あるゲーム開発者が「売上約7億円の大ヒットゲームを生み出したのにスタジオ閉鎖」になった失敗談を赤裸々に明かす。ヒットしてすぐ赤字になった理由
ゲーム開発者のAlex Mochi氏は8月14日、自身が開発を主導したゲーム『Rise of Industry』の大成功の裏に秘められた失敗談について詳細に明かしている。

ゲーム開発者のAlex Mochi氏は8月14日、自身が開発を主導したゲーム『Rise of Industry』の大成功の裏に秘められた失敗談について、海外掲示板サービスRedditおよびYouTube動画として投稿した。この投稿は大きな反響を呼んでいる。
『Rise of Industry』は、1930年代を舞台とする都市建設ゲームである。Alex氏が率いていたDapper Penguin Studiosにより開発され、2018年に早期アクセス配信を開始、2019年に正式リリースされた。本稿執筆時点のSteamユーザーレビューは約3000件、そのうち74%が好評とする「やや好評」ステータスを獲得している。同氏によれば、本作のレビューはリリース当初に90%以上が好評としていたようで、35万本以上を販売し、全プラットフォーム合計で約400万ユーロ(約6億8500万円、以下レートは本稿執筆時点のもの)の売上を達成した。
ところが、これほどの売上を記録しながらも2021年の時点でAlex氏は約14万ユーロ(約2400万円)の赤字の状態に陥ってしまった。同氏はソースコードやDLCを含めた『Rise of Industry』のすべてを、売上額とは程遠いわずか5000米ドル(約73万円)で売却することになったという。同氏の投稿ではそうした顛末が事細かに語られた。

売上失速
『Rise of Industry』の開発が始まったのは2015年のこと。「Project Automata」という名称のプロトタイプとして開発が始まり、Alex氏とRedditで出会った2名の協力者がスタッフとして開発に携わっていた。1年ほどでゲーム配信プラットフォームitch.io上で人気となり、Steamの開発者支援プログラム「Steam Greenlight」(2017年6月に新規受付を終了)を通過した後、2018年に早期アクセス配信にこぎつけた。
このときは先述のとおりレビューも売上も大成功と言える状況で、Alex氏のもとには多くの連絡が舞い込むことになる。大学の経済学の講義で使いたいというものもあれば、ベルリンで開催されるカンファレンスでの講演依頼などもあったようだ。ただし、このときには同氏が認識していなかった「資金問題」は密かに進行中だったという。

わずか3人のチームで開発がスタートした『Rise of Industry』の大成功の要因のひとつとして、「Kalypso Media」の存在があった。『Tropico』シリーズや『Railway Empire』シリーズといった、都市建設シミュレーションゲームに強いことでも知られるパブリッシャーだ。
Alex氏がKalypso Mediaとの契約を結んだのは、まだゲームが開発初期段階にあった2016年のことだ。前払いとして7万5000ユーロ(約1280万円)が提示され、10万ユーロ(約1700万円)の回収までは収益分配は50%ずつ、以降は開発チームが60%を受け取るという内容だったようだ。当初この内容を同氏は「公平」だと感じ、契約を締結。『Rise of Industry』は2018年に早期アクセス配信を開始するやいなや、大ヒットを記録することになる。
しかし2019年に正式リリースを迎えた直後、『Rise of Industry』のパブリッシングはKalypso Mediaから、より小規模なレーベルであるKasedo Gamesへと移されることになる。収益分配などの条件はそのままだったが、サポートもマーケティングも弱体化し、売上も注目度も失速することとなった。

売上400万ユーロから赤字まで
『Rise of Industry』の売上はトータルで約400万ユーロを記録したが、このうち30%はゲーム配信プラットフォームであるSteamの取り分となる。そして同氏いわくインディーゲームでは返品が10〜15%ほど生じるそうで、返金した分だけ売上は減る。さらに地域別価格設定や、不正なキーの入手や不正なクレジットカード利用による流通といったものも重なっていく。そうして残された利益のうち、60%がAlex氏たち開発チームに残された資金となるわけだ。同氏によれば、手元に残されたのは約150万ユーロ(約2億5600万円)だったそうだ。
さらに、4年に及ぶ開発期間ではフルタイム・フリーランスを含めてスタッフが数十人おり、人件費は100万ユーロ以上(約1億7100万円)にのぼっていたという。そして、残ったぶんから開発に用いたソフトウェアやハードウェア、サーバーの資金、税金が支払われると、Alex氏の手元にはほとんど資金が残らないことになる。
同氏はすでに新たなプロジェクト『Recipe for Disaster』の開発を開始していた上に、『Rise of Industry』の修正やアップデートにも追われていた。同氏は注目が薄れる中で週に80時間の労働をし、一縷の望みを賭けて新たなアップデートを配信する日々を送ったが、2021年の時点で赤字は約14万ユーロにまで膨れ上がっていたという。

かくしてAlex氏は心身ともに限界を迎え、重度の燃え尽き症候群となってしまった。住んでいる家を失うかどうかという瀬戸際で唯一残された選択として、『Rise of Industry』のすべてを5000米ドルで売却する決断に至る。また、『Recipe for Disaster』も完成度が低く安定しないままでリリースされることになった。
こうした事態に陥った原因として、Alex氏はひとえに運営方法に問題があったとしている。同氏はより良い契約条件を求めず、利益が残る余地を作らず、そして(『Rise of Industry』の)勢いを信じて疑わなかったと反省。次のアップデートや新作がスタジオを救ってくれると盲信し、うまくいかなかったときの準備を怠ったと振り返っている。結果としてDapper Penguin Studiosは2024年に閉鎖に至った。
一方で同氏はその後開発者として再起を果たし、「非常に好評」ステータスを獲得している『The Universim』というゲームの開発に携わっている。今回の投稿も、特定のパブリッシャーを非難したり、事を荒立てる目的のものではないとのこと。ほかのデベロッパーが同じ失敗をおかさないようにするため、資金の流れを把握して不測の事態にも備える“経営者視点”を忘れてはならないという教訓を共有したかったようだ。そうした苦い経験を語った同氏に対して、Redditユーザーからは労いの言葉も寄せられている。
ゲームが大ヒットを上げ、小規模チームが拡大される例はしばしば見受けられる。ただ莫大な売上を誇る作品を生み出しても、その後スタジオとして成功するためにはもちろん経営によるところが大きいのだろう。今回のAlex氏の動画は経営者としての失敗がこと細かく明かされており、貴重な経験談として注目に値する。
なお一連の教訓についてはRedditの投稿にも簡潔にまとめられているほか、詳しい事情は動画内でも語られている。興味がある人はチェックするのも良いだろう。