『サイバーパンク2077』ローカライズマネージャー西尾氏インタビュー。日本語対応で全世界同時発売を実現するためにやっていること

CD PROJEKT REDは2020年4月16日に、『サイバーパンク2077』を発売する。ジャパン・ローカライズマネージャーの西尾勇輝氏にお話をうかがった。全世界同時発売する同作の日本語ローカライズには、どんな苦労があるのだろうか。

CD PROJEKT REDが2020年4月16日に発売する『サイバーパンク2077』。超大作ながら、日本語字幕・日本語吹き替えに対応しての全世界同時発売が予定されている。そんな大作のローカライズは、どのような流れでおこなわれているのだろうか。これまで数々の作品のローカライズに携わってきたジャパン・ローカライズマネージャーの西尾勇輝氏にその苦労やこだわりをうかがう。なお、同インタビューでは当時弊社アクティブゲーミングメディアに所属していた翻訳者が同席した。現場寄りの質問で、CDPRのローカライズの謎を紐解いていこう。

 

───翻訳のプロセスとしては、一次翻訳をして、文字をチェックする。その後ゲームに流し込んで確認する。そうした流れになるのでしょうか。

西尾氏:
大まかな流れとしては、その認識で間違いないです。しかし、御存知のとおり我々は膨大なセリフとテキストがあるゲームを扱っており 、なおかつ日本でも同時発売を目指しています。そういう意味では、スケジュールが一番の難所になりますね。一次翻訳から我々CDPRの日本チームだけでやるのはさすがに現実的ではないので、外注させていただいています。その時点でも納期が厳しく、複数の翻訳者さんにクエスト単位などで担当していただいています。また、そこでもいろんなレビュアーの方がいらっしゃるので、我々が提示するスタイルガイドや用語集であったり、その時点で決まっているキャラクターの口調――そうしたものを一度ある程度統一していただいた上で、我々に納品されます。そこから我々もテキストベースで確認します。

我々といっても……私と本間(※)ふたりなんですが。現状の体制としては、どちらかがまずテキストを一度レビューした上で、もうひとりの方に渡して再度確認します。なので、私と本間で一回ずつチェックし、収録が必要なものは台本化していきます。とはいえ、コンテクストがわからないこともあるので、そのような場合は 実機で見てから修正という形になります。収録についてはこのような流れでやっていますが、そうした時間がとれなくなってくれば、ひとりでのチェックになるかもしれないです。ただ基本的には、収録する前に 我々の修正が必ず入る形になります 。

本間
CD PROJEKT RED ジャパン・カントリー・マネージャー本間覚氏。スパイク・チュンソフト時代に『ウィッチャー3』を含んだ数多くのローカライズを手がけ、『サイバーパンク2077』においては西尾氏と共に日本語ローカライズに携わる。

もちろん開発の中にいる人間である以上、開発チームと密に連絡をとっていますし、(CDPRのある)ワルシャワの人間とメッセンジャーひとつでいつでもつながることができるので、何かあれば脚本チームに聞いたりプロデューサーに聞いたりできます。

───本間さまと西尾さまのふたりの間での翻訳のコンセプトは、最初から固まっていましたか。

西尾氏:
もちろん、最初からある程度は固めてはいます。ただお互い違う人間ですし、好みも違います。工程に差があったり、ちょっとした言葉遣いや口調でもそうですが、どういった言葉で同じ英語を表現するかは私と本間で変わってくることはあります。ただ、最終的に『サイバーパンク2077』という世界観をローカライズしていく中で、目指すところは一緒だと思っています。その共通点がある以上、たとえ細かい部分が違っていても、お互いが納得できるのであれば、そのままでいきます。逆に違和感を覚える部分があれば、基本的にふたりで相談をしたりコメントをしたり、すり合わせて最終的に決めていくという形を今はとっています。

───ローカライズをされている期間はどれくらいになりますか。

西尾氏:
明確にはお答えできないのですが、かなりの長い時間をかけてやっているとは言えます。

───NPCの数も膨大ですし、そのNPCが沢山喋っていますし、そうした細かい部分も疎かにできませんよね。

西尾氏:
むしろそうした細かい部分のほうが気を遣うこともあります。街の中の人間が話しているところとか、今日のデモでもGIM(グランド・インペリアル・モール)の中でアニマルズがちょっとした話をする場面があったかと思います。ああいった中にはただの知識や情報だけでなく、もしかしたら攻略のヒントになるかもしれないような会話があったり、あるいは2077年の世界観を知る一番いい機会になったりします。街の人間の会話を聞くことで今世界情勢はどうなっているのだとか、この街はこんな人がいっぱいいるんだなと感じるだとか、色んな人とのちょっとしたつながりみたいなものが垣間見える重要なところだと思っています。そういった人たちの会話がちゃんと翻訳されていることはもちろんですし、なおかつ聞いてて面白い会話になっているかを 意識しています。『サイバーパンク2077』の世界ってむちゃくちゃなこと言っている人が多いんですよね(笑)。

なので、そうした会話はクスッと笑えるようなものもたくさんありますし、逆に重要なものもあります。それを間違わないように、プレイヤーの皆さんに伝わるようにローカライズする必要があると考えています 。

───期間が厳しい中で、先に多分一通りのテキストを読み込んで、ゲームの中も理解して……という作業になるかと思います。

西尾氏:
そうですね。あと詳細は明かせないんですが、我々はファイル管理を独特な方法でやっています。ゲーム内には選択肢がたくさんあるんですが、ファイルだけで選択肢がどの会話につながっているかがすべてわかるようになっているんです。使い方を理解し手順を追えば、基本的に話の流れは理解できます 。極論を言えば、テキストだけでもある程度まではいけます。ただ、実機になってから気になるところが出てくる場合もあるので、そういった場合はもちろん修正し、場合によっては 音声も収録し直すこともあります 。

───ゲーム翻訳は、どの部分とどの部分がつながっているか確認するためには、膨大な工数が要されますよね。

西尾氏:
開発会社にもよりますし、インポート/エクスポートのツールや、会社のローカライズやファイル管理に対する姿勢にもよるので、一概には言えません。もちろん自分もインハウスでやっていた身なので、苦労は 理解しているのですが、今(CDPR)の環境ならやりやすいと思いますよ。ここまでやる会社はそうそうないとは思います。

───やはり、多言語ローカライズを前提としたゲームになっているのでしょうか。

西尾氏:
多言語ローカライズを重要視しているのは間違いないですね。さきほどマックス(開発編に登場するCDPRのレベルデザイナー)も言っていましたが、我々は物語こそが何よりも重要だと考えている会社なので、流れがわからないと翻訳しようがないことを、脚本 を書いている人間たちも重々理解しています。そういった背景もあり、ちゃんと流れが追えるような管理をしています。タイトルや会社によっては、ひとつのクエストの中でもファイルが別のところにあるというケースもあるかと思います。ただそれをやると、絶対テキストベースで自然な会話の流れにならないですし、実機で直すとなるとそれだけで発売時期が過ぎてしまいます。なので、そうしたことを理解し重要視しているからこそ、今の管理体制があるのかなと思います。

───キャラクターの口調の話が出ましたが、たとえばクレオールの言葉だと独特な日本語になっていますよね。そうした口調を決める段階はいつになるのでしょうか。

西尾氏:
ケースバイケースです。基本的には、我々が直すという前提で作業をしています。極論を言えば、一次翻訳でそこが決まっていなくても我々が変える時に決まっていれば、そこを台本化することはできます。ただもちろん、翻訳者さんのためにも、ご協力いただいている方のためにも、スタイルガイドというものを、すべての作業が始まる前から作っています。一方で、やはり時間が経つにつれて我々の考えが変わることもあるので、その都度 スタイルを更新して我々の方でセリフを直す作業は頻発します。

たとえばこの1個だけでキャラクターが決まるくらいの、キャッチーというかピンとくるセリフがあったり、特定の会話だけで口調を変えたくなる時もあります。 その時「こういうこと言うんだったら口調はこうかな」とか「そもそもの喋り方をこうしなきゃ」というようなケースはあります。それはあとから変えますし、変えることに躊躇はしません。我々もレビューしながら決めていくことがどうしても多いので、その時はその時でお伝えしたうえで直していただき、次のクエストで再登場する際には指示させていただくこともあります。申し訳ないとは思うんですが、しょっちゅう変わるんですよね……。

───最初の台詞だけでわかるキャラクターの一面的な設定よりも、書き直された多面的な設定のほうがユーザーにとっては面白いですよね。

西尾氏:
そうですね。なかなか最初だけでは決めかねます。

───外部翻訳者さんに仕事を振る際には、キャラクターの性格を示す資料やデータベースを作って共有したりしてしますか。

西尾氏:
資料作成ができるというのは、ある程度自分の中でキャラクターの方向性が決まっているということだと思うんです。そうであれば、することはあります。過去にはなかなかそれができなかったケースもありましたが、 今作においては 一次翻訳や、一部キャラクターのオーディション時に、開発チームがもともと作っている情報や、我々の方で作成した資料などを可能な限り渡しています。資料はかなり充実していて、膨大な量があるので、翻訳者の方々にはまずそちらを確認していただく形ですね。

先程も言ったように口調や用語は、都度更新しています。正直言うと、昔は作らない時もありました。どうせ自分で最終的には変えてしまうし、と思うこともあります。キャラクターの特徴などについては、本当に情報や資料がないのであれば自分で作って共有することもありますが、CDPRでは資料に困ることが ないので、そのままお渡ししています。

全体的にスケジュールと量は厳しいですが、翻訳者としてはやりやすい環境だと感じます。実際に恵まれているかどうかは、翻訳者さんに聞いていただかないとわからないと思う点もありますけどね(笑)。少なくともこの業界でそれなりの数のゲームをローカライズしてきた経験を踏まえて、もし自分が今作に一次翻訳者として従事しているとすれば、恵まれていると感じるだろうとは思います。

ちなみに翻訳については、本間も出てきたテキストを変えるタイプです 。まるごと変わっていて、一次翻訳の原型がなくなっている 時もあります。とはいえ、すべてはプレイヤーの皆さんに言語を問わず同じ体験をしていただくために、やらなければいけない作業だと信じています。 

一次翻訳をする際、意訳するのが怖いと感じることもあると思うんです。意訳の加減は人の好み次第ですし、やりすぎてしまうとクライアントに怒られるのではないかという恐怖は翻訳者なら常にあると思います 。ただ、我々はそこを恐れずに、もともとあるゲームの体験を、いかに同じように体験させて、同じような感情を引き起こし、同じようにプレイヤーの皆さんを満足させるか――それが大事だと考えており、そのためにローカライズをしています。なので、大胆な意訳をすることもありますし、ひとつひとつの言葉にこだわってしまい、多くの時間を費やしてしまう時もあります。でも、それも最終的にゲームとして同じ体験をしてもらうという目標に集約されると思っています。

───話は少し変わりますが、『ウィッチャー3』の時は本間さまがポーランドに長期間にわたり滞在されたということがあったとお聞きしています。今回そのような予定はありますか。

西尾氏:
基本的には私も本間もポーランドに行くことはあると思います。長期間になるかどうかはまだ何もわかりませんが。そもそも、本間は当時スパイク・チュンソフトのスタッフとして、CDPRの『ウィッチャー3』を日本でパブリッシュするという立場でポーランドに行っていました。我々は現在CDPRのスタッフであり、開発側のルールが適用されるので、仕事の仕方も変わってきますしね。僕としてはいつでも行けるような準備はしています(笑)。

───行く目的は何になるのでしょうか。

西尾氏:
基本的にはQAと考えていただいていいと思います。いくらメッセンジャーがあるとはいえ、日本とポーランドでは時差があるので、メールでのやりとりも含めて、ひとつのミスコミュニケーションで解決に時間がかかってしまうというのは、ローカライズに限らずどんな仕事でもあります。向こうにいればちょっと歩いていって直接訊くことができますし、その方が圧倒的に早いんですよね。一緒に仕事をすることでお互いをよく知れますし、いろいろな情報交換もできます。一緒の空間で過ごすというのは、ものすごく有意義なことなんですよ。何か月も家から離れることは誰にとっても辛いとは思いますが、ポーランドに行くことはプロジェクトにとって良いことでもあるので、僕はいつでも行きます!

Image Credit : Shigeki Saito

───音声収録について訊かせてください。音声収録の立ち会いもおふたりでやられていますか。

西尾氏:
そうですね。我々ふたりが一緒に見ることもありますし、どちらかしかいない時もあります。

───現場で実際に見ている中で、セリフを変えたほうがいいと思われることは。

西尾氏:
もちろんあります。どうしてもそうした状況は出てきます。吹替である以上、 尺制限の問題はどうしてもでてきますし、現場で変えなければいけないことは有り得ます。また現場で間違いに気付く時もあります。その時は、そのまま録る訳にはいかないので、声優さんに一旦中断していただくよう伝えて、その場で書き換える流れです。声優さんには非常に申し訳ないのですが、基本的には収録前には変えさせていただく可能性はあると説明を差し上げています。

───少し違う目線になった時に気付くというのは、西尾さまレベルでもあるんですね。

西尾氏:
レベルとか関係なくありますよ(笑)。翻訳自体もすごく悩んでやっといいのが出たと思ったら、翌日見たら「何が言いたかったんだ俺は」と思うようなことはしょっちゅうです。日を置いてやるのもいいですし、今のように別の人にもう一度確認してもらえば、自分ではわからなかった矛盾や間違いに気付くことができるので、そこはメリットかなと。それを踏まえて現場で間違っている部分があると気付くということは、相当僕らがポンコツなのか、そういうものなのかということですね(笑)。とはいっても、複雑なつくりのシナリオというところもありますので。

───音声収録の現場の声優さんや監督から、意味を聞かれることもありますか。

西尾氏:
はい。そしてそれに答えられるように我々がいるというのは、大前提としてあります。現場には音響のディレクターの方もエンジニアの方もいらっしゃいます。やはり台本だけだと、我々が話をしながら頭の中で作ったプロセスがごっそり抜け落ちている状態になるので 、理解しづらいところだとか勘違いするところだとかが出てきてしまいます。道から逸れてしまった際には少し戻してあげるというのが、我々の現場でのひとつの仕事なのかなと。僕自身もディレクションでは口を出す方なので、「ここはこういう演技でお願いします」みたいな要望はよく出します。

───逆に、音声収録現場からローカライズの改善提案がくることもありますか。

西尾氏:
あります。どっちの立場が上というものはなく、現場ではみんなで協力して物を作っているので、立場にとらわれず、その意見が我々にとって納得できるものであれば、そちらにシフトしたりします。逆に勘違いされるケースもあるので、そうした場合は事情を説明した上で、こちらの意見を聞いてもらうこともあります。たとえば、『サイバーパンク2077』の世界でオラついている人たちが、はたして文法を守るのかという議論のもと、時折意図的に「ら」抜き言葉を使っています。 我々も日常会話では「ら」抜きを 頻用しているところがありますし、あえて「ら」を抜いたり、あえて間違った言葉遣いを入れたりというのを、チャレンジとしてやっています。ただやはり、正しくきれいな日本語として読むことも重要だと思うんです。たとえば、ナレーションなどは特にそうですよね。それでも、少し崩した表現を入れるところはあります。また、こういったケースの場合は、コメントとしてト書きに入れたりすることもあります。

───ちなみに収録にあたって、ほかの言語のキャラクターの声を聞いて、比べてみたりすることはありますか。

西尾氏:
ありますが、基本的には英語音声が我々の指標となります 。文化的な違いでもありますが、なかにはボイスマッチをメインに据えるリージョンもあり、キャラクターとしての声ではなく、もとに寄せることに重きを置いていたりします。それもひとつの手法であることに間違いないですが、日本の吹替文化は少し違っていて、その声優さんの演技とキャラクターが合っているかで判断しています。いってしまえば、声質がオリジナルとかけ離れても、合ってさえいれば成り立つとは思っています。

───最後にローカライズ担当者として、日本のファンのメッセージをお願いします。

西尾氏:
まだ発売までしばらく期間があります。お待ちいただいている方も多いと思いますし、我々にとってもみなさんに早く遊んでほしいと思っていますので、もうしばらくご辛抱いただければと。ローカライズについては、それまで別の会社でやっていた僕らのような人間が、ひとつの作品のためにタッグを組むというのはあまり前例のなかったことだと思います。本間とふたりで、これまでになかったと胸を張って言えるぐらい日本語ローカライズのクオリティを追求した作品を届けたいと思っておりますので、ご期待ください。

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