なぜ韓国はe-Sports強国になれたのか?『LoL』プロチーム「ROX Tigers」カン・ヒョンジョン監督インタビュー

世界的に人気を博しているe-Sportsタイトル『League of Legends(LoL)』の公式リーグのなかで、最強と呼び声の高い「Champions Korea(LCK)」。全10チームが出場するこのリーグで、上位を虎視眈々と狙うチームがROX Tigersだ。

世界的に人気を博しているe-Sportsタイトル『League of Legends(LoL)』の公式リーグのなかで、最強と呼び声の高い「Champions Korea(LCK)」。全10チームが出場するこのリーグで、上位を虎視眈々と狙うチームがROX Tigersだ。公式日本語ツイッターを開設するほど日本市場に関心を寄せているこのチームの監督を務めるカン・ヒョンジョン氏が、オフシーズンの間に日本のe-Sports界の視察を目的に来日。今回特別に、インタビューに応じていただくことができたのでお届けしたい。

 

プロゲーミングチームにおける「裏方」の仕事

画像出典:ROX Tigers Twitter
(左から)Lava、Shy、Key、Mightybear、SeongHwan、Sangyoon、Lingdarang、Crow

――まずは日本の皆さんへの自己紹介と、ROXというプロゲーミングチームの紹介から簡単にお願いできますか。

ROX Tigersの監督をしておりますカン・ヒョンジョンと申します。私は「LCK」というリーグが発足する前に、韓国で初めてMaximum impact Gaming(MiG)という『LoL』チームをつくりました。その後Azubu、CJ Entus、Afreeca Freecsの監督を経て現在に至ります。ROXはクラブチームで、そのなかに「Tigers」という『LoL』チームと「ORCAS」という『Overwatch』チームがあります。宿舎は別々ですが、将来的には同じ宿舎に統合したいと考えています。(※6月21日には『Vainglory』チーム「Armada」の設立が発表されている)

――日本にもプロゲーミングチームは増えてきましたが、ゲームの「監督」という職種は日本ではあまりなじみがないようです。監督の仕事のほかにも、チームの「裏方」の仕事にはどういったものがあるのでしょうか。

監督の仕事は一般のスポーツと同じような感じで、選手の管理をしたりコーチと相談してエントリーを決めたりしています。選手の健康チェックも監督の仕事ですが、チームとして専門家にお願いしているものとしてはマッサージや心理治療がありますね。また、健康管理とは違いますが、英語教育のプログラムも現在実施中です。監督以外には、韓国のプロゲーミングチームにはどのチームにもかならず運営を担当する「事務局」が存在します。事務局にはスポンサー締結を担当されている方々や、選手との契約などを担当されている方々がいます。ちなみに選手のスカウトは監督の仕事です。そのほかメディア担当者や動画管理者、グローバル事業に従事されている方々もいます。その上には部長や本部長など、たくさんの人たちが一緒に仕事をしています。もちろん、チームのオーナーが一番上になりますね。

――では、監督としてチームをけん引していくにあたって何か心がけていることがあれば教えてください。

オーナーも同じ考えですが、選手の人格を重要視しています。ゲームをするだけでなく、団体生活がきちんとやっていけるような指導もしているんです。というのも、韓国は軍隊に行かなければならず、選手たちの進路を考慮してのことなんです。私としても、選手が引退後にチームのコーチやウェブメディアのライター、放送関連の仕事やストリーマーなどで活躍できるよう手助けしていかなければならないと考えています。

 

韓国e-Sportsの発展の背景と今後の課題

画像出典:ROX Tigers Facebook

――長年e-Sportsに従事されているとお聞きしましたが、韓国のe-Sportsが発展した背景や経緯について簡単にご説明いただけますか。

僕の知る範囲でお話させていただくと、韓国はインターネットの普及とともに「PCバン(※)」と呼ばれるネットカフェ産業が発展し、レジャー文化としての地位を確立しました。PCバンに若者たちが集まるようになって大会が行われるようになり、それがケーブルテレビで放送されるようになったんです。それが1997年ごろのことだったと思いますが、当時は逆にインターネット配信というのは難しかった時代ですからね。その後ケーブルテレビにゲーム専門チャンネルができてから、大企業がe-Sports事業に手を出し始めました。大企業が手を出す前からe-Sports事業を頑張っていた人たちは、「韓国e-Sports協会(KeSPA)」をつくったんです。そうして徐々にe-Sports事業における成功事例も生まれていったので、現在も多くの企業がスポンサーになったり投資をしたりしています。

※PCバン: 「バン(房)」は韓国語で「部屋」という意味だが、日本のネットカフェと違って個室はなく、みんなで集まってワイワイ楽しくオンラインゲームをプレイするための場所。

――AUTOMATONでは以前、「観客の9割が女性ファン、e-Sports先進国・韓国におけるファン文化の実態に迫る」という記事を掲載して大きな反響がありました。なぜ韓国には女性ファンが多いのだと思われますか。

韓国では選手たちが試合に出場するときは毎回、放送局が用意したスタイリストの方にメイクアップをしてもらい、ヘアセットもきれいにやってもらうというのは大きいですよね。また、プロゲーマーが身近な存在であるということも関係していると思います。もしアイドルを観に行くのであれば、コンサート会場に行って遠くから眺めるしかありませんよね。韓国のプロゲーミングチームは、ファンサービスの一環として試合終了後にファンミーティングの時間を設けています。そこで選手にプレゼントを渡すこともできますし、いっしょに写真を撮ったりサインをもらったりするチャンスもあるんです。そういった放送局やチームの細かい努力が、女性ファンを惹きつけた理由だと思います。

――では、それ以外で韓国のe-Sports文化の良いところはどんな点だと思いますか。また、e-Sports先進国である韓国でも課題はあるかと思いますが、それはどんな点でしょうか。

チームや協会、放送局が今も発展のために日々努力しています。プロ化意識も生まれ、協会やゲーム会社では選手の「素養教育」をおこなっており、業界としての質の向上を図ることに成功しました。企業からのスポンサード状況などを見ても環境は良いと思いますが、海外の人たちが韓国を過大評価している傾向はある気がしますね。韓国の課題というか希望なんですけど、「本当のスポーツ化」ができたらいいなと思っています。最近アメリカではNBA(米国のプロバスケットボールリーグ)だったり、台湾では芸能人の周杰倫(ジェイ・チョウ)さんが投資していたりしますよね。韓国でも企業以外の部分で発展していったらいいなと思います。もうひとつは種目の多様化ですね。韓国は、e-Sportsとして生き残れるゲームタイトルが決して多い国ではありません。『LoL』が生まれたのは『Dota』からですが、海外では人気の『Dota2』は韓国でうまくいきませんでした。韓国において人気タイトル以外の選手たちは、苦しい生活を強いられています。韓国だからといって、プロゲーマーがみんな良い状況ではないのです。

――確かにそうですね。でも人気の有無にかかわらず、韓国人選手はどのゲームタイトルでも基本的に強さを持っていると思うんです。e-Sportsにおいて、なぜ韓国がこれほどまで強いのでしょうか。

ブラジルのサッカーやアフリカの陸上のように、子供のころの環境というのは大きいと思います。韓国の子供たちは、学校が終わって塾に行くまでのあいだに1時間でもあったら自然に向かうのがPCバンです。そういう環境が、ほかの国に比べて韓国が強い理由だと思います。アラフォーの我々が子供のころは、ゲームをしていると両親に怒られた時代でした。でも今の時代は、学校を辞めてプロゲーマーになれるようにお願いしますとプロチームを訪ねてくる親御さんもいらっしゃるほどです。野球選手やサッカー選手のような位置づけに、多くの人の認識が変わってきています。

――私は個人的に、韓国特有の軍隊問題が関係しているのかなと思っていましたが。

それも大きいと思います。韓国では20~27歳までに1年半程度、義務的に軍隊へ行かなければなりません。帰ってきたあとは、どうしてもフィジカル面の実力が落ちてしまうんです。野球やサッカーの場合は軍隊にもチームがあり、練習を続けることができるようになっています。軍隊にもPCはありますが、さすがにゲームはできないんですよ。『StarCraft』の時代にはプロゲーミングチーム「空軍ACE」がありましたが、現在はなくなってしまったので軍隊にいる間はゲームができなくなります。1年半ものあいだ休んだ選手が、1日12時間練習する選手たちに勝てるわけがありません。自分は歳をとっていくのに若い選手が次から次へと出てくるので、20代の選手たちの集中度がほかの国と格段に違うんです。自分が軍隊へ行く前までに、大きなことをやり遂げなければならないと考えている選手が多いのです。

 

韓国のプロチームも注目する欧米の「斬新なピック」

――話は少し変わりますが、『LoL』の他地域の試合にはどのくらい注目されているんでしょうか。

韓国人選手が進出している地域のリーグはだいたい見ていると思っていただいて良いかと思います。韓国で監督・コーチをしている人なら北米の「NA LCS」、欧州の「EU LCS」、中国の「LPL」のうち最低2つはかならず見ていますし、韓国で行われている2部リーグ「Challengers Korea」も見ます。海外リーグのなかで良いものがあれば取り入れますし、最近のメタもチェックするようにしているんです。韓国人選手は、新しいものに対してあまりポジティブな感情を持っていません。誰かが斬新なピックをすると、それをより安定したものやより強いものにアレンジするのは韓国人選手が非常に得意としていますが、その斬新なピックを最初にやろうとはしないんです。だから海外で意外なピックが出たときに良さそうだったら研究しようということで、選手たちと相談してフィードバックし合って構成を考えて、大会の準備をするのが我々の仕事なんです。

――では日本のLoLシーンについては、どうご覧になっていらっしゃいますか。

日本の「LJL」も時々見ています。日本は世界的に見て公式リーグの開始が遅かったにもかかわらず、発展が非常に早いですよね。プロゲーミングチームがあり日本語の実況解説も行われていて、トップリーグとされる韓国や欧米、中国ともシステム的に大きな差はなくなってきていると思うんです。韓国も欧米に追いつこうと努力をしましたし、中国も韓国に追いつこうと努力をしてきました。また、多くの韓国人選手・コーチが日本のチームに加入して、アップグレードした面もあると感じています。日本はすでにある程度できあがっていますから、あと少しの努力で追いつくと思いますよ。

――「LJL」を時々ご覧になっていただいているということで、とても光栄です。監督からご覧になって、日本の選手たちの実力はいかがですか。

まだ規模がそれほど大きくはないですから仕方がない部分はあると思いますが、上手い選手、ポテンシャルのある選手はいると思います。うちのチームが日本のチームに対して100戦100勝できる、とは断言できないですよ。ゲームは勝つこともあれば負けることもありますし、チームゲームという不確定要素もありますから。ただ韓国に比べて、日本は『LoL』のプロゲーマーになりたいという人が少ないですよね。まずはそこから増やしていく必要はあるかな、と思いますね。こういったメディアやチーム、さまざまなe-Sports関係者が努力しなくてはならない部分でしょう。それでも日本は、PCゲームの人気が少しずつ向上していると思いますよ。私は日本市場をポジティブに見ています。

 

世界トップクラスの公式リーグ「LCK」を戦うということ

画像出典:ROX Tigers Facebook

――では少しだけ、「LCK」のお話も聞いていきたいと思います。「World Championship(WCS)」に出場したチームメンバーが昨シーズンの後に全員抜けてしまい、ROX Tigersは今年からまったく新しい顔ぶれで戦うことになりましたよね。強豪チームの重い名前を背負って新生チームをつくることになったわけですが、苦労も多かったのではないでしょうか。

ROXの既存の成績が負担にならないと言ったら、噓になると思います。監督というのはいつでも成績に対するプレッシャーがあるものです。でも私は今回、監督としてほかの人たちがやっていないことを“開拓”したい、という気持ちがあって日本へやってきました。日本は我々よりリーグを遅く始めた国ですが、良い部分をたくさん学ぶことができたと思います。

――Spring Splitでは序盤非常に低迷していましたが、その後順位を6位まで上げることに成功しましたよね。何かきっかけがあったのでしょうか。

やっぱり最初は「去年まではWCSに出場していたチームだったのに……」、というプレッシャーが我々にのしかかってきていたんだと思います。私だけでなく選手たちも、「上手くやらなければならない」という考えに縛られていました。新しいメンバーが集まって頑張ろうというなかで、下から這い上がっていこうというよりは名門チームの看板を背負って始めなければならなかったことが、選手たちにとってもマイナスに作用していたようです。それに気づいたので選手たちと話し合い、「気楽にやろう」という方向性に変えたのが上手くいきましたね。あとは、国際大会の「IEM Katowice」に出場したことが良いきっかけになったと思います。

――具体的にどういった面で良いきっかけになったのか、聞かせてもらえますか。

韓国選手たちが海外大会に出場して一番驚くのは、ファンの反応です。韓国では、成績が悪かったりミスをしたりするとファンから叩かれることが多く、そういう部分に委縮してしまう選手もいるんですが、海外では上手かったチームには拍手喝采、ダメだったチームには激励の言葉を投げかけるファンが多いんです。そういうところが力になりましたし、海外大会に出場経験のない選手も多かったので選手たちの視野も広がりました。それから選手たちは海外大会に出場してみて、「LCK」が本当に厳しいリーグだということが分かったと話していました。そういう部分で、自信にもつながったようです。

――ではそんな厳しい「LCK」に出場しているチームのなかで、ライバルチームなどはいたりするんでしょうか。

韓国では、シーズンが始まる前にメディアが決まってする質問があるんです。今シーズンの「強・中・弱」チームを選ぶものなんですけど、私は今年のSpringでは「9強」と答えました。『LoL』の韓国e-Sportsシーンが始まったときからずっとシーンを見てきて、毎年厳しくなっているのは確かなんですが、今年は個人的に準備するのが本当に大変だったんです。選手の年俸も上がったし、海外に出ていた選手たちのリターンも多かったですよね。「WCS」で優勝した経験のあるすごい選手たちが韓国に戻ってきて、一体どのチームが入れ替え戦に行くか分からない状況でした。「LCK」って本当に厳しいリーグですよね(苦笑)。でもその分、世界でトップクラスのリーグだという自負もしているし、嬉しい気持ちもあります。

――世界でトップクラスのリーグだからこそ世界中から注目されていますし、日本にも「LCK」を見ているファンが増えてきました。とくに公式日本語ツイッターを開設しているROX Tigersを応援しているファンも多いです。最後に今後の目標とともに、日本のファンに向けて何かメッセージをいただけますか。

目標は「WCS」に行くことです。ぜひ「LCK」で3位以内に入りたいですね。今年出場することができれば、チームとして連続出場の記録も伸ばすことができます。そのためには韓国で頑張らなければならないので、チームワークを万全にして選手たちの実力を上げることが私の個人的な目標です。チームとしては一旦プレイオフ進出を目標に、最終的には決勝まで行けたらもっと良いですね。それから日本でもうちのチームを応援してくれる方々がいるということは、ツイッターを通じて知っています。どんなときも応援してくださって、感謝しています。その声援に応えるために私だけでなく選手や事務局が一丸となって頑張りますので、これからも応援をお願いします。機会があったらチームとして日本へ来て、ファンの皆さんと交流できる場を設けたいという考えはあります。我々がチームとして来日する初めてのチームになれたらいいなと思いますし、選手たちにも日本のファンが応援してくれているというところを見せてあげたいですね。

Hiromi Mizunaga
Hiromi Mizunaga

韓国在住経験5年。在韓中の2006年ごろeスポーツと出会い、StarCraft: Brood Warプロゲーマーの追っかけとなる。帰国後2009年ごろから本格的に「スイニャン」の名でライター活動を開始。さまざまなWEBメディアで取材、執筆活動を行うほか、語学力を活かして国際大会の引率通訳やeスポーツ特番の翻訳字幕なども手がけている。自らはゲームをほとんどプレイせず、プロゲーマーの試合を楽しむ生粋の観戦勢。

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