『ヒラヒラヒヒル』シナリオライター瀬戸口廉也氏インタビュー。作品には鬱ゲーというラベルではなく、バイアスなしで触れてほしい。経歴や創作へのスタンスについて訊いた
瀬戸口廉也という人物を知っているだろうか。主に美少女ゲームで活躍するシナリオライターであり、2004年『CARNIVAL』でデビューしたのち、大地震に見舞われた人々が織りなす群像劇『SWAN SONG』と、音楽に焦点を当てた青春恋愛ノベル『キラ☆キラ』を手がけた。2008年に一度は引退をしたものの、2017年にゲーム業界への復帰を発表し、『キラ☆キラ』の後継作にあたるバンドがテーマの『MUSICUS!』と、特殊能力を持つミュータントが登場するマフィアもの『BLACK SHEEP TOWN』をリリース。
そして最新作にあたる2023年発売の『ヒラヒラヒヒル』は、風爛症という難病を抱えた人々と社会について描いている。社会派な側面と普遍的な人間のあり方に切り込んだその物語は、本稿掲載時点(2024年4月27日)でのSteamユーザーレビュー好評率が98%と高い評価を獲得しており、プレイヤーの共感を呼んでいる。同作は現在Steamでセールされており、5月8日までは20%オフの2376円で購入可能だ。
筆者も弊誌にて、『ヒラヒラヒヒル』についてのコラムを執筆した思い入れがあるタイトルだが、ある日瀬戸口氏のX(旧Twitter)にて「僕もいつかヒラヒラヒヒルについて何か言える機会があればいいな」というポストを発見。作品についてお話をうかがうチャンスなのではないかと考え、インタビュー依頼をしたところ承諾していただいた。本インタビューでは『ヒラヒラヒヒル』について深掘りしながら、今までの経歴や創作へのスタンスについてお訊きしている。瀬戸口氏はいったいなにを語るのか、最後までじっくりと読んでほしい。
歴史に埋もれた「光が当たらない人たち」の姿を伝えたい
――今回は、X(旧Twitter)の「僕もいつかヒラヒラヒヒルについて何か言える機会があればいいな」というポストを拝見して、インタビューのお声かけをさせていただきました。ただ今までメディアでのインタビューはされてこなかったのではないかと思いますが、今回お受けいただいた理由について、お聞きできれば。
瀬戸口廉也(以下、瀬戸口)氏:
今までそうした機会がなかったのは、ゲームのインタビューを行うにあたって、プロデューサーや会社の代表が答えることが多く、外注のシナリオライターに対して依頼自体がなかったからです。なので、理由があって受けてこなかったというわけではないですね。
――瀬戸口さんのファンの一人として、恐れ多さのような感情を抱いていたので、今回インタビューをさせていただいてありがたいです。まず、『ヒラヒラヒヒル』発売後の瀬戸口さんの周りでの反響がありましたらぜひお聞きしたいです。そもそもユーザーの反響は見るタイプですか?
瀬戸口氏:
身の周りの人とはあまり仕事の話はしないので、直接反響を感じた機会というのは少なかったですね。ユーザーからの反響は、発売直後に少し見ることはありますが、見すぎても差しつかえるので、ほどほどにという感じです。『ヒラヒラヒヒル』はローカライズを行って海外向けにもリリースしたため、海外の方からメールやお手紙いただいたことが何回かありました。
――海外からの方が、日本よりも反応が多かった印象でしょうか。
瀬戸口氏:
そうですね。日本の方でメールを送ってこられる方は少ないです。印象的なメールとしては、ご自身で疾患を抱えている方から、感動したというメールをいただいたことがあり、今までの作品だとそういった率直な意見が来たことがあまりなかったので嬉しかったです。あと海外の大学生から「シナリオライターをやりたいので紹介してくれないか」というメールが来たことがあり、僕にそう言われても困る……みたいなこともありました(笑)
――なるほど。ファンとしては、日本の人も恐れ多いと思っているだけかもしれません……!ちなみに、執筆経緯については、ANIPLEX.EXE側からコンタクトがあったのでしょうか。
瀬戸口氏:
そうですね。ブランドプロデューサーの島田(紘希)さんから連絡をいただいて、本作の企画がはじまりました。
――X(旧Twitter)で『ヒラヒラヒヒル』は、「具体的に出す方法が決まる前から構想だけはしていた話」とポストされていましたが、いつごろから構想されていたのでしょうか。
瀬戸口氏:
『ヒラヒラヒヒル』は、前作にあたる『BLACK SHEEP TOWN』の制作よりも前に構想していました。ただゲームにしたいというより、ライフワークとして何かの形でまとめようと思っていたものです。リリースされている『ヒラヒラヒヒル』は、ファンタジーな設定も存在しますが、元々はそういった要素がない史実のようなお話でした。今回ゲームの企画として起こすときに多くの人に受け入れてもらえるような形に変えました。いくつか提案した企画の1つでしたが、 島田さんからこちらでお願いしたいと言っていただき、『ヒラヒラヒヒル』を制作することになったという経緯ですね。
――そうだったのですね。長い間に渡って構想されていた『ヒラヒラヒヒル』のシナリオに込められた思いを、瀬戸口さん自身からお聞きしたいです。
瀬戸口氏:
本作の舞台は大正時代で社会のあり方や人権意識も現代とは違いますよね。その歴史に埋もれてしまっている光が当たらない人たちの姿を伝えたいと考え、時代考証にもこだわって制作をしました。この「光が当たらない人たち」というのは患者だけではなく、医療者側や周囲の人間すべてを含めたものです。
――なるほど。患者や医療者というお話が出ましたが、近年の瀬戸口さんの作品において、介護ケアの描写が多く描かれています。私自身福祉の世界に長く関わっていた経験がありますが、描かれている内容は経験者としても解像度が高いと感じます。そのリアリティはどうやって表現されていますか。
瀬戸口氏:
精神医療の施設で働いていたことがありまして、そこで実際に患者や家族、医療者側と触れ合う機会がありました。『ヒラヒラヒヒル』に関わる資料に触れたのも、元々は仕事の勉強のために読んだことがきっかけですね。
――その経験が本作の執筆に役立ったと。
瀬戸口氏:
そうですね。働いていたと言っても非常に昔のことなので、本作については漠然とではありますが、長い間構想をしていたことになります。逆に当時から時間が経ったので、物語として書きやすくなった側面もありますね。
――そういった経験があったのですね。ちなみに『ヒラヒラヒヒル』では、主題歌「星たちの歌」の作詞を手がけられています。作詞をされるのは初めてだと思いますが、経緯についてお聞きしたいです。
瀬戸口氏:
作詞については、島田さんからどうしますかという話をいただいて、僕がやりますと言いました。リテイクを出して直してもらったり、さまざまな注文をして作詞家につらい思いをさせたりするので、それなら自分で作詞をしたほうが楽かなと。
――そうなりますと、今までの作品で作詞のリテイクは多かったですか。
瀬戸口氏:
作詞のチェックをお願いされたときは、ゲームの内容に沿っているかを考えてリテイクを出すこともありますし、ケースバイケースですね。
気持ちが真っ白になるような感情をプレイヤーに残したい
――続きまして『ヒラヒラヒヒル』を通して伝えたかったプレイヤー体験は、どういうものだったのかお聞きしてもよろしいでしょうか。
瀬戸口氏:
伝えたかった体験って難しいですよね。そのまま作品に書いてあります(笑)作品でユーザーが得た体験がすべてかなと。ただ僕の場合は教訓話のような具体的なものではなくて、イメージとしては読み終わったときに言葉にならないような、気持ちが真っ白になるような感情がプレイヤーに残ることを目指しています。
――たしかにプレイした後は呆然とした気持ちになりました(笑)『ヒラヒラヒヒル』は、難病患者とそれととりまく環境への理解を促進する側面を感じましたが、一方で啓蒙というか、押し付けがましさがありませんでした。自然に受け入れられるというか。
瀬戸口氏:
本作は自分の体験と実際にあったことをモチーフにしているので、現実で苦しんでいる方や過去に存在した人に対して、リスペクトを持って描くことを前提にしました。そういう背景もあり作品をポジティブに捉えてほしかったので、今までのようにふざけてひねくれたキャラクターは意図的に登場させていないんです。本作はどちらかと言えばキャラクターより題材が主役なので、題材を素直に伝えられるようなキャラクター造形を目指しました。その影響かもしれません。
――たしかに難病が主役のような作品の登場キャラクターを作るのは難しいと思います。造形において意識されていることはありますか。
瀬戸口氏:
キャラクターそれぞれに、僕とは違う性格や個性を付けることですね。同じ考え方をしていると物語上で動かしにくいので、僕が思っていることをキャラクターが代弁していることはないです。
――それでは『ヒラヒラヒヒル』において、最も自分とかけ離れているキャラクターをあげるとしたら誰になりますか。
瀬戸口氏:
本作ですと、(常見)明子やお辰さん(島田辰子)でしょうか。女性キャラクターは自分から離れがちな気がしますね。
――なんとなくわかります(笑)瀬戸口さんの描かれるキャラクターは生々しさを感じさせますが、物語を俯瞰して形作っているのでしょうか。それともキャラクターと同一化して描かれているのでしょうか。
瀬戸口氏:
物語での役割という外側と、キャラクターがどういう風に動くのかという内側の両方を意識して執筆しています。僕は一人称でシナリオを書くことが多いので、そのキャラクターが言いそうなことだったら、どんな執筆の仕方でもいいのかなと思っています。だから「シナリオを描くにはこういう風にしなくてはいけない」というこだわりは、あまりないですね。
――なるほど。キャラクターの次はシナリオについてお聞きできれば。『ヒラヒラヒヒル』をはじめとしたノベルゲームの執筆にあたり、選択肢の存在について意識されていることはありますか。
瀬戸口氏:
選択肢の扱いは悩ましいですよね。その人物設定だったら絶対に選ばないような選択肢を入れると、キャラクターがゆがむじゃないですか。そのゆがみをどうやってプレイヤーに受け入れさせるのかがいつも試行錯誤している部分です。以前まではストーリーの状況を分岐させる要素として選択肢が存在していたのですが、最近の『MUSICUS!』や『ヒラヒラヒヒル』においては、プレイヤーの思想をチェックする役割で選択肢を入れようと意図的にためしていました。逆に選択肢によってキャラクターが歪むのを嫌って制作したのが、『BLACK SHEEP TOWN』ですね。
――選択肢にそんな役割が……。同じく選択肢に関わる部分でお聞きしたい点として、瀬戸口さんはエンディングそれぞれに優劣がないように書かれていますか。それとも明確なトゥルーまたはハッピーエンドが存在していますか。
瀬戸口氏:
作品によって違いますね。特に『MUSICUS!』や『ヒラヒラヒヒル』に関しては、 どれがハッピーやトゥルーというよりも、プレイヤーが選んだ考え方の行き着く先なのでエンディングの区分けはしていません。あくまで選択肢の1つ、結末の1つというイメージです。
――なるほど。エンディングもユーザーの選択の結果ということですね。もうひとつ聞きたいことがあります。瀬戸口さんはたった一人の主人公を据えるというより、『ヒラヒラヒヒル』のように複数のキャラクター視点でストーリーを描かれることが多いですが、そちらの意図についてお聞きしたいです。
瀬戸口氏:
僕の場合はストーリーを先に考えて、その結果複数視点でさまざまな場面を描いた方がいいと考えたらそのように執筆しますし、主人公が一人のほうがいいと考えた場合も同様ですね。
――それぞれのストーリーに適切な方法で表現されているということでしょうか。
瀬戸口氏:
そうですね、ただ『CARNIVAL』だけは作り方が違いました。20年以上昔の話をしても仕方ないんですが(笑)
――ぜひ、お聞きしたいです。
瀬戸口氏:
2004年にリリースした『CARNIVAL』は僕が企画した作品ではないのですが、最初にプロットをいただいたときは、いわゆる復讐として強姦を繰り返すという形の「SINARIO1(木村学編)」しかありませんでした。ほかの人の企画なので、新たにシナリオを足そうにも根本のプロットは動かせません。そのため児童虐待をテーマに据えて、苦しまぎれに学以外の別視点も入れる形でストーリーをまとめました。
――そのような経緯で別視点の物語である「SINARIO2(木村武編)」と「SINARIO3(九条理紗編)」ができたのですね。
瀬戸口氏:
そうなんです。僕自身は主人公が一人でも複数視点でも好きですし、どちらかに優劣があるとは思っていないですね。
作品にはバイアスなしで触れてほしい
――ありがとうございます。次は瀬戸口さん自身の話に移らせていただければと思います。2008年に引退を発表されましたが、引退の理由についてお聞きできれば。
瀬戸口氏:
引退に関しては、多分創作者としての意思のように思われているのかもしれませんが、単純に交友関係が狭いフリーのシナリオライターだったからです(笑)
――その後2017年に『BLACK SHEEP TOWN』と『MUSICUS!』が続けざまに発表され、ゲーム業界に「瀬戸口廉也」として復帰されましたが、そちらもオファーがあったからでしょうか。
瀬戸口氏:
そうです。元々知人から、一緒にゲームを作らないかと言われて企画したのが『BLACK SHEEP TOWN』でしたが、結局ポシャることになってしまいました。それで企画が残っているならBA-KUで作らないかと友人のtaninonさんが誘ってくれたので、今の『BLACK SHEEP TOWN』の制作をはじめました。
――そうなりますと、『BLACK SHEEP TOWN』の企画自体はかなり昔から存在したということですか。
瀬戸口氏:
そうですね、昔から企画はありましたし、シナリオ執筆も『MUSICUS!』以前には終わっていました。ただ『BLACK SHEEP TOWN』がボリュームの非常に多い作品になってしまって、なかなか素材が集まらない状況で、何もしないで待っているわけにもいかないので、ほかのゲームもできそうなら書いてみようかなと思ったのがきっかけですね。そのタイミングで制作をしたのが『MUSICUS!』でしたね。
――復帰以降は精力的に作品展開をされていますが、次回作については考えていますか。
瀬戸口氏:
現在『BA-KU』で制作中です。近いうちに何かの形で発表出来ればと思っています。
――ありがとうございます。『ヒラヒラヒヒル』公式サイトには瀬戸口さんから影響を受けた方々の寄稿コラムもありましたが、瀬戸口さん自身が影響を受けたクリエイターや作品が気になります。
瀬戸口氏:
今まで見てきたものすべてに、少なからず影響を受けていると思います。その影響をどの程度反映するのかは作品によって変わりますし、年齢を重ねるほどインプットも増えるため特定の作品からの影響は、徐々に薄れていくのではないかと思います。ただ子供の頃や思春期に触れた作品は、比重が大きいかもしれないですね。
――なるほど。特定のクリエイターや作品というよりは、今までの人生で触れてきたそれぞれが、何かしらの形で作品に反映されているということですね。
瀬戸口氏:
もちろん明確に好きなクリエイターや作品はあります。それに関しては、僕と同じものに触れてきた人は、プレイすれば絶対に分かると思いますね。
――最後に自身の手がけられた作品のプレイヤーに向けて、一言お願いします。
瀬戸口氏:
楽しんでいただけたのならありがとうございます、つまらなかったらごめんなさい。こういう言い方はしたくないというか、誤解を生むかもしれませんが、特に『ヒラヒラヒヒル』は「多くの人にとって優しい作品であってほしい」と祈りながら作ったので、ショッキングな感想も多いですが、作者はそういう風に考えていると知った上でプレイいただけたら、ゲームへの見方が少し変わるのかなと思いますね。
――ショッキングな感想ですか。瀬戸口さんは自身の作品で「苦しさ」「生きづらさ」を抱えた人間にフォーカスされることが多いので、そのように受け取るプレイヤーも多いのかなと。
瀬戸口氏:
僕は物語上で困難な状況と、それに立ち向かう人間を設定することが多いので、登場人物が悩んだり苦しんだりしている部分が目立ちますが、「苦しさ」や「生きづらさ」自体を書こうとしているわけではありません。僕の作品はネガティブな側面が取り上げられがちなんですが、その点は気を付けないといけないなと反省しています。
――そうなりますと、瀬戸口さんの作品は「鬱ゲー」とラベリングされることが多いですが、そのことは本意ではないということですね。
瀬戸口氏:
不本意ではあります。
――ラベルだけを見て寄避されるプレイヤーも多分おられますよね。
瀬戸口氏:
そうですね。作品のラベルを見てプレイすると、バイアスがかかってしまうと思います。 僕がなるべく自分の言葉を発信しないようにしているのは、「作者がこういう風に言ったからこういう作品」というバイアスをかけてしまうのが、非常に嫌だからです。ですから先ほど言った「優しい作品」という言葉も、プレイヤーへバイアスをかけてしまうかもしれません。そのため僕からはとにかく作品に触れてほしいとしか言えないですね。
――……たしかにそうした側面もあるかもしれませんが、今回瀬戸口さんのインタビューが記事として世に出ることで、バイアスというより作品の受け取り方が広がっていくのではないかと思います。ありがとうございました。
[聞き手・執筆・編集:Yuuki Inoue]
[聞き手・編集:Ayuo Kawase]
監修:アニプレックス
© Aniplex Inc. All rights reserved.