『Doki Doki Literature Club!』有志日本語翻訳パッチの完成版が配信開始。200万DLを突破した海外発の無料恋愛アドベンチャー
海外発の恋愛アドベンチャー『Doki Doki Literature Club!』(以下、DDLC)について、有志による日本語翻訳プロジェクトが完成し、パッチの配布が開始された。なお本作の開発者であるDan Salvato氏はRedditのAMAにて、公式の日本語対応を別途進めていることを明かしている。かといって有志による翻訳がNGというわけではなく、今回のプロジェクトもSalvato氏本人の許可を得た上で作業が進められていた(該当ツイート)。
本作は米国のインディーデベロッパーTeam Salvatoが開発し、2017年9月にSteam/itch.io(Windows/Mac)にて無料配信されたタイトルである(関連記事)。文芸部に入部した男子高校生が、4人のかわいい女子部員たちと青春のひとときを過ごす明るい美少女ゲーム……という宣伝文句とは裏腹に、「精神的恐怖」との不穏なゲームタグがついていたり、「このゲームには子供に相応しくない内容、または刺激の強い表現が含まれています」という警告文が表示されたりと、いろんな意味でプレイヤーを「Doki Doki(ドキドキ)」させる作品となっている。
※リコメンド枠などのサムネイルでネタバレを踏む可能性が高いため要注意
怒涛の勢いで新規ユーザを開拓
Steamで配信されるビジュアルノベルの数が増えているとはいえ、決して主流なジャンルとは言えない。それにも関わらず、『DDLC』は配信後またたく間に海外ゲーマーの支持を獲得していった。昨年12月には100万、今年1月には200万ダウンロードを達成(該当ツイート)。Steamのユーザレビューも「圧倒的好評」で、好評数は7万6000件を超えている。
成功要因としては、ゲーム自体の出来栄えや物語構造の意外性はもちろんのこと、恋愛アドベンチャーというよりは『はーとふる彼氏』のようなひとつの「ネットミーム」として受け入れられたことで、閉じたサークル内にとどまらず、幅広いプレイヤー層の興味を惹きつけたことが挙げられている(Salvato氏のAMA回答より)。Steamというプレイヤー人口の多いプラットフォームで無料配信されたことや、デフォルトで英語に対応していること、怖いもの見たさでダウンロードしたくなるようなゲーム説明文が添えられていることも、プレイヤーの食指を動かす手助けとなった。
TwitchやYouTubeでの実況配信文化との親和性が高いことも、本作の成功を語る上では見逃せないポイントだろう。視聴者とともに物語の展開に驚いたり、感情をあらわにしたりと、一体感を生みやすい。物語主導型のゲームなので視聴していて飽きにくいし、数時間で終わるコンパクトな作品ゆえに最後まで見届けやすい。実際にプレイしていない人々にまで魅力が伝わる作風なのだ。
もちろん、恋愛アドベンチャーとして欠かせない作中キャラクターたちの魅力も、成功の一因だろう。文武両道のカリスマ部長モニカ、漫画好きでちょっぴりツンデレな後輩ナツキ、はずかしがりやで内気な◯◯デレ文学少女ユリ。そして開発者のDan Salvato氏が、とある親友と過ごした日々の思い出をもとにつくりあげたという、思い入れの強い幼馴染のサヨリ。ゲーム内のイースターエッグや長文の隠しテキストを含め、『DDLC』はファン同士の意見交換・考察の材料に事欠かない。
ゲームならではの体験を通じて、思考を活性化させる
Dan Salvato氏はRedditのAMA(ユーザからの質問に本人が回答する企画で、Ask Me Anythingの略)にて、ゲームというインタラクティブな表現方法ならではの体験を届けたかったと語っている。また、プレイヤーの心をかき乱し、人生や、普段意識したくないような事柄について思考を巡らせるきっかけを与えたかったとも。影響を受けた作品は『ゆめにっき』『いりす症候群!』『Eversion』の3つ。『DDLC』を無料配信した理由については、恋愛アドベンチャーに興味がなくて、お金を払ってまでプレイしようとは思わない人々にまで作品を届けるためだと説明している。「宣伝内容と実際のゲーム内容が異なる作品」にお金を払ってもらうことに抵抗を覚えたことも、無料配信に踏み切った一因となっている。
It was the only way to reach the audience I wanted to reach, people who would never pay money for a dating sim. Also I can't charge money for a game that pretends to be something it's not.
— Dan Salvato (@dansalvato) January 5, 2018
そしてSalvato氏の狙い通り、『DDLC』は恋愛アドベンチャーに親しみのないプレイヤーの手にまで届き、慣れないジャンルであったことも相まって、強いインパクトを残していった(Steamコミュニティや上述したAMAでは、本作が初ビジュアルノベルであったというコメントが散見される)。通常の恋愛アドベンチャーとは、想定されているターゲット層が違うのだ。
海外メディアもこぞって本作を取り上げており(Rock Paper Shotgun、Kotaku、Polygonなど)、ギミック・物語構造を中心に新鮮味を持って受け止められた。海外IGNの2017年「ベストPCゲーム」「ベスト・アドベンチャーゲーム」「ベスト・ストーリー」「イノベーション」部門では、『DDLC』が一般投票枠でトップを飾った。それだけファンベースに熱さと厚みがあるということだろう。かくして、イレギュラーな物語構造をはらんだ海外産の恋愛アドベンチャーゲームという、一見するとニッチな作品が大成功をおさめるに至った。そしてその反響は国内にも届き、有志の翻訳化プロジェクトが発足した。
日英翻訳風の文体を英日翻訳する
本作のダイアログは、もともと平易な英語で書かれていた。またSalvato氏は上述のAMAにて、「日英翻訳されたビジュアルノベルのような文体」を意図的に選んでいたことを明かしている。上の画像は「Mon-ika(イカ)という名前だからイカが好きだよね」という、日本語ありきのダジャレを踏まえての反応である。「そのダジャレ、翻訳したら通じなくなるわよ」というツッコミは、本来であれば日本語が起点となり、そこから外国語に訳されることを想定したメタジョークだろう。だが『DDLC』は、米国の開発者による、英語の作品である。それなのに、はじめから日本語で書かれていたかのようなセリフが飛び交うのだ(物語構造に関するさりげないヒントにもなっているのだが)。
そのため、本作では日英翻訳風の文体やダジャレを英日翻訳するという奇妙な作業が発生する。舞台となる学校も、「べ、別にあんたのために作ったわけじゃないし」といったセリフも、日本の学園モノとして馴み深いものだ。他の作品よりも一層、「初めから日本語だったとしたら」を念頭においた翻訳作業が求められるのが本作の特徴である。少なくとも物語の表面的な部分においては、翻訳の途中でニュアンスが大幅にズレるということは起こりにくい。そして実際、有志翻訳において大きなズレは生じていない。だからといって翻訳作業が簡単だったというわけではなく、本作のポエム作成・感想交換パートのように、すんなりとは訳せない文章も多い。
プレイヤーは1日の終わりにポエムを書き、翌日ほかの部員と内容を見せ合う。そしてポエム作成時に選んだ単語の傾向から、女の子たちの好感度が上下する。ユリの好感度を上げたければ知的なワードを、ナツキ狙いならばポップでかわいらしいワード、サヨリなら喜怒哀楽を率直にあらわすシンプルなワードを選択する。仮に単語一覧をまとめて二字熟語に訳してしまうと、言葉のやわらかさや、各自の文体に適した語彙の差が消えてしまう。
有志の翻訳においても、そうした女の子たちのワードセンスやニュアンスを維持することに苦心した痕跡が見られる。翻訳を通して不明瞭になってしまう部分というのは、どうしても出てきてしまうものだが、ナツキ用のワードをひらがな・カタカナでなるべく統一してポップさを表現するという工夫が見られる。各キャラクターのポエム自体も、原文の雰囲気を崩さないよう、作者・作風によって文体・フォントを変える一手間をかけている。
国産タイトルから影響を受け、世界に向けて発信された『DDLC』。これまで気にはなっていたけれど日本語に対応していなくて手が出せなかったという方、公式日本語パッチが待てないという方は、これを機に本作のドキドキを直に体験してみてはいかがだろうか。なお翻訳プロジェクトに参加したProudust氏は、本作で採用されているビジュアルノベル用のゲームエンジン「Ren’ Py」における翻訳パッチ作成手順をまとめている。別タイトルでの翻訳作業を考えている方は参考に。