“全部手作り”ストップモーション風ゲーム『ハロルド ハリバット』開発者インタビュー。なぜ手作りしたのか、なぜ10年以上かかったのか、なぜアニメでなくゲームなのか
ドイツのインディーゲームスタジオSlow Bros.は4月16日、『Harold Halibut』の配信を開始した。対応プラットフォームはPC(Steam)およびPS5/Xbox Series X|S。
2012年頃に開発が始まり、ようやく発売にこぎつけた本作。その最大の特徴は、クレイアニメを思わせる独特のビジュアルだろう。それもそのはず、ゲーム中に登場する物体はすべて手作りで実物が作られているという。出来上がった人形や小物を撮影して、デジタル処理を施すことでゲーム内に実装されているのである。
このたび弊誌はSlow Bros.のアートディレクターであるOle Tillmann氏にメールインタビューを実施した。開発に10年近くかかった理由やその苦労、影響を受けたアート作品など、さまざまな興味深い話を伺うことができたので、以下に紹介する。
──自己紹介をお願いします。
Ole Tillmann氏(以下、Ole氏):
私たちは、ドイツのケルンを拠点とする小規模スタジオSlow Bros.です。アナログとデジタルの手法を良いとこどりで組み合わせて、インタラクティブなストーリー体験を手がけてきました。私はチームの中では、おもにアートディレクターを担当しています。
──Slow Bros.のスタッフと開発環境について教えてください。
Ole氏:
Slow Bros.は「一緒にゲームを作りたい」と思う友人同士の集まりから始まりました。そして、次第に力を貸してくれたり、アイデアを膨らませてくれたりするスタッフが集まっていきました。
最初は生活を維持するためにほかの仕事もしながら、共用の部屋で作業をしていました。そのうちだんだんと会社らしくなってきて、散らかったワークショップとデジタル機器が備わったオフィス環境の、小さなふたつの空間ができました。最終的には、アナログとデジタルの両方の機材が置けて、仕事、食事、ディスカッション、実物の制作、スキャン、デジタル作業をすべて一か所で行える広い部屋に引っ越しました。
仕事場の環境も変化する傍らで、それぞれ異なる専門知識をもつスタッフたちは個人単位で多くの経験を積んでいました。それにより、グループ全体のスキルも少しずつ強化されていきました。ちなみにスタッフたちは仕事以外でも一緒に過ごしていて、お互い家族ぐるみでの付き合いがあります。
──公式サイトには12人のスタッフが紹介されていますが、それぞれバックグラウンドが全然違う点が印象的です。
Ole氏:
プロジェクトの資金調達状況や、個々人のモチベーションに応じて、開発にアクティブに取り組んでいる人数は常に増減していました。ですので、実際には12人以上が本作の開発に関わっています。スタッフたちはそれぞれ異なるバックグラウンドをもっていて、それが本作の「秘伝のソース(secret sauce)」になっていると思います。
たとえば映画製作経験のあるスタッフは、カメラワーク、照明、ストーリーテリングなどの決定に貢献してくれました。木工技術のあるスタッフは手作り部分のすべてに貢献してくれましたし、インスピレーションももたらしてくれました。電子工学やエンジニアリングの知識があるスタッフは、BGMに使用される楽器の選定のほか、本作の独特な開発プロセスのパイプライン全般に貢献してくれました。アパレル知識のあるスタッフは、キャラクターデザインやそれぞれの個性付けに大きく貢献し、物語のレイヤーを増やしてくれました。全体的に本作の開発では、ゲーム開発以外の知識が大きく役立っていましたね。
ゲームを作る、その夢の前に立ちはだかる現実
──改めて本作の紹介をお願いします。
Ole氏:
『Harold Halibut』は、異星の海に沈んだ都市サイズの宇宙船での生活や友情を描く物語です。本作は現実世界で人形やセットを作り、それを3Dスキャンしてゲームに落としこんだため「手作り」のゲームともいえます。レトロフューチャーな世界観も本作の特徴ですね。舞台となる箱舟のような宇宙船フェドラ1は、冷戦の危機に瀕した地球から脱出。人類の存続のため居住可能な惑星を探し、250年前にある惑星の海に不時着することになります。本作の主人公のハロルドは、船の主任科学者ジャンヌ・マローの若い助手です。船の住民のほとんどが沈没した宇宙船での生活に馴染むなか、マローは今でも惑星の海底から脱出するために精力的に働いているのです。そして、ある運命的な出会いが、ハロルドを誰も想像しえなかった世界へ引きずり込むことになります。
──本作の開発のきっかけは何でしたか?
Ole氏:
最初のきっかけは、私と友人3人がゲームを作りたいと思ったことです。しかし、誰もゲームの作り方は分からない。そこでとりあえず小さな木造の部屋を作ってみて、それを潜水艦の一部として漠然と想像していたのが始まりでした。次に、そこに住んでいそうな男の絵を描いて、その人形を作りました。
この部屋は何に繋がっているのか、この男(のちのハロルド)はこの部屋からどこへ行きたいのか、誰と出会うのか。模型を見てそういったことを話しながら、次の要素を想像することに夢中になっていました。そして世界が大きくなっていくにつれ、ゲームとしては「ストーリー中心のゲーム」というジャンルがもっとも適していることに気付いたんです。
──完成までに10年以上の歳月を要した理由は何でしょうか?
Ole氏:
もともと気の遠くなるような仕事であることは分かっていましたが、開発にこれほど時間を要したのは計画の甘さもありました。まず時間がかかった一番の理由は資金調達です。実績のない会社として野心的な事業を成し遂げようとするなかで、資金を求め続けていました。幸いにも、熱意ある支援も得られましたが、完成に至るまでは多方面からの資金調達を組み合わせる必要がありました。資金を得ても、その資金で制作できたものを活用して、新たな資金源を見つけなければならなかったのです。
またそもそもアートや物語をつくるアイデアは、需要があると証明されていないかぎり、お金に結び付けるのが難しいです。アイデアそのものを妥協せず思い描いていたものを作る方法を探すため、さまざまな方面とやりとりして多くの時間を費やしました。
それにくわえ、私たちはゲーム開発の経験も浅かったです。そのため、自分たちのビジョンを実現する方法など、多くを学ぶ必要がありました。開発面で特に時間がかかったのは、手作業で物を作り、それを魅力的なかたちでゲームに落としこむまでの工程を身に着けることでした。当時、フォトグラメトリーや3Dスキャンを使ってゲームを作っている人は少なかったため、時間がかかりましたね。
長期間の開発では資金に頭を悩ませ、疲弊してしまうときもありました。完成まで漕ぎつけられたのは、チームでお互いにモチベーションを高め、助け合えたからだと思います。
──制作で苦労した場面は何がありますか?
Ole氏:
手作りのグラフィックやアートワークにも大きな労力を要しましたが、実は開発の中ではもっとも簡単に実現できた部分でした。大変だったのは制作進行です。幸いにもチーム全体としては、常に高いモチベーションが保たれていました。ただ、ゲームのスケールの大きさゆえに、大規模な制作を管理してチーム間で適切なコミュニケーションを取ることは、時に困難を極めました。仕事を進めるためには、ほかのスタッフたちを信じるしかないところもありましたね。
あとは、ローカライズも予想以上に苦労した部分です。翻訳は本当に大変でしたので、それぞれの言語に向けてこだわりをもってローカライズされたことを感じてもらえたら幸いです。
クレイアニメ風グラフィックと世界観へのこだわり
──逆に、一番楽しく制作できたのはどの点ですか?
Ole氏:
ストーリーと世界観の構築だと思います。いろんな空間、キャラクター、そして彼らが経験することを考えるのは非常に楽しかったです。また、アートワークも全体的に生き生きと取り組めました。ドローイングやモックアップといったコンセプトの視覚化も、最終的な制作・構築も、全員で協力しながら進めていました。人形とセットを用いたアートワーク制作は試行錯誤の連続で、子供のように楽しみながら直感的に作られています。
あとはハロルドのノートづくりも非常に楽しかったですね。彼は日記のようにスケッチブックを描いているのですが、ほかのゲームだとこうしたスケッチブックはしばしば綺麗な絵で描かれます。明らかにプロのアーティストによって本当に美しく、とても丁寧に描かれるんですよ。一方ハロルドの描く絵は見るからに素人っぽい、粗雑な絵にしました。ストーリーのあらすじを振り返れる記録としてだけでなく、ハロルドの目からそれがどのように見えたのかを表現しています。
──本作は没入感も特徴のひとつです。どのように作り上げられたのですか?
Ole氏:
時間をかけて、レイヤーを積み重ねるように作り上げたことが没入感に繋がっていると思います。同じ箇所を何度も反復的に考え、少しずつ集中して理解を深めていって、じっくりと要素を構築していきました。ストーリー作り、世界観の構築やゲームデザインの決定といった大枠から、領域同士を重ねて繋ぎあわせていきました。
また最終的な完成品の指標としてチーム全員が「リアルな世界を構築すること」を念頭に置いていました。3Dモデリングが実物と同じように感じられるかもこだわった部分です。制作においてはまず、実物のモデルを3Dに変換したものを指標としました。その指標を元に光、カメラ、VFXをつけて、スケール感を世界にあわせて作っていきました。そうしたアナログ志向な作り方は、サウンドデザインや音楽にも共通しています。一方でUIなどはできるだけ目立たないように作ってあります。
それと、声優の演技も、没入感に繋がっている要素だと思います。キャスティングは入念に行いましたし、可能な限り、相手役にもセリフを一緒に読み上げてもらいました。ゲーム制作では、演者が多数の選択肢のセリフを読み上げなければならないことが多く、しばしばストーリーの全体像を完全に把握できないまま演じることもあります。本作の収録ではそのキャラクターが世界のどこでストーリーのどの部分にいるのかを伝え、ゲームの時間軸に沿って収録できるように努めました。
──あえて手軽なデジタルで開発せずに、実物を手作りした理由は何でしたか?
Ole氏:
元々手作りでのゲーム開発は、初期のメンバーがアイデアを視覚化する際の手段でした。自分の頭の中にあるものを視覚化するためには実際に手を動かして物を作るのがもっとも効率的だったんです。それにゲーム作り以外のさまざまな分野の人たちが協力しあう土台にもなりました。
また「デジタルの方が簡単で時間がかからない」とは限りません。私たちの作品をデジタルで完全に再現するには、最終的には同じぐらい長い時間がかかるかもしれません。
いずれにしても、こうした方法でゲームを作るのは非常に楽しく、実物を作ってありとあらゆる実験をすることは多彩な表現に繋がりました。たとえば用いる素材は雨ざらしにしたり、土汚れをブラシで塗ったり、化学薬品で金属を錆びさせたりして、経年劣化を表現しています。看板塗装やセル画といった昔ながらの技術も使いましたし、17世紀に考案された偽の大理石を作る方法も実際に一部エリアに使われています。まず世界を作ることに集中し、どのようにゲームに組み込んでいくかはあとで考えました。結果的に、ゲームのそれぞれのエリアの特徴を作り出しているのです。
──実物から3Dモデルを作った方法を簡単に教えてください。
Ole氏:
小さなターンテーブルの上で、実物のモデルを3Dスキャンしました。予算がなかったので使用したのは1台のカメラのみで、ターンテーブルで対象を回転させることで、さまざまな角度から写真を撮りました。照明セットアップは後からデジタルでやり直しが利くので、基本的な設備で十分でした。
そのあとにReality Captureの出番です。異なる視点の写真を互いに比較することで、計算で3Dオブジェクトを作り出すソフトウェアです。これで実物さながらのリアルなテクスチャと複雑な3Dモデルが作成できます。そこからはリポトロジー、つまりリグ化してアニメーションやゲームに使える容量にするために、全体を単純化します。
そのあとにするのが、テクスチャのマテリアルプロパティの再適用です。これにより布は柔らかく、金属はメタリックにといった質感を設定します。また粘土の「皮膚」による光の透過では、たとえば耳は頭部よりも少し赤く見えるように表現しています。最後に、グラフィックがゲームに自然に溶け込むよう、照明やさまざまな種類のレンダリング、そのほかの技術面の設定をしました。
──本作の表情アニメは、ストップモーション風になっているように感じます。クレイアニメやストップモーション風の雰囲気を出す工夫はありましたか?
Ole氏:
当初『Harold Halibut』は全編ストップモーションのアニメーションで描かれた、ポイント・アンド・クリックのアドベンチャーゲームになるはずでした。ストップモーション映画のセットを再現できるようにいろいろと試行錯誤をしてたんですが、制作規模が膨れ上がってしまうため、早い段階で無理だと分かりました。それに後からポイント・アンド・クリックや、そのジャンルに近い作品にはしない方針も固まりました。
表情アニメーションは、そうした初期のコンセプトが残っている部分です。ただフレームレートの変化については試行錯誤があり、キーフレームを滑らかに補間しつつ、「カクカクした」顔のアニメーションを混ぜ合わせています。
また私たちが第一に考えていたのはゲームとしての満足感です。そのため、ストップモーションの再現に凝り固まりすぎないよう心がけていました。その傍らでグラフィックのスケールを「ミニチュア」風にする指針はあり、ゲームやリアルさを追求する作品が陥りがちな「不気味の谷」を克服することができたと思います。
影響を受けた作品や、ゲームという形式について
──本作にインスパイアを与えた作品や映像スタジオはありますか?
Ole氏:
それはもう、たくさんあります。制作陣のバックグラウンドが多様なだけに、ゲームが影響を受けたものも数多くあります。特に、建築分野からの影響は強く受けています。ゲーム制作中には、ArchigramやAnt Farmなどからインスピレーションを得ました。60年代から70年代に前衛的な建造物を手がけていた建築家グループです。
Archigramの代表作として「ウォーキング・シティ」という、地表を金属の脚で歩くクルーズ船のような巨大構造物があります。将来国境が溶けてなくなった未来を想定して、人が自由に乗り降りができる代物です。あるいは、別のアイデアとしてプラスティックホイルでできた巨大なヘビがあります。これはヘビを通風機で膨らませて、太陽エネルギーについて学べる展示会会場にしてしまおうという建造物です。
このほかにも建築分野からはさまざまな影響を受けています。名前を挙げるとすると、SANAA、アトリエ・ワン(Atelier Bow-Wow)、藤森照信氏、Assemble、ADVVTなどの作品が私たちにインスピレーションを与えてくれました。
個人的に一番長く興味をもち続けてるのは、シュルレアリスムです。ちょうどこのゲームの世界を作っていたとき、60年代~70年代のサイケデリックでシュールな世界観をもつ作品を掘り返していましたね。そのほかにもアニメや映画、漫画、ストップモーション作品など影響を受けた作品は枚挙にいとまがないです。
『Harold Halibut』の開発では世界観やストーリーを考えていたときに、多種多様な作品をチームで共有して楽しんでいました。本作には、あまりに多くのことが盛り込まれているんです。
──長編クレイアニメではなく、ゲームにしたのはなぜですか?
Ole氏:
クレイアニメにしなかった理由は、現実が切り替わる感覚(sense of reality switching)と没入感に集約されています。奇妙な宇宙船での何気ない生活の中で、誰がどこに住んでいて、どんなことをしているのか、それを知るためにさまよい歩くのが本作です。つまり、自分のペースで世界を探索し、そこに住むキャラクターを知りたいというプレイヤーの好奇心が活きる、かなりスローペースな作品となっています。ですから、テレビシリーズや長編映画といった形式できちんと表現する方法が思いつきません。
それにゲームでは、プレイヤーは世界についてより深く知るか、浅く知るか選べます。本作はメインストーリーをプレイするだけなら少なくとも12時間ほどですが、すべてを探し回るような人なら18時間かそれ以上かかります。ストーリーの中にも「ミニ」ストーリーがあり、たとえば船のテレビの中で見ることのできるテレビ番組、人々が演奏するさまざまな曲、ランダムで起こる単発のミニイベントなどさまざま存在しています。エンディングがひとつの作品とはいえ、プレイヤーごとに体験は変化するといえます。
──本作のメイキング映像を公開する予定はありますか?
Ole氏:
長期間の開発でしたが、残念ながらゲームを制作している最中の様子はあまり記録することができませんでした。撮影専門のスタッフもいませんでしたし、仕事をしながら撮影するのは大変な労力ですからその余裕はありませんでした。
それでもYouTubeチャンネルやInstagramアカウントでは、メイキング映像を少し公開しています。また現在、出版社と協力して制作を振り返る書籍を制作している最中です。準備が整い次第、SNSアカウントから詳細を発表する予定です!
──読者へのメッセージをお願いします。
Ole氏:
日本とヨーロッパという世界的な文化交流の一翼を担えることに、興奮と誇りを感じています。日本とヨーロッパ間では、相互の芸術が影響しあい、芸術界の方向性、ひいては世界の文化全般に影響を与えてきたと思います。たとえばヨーロッパの画家に影響を与えた浮世絵や、電子音楽ではクラフトワークとYellow Magic Orchestra、漫画家のメビウス(ジャン・ジロー)や大友克洋氏など数えきれません。
そんな行ったり来たりの相互作用の波に乗った“お返し”として、私たちが作った奇妙な世界を目の当たりにしてほしいです。『Harold Halibut』の世界に浸って、そしてインスピレーションを得ていただけたら幸いです!
──ありがとうございました。
『Harold Halibut』は、PC(Steam)およびPS5/Xbox Series X|S向けに配信中。価格はSteam版が税込3900円で、4月23日まで15%オフとなる税込3315円でセール販売中。PS5版は税込4070円、Xbox Series X|S版が税込4100円となっている。Xbox Game Pass(PC/コンソール/クラウド)向けにも提供中だ。