase Games桜花スタジオ吉田亮介氏・小澤健司氏インタビュー。「言語コミュニケーションなし」「とにかく数字にする」日本×中国横断ものづくりの攻略法・傾向とは

 

スクウェア・エニックスが今夏に発売予定の『聖剣伝説 VISIONS of MANA(以下、聖剣伝説 VoM)』。約17年ぶりとなるシリーズ完全新作の開発を手がけるのが、NetEase Gamesの桜花スタジオである。同スタジオは中国・広州と日本・東京を拠点とするハイブリッドスタジオであり、長年バンダイナムコスタジオで活躍していた赤塚哲也氏がスタジオ長を務めている。

日本と中国にまたがってゲーム開発を行うスタジオは、かなり珍しい。弊誌で求人の手伝いをしていた経緯もあり、今回は『聖剣伝説 VoM』発売に先駆けてインタビューを実施。元カプコンでコンバットデザインを担当していた吉田亮介氏、元バンダイナムコエンターテインメントでプロデューサーを務めていた小澤健司氏という、桜花スタジオディレクターの二人から話を訊くことができた。本記事では日本のクリエイターが新天地として中国を選んだ理由、中国と日本の共同開発だからこそ実現できたものについて語られている。ぜひ最後まで読んでほしい。

吉田亮介氏

小澤健司氏


なぜ中国での新たな挑戦を選んだか

――まずはお二人にキャリアを交えて自己紹介いただければと思います。

吉田亮介(以下、吉田)氏:
桜花スタジオディレクターの吉田です。スクウェア・エニックスより発売予定の『聖剣伝説 VoM』のディレクターを担当しています。キャリアとしては、まず新卒でカプコンに入り、それから13年ほどアクションゲームを中心に開発をしてきました。具体的には『デビル メイ クライ 5』、『モンスターハンタークロス』シリーズ、『戦国BASARA』シリーズなどに携わってきました。その後2020年NetEase Gamesに入社して広州で3年間ほど勤務し、現在は桜花スタジオの渋谷開発室所属として日本に戻ってきています。

――今は日本に住んでいるのですね。そういえば先日X(旧Twitter)の『聖剣伝説 VoM』告知ポストで、「Congrats!(おめでとう)」と言われていました。

吉田氏:
そうですね。X(旧Twitter)のフォロワーは、『デビル メイ クライ 5』をはじめとしたカプコン時代から応援してくださる人も多く、そういった方々からポジティブな反響をいただけたのはうれしかったです。

――ありがとうございます。次は小澤さんの自己紹介をお聞きできれば。

小澤健司(以下、小澤)氏:
吉田さんと同じく桜花スタジオで、『聖剣伝説 VoM』のディレクターを担当している小澤です。バンダイナムコエンターテインメント出身で、日本にいた頃は『機動戦士ガンダム』などのハイターゲット向けアプリのプロデューサーとして、版権元に対して交渉したり、マーケティング施策を提案したりする仕事をしていました。そして入社後3年ほどを経たタイミングで、「Bandai Namco Entertainment (Shanghai) Co., Ltd. 」という上海支社に出向という形で異動しています。

その後コンソールゲームを作りたい気持ちと、新しく組織が立ちあがると聞いて面白そうだと考え、桜花スタジオの立ち上げ期にNetEase Gamesへ入社しました。吉田さんとは違い僕は今も広州に住みながら業務をしており、中国生活は通算6年ほどになりますね。

――中国語がある程度話せると聞きましたが。

小澤氏:
そうですね、中国語には慣れ親しんでいます。来中当初は中国語がわからなくても業務を通して何を言いたいかは理解できていたので、日本語に通訳してもらいながら言葉を当てはめていくという形で乗り切っていました。しかし桜花スタジオに来てからはまったく日本語を話せないメンバーも多かったので、中国語を勉強し直して覚えましたね。

――そもそもなぜ中国に行こうと思われたのでしょうか。

小澤氏:
プロデューサーをしていた2017~2018年ごろは、NetEase Gamesで言うと『陰陽師本格幻想RPG』や『荒野行動』などの中国産アプリが、日本のトップセールスを席巻していました。そのような状況から将来は必ず海外と仕事をするのだろうと考え、それならば自分からチャレンジしてみようと中国市場にトライすることを選んだのが経緯です。当時の予想は的中しており今では少なくない中国メーカーがアプリだけではなく、コンソールゲームを制作しています。そもそも桜花スタジオが立ちあがったこと自体が証明になりますし、中国のゲーム産業の最前線に飛びつけたことは、間違っていなかったと思っていますね。

――なるほど。たしかに現在、中国のコンソールゲーム開発は加速していますよね。続きまして、吉田さんが中国に行かれた理由をお聞きしてもよいですか。

吉田氏:
カプコンのバトル部門は層が厚くベテランも多いため、ディレクターを目指したくても自分の番が回ってこないかもしれないと感じ、それならば海外のゲームスタジオで挑戦してみたいと思ったんです。昔からいつか海外で暮らして仕事をしてみたいと、漠然と考えていたことも大きいですが(笑)

ただ海外に行くにしても、ある程度は安心できる要素がないと不安だったので、挑戦と保証のバランスを考えてスタジオ長が赤塚(哲也)さんという日本人の桜花スタジオを選びました。現在日本に戻ってきている理由としては、渋谷開発室が設立されることになり、日本でも継続して仕事ができることと、家族で移住していたので子供の教育と新型コロナウィルスの影響を考えての決断でした。


――ありがとうございます。次は一言では表現しづらいと思いますが、お二人に自身のクリエイターとしての強みをお聞きしたいです。

吉田氏:
具体的なスキルの話ではなくて恐縮ですが、私の場合はカプコン時代から、バトルプランナーとして評価の高い『モンスターハンター』や『デビル メイ クライ』などを手がけてきた経験でしょうか。なので、バトルの人と認識されているのかなと。また日本の開発者が中国で働くケースはまだ少ないですし、桜花スタジオでの経験を通して、日本のゲーム開発を客観視できるようになった点も自分だけの強みだと思います。

小澤氏:
僕の場合は、コンソールゲームの開発は今回がはじめての経験です。ただ、パブリッシャーや開発内部とシナリオやイベントシーンの方向性をすりあわせていく過程で、面白さだけではなくユーザーが内容をどう受け止めるのかを前提に考えられたのは、今までのプロデューサー経験のおかげだと思います。

日本×中国のハイブリッドスタジオとは

――小澤さんのプロデューサー経験は、ディレクターとしての動き方に活きているのですね。そんなお二人が所属している桜花スタジオは、どういったスタジオなのかご説明いただけますか。

小澤氏:
桜花スタジオの一番大きなポイントは、チーム組成が日本と中国のハイブリッドスタジオだということです。桜花スタジオの特徴として、まずはUnreal Engineに慣れたクリエイターを多数採用しており、スムーズかつスピーディーに成果物を制作できること。もう1点は中国語使用者と日本語話者が両方在籍していることで、ゲーム内容をユーザーに伝達する精度を上げられることです。たとえば現在進めているプロジェクトはワールドワイドに展開するタイトルですが、簡体字圏におけるローカライズのニュアンス調整の提案をさせていただいたこともあります。

――お二人のディレクターとしての仕事内容についてお聞きしたいです。

吉田氏:
開発初期はバトルコンセプト・ゲームサイクルを考えてプロジェクトに落とし込むディレクター業務と並行し、バトルの企画書やエネミーの仕様書を直接書いていました。それから開発中期では、限られた人員で最大のクオリティに仕上げるためにどうすれば良いか綿密なスケジュールを組むなど、今走っているプロジェクトにおいてはまんべんなく作業を行ってきました。今は開発終盤のためひたすらゲームをプレイして、不具合を直してクオリティを上げていく作業をしています。

小澤氏:
そうですね。吉田さんがバトルに集中して制作している間に、僕もマップを作ったりシナリオを固めたりする仕事から、パブリッシャーとのコミュニケーションを含めさまざまな仕事をしてきました。あとは吉田さんも同様ですが、僕たちはディレクターであると同時に、組織長・マネージャーポジションのため、定期的に部下を評価したり場合によっては面談したりもしています。

――桜花スタジオにおけるディレクターの仕事は、日本におけるディレクターとしての仕事と異なるのでしょうか。

吉田氏:
私が在籍していた会社のディレクターは、どちらかいうとチームをまとめるために「こういう方向性でゲームを作りたい」と指針を提示するディレクション中心のイメージが強いですね。たとえば仕様書を書く仕事は企画職が行っていましたし、エネミーの実装をしたり当たり判定のコリジョンをつけたりする作業はバトルプランナーがしていました。そのため、今回は自分でもそういうことをしていた関係でディレクターとしては特殊な動き方だったと思いますが、良い経験になりましたし勉強になったことも多いです。

――多岐に渡る業務のなかで、特に勉強になったり印象深かったりするセクションを教えていただければ。

吉田氏:
言える範囲であればスケジュール作成ですね。この日までにどういう順番と理由で、何体エネミーを作るかなどを決める作業は非常に勉強になりました。

小澤氏:
ゲームとシナリオを並走して作成していたのですが、業務におけるクリティカルな情報を持っているのが僕か吉田さんしかいない状況が多く、連携が滞った場面があったのは反省点ですね。あとは具体的な例ですと不具合解消のためにイベントスクリプトやシーケンスデータについて詳しくなり、ディレクターを担当する前に考えていたディレクター像を超えて、ゲーム開発への理解が深まりました。


――ハイブリッドスタジオで働く上で気になるのは、コミュニケーション手段です。小澤さんが中国語を話せるのはお聞きしましたが、吉田さんはいかがですか。

吉田氏:
広州に3年間住んでいたので店で食事を注文する程度はできますが、仕事で使用しません(笑)そのため業務に関しては通訳を入れていますが、すべての指示を通訳に頼ると時間のロスなので、冷たいように聞こえるかもしれませんが、私となるべく話さなくても仕事が進められるような工夫をしています。

――どういった工夫でしょうか。

吉田氏:
たとえばシステム調整だったり仕様書を書いたりと、どんな業務においても最初にお手本を見せて、やり方を真似できるようにしています。会話で「あれ・これ」と言うよりは、実際に見本を見せて触ってもらいながら会話した方が伝わりやすいですよね。

――それは理想的ですが……コミュニケーションコスト的に吉田さんは大変ですよね。中国語を覚えた方が早いと思ったことはありませんか。

小澤氏:
どうなんですか(笑)

吉田氏:
言語を新たに覚えるのはやはり難しいですし、万が一言語の使い方によるミスが起きることを考えると通訳を頼るしかなかったんです。だから雑談はともかく中国語に慣れない私が仕事で使うことによって、ニュアンスのすれ違いが起きたら良くないので、あえて使わないようにしていた部分もありますね。

――たしかに言語のズレによって、意図せず不適切な言葉になってしまうことも考えられます。

小澤氏:
文化の違いによるニュアンスの課題はありますよね。僕は中国語を話せる側ですが、ディレクターとしてアイデアや成果物について、否定したり突き返したりするときは気をつけています。「全然まだまだ」と「あともう少しなんだけど……」という温度感を適切に伝えるのは言語的に苦戦しました。その解決法としては曖昧な言葉で否定せず、「90%はOKだから、あと10%がんばろう」と、極力数字で言うようにしています。あとは身振り手振りがやはり役に立ちますね(笑)

――数字で伝えるのはわかりやすいですね。

小澤氏:
あとは、すぐにゲームに落とし込めないタイプの成果物を直してもらう場合、修正点を伝えるだけではなく「どうして直してもらわないといけないか」は、必ず自分の言葉で話すようにしています。ゲーム開発においては、作り手の意図にそぐわないフィードバックをしなければならないケースはどうしてもあるのですが、どういう風に話せば伝わりやすいかは常に意識しています。


――チームのディレクターに言語が通じにくいということで、大きな問題は起こらなかったのか気になってしまいます。

吉田氏:
その点は大丈夫だったと言えますね。桜花スタジオでは上司に対する匿名の満足度調査を行う制度があるのですが、ありがたいことにスコアは良かったみたいなので、ある程度は信頼してくれていたのではないかと思います。特にNetEase Gamesは中国の上位企業であり、非常に賢い社員たちの集団のため、たとえ口でうまいことを言ったとしてもすぐに見抜かれて意味がないんです。社員たちが私と一緒に仕事を行うことにどれだけ価値を見出してくれるかが重要で、私たちも部下を評価するだけではなく、同時に部下に評価されているということですね。

――なるほど。一緒に手を動かしていたからこその信頼ということでしょうか。たしかに言葉だけで解決しようとしていたら、うまくいかなかった可能性は考えられます。

小澤氏:
あと吉田さんは自ら率先して、マイルストーンごとの打ち上げを企画してくれているんです。キリのいいタイミングで「ここまで頑張ってこられてよかった」という労いは、実は吉田さんが一番しているんじゃないかな。

吉田氏:
そうかもしれません。あとはパブリッシャーや桜花スタジオの上司から褒められたことは、倍にして部下に伝えるようにしていますね(笑)

中国と日本におけるゲームの作り方の違い

――スタッフとしては褒めがあると嬉しいですよね。それでは次はゲームの作り方が、中国と日本でどのように違うと感じたか教えていただければ幸いです。

吉田氏:
日本のゲーム会社ではきっちりと書面で方針に合意を取ってから先に進んでいきますが、中国では書面で提示しつつも成果物を制作して触りながらスピーディーに判断する傾向が大きかったです。今進めているプロジェクトではパブリッシャーに説明を行いつつ、早い段階でモックアップを触っていただいて方向性を共有できたのは、 日本メーカーのスピード感ではできなかったと思っています。

小澤氏:
日本よりも広州のクリエイターの方がセクションごとの分業化が進んでいる流れがあり、 バトル担当はバトル、システム担当ならシステムに特化しているイメージがあります。そのため自分が得意な領域では、たとえ相手が日本のベテランだったとしても自信を持って意見を出してくれていました。吉田さんの言うとおり、それぞれ専門性が高い領域があることに起因するスピード感は大きな特徴ですね。逆に言えばセクションを横断した実装は未熟な部分もあり、渋谷開発室の経験豊富なスタッフがクオリティを補う場合もありました。

――それでは日本と中国の共同開発だからこそ、スピードとクオリティの担保ができたということですね。

小澤氏:
そうですね。ゲームの制作ではバトルの手触りのように、まず形にしてからどう調整していくか考えればいいことと、ゲーム全体のシステム面のように形にする前にリスクを洗って整理しておいた方がいいことが両方存在すると考えています。桜花スタジオの開発方法は日本と中国お互いの強みと弱みを理解した上で、その2つの良いとこ取りができました。

吉田氏:
手を動かして形にする速さは、本当に一番の特徴ですよね。

――たしかに中国のゲームクリエイターは、プログラマー以外のプランナー・ゲームデザイナーの方も、自ら手を動かして形に落とし込むスキルを持っている印象があります。

吉田氏:
私が今の職場以外を見たことがないので、ほかの中国メーカーがどうなっているか断言はできませんが、桜花スタジオで言えばほぼ全員自分でゲームに触れる人材を揃えていますね。

――吉田さんがプロジェクト仕様を考えたら、メンバーがすぐに成果物を持ってこられるような。

吉田氏:
基本的にはそうですね。エンジニアに頼らないといけない場面もあるのですべてとは言いきれませんが、それでも自らエンジニアと相談して形にできる速度はすばらしいですね。


――それは頼もしいですね。そのほかにも日本と中国のハイブリッドスタジオならではのエピソードがあったら聞いてみたいです。

小澤氏:
アーティスティックな要素に関しては、日本のクリエイターと良い意味で感性が異なると思うことがあり、僕たちが思いつかなかった提案でパブリッシャーに褒めていただいた部分があるんです。一方で今取り組んでいるプロジェクトは日本のゲームなので、作中のイベントシーンにおける日本らしいケレン味を感じさせる演出については共有に時間がかかってしまいました。ただ理解できるまで粘り強く取り組んでくれたので、また新たに日本のタイトルに取り組むときは今回の経験による成長が楽しみですね。

――パブリッシャーとの協力体制が万全だったということですね。それでは最後になりますが今進めているプロジェクト以降も、日中のハイブリッド体制を続けていくという認識でいいでしょうか。

小澤氏:
弊社が開発を進めているのは、いずれも日本側・中国側どちらのスタッフがいるプロジェクトが大半ですね。これから先は日本のベテランに負けないように、中国スタッフが今まで経験したことや、自らの強みを発揮していく次のフェーズに入っていくのではないかと思います。

吉田氏:
それは私も同じ意見ですね。これからも桜花スタジオをよろしくお願いします。

――今後の桜花スタジオに注目していきたいと思います。ありがとうございました。

[聞き手・執筆・編集:Yuuki Inoue]
[聞き手・編集:Ayuo Kawase]