あるゲーム開発者が、売れなかったゲームの「毎月の売上データ」を細かくさらけ出す。“販売本数1桁”の月もしっかり原因分析

あるインディー開発者による、“毎月の売上データ報告”が注目を集めている。

海外掲示板Redditの「r/gamedev」subredditにて、あるインディー開発者がおこなっている“報告”が注目を集めている。同氏は自身の制作したゲームの売上を月ごとに細かく報告し、なぜ作品が売れなかったのか、そしてどうすれば売れるのかを独自の視点から分析している。

今回売上報告をRedditでおこなっているのはインディー開発者のBigpants氏だ。同氏はフライトアクションゲーム『Endlight』を手がけ2023年7月にリリース。本作は無数のオブジェクトで構成された三次元空間を飛行し、障害物を回避しながら光る「hoop(輪っか)」を既定の個数回収することを目指すゲームとなっている。ステージは自動生成されており、画面を支配する色彩豊かで激しいエフェクトが印象的な作品だ。また、一度クリアしたステージを二度とプレイできないというのも本作の特徴的なシステムの1つ。同氏は本作に「シーズン制」を導入し、シーズンごとに25個のステージを新たに追加することで本作にコンテンツを供給し続けてきた。


発売前から“失敗”を自覚

Bigpants氏がRedditに最初の投稿をおこなったのは、『Endlight』の発売前日にあたる2023年7月27日。「我々のゲームは明日の発売時には失敗するが、のちに成功するでしょう – パート1」と題したスレッドを投じていた。同氏は本作のリリース前から早々に“失敗する可能性が高い”と自己分析した。


同氏はこの投稿の中で、なぜまだリリース前なのにも関わらず失敗を見込んでいるのかを説明。まず、Steamのウィッシュリストには約3000件が登録されているというが、その大半が2年以上前のものだったという。本作のSteamストアページが公開されたのは2020年11月。同氏は昔に登録されたウィッシュリストは売上増加に貢献しないだろうと予想した。また、これまで本作をさまざまなイベントやコンテストに出展してきたものの、あまり大きな反響がなかったそうだ。注目度やゲーム自体の魅力が不足しているという見方に基づき、リリース時点で失敗を見越していた様子だ。

一方で、同氏が“のちに成功するだろう”と自負する理由も述べられている。同氏は「再プレイ不可」という本作のコンセプトにより、1年にわたって追加ステージを供給し続けることを約束。失敗したゲームをサポートし続けなければならないという、“狂った状況”に置かれてしまった開発者は他にいないだろうと自虐し、このことが逆に注目を集めそうだという見立てを述べていた。そして今後の成功を見守ってもらうべく、1年間Redditにて本作の売上データを共有していくことを宣言した。


売上低迷でも原因を追究

そして同氏はその宣言通り、約1か月おきにRedditに同様の投稿を続けた。売上額だけでなく、販売本数やウィッシュリスト数の増減に至るまで事細かに報告。初月の売上は121本であったが、その後は1桁から2桁の範囲で上下している。そもそも売上の絶対数が少なく、全体を見れば誤差に見えそうなわずかな違いとも言える。しかし、同氏はそうした数値のわずかな変化の一つ一つについて、どのようなマーケティングが影響したのかを丁寧に分析してきた。

たとえば2023年11月に27本売れた際には、ウィッシュリストに登録してもらったユーザーに対して、値引き時の通知が効果的に働いたと確信したそうだ。またBigpants氏は同月、はじめてRedditでの広告の掲載に挑戦したようで、インプレッション数からも手ごたえを感じたという。一方で、メディアやインフルエンサーに対してのメールでの広報は上手くいかず、Steamオータムセールによるストアへの露出もほぼなかったという。このように、同氏はさまざまな数値の変化を見逃さずに分析・報告してきたのだ。


そして発売から1年が経った2024年7月を最後に一度投稿が止んだものの、5月23日に約1年ぶりとなる「パート11」の投稿がおこなわれ、再度注目を集めている。前回の投稿から空いた期間分のデータもまとめて公開されているが、特に目を引くのは12月に突如300本以上の売上が出ていることだろう。これについては、海外の大手ゲームメディアPC Gamerによって取り上げられたことが大きな要因のようだ。同誌はリリース直後にも本作のレビュー記事を書いており、Bigpants氏は担当ライターに直接連絡を取り、新たな記事化に結び付いたそうだ。その後の月ではまた1桁にまで売上本数が落ちていることからも、同誌に取り上げられたことが大きな効果を発揮したことがうかがえる。同氏はこのことを「a christmas miracle(クリスマスの奇跡)」と表現している。

なおBigpants氏によると、今後控えるシーズン19およびシーズン20までがすでに完成しており、全20シーズンにわたる開発はついに終わりへと向かっているようだ。ちなみに先述した売上の推移を見るに、現時点での総売上本数は703本で、売上額は6908ドル(約100万円)。本作はリリース当初からすでに数年間の開発期間を経て約80%の完成度に達していたそうで、作品の完成が目標になっていたとのこと。売上が伸び悩んでもモチベーションが下がることはなかったという。ただ新シーズンの展開時には精力的にマーケティングもおこなっているそうで、長きにわたってサポートを続けてきた作品として、もうひと押し売れてほしい想いはあるのだろう。


“おすすめ表示”されることの難しさ

ところで、同氏は一連の分析において特にウィッシュリスト登録数とセール期間に着目しており、これはウィッシュリスト登録者への通知が売上の要になっているとの考えにもとづいているようだ。Steamにおけるウィッシュリストでは、セール開始などの通知が登録者にメールなどで送られる仕組み。そのため同氏はセール時に毎回新シーズンや新たな映像を用意するようにして、ウィッシュリスト登録したものの購入までしなかったユーザーに購買のきっかけづくりをしているそうだ。


なおそうした戦略をとっているのは、Steamストアのセール時における“おすすめ”やカテゴリーフィルターなどに頼れないためだという。というのも、Steamでは「ディスカバリーキュー」や「売上上位」などの欄に表示する作品の選定に独自のアルゴリズムが用いられており、売上だけでなくユーザーの嗜好などに基づいてパーソナライズされていることが知られている(関連記事)。またセールページにおいてはカテゴリー別のフィルター検索なども可能。ただ『Endlight』は現状では売上本数が少ないため、どれだけフィルターをかけてもほかの作品に埋もれてそうした一覧に表示されないという。ストア側の仕組みによる売上アップに期待できないため独自の戦略をとっているのだろう。

ちなみに、Steamの非公式データベースSteamDBによると、2024年にはSteamでリリースされた約1万9000本のゲームのうち、約80%があまり遊ばれていない可能性があるという(関連記事)。プラットフォーム上でのおすすめに表示されるというのは狭き門であり、今回のBigpants氏の報告を見るに、初動で売れなければその後のセール販売でも売上を伸ばすことが難しい状況はあるのだろう。競争が激しいPCゲーム市場において売れるためには、発売前に適切なマーケティング戦略を立てることもより重要になっている可能性はある。

いずれにせよ、長期にわたって売上を分析し、包み隠さず公開し続けたBigpants氏の取り組みは興味深い。売上の低迷に苦しみながらも、長期的にサポートを続けた場合にどうなるか、そしてセールや広報などのマーケティングが売上本数にどのように影響したのかを分析し続けた事例として注目されるデータだろう。業界では必ずしも努力が報われるとは限らない厳しさも垣間見えるものの、こうした試みを積み重ねて次に活かすことが、いつかヒットをもたらすかもしれない。

『Endlight』はPC(Steam)向けに配信中だ。

Shion Kaneko
Shion Kaneko

夢中になりやすいのはオープンワールドゲーム。主に雪山に生息しています。

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