ホラーゲーム『Ib』開発者インタビュー。『Ib』はなぜリメイクされるのか。何を変え、何を変えなかったのか
弊社アクティブゲーミングメディアのパブリッシャーPLAYISMは4月11日、『Ib』を配信開始した。対応プラットフォームはPC(Steam)。kouri氏が手がけたフリーゲーム『Ib』のリメイク版である。
『Ib』がリメイクされるニュースは2021年10月3日、開発者kouri氏のTwitterから告知された。投稿は瞬く間に拡散され、当該ツイートは2022年4月現在で19万いいねを集めている。振り返れば、フリーゲーム『Ib』がソフトウェアサイトVectorに投稿されたのは、2012年2月のことだ。当時、kouri氏はSNSも開設しておらず、宣伝媒体としてはモノクロミュージアムという氏のサイトがあるだけ。奇妙な展覧会の扉は最初、静かに開いた。
ところがゲルテナという作家が生み出した怪しげな魅力を放つ作品の数々、誰もいない美術館というありそうでなかったモチーフ、また美術品をもとに丁寧に着想を積み上げつくられたゲームギミックの数々、そして少女イヴと彼女をサポートしてくれる青年ギャリー。『Ib』はその美術展に足を踏み入れた者の心を魅了し、一気にpixivやTwitter、そしてゲーム実況によって広がりを見せた。
SNSを通じて一気にバズるコンテンツというのは、最早毎日と言っても過言ではないほどに現れている。そのスピードは本作がリリースされてからのこの10年で加速する一方であり、それゆえ急速に忘れ去られていく作品も多々存在している。
しかしながら、『Ib』は10年の時を経ても今なお愛されている。それも世界中の人々に。その思いに応えるかのように4月11日にSteamにて発売を迎えるリメイク版『Ib』。今回はその制作者であるkouri氏に『Ib』リメイクにあたってインタビューを実施した。なお本稿の執筆および質問は、PLAYISM責任者である私水谷俊次が担当している。
――本日はパブリッシャーおよび担当者として質問させていただきます。10年もの時を経て、『Ib』はなぜリメイクされることになったのでしょうか。
kouri:
数年前から「フリーゲーム版の『Ib』がプレイできない」という内容の連絡を頂くことが多くなってきたのが一番の理由です。フリーゲーム版の『Ib』は「RPGツクール2000」という20年以上前に作られたツールで作成しているため、新しいパソコンだと起動できないケースがあります。遊びたいのにできなかった、というのはとても悲しいです。リメイクなどの要望も結構頂いていたので、どうせやるならきちんと作り直したいと思っていました。
――なるほど、「RPGツクール2000」はもうサポートも終了していますしね……。具体的に、どのような要望が届いていましたか。
kouri:
特に海外の人からのメールが多かったです。またSteamで出してほしいというメールをいくつも見てるうちに「Steamで出してもいけるかも?」という考えをもつようになりました。実際に売れるかどうかは現時点ではまだわかりませんが……。
――オリジナル版はフリーゲームでした。なぜ今回有料ゲームとして売ることになったのでしょうか。
kouri:
無料だとおそらくモチベーションが続かず途中でやめていると思います。私も大人になったので(笑)きちんと作ったものには対価を頂いた方が良いと思うようになりました。
――1300円という価格に設定した理由を教えてもらえますか。
kouri:
個人的に低すぎず高すぎず、かかったコストや他の類似したゲームの値段などを参考にしつつ決めたつもりです。
――お聞きしたものの、価格は何度か打ち合わせして決めましたね(笑)価格に関しては「ゲルテナ展」の入場料ですというような表現をしたいというkouriさんのアイデアがありましたね。ほかの類似タイトルを考慮しつつ、最終的には実際に、美術展を見に行くくらいの値段に収まったんじゃないでしょうか。ちなみに当社(アクティブゲーミングメディア)の近所の国立国際美術館は観覧料1200円です。
本題に戻りまして。リメイクされるにあたって必ずやろうと思ったことは何でしょうか。理由もあわせて教えてください。
kouri:
フリーゲーム版でイマイチだった部分の修正です。たとえば「これ『Ib』でやる意味ある?」みたいな、美術品が絡まないギミックなんかはできるだけ直そうと思っていました。あとはわかりにくかった部分をわかりやすくすることでしょうか。「ゲームが苦手でもプレイできるように」と謳っているからにはそこにもっと気を遣わないとダメだなと。
そのほか、公式ローカライズは絶対やりたいと思っていたので、ローカライズしやすい作りを念頭に制作していました。なので本当に他言語へのローカライズが決定して大変嬉しいです。
――はい、ローカライズは頑張ります。作業はこれから本格化しますが、どうにか早く海外の方にもお届けしますので今しばらくお待ちください。さて、「わかりにくかった部分」について、具体的に教えていただけますか。どうわかりやすくしましたか。また、ゲームが苦手でもプレイできるように、という点でkouriさんが見直すべきだと思った箇所と、どう改善したかも教えていただければと。
kouri:
今までは、操作に関するガイドがまったくなかったので表示させました。たとえば、一番身近なところだと「メニュー画面を開くボタンはどれか?」とか。ツクール系のゲームをよく遊ぶ人はわかっているのですが、やらない人はそもそもキーボードの操作すら慣れていないと思います。しかも今回は「ズーム」と「会話」という2つのシステムを追加したので、これで操作ガイドが一切ないのはさすがに不親切すぎると思い実装しました。
あとは「開いてるトビラ」「カギがないと開かないトビラ」「カギ以外のなにかで開くトビラ」の3種類を視覚的にわかるようにしたり。パズル部分だと「部屋の外で何かが起こった」みたいなイベントがあったところを、何が起こったのかを直感的にわかるようにしました。もしくはそのパズルごと別のものに作り替えたり。些細で地味な部分の変更が多いですが、このあたりに気を遣うのと遣わないとで結構印象が変わる気がします。
――操作回りは新機能追加にあたってボタンコンフィグもあった方がいいなど好き勝手言わせてもらったのをkouriさんに上手く調整いただき、大変スッキリ遊びやすいかたちになったと思います。確かにトビラもわかりやすくなりましたね。では逆に、リメイクされるにあたって必ずやらないでおこうと思ったことは何でしょうか。理由もあわせて教えてください。
kouri:
物語の内容を大きく変えすぎることと、安易にエンディングを増やすことです。リメイクなので、新しい要素が望まれることは理解しています。ただ個人的に物語の大筋はこのままで問題ないと思いましたし、新しいエンディングも検討しましたがこれ以上は蛇足に感じました。私としては物語は少し物足りないくらいで終わらせるのが理想です。
――とはいえ、やはり変えるか変えないか迷うところもあると思います。いじりたかったけれど、我慢した箇所などはありますか。
kouri:
正直なところ、エンディング分岐の条件は今でもそんなに良くないと思っています。ただここを直すには物語の内容を根本的にいじる必要があるので、今回はそこまでの修正はしませんでした。フリーゲーム版よりはマシになっている……はずです。たぶん。
――リメイク版の制作にはどれくらいの期間が掛かったのでしょうか。また、何に時間が掛かりましたか。
kouri:
制作のログを見ると、概要書の作成日が2019年11月とあったので、2年と4か月くらいですね。全部が全部制作時間ではないですけど。ギミックを新しくするためのネタを出すのに結構時間を使った気がします。特に灰の間は広いうえに変える場所が多かったのでとても苦労しました。全体的な制作時間の半分はグラフィックの制作にかかっていたと思います。
――制作は完全にひとりでやられたのでしょうか。煮詰まったときはどう打破されましたか。また友人に相談されたりなどはされましたか?
kouri:
音に関する部分以外は自分1人で作っています。ただ今回デバッグに関しては(パブリッシャーの)PLAYISMさんのご協力のもと、何人かでチェックして頂けたのが非常に助かりました。私がこれを作っていることを知っている友人は存在しません。あ、弟が一部のパズルを試し解き(?)してくれましたね。煮詰まったときはほかの創作物に触れたり、制作から離れて出かけることが多かったと思います。あとは唐辛子やバジルを育てたりしました。
――本当にほぼ独力で開発されてたんですね。そんな『Ib』の魅力はどういったところにあるとkouriさん自身はお考えでしょうか。
kouri:
美術館という面白い場所が舞台であること、でしょうか。美術館を舞台にしたゲームが意外にないので目新しさがあったのかもしれません。登場キャラクターも少ないなりに個性が出せていたかな、と思います。特にギャリーというキャラクターは自分の想像の遥か上を越えて人気が出たように感じました。
ゲーム自体も比較的綺麗にまとまっていたのではないでしょうか。拙い部分は多々ありますけど。
――そういえばkouriさん自身は美術館はお好きですか。とくに好きな美術館はありますでしょうか。
kouri:
嫌いではないですが特別好きでもないです。行くことも滅多にないですね。ルーブル美術館は一度行ってみたいかもしれない。
――美術館巡りが趣味とかではなかったんですね。ちなみにこの10年の間は、kouriさんは何をされていましたか。
kouri:
フリーゲーム版公開後3年くらいは仕事しつつ空いてる時間は『Ib』の作業をやってた気がします。空いてる時間にやりたいゲームを遊んだりツクールをいじったりしていましたが、仕事が忙しくなってくると趣味の時間がそもそも取れなくなっていました。ただこのままじゃ何もしないで一生を終えそうだったので時間を作り、2017年ごろからまたツクールをいじってました。
――SNSなどでの反響は大きいですが、どのように感じましたか。
kouri:
ありがたいとしか言いようがありません。反応して頂けただけで嬉しいのですが、仕事をしてるっぽい人の「小学生の時やったやつ!」みたいなコメントを見ると当時小学生だった人が社会人になるくらいの年月が経ったんだなぁ……と少々感慨深くなります。
――『Ib』はゲーム実況やpixivなどSNSの盛り上がりとともに話題を集めてきたタイトルだと思います。『Ib』のゲーム実況やファンアートはご覧になりますか。
kouri:
プレイ動画は結構観ています。プレイヤーがどう行動するかやどういう考えをもつのかがわかる非常に貴重な情報です。ファンアートも、たとえば周年記念の際に送ってくださったりSNSで投稿されていたりするのを見てニヤニヤしています。自分に限らず、制作者は皆ファンアートを見てニヤニヤすると思います。
――ニヤニヤ(笑)たくさんのファンアートが示す通り、『Ib』は熱烈なファンが数多く存在する作品ですが、今回初めて『Ib』を知った方もいると思います。初めてプレイする方に、『Ib』をどのように楽しんでいただきたいですか?
kouri:
できれば何の情報も見ずに、自らの思うままに遊んでほしいです。
――「ゲームが苦手でも遊べるように」が、『Ib』のコンセプトですものね。リメイクがひと段落した矢先にすみませんが、今後どのような展開を予定されていますか。
kouri:
今年いっぱいはいろいろとグッズが出ると思います。その他はリアルな展示イベントなども予定しています。
――ちなみにkouriさんは今後ゲームクリエイターとして活動していかれますか。
kouri:
いけたら良いですね。ゲームじゃなくとも何かしらは作ってると思います。
――10年に渡り『Ib』を愛してきたファンの方にメッセージを一言頂ければ幸いです。
kouri:
『Ib』を楽しんでくれたすべての人に感謝いたします。
本当にありがとうございます!
――ありがとうございました。
『Ib』リメイク版は、Steamにて配信中だ。
※ The English version of this article is available here