とある理由で妻と離婚し息子と離れ離れに住むことになった熱血ライターSonoharaが、過去の思い出のビデオゲームを通じて息子と交流する月間連載「父(40歳)と息子(11歳)通信」。今週は『ドラクエ5』連載最終回(編集部)。

 

壮大なサーガのクライマックス。我々父と子の話にも一旦の結末

この『ドラクエ5』の連載もいよいよ今回が最終回となる。振り返ってみると、元々の発端であった第1回の『ファイナルファイト』から約1年が経過している。実は私と息子の誕生日はたった1日違いで、ちょうど今月で私は41歳に、息子は12歳を迎えた。私もそれなりにこの1年で様々なことがあったが、まだ10代前半の息子の方が遥かに大きい変化や成長がある。あらためて私と息子それぞの変化や、それに伴う二人の距離、関係性も今後少しずつ変わっていくものだと感じた。

さて、息子の冒険の物語もいよいよ終盤。勇者となった息子と娘の双子の活躍により、主人公の石化が解かれ、一行は母の故郷エルヘブンへたどり着く。ここで世界の平和と均衡のカギを握る天空の城が地上へ墜落していることを知る。天空の城を復活させる為に必要なゴールドオーブ。それはまさに主人公が幼少期に幽霊城で手に入れたオーブであった。

以前の記事でも触れた、心にズシンとくる名シーン

妖精の女王の力を借り、過去の自分と接触し、無事にこのオーブを入手することに成功。天空城は再び浮上し、主であるマスタードラゴンも復活を遂げた。マスタードラゴンの背に乗り、魔界の尖兵であり幾度となく主人公達を苦しめてきた『光の教団』の本拠地にて、宿敵ゲマを倒す。さらに石化していた妻を見つけ、石化を解くことに成功。約10年ぶりにようやく家族が揃うが、ここで一行は魔界へと連れ去られた母マーサの警告を聴く。マうーサは魔王の復活を阻止しており、危険なこの魔界へは絶対に来てはならない、と。この警告を破り、母を救うべく最終決戦地である魔界へ向かう主人公一行。しかしながら魔王は復活を遂げてしまい、母マーサは死亡してしまう。悲しみを乗り越え、魔王との決戦に挑む主人公。果たして、主人公は魔王の脅威から世界を守ることが出来るのだろうか。親子三代にわたる壮大なサーガに幕が下りようとしている。

クリア後にあらためて見ると感慨深い、Playstation2移植版のパッケージイラスト

 

あっさりと倒された魔王、だがメンバーに違和感

前回お伝えした通り、息子は各種やり込み要素を消化する余裕も出ており、攻略にはさほど手間取らず、戸惑いや疑問を感じさせるLINEはほぼ飛んでこなくなり、その代わりにスムーズな進捗連絡が来ていた。「あれ、もしかして飽きたりつまらなくなったりして、他のゲームに目移りしたか?」とちょっと心配もしたが、ある日ドドっと連続でLINEが飛んできた。

もはや何も言うまいが、特に感慨深い思いがあったわけではなさそうだ

この終盤の展開をサクサクっと進め、かなりあっさりクリアしてしまっていた。私としては肩透かしを食らった面は否めないが、この展開は想定していたし、最後までプレイしてくれたことにホっとしたのも正直なところだ。

送られたスクショを見ていて、違和感を感じたのが、召使い『サンチョ』の存在だ。

何故にこの終盤でサンチョ??

ちなみに、最終メンバーはこのサンチョという変化球以外は比較的バランスの取れたオーソドックスな構成で、主人公、双子兄妹、ビアンカ、ゴーレム、スライムナイト、オークキング、サンチョとなっていた。

 

家族で一緒がいい

ところで、双子誕生後、息子はずっと彼らと冒険をしていた。当時私がプレイしていたころは、個性豊かで性能も尖がっているモンスター中心で、卒の無い性能の双子と嫁はメンバーから外して冒険していたこともあり、ふと思うところがあって、思い切って「家族一緒がいいの?」と聞いたところ、「うん」とシンプルな回答があった。

以前の記事のとおり、「マイケル」とはスライムナイトのこと

これが単純に「不気味なクリーチャーよりも、人間中心で行きたいよね」というわかりやすいものなのか、『ドラクエ5』を進めていく上で主人公の境遇に感情移入してのことなのか、はたまた離れ離れになってしまった我々自身の状況を意識したものなのか、臆病な私はこのタイミングでは流石に問うことは出来なかった。が、いつかきちんと話をしたいと思っている。

さて、上記サンチョの件。主人公の父パパスに付き従う忠誠心熱い召使いで、幼少のころから主人公のことも我が子のように大事にしていた。だがパパスは死に、主人公も行方不明となり、深い悲しみを背負い祖国グランバニアへ帰っていった。しかし彼は立派に成長した主人公が、更に妻を引き連れグランバニアに訪れるところで感動の再開を果たす。当タイトルの、いわば狂言回しのポジションで、またすべての顛末を見てきたプレイヤー自身の心境と最も近いキャラクターと言える。

主人公と約10年ぶりの再会。幸福と不幸のコントラストが見事。

RPGのキャラクターとしては、変則的なパワーファイターで、特殊な技能も覚えることからパーティーメンバーに加える意義はそれなりにあるが、流石にツワモノ揃いな終盤ではレギュラーメンバーとするにはいささか力不足だ。だが、そこまで彼をラスボス戦に連れていく、その動機は何だったのか。これは質問してみたところ、「クラスメートに、メダパニ使えるから、ラスボスが仲間呼んだときに役に立つって言われた」とのこと。なるほどなるほど。子供の攻略への執念すごい。「昔みたいに皆一緒にいたかったから」という回答を恐れていた自分が、ちょっと恥ずかしくなった。息子は私が思っている以上にタフなのかも知れない。

 

さらにムキになった父親の話

以前お伝えしたとおり、息子と並行して、私自身もスマートフォン版をプレイしており、ちょうど息子の直後にクリアをした。やはり良いタイトルは何度プレイしてもいいものであるが、今回は今まで達成出来なかった、とあるやりこみプレイに挑戦したくなった。それは「エスタークを15ターン以内に撃破」である。

ラスボスを遥かに凌ぐ戦闘力を持つエスタークは撃破そのものが並大抵の難易度ではなく、さらに15ターン以内となると最強メンバー・最強装備はもちろんのこと、戦術にも一切の予断を許されない。ヘルバトラー等、クリア後に仲間にすることが可能なモンスターはもちろん、アークデーモンやグレイトドラゴン等のレアモンスターも仲間にすることに成功。

息子にドヤ顔でラインする私

はたして15ターン以内撃破を達成し、息子に歓喜(挑発?)のLINEを送る。これには息子も触発されたようで、また以前のように質問LINEが飛んでくる、それに都度都度回答・解説する私。

また以前のように蘊蓄する父親

このころ、すでに7月下旬となっており、息子待望の新タイトル『スプラトゥーン2』が発売となり、息子の冒険はエスターク撃破(15ターン以内は流石に達成出来ず)で一旦の終焉となる。

 

『ドラゴンクエストV』という選択肢を振り返って

今だから言えることであるが、もともとこの企画は、私が「息子に『ドラクエ5』をプレイさせてみたい」ありきでスタートし、まずはサクっと遊べるタイトルからやってみよう、ということで第一弾「ファイナルファイト」が始まった。私の趣旨は、「世代を越えた共感は可能か」を通じて、実は真逆の「いかんともしがたい乖離がどのぐらいあるのか」を探るものであった。その意味では第一弾『ファイナルファイト』は私の浅はかな仕切りも含めて、(負け惜しみではなく)ある意味狙い通りだった。

いよいよ『ドラクエ5』のプレイが始まったとき、ひそかに期待していた展開ながら、父親の心境として恐れていたのは、「つまらなくなって途中で止める」ということだった。ところが息子は結果としてしっかりと王道なRPG体験を一通りして、クリア後のオマケまでも楽しんだ。この結果については、やはりドラゴンクエストというフランチャイズの持つキャッチーな魅力と、精力的にリメイクをリリースしていたスクエアエニックスに助けられたところが大きいと感じる。

 

「隔たり」が持つ寂しさと、喜びと

「息子は最後まで楽しんでプレイできましたとさ、『ドラクエ』って面白いですね、めでたしめでたし」でこの話を終えるつもりはない。むしろ今までの連載でお伝えした通り、「いかんともしがたい乖離」は確かにいくつか存在した。父親になって初めて胸に染み入るような悲しいイベントの数々。「ドラゴンボール」をリアルタイムで読んでいないことでの、チート少年(主人公の子供)の存在に対する許容などなど。これらの体験の乖離は、息子がやがて父親になったとき、「ドラゴンボール」を一通り読み尽くしたときに埋まるものではない。1992年当時16歳だった私と、2017年(プレイ時点では)11歳だった息子。端的に言ってしまえば「時代の乖離」だ。29年(正確には29年と1日)の距離を持つ平行線は交わるはずもない。

存分に楽しんだ、ということと、感動に(私が想定していた期待値と)乖離があった、という矛盾する結果は一体どういうことなんだと考えたが、少なくとも分かったことは、「息子はその時その時で、彼なりの体験や感動をする」ということだ。私が思っている以上にタフで、私が知りえないような体験を経て、息子は成長していく。今回の企画で、父親なら誰しもが持つ「はたして息子はまっとうに育ち、生きていけるのだろうか」というモヤモヤした、ごく一般的な悩みは少し晴れやかになった。

現在、息子はというと、私が薦めてみた空手を9月から初め、級友と楽しそうに道場に通っている。一方で今月は「絶対やりたい」と言っていた『スーパーマリオオデッセイ』に夢中だ。これからも、その時その時の息子なりの体験を刻んで欲しいと切に願う。1年が経過し、体も随分と大きくなり、思春期に入りつつある息子とのコミュニケーションは日に日に変化しているが、この父親のような、友人であるような関係は変わらず続いている。

私(40歳)と息子(11歳)シリーズはここで一旦の区切りとなるが、機会があれば、今回は書けなかったが連載中に起こったサイドストーリーもお伝えしたいし、前述の「家族」についても改めて息子に問いたいし、さらに「私(50歳)と息子(21歳)」なんてこともやってみたい。

小学生最後の夏休み、伊豆の海にて。

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