『サイレントヒル』山岡晃氏×『Detention -返校-』開発陣対談。日本で生まれたホラーゲームは、台湾の若者たちにどう影響を与えたのか?

台湾の若きインディーデベロッパーたちが、本作の開発においてもっとも影響を受けたのは、意外にも1999年から続く『サイレントヒル』シリーズなのだという。中国語版も登場していない『サイレントヒル』は、いかにして台湾のゲーマーたちに感銘を与えたのだろうか。

――『返校 -Detention-』は『サイレントヒル』から大きな影響を受けていると聞いていますが、具体的にはどういった点が挙げられるでしょうか?

ヴィンセント氏
まず聞けばわかると思いますが、音楽は一番影響を受けていますね。ほかにも『返校 -Detention-』では、最初は「ジャンプスケア(※)」を多用していたんですけど、そればかりもどうかと思い、参考に『サイレントヒル』をあらためてプレイしてみて、やはり緊張感が張り詰めていくような恐怖を作りたいなと考えたんです。

※ジャンプスケア: 思わず飛び上がってしまうような驚愕系のホラー演出のこと。これに対してサイコホラーやジャパニーズホラーは、ジリジリと精神的に詰め寄られるジャンルとされる。

そこで「ジャンプスケア」はほとんどなくして、雰囲気もだんだんと恐怖感を強調するようにしました。この辺は『サイレントヒル』のホラーをベースにしていますね。最初は死人があちこち歩いたり、血が吹き出すようなグロテスクなシーンもあったんですが、サイコホラー、見て驚くのではなく精神的に怖くなるようなゲームにすべきだなと。レベルやキャラクターといった特定のものではなく、全体的な雰囲気や緊張感、恐怖感について影響を受けています。

ヴィンセント氏
もう1つは、『サイレントヒル』から直接影響を受けているのか無意識に影響を受けているのかわからないんですけど、実は山岡さんが話されていたように、無意識に何かを感じるサウンドデザインにもこだわりました。ウェイファンがあるシーンの音楽を作って、自分がほかにどんな音が聞こえたら怖くなるのかを考え抜いて、小さな音を追加しています。普通のプレイヤーは遊んでいて気づかないと思うんですけど、よく聞いてみるとそういうのがたくさんある。直接『サイレントヒル』から影響を受けたのか、『サイレントヒル』をずっとプレイしていて無意識に染み付いたのかはわからないです。でも山岡さんの話を聞いていると、無意識に影響を受けた部分はいっぱいあるんだなと思いましたね。

山岡氏
僕がさっき言った無意識の演出に関しては、『返校 -Detention-』はまったく同じですよね。

ヴィンセント氏
サウンドデザインに関して聞きたいんですが、いつも音にギャップのようなものがあるじゃないですか。ここでは音楽が流れていて、ここでは音楽がストップして、ここでは再開するみたいな。前に山岡さんがインタビューで「無音も音のひとつ、音楽の一部である」とおっしゃっていたと思います。自分もまさにそう思っているんですが、どこにどのような音を流すのか、あるいは無音の方がいいというのは、どうやって決めているんですか?時間的な制限を設けているのか、各シーンの雰囲気で決めているのか。

山岡氏
仕事場では音を作る用のモニターとゲームをプレイする用のモニターがあって、ゲームをいつも遊びながら仕事しているんですね。無音にしたらいいのか、どういう音がいいのかというのは、同じシーンを何度も何度もリトライして試してみる。無音にしたり、音を出したりという感じですね。なので、ここではこういう音を出すというルールは自分のなかでは特に決めていないですね。外しては入れて、外しては入れてを繰り返す。

ウェイファン氏
『サイレントヒル』をプレイしていると、たまにジャズピアノっぽい音楽が流れていますよね。今でこそ、そういうゲームは多いと思うんですけど、ホラーゲームの音楽でやったのは、山岡さんが初めてじゃないかなと思うんです。あれはどうやって思いついたんでしょう?ジャズを入れようと思うきっかけがあったのか、もともとジャズで何かしようと考えていたのか。

山岡氏
僕ね、音符読めないんですよ。だからジャズの理論とか知らない……(笑)。

一同
(笑)。

山岡氏
自分がジャズをやっていることすらわかってないですよね。音楽のジャンルではなくて、音の組み合わせがここにあったらな面白いな、こういう楽器でこう鳴ってたらいいなという、感覚的なところですよね。それがたまたまジャズに当てはまったという感じで、やってる本人はまったくジャズだと思っていない。そもそもジャズがわからない(笑)。

ウェイファン氏
山岡さんがあるプロデューサーの指示で音楽を作るとするじゃないですか。山岡さんは自由にやらせてもらっているように思うんですが、実際はどうなんでしょう。「デビット・リンチっぽい感じにして」「このシーンはこの音をベースにして作って」とか、細かく指示されることもあるんですか?

山岡氏
僕は音楽をやっているから音楽のことはわかるんですけど、プロデューサー側の人は音楽をやってない人であることが多いんですよね。だいたい大まかに、「バーンとなってドーンて感じでシューでお願いします」とか言われるんですよ(笑)。でもたぶん、この人が言っているバーンという擬音はこういうバーンなんだなと読む力が僕にはあると思うんです。この人はこういう人でこういう性格なので、擬音だけみたいなその人の大まかな指示を音楽に置き換える技を持っていますね。

これだけ聞くとプロデューサーとコンポーザーの関係だけに思えるかもしれないけど、ゲームであれば世界中の人が欲してるバーンやドーンとかを、僕が解釈して音楽にしてあげなければならないんですよね。プロデューサーならたかが1人だけど、ゲームとなれば世界中の何千何万というプレイヤーたちがいる。彼・彼女らのドーンやパーンを「こういうことか……?」と探っていく。だからある種、通訳というかトランスレーターに近い仕事かもしれない。

もちろん、自分はこういった音楽が好きだ、私はこういう音楽いいと思うというのは大事かもしれないです。でもそれ以前に、それを受け取る側、ゲームならプレイヤー側、音楽なら聞く側の聞きたいことや感じたいこともすごく大事ですよね。ものを作るときには、すごく重要なことなのかなと思います。

ヴィンセント氏
『返校 -Detention-』を作り始めたとき、中国と台湾の伝統的な音楽を取り入れようと考えていて、最初はそればかりだったんですね。でもゲームが完成してから一度聞いてみると、これだと自分たちには伝わるけど中国や台湾出身でない人にはどう聞こえるんだろうと不安になって、変えないといけないなと思ったんですよね。台湾人と中国人なら、このビジュアルでこの音を聞くとこういう感情になるというのはわかるんです。でも、ほかの国や文化で育った人ならどう思うのかわからないし、もしかしたら全然違う感情になってしまうかもしれない。

ヴィンセント氏
最終的に伝統的な音楽はほぼ省いていて、できるだけ世界のどこの国の人でも同じ感情になるように、慎重に音楽製作を進めました。確かにトランスレーションの要素があると思います。自分のゲームを遊ぶ人たちに何を感じて欲しいのかだけでなく、その人は何を感じたいかとか、何をどうしたらそれを感じさせられるかを考える。ゲームはユーザーのことを考えて作らないといけないなと、すごく思いましたね。

山岡氏
『サイレントヒル』の時は、日本の伝統音楽……という言い方はおかしいんですけど、それがベースなんですよ。日本の伝統音楽というと三味線とか琴を思い浮かべる人もいますが、それって日本の伝統音楽ではなくて、日本の伝統楽器なんですよね。伝統音楽というのは童謡とかで、さらにベースとなったのはあれのメロディではなく、あれから受ける感覚や旋律、コードやテンポなんです。そういった面で、中国や台湾の伝統の楽器や楽曲自体ではなくて、そのなかに潜んでいるセンシティブなセンスの部分を引っ張ってきて、世界に通用するようにアレンジやトランスレーションをすると、独自の感覚ですごく面白くなるんじゃないかなと思うんですよね。誰にでもわかるようにものを作るということが大事なのではなくて、誰にでもわかるように新しいことを伝える。

ヴィンセント氏
それができるようになるのが僕たちの目標のひとつですね。ゲームを作ることに関して、特にインディーデベロッパーとして思うんですけど、バランスを取るのがすごく難しいと思います。自分たちの作りたいものを完全に作り上げるのか、自分たちが作りたいかどうかは別として万人受けするものを作るのか。極端にどっちを選ばなければならないというわけではないですけど、一番ベストなバランスというか、自分たちの作りたいものを完全に作り出して、なおかつ世界中のいろんな国や文化の人がやってくれてもわかってくれるものというのが、重要なんだけど難しい。誰もがそうだと思うんですけど。

山岡氏
これ、世の中みんなの悩みですよね。自分が作りたいものと、世に受けるものという。国際会議かなにかで議論した方がいいんじゃないかな(笑)。延々と悩んでますよね。

ヴィンセント氏
クリエイターとして、ゲームを作って世界に出すっていうのは、自分の考えでは友達に作るプロセスに似ていると考えているんです。たとえば友達を作るとなると、人と会って自分の思いをいろいろ伝えてみて、それに共感してもらえるかどうか、興味を持ってもらえるかどうか考える。共感してもらえたら、さらにそこからどう答えるんだろうと考えたり。それってゲームを作るのとけっこう似てるなと思うんです。自分の伝えたいことをゲームに詰め込んで、世の中に出してみて。それで人が「それわかります」って思ってもらえて、共感してもらえるかどうか。受けいれられるか振られてしまうのか、常に心配です。

『返校 -Detention-』でも、オリジナルでユニークなものを作り出そうと思っていたんですが、一度作業を止めて見てみると、これってもしかしてユニークすぎるんじゃないかなとか、自分の伝えたいものを詰め込み過ぎじゃないかな、理解できるのは自分だけじゃないのかなと心配になるんです。チームのメンバーにぶつけてみて意見を聞いて微調整したりして、少なくとも自分だけではなくチームの人たちもわかるものなら、プレイヤーにも理解してもらえるんじゃないかなと思っている。そういうプロセスでゲームを作りましたね。でもゲームを作ってリリースするまで、成功するのか受けるのかはわからないですし、万が一受けなかった場合は世の中の人にどう思われてしまうんだろうと気になる。自分は嫌われるんじゃないかな、社会に合っていないんじゃないかな。今ではとりあえず、自分が伝えたいもの、世の中に出したいものがあれば、とりあえずがんばって作ってみて、出したらいいじゃんと思っている。

――山岡さんは『サイレントヒル』では、自分たちが表現したいものと万人に受けるかというバランスは、どう考えられたんでしょうか。

山岡氏
自分たちが表現したいものは確実にあって、迎合する気はまったくありませんでしたね。ただ、「理解はできないけどアリだね」という感覚は持っていました。世の中の人が食べたことがない食事を出されて、「でもこれ超うまくない?」という受け止められ方は想定していましたね。ぜんぜん迎合する気はなかったけど、絶対に美味いものを作れるという。

――絶対に美味いものを作れるという判断はどこから?

山岡氏
誰かも言ってましたけど、世の中のクリエイティブってゼロからは絶対に生まれない。まったくのゼロのものではなくて、何かと何かを足してり割ったりして生まれる。だからこれを足したらこれ絶対に美味いはずだよねという感覚は持っていましたね。

ヴィンセント氏
同感ですね。ゼロから作るんじゃなくて、素材同士を掛け合わせて作っていく。一つ一つはあるけど、この組み合わせは誰もやったことがない、それで開発しようと思ったのが『返校 -Detention-』です。いろいろな国の人がいろんなゲームを作っているのに、台湾や中国の歴史を取り入れたホラーゲームはなんで存在しないんだろうと思っていました。ホラーゲームと台湾と中国の歴史、いくつかの素材を組み合わせてこのゲームはできたんです。そういう意味では、開発プロセスは『サイレントヒル』と似てるかもしれません。ただ一番異なるのは、受け入れられるかまったく自信がなかったという点ですね(笑)。

山岡氏
自信なんて自分によるものでしかないですからね。その人が自信を持ってるって言えば、持ってることになっちゃうからね(笑)。周りから「君は自信があるなあ」って言われても、別に自信が持てるわけじゃないですし、自分がどう思うかですよね。

ヴィンセント氏
でも世の中にだしてみようと自信をつけてくれたのは、『サイレントヒル』ですよね。当時、誰もやっていなかったことをやって成功したので、自分たちにも誰も作ったことがないようなゲームを作ってみたらいいじゃないかと。『サイレントヒル』があったから、ゲームをリリースするまで自信を持つことができたということですね。

山岡氏
うれしいですね。

――インスピレーションからリリースまで、十数年以上前にリリースされた『サイレントヒル』が大きく、すごく大きく影響を与えていますね。

山岡氏
すごいですね(笑)。

ヴィンセント氏
ここまで来れるとは思ってなかったですし、ゲームクリエイターになるとも思っていなかった。でも実際になって、ゲームを作って、ここまで来れたのは信じられないですね。

自分たちは山岡さんの作った音楽やゲームを体験して人生を歩んできたんですけど、いつかゲームを作っている誰かがなぜこのゲームを作ってるんですかと聞かれたときに、『返校 -Detention-』を昔プレイしてインスピレーションを受けたといってくれたり、あるいは影響を受けて中国や台湾の要素を入れてくる人がいたら、感動しますね。いつかそういうインスピレーションを人に与えることができたらいいなと思います。

――親と子というか、脈々と受け継がれていくものがありますね。

山岡氏
クリエイティブって、音楽もそうですし映画もそうですよね。影響されて影響されて、そうやって新しいものができていく。

ヴィンセント氏
今日は山岡さんから直接いろいろと教えていただいて、本当に嬉しかったです。

山岡氏
自分のゲームやゲームの音楽から影響を受けていただいて、自分も嬉しいです。インスピレーションを受けた人たちとも、さらにまた何か新しいものを作りたいなと思います。そのために台北(「Red Candle Games」が位置する町)に行きます(笑)。

ヴィンセント氏
夢が叶います!でも何かを作るとか以前に、山岡さんと友達になれたというのが最高です(笑)。もし台湾へ来ることがあれば、仕事以外でもなんでもするので、ぜひ呼んでください。

山岡氏
僕こそ友達ができて嬉しいです(笑)。

 

[聞き手・執筆・編集 Shuji Ishimoto]
[通訳 James Mountain]

Shuji Ishimoto
Shuji Ishimoto

初代PlayStationやドリームキャスト時代の野心的な作品、2000年代後半の国内フリーゲーム文化に精神を支配されている巨漢ゲーマー。最近はインディーゲームのカタログを眺めたり遊んだりしながら1人ニヤニヤ。ホラージャンルやグロテスクかつ奇妙な表現の作品も好きだが、ノミの心臓なので現実世界の心霊現象には弱い。とにかく心がトキメイたものを追っていくスタイル。

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