「Preferred NetworksってAIベンチャー企業なのに、AI要素がないクラフトサバイバルゲーム作っていいんですか」異色のSteamゲーム『オメガクラフター』の開発をOKした理由を、PFNに訊いた

Preferred Networksといえば、日本では数少ない機械学習系のベンチャー企業。そんなPreferred Networksで、なぜ『Omega Crafter』は生まれることになったのか。作品のルーツなどをまじえて話を訊いた。

Preferred Networksが現在開発中の『Omega Crafter(オメガクラフター)』。定番のクラフトサバイバルゲームの要素に、プログラム要素を盛り込んだ意欲作だ。そして面白いのが、本作を手がけているのはゲームメーカーではなく、AIベンチャーのPreferred Networksであるということ。


Preferred Networksといえば、日本では数少ない機械学習系のベンチャー企業。ディープラーニングを武器にしており、日本各地から優秀な人材が集まっており、さまざまな企業から多額の出資を受けるなど、新進気鋭のベンチャー企業である。そんなPreferred Networksが、コテコテのクラフトサバイバルゲームを作っているというのだから、同社を知っている人は驚いたのではないか。さらに面白いのは、この作品がディープラーニングを駆使しているかというと、そうでもないのである。

なぜ『Omega Crafter』は生まれることになったのか。そしてPreferred Networksの上層部的に「機械学習のないゲーム」はOKなのか。作品のルーツなどをまじえて話を訊いた。

AIベンチャーのPreferred Networksとは

──自己紹介をお願いいたします。

福田 昌昭(以下、福田)氏:
福田昌昭と申します。現在、Preferred Networks(プリファード ネットワークス 以下、PFN)のビジネス戦略担当および全社戦略担当のVP、『Omega Crafter』を始めとする、新規のコンシューマー向けビジネスを統括しています。よろしくお願いします。


──これまでのご経歴などを教えていただけますか。

福田氏:
若いころは、私はもともとソニーにおりまして、デバイス部門に配属されていたんですが、そのあとPlayStation 3の立ち上げの際に、PlayStationのチームに入りました。そこから、ゲーム機や周辺機器、ミドルウェア関連、それとPlayStation Networkの開発を担当していました。

そのあと、TwitterやFacebookのようなソーシャルネットワークサービス、いわゆるSNSが世界的に大流行した際に、SNS関連のビジネスに関わりたいという想いがあり、GREEに転職しました。そこではソーシャルゲームの企画、開発、運用、プロデュースをすべておこなっていました。そういったゲーム系のキャリアを10数年ほど経験したのち、現在のPFNの前身にあたるPreferred Infrastructureに転職をして、今に至るという形です。

──ありがとうございます。

佐藤 拓弥(以下、佐藤)氏:
佐藤拓弥と申します。PFNでは、『Omega Crafter』チームのプロダクトマネージャー兼エンジニアリングマネージャーをやっております。

エンジニアではあるんですが、『Omega Crafter』ではそれに留まらず、プロデュースやディレクション、あとはプロジェクトマネージメントなど、多岐にわたってやらせていただいています。本日はよろしくお願いいたします。


──福田さんが経営寄りで、佐藤さんが現場寄りということですね。PFNがどういう会社なのかを改めて紹介していただけますか。

福田氏:
PFNは、世間的にはかなり早い段階からAIやディープラーニングという技術に注力してきたということもあって、AI技術に強い会社として世の中の方には受け止めていただいているかと思います。業務的には、BtoB向けのソリューションの開発や、AI関連の研究開発をおこなっています。ほかの会社と大きく違う部分として、弊社ではAI向けの半導体の開発をおこなっていることにくわえて、スタートアップ企業ではありますが、国内ではかなり大きな規模のAI向けの計算機リソースを自社で保有しております。

そういうインフラ、ソリューション、アプリケーションまで、AI関連に関してはすべてできる会社ということでビジネスを展開しています。製造業から、プラントの自動化や新素材探索、医療や創薬まで幅広くやっております。私と佐藤が担当しているのはBtoC向けになるんですが、エンターテイメントや教育という分野に、弊社のあらたな技術を用いた事業を作っているところになります。

なぜPFNがゲームを作るのか

──ありがとうございます。お聞きしたところ、現状の業務の柱はBtoB向けということでしたが、なぜPCゲームを展開することになったんでしょうか。

福田氏:
昨今では、小学校や中学校の生徒にパソコンが配布され、プログラミング教育が必修化されていく流れがありますよね。弊社にはプログラミングが好きな人、得意な人が数多く在籍しているんですが、そういった人たちが、これまで学んできたことを正しく次の世代にも伝えていこうという考えを持っていることから、弊社でのプログラミング教育事業がスタートしたんです。現在は公教育ではなく、個別指導という形態で、やる気スイッチグループさんとビジネスを展開しているんですが、それが「Playgram」という教育系のプロダクトになっています。

Playgram


「Playgram」をきっかけに、私や佐藤を含めたゲーム開発の経験者が集まり、子供たち向けに作られたモノをもっと多くの人に提供して、プログラミングの楽しさを世の中に伝えていきたいと考えて立ち上げたプロジェクトが『Omega Crafter』になります。

──「Playgram」が『Omega Crafter』の前身というお話だったんですが、「Playgram」の要素はどれくらい『Omega Crafter』に残っているんでしょうか。

佐藤氏:
サバイバルクラフトゲームはほぼ全部新規で、本作の中に導入されているプログラミング要素の基盤だけを持ってきています。『Omega Crafter』内にブロックでプログラミングができるUIがあるのですが、その部分はほとんど「Playgram」からそのまま引っ張ってきて使っています。ビジュアルプログラミング言語の「Scratch」の見た目のやつですね。

ただ、そこで使われているブロックに関しては、「Playgram」と、『Omega Crafter』で操作する対象が少し違うので、また新しく『Omega Crafter』の方で作っています。


──ありがとうございます。あくまでゲーム内プログラム要素だけ継承している、と。ゲーム開発は、企画段階から収益構造を考えないといけないと思うので、PFNのこれまでのプロダクトを考えると毛色が違うものだったと思います。つまり難易度が高い。会社は『Omega Crafter』を作るぞ、となった際にすぐGoを出したんでしょうか。

福田氏:
実は、やっぱりちょっと難しい部分はありました。一般的なゲーム会社のように多くのリソースが開発に割かれていたかというとそうではなく、かなり限定された状況の中で進めてきました。

ただ、お金や人員をかけなきゃ楽しいものができないかというと、決してそうではないはずだという想いがあって。企画の当初は、プログラミングの楽しさをきちんと伝えられるモノを新しく作りたいというのがあったんです。そこからさらに発展させて、サバイバルクラフトゲームの形にしたいと佐藤のチームから提案があったので、ユーザーさんにより楽しんでもらうために、ゲームをリリースするところまで持っていってやりたいという考えはありました。

それと、初期の段階で「ちょっと難しすぎるんじゃないか」という話はしていましたね(笑)普通のサバイバルクラフトゲームと比べた際に、プログラミングを駆使することで遊びの幅が広がっているのは分かるんですが、それをどれくらいのユーザーさんが面白いと思ってくれるのかという部分では、正直不安がありましたね。

──企画の段階では小さく立ち上げて、それぞれが頑張る分にはOKですという感じだったんですね。規模は今でも変わらずですか?

佐藤氏:
私も福田も、別のゲーム開発会社に在籍したことがあるんですが、そこに比べたら規模的には小さいままという判定になるのかなと思っています。前回のインタビュー(関連記事)で、開発チームは6人くらいというお話をしましたが、『Omega Crafter』というゲームは6人で開発するにしては、ちょっとスケールが大きいのかなという認識はありますね。


異色のゲームチームの社内立ち位置

──ありがとうございます。BtoB向けの業務をメインとする会社で、ゲーム開発をメインにおこなっている『Omega Crafter』チームの会社内での立ち位置はどうなんでしょうか。ちょっと毛色が違うだけに、珍しく見られているのかなと思いました。

佐藤氏:
私の感覚ではありますが、弊社の社員は温和なので結構やりやすいなと思っております。基本的に応援してくれる人が多いですね。

福田氏:
社内の受け入れ方という意味では、『Omega Crafter』チームは、ゲーム開発という花形の仕事ではありますが、好きなことをやっているという風な冷たい見られ方ではないです。少人数のチームで、かなり頑張っているんだというのは社内にも伝わっているかと。

──インタビューで話した際にも、チームの皆さんからプロジェクトへの使命感というか、自分たちが回していくんだという個々の責任みたいなものを感じました。

福田氏:
佐藤がうまく指揮を取ってやっている部分というのは非常にあるんですけど、やっぱり人数が限られている中で、やらなければいけない仕事が大量にあるので、チームの1人1人が自分のやるべきことをしっかりと頑張ってくれているということだと思います。

佐藤氏:
使命感については、社風的なところもあるんじゃないかなと思います。弊社は自分の専門ではないことでも必要と思えばわりと何でもやることが求められるので、そういった環境ということもあいまってみんな積極的にやるっていうのがあるのかと。

福田氏:
弊社の他の事業も新しい分野のモノが多いので、常に考え続けるみたいなところが求められているというのも大きいのかと思います。

──PFNのスタッフはそれぞれ専門性をもっていて、個々にスキルがある方が集う場所だと思っていたので、メンバーそれぞれが何でもやる、みんなで頑張るっていう姿勢を持っているというのは、少し意外でした。

福田氏:
事業が専門性だけで成り立つかというと、実はそうでもなくて。新たな分野で、新しい価値を生み出すためには、さまざまなことに取り組む必要があると思っています。もちろん自分たちの持っている専門性で価値を発揮できるのがいちばん良いですが、スタートアップの段階では、それぞれの努力が必要になってきますね。

PFN発なのにAIはあんまり使ってない、それはいいのか

──ありがとうございます。ところで、『Omega Crafter』はAIやディープラーニングを扱うPFNが出す製品という文脈ではちょっと異質であると感じます(笑)というのも、作中にプログラミングの要素は出てくるものの、最終的にAIや機械学習があんまり関係ないような気もするんです。そこは会社アイデンティティ的にOKなのか、それとも実はAIをゲームで使おうとした時期もあったのか、そのあたりについてお伺いしてもいいでしょうか。


福田氏:
(笑)少なくとも私は問題ないと思っています。『Omega Crafter』のプロジェクトはリリース時点で終わるわけではなく、もっと大きなストーリーみたいなのも、もちろん考えてはいるところです。私たちは先端技術の研究や開発をおこないながらも、ユーザーさんとの接点になるような新しいエンターテイメントや体験を提供していきたいと考えています。

将来的にはPFNのAI技術と『Omega Crafter』がどこかで結び付く可能性もあると思いますし、ユーザーさんにも楽しみにしてほしいところではありますね。そのあたりも含めて、佐藤さんには期待しております(笑)

──現場的には、AIの要素を取り入れなくてもいいのかなという不安や焦燥みたいなものもあったりするんでしょうか。

佐藤氏:
いまのところ会社からAI技術を使った要素は求められていません。とりあえず私としては『Omega Crafter』をめちゃくちゃ面白いゲームにしたいと考えています。

その中で、AIの技術を使うことでもっとよく表現できる案や、作業をもっと効率化できるといったアイデアは、『Omega Crafter』を開発していく中でかなり溜まってきています。他のAIを主軸としてエンタメに展開しているところのチームとやり取りして、新しいプロダクトを作ったらいいんじゃないかみたいなことを話すことも多いです。他チームともそうした技術の蓄積について密にやり取りしていますので、将来的に『Omega Crafter』を介して、いろいろなプロダクトを今後作っていきたいと思っています。

──ありがとうございます。ゲーム事業はヒットするかしないかの2択で考えることが多いと思います。PFNはそうではなく、『Omega Crafter』の経験や技術を財産にしていくと。

福田氏:
今はやっぱり、ゲーム開発という意味では私たちはチャレンジャーなので、ゲームとして良いものを仕上げ、きっちり自分たちの技術を世の中の人に使っていただくことに専念しています。その一方で、次の面白い事業の話も出てくるので、その分野との結びつきという意味で『Omega Crafter』に期待している部分もありますね。


『Omega Crafter』におけるPFNらしさ

──AIや機械学習をさほど使っていない本作ですが、そういう状況で『Omega Crafter』プロジェクトの中に見えるPFNらしさみたいなものってあるんでしょうか。

福田氏:
PFNらしさというと……そうですね、『Omega Crafter』チームにはディレクターやプロデューサーがおらず、エンジニア100%で、内製で作られているんです。おそらくこの作り方は普通ではないと思うんですが、自分からすると効率化や、自動化のような「エンジニアが考える楽しいモノ」というのが『Omega Crafter』のウリになるのかなと。良くも悪くも、エンジニアの意見が反映され、エンジニアが生み出す面白さみたいなものが、PFNらしさになるのかなとは思います。

ちょっとした小ネタなんですけど、GIGAスクール構想が始まったときに、PFN社員にプログラミングを始めた理由はなんですかというアンケートを取ったことがあるんです。学校のパソコン部や、中高の授業でというのが34%。ゲームを作るために学び始めたと答えた人が21%だったので、こういった背景もある程度関係しているのかと。

──ゲーム作りというものが、会社全体で密かな野望ではあったというところですよね。

福田氏:
そうですね。コンピュータ大好き、プログラミング大好きな人たちの中に、これだけゲームを作りたいと思っている人たちがいるので、サポートも厚いですよね。ベータ版が出たらこぞってみんなやったりしますし。

──現場の佐藤さん的には『Omega Crafter』プロジェクトのPFNらしさってどんなところにあると思いますか。

佐藤氏:
難しい質問ですね(笑)弊社の人間って、『Factorio』とか、『Satisfactory』みたいな作品にそういう要素があるんですが、自動化だったり、効率化だったりが好きな方がたくさん居るんですよね。

プログラミングで効率化してゲームをうまく進めていく要素が、仕事にも通じるところがあるからこそ、この手の作品がエンジニアに好まれるのかなと思っています。そういった効率化などの要素が『Omega Crafter』にたくさん含まれているのが、PFNらしさなんじゃないかなと思います。


──たしかに、『Omega Crafter』はエンジニアらしい魅力が詰まった作品ではありますよね。福田さんとしては『Omega Crafter』がどのように成功することを望んでいますか。

福田氏:
とにかく多くの人に遊んでもらいたいですね。エンジニアとして、自分が作ったものを多くの人に使ってもらいたいっていうのは、当然の思いだと思いますから、そのために自分たちが佐藤のチームと二人三脚で頑張っているところです。優れたモノをしっかりと作れば、それは必ずユーザーさんに受け入れてもらえると思っているので、リリースに向けて頑張っております。

──現場の佐藤さんの掲げる目標およびゴールはなんでしょうか。ゲームを完成させるというのがひとつの野望だとは思っていますが。

佐藤氏:
実は完成させること自体はそこまでゴールとして捉えておりません。どちらかというと、多くの方に遊んでもらえるかどうかっていうところがゴールだと思っています。オープンワールドサバイバルクラフトゲームはプレイヤー人数も多く、100万人以上の方が遊んでいるタイトル例もたくさんあります。最近では『パルワールド』の総プレイヤー数が1900万人を超えたというニュースもありました。我々のタイトルもより多くの方に遊んでもらって、プログラミングで効率化を行うという快感をより多くの方に味わっていただけると良いと考えております。

福田氏:
PFNが『Omega Crafter』を作っていて驚いたという話を先ほどされてましたけど、そもそも世の中にはPFNという企業を知らない人も大勢いると思います。そんな中、PFNは『Omega Crafter』の会社だって思われるぐらいの、インパクトを残すような作品になってくれたら嬉しいですね。

あとは自分が関わってきた仕事の代表作として、名前が挙げられるようなタイトルになってほしいですね。

──楽しみです。本日はありがとうございました。

『Omega Crafter』はPC(Steam)向けに3月29日より早期アクセス配信予定。現在デモ版も配信中である。

[執筆・編集:Yusuke Oizumi]
[聞き手・写真・編集:Ayuo Kawase]

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