『ペルソナ5: The Phantom X』は、ただの「運営型変形スピンオフ」ではなく紛れもなく新作だった。原作レベルのパワーをもつ『ペルソナ5』の新たなかたち
筆者は筋金入りのアトラスファンだが、『ペルソナ5: The Phantom X(以下、P5X)』の初報を聞いたときは、その展開の難しさに憂慮することとなった。『ペルソナ5』は2016年に発売されたRPGで、理不尽への反逆を原動力にペルソナ能力を覚醒させた主人公が、仲間たちと心の怪盗団を結成し、不正を犯す大人や歪んだ社会の世直しをおこなっていく。2019年には追加要素を加えた『ペルソナ5 ザ・ロイヤル』が発売、『ペルソナ5』シリーズは売上全世界累計1000万本を突破しているが、その分新たに運営型タイトルとして完成された世界観へメスを入れる困難さは想像に難くない。
なぜなら『P5X』はユーザーに『ペルソナ5』であるという説得力をもたせながら、一方で『ペルソナ5』とは別の切り口で展開しなければならないミッションを背負っている。『ペルソナ5』と同じような展開であれば、『ペルソナ5』をプレイすれば良いと思われてしまい、あまりにゲーム内容が乖離してしまうのなら『ペルソナ5』である意味がないからだ。そこで今回は、11月29日から12月5日の期間中に実施されたクローズドβテストにおける20時間ほどのプレイで感じた、『P5X』はどのように『ペルソナ5』なのか、そして『ペルソナ5』とはどう違うのかについて触れていきたい。
現代向けにブラッシュアップされた「無欲」がテーマのシナリオ
まずは『P5X』について軽く紹介しよう。本作はアトラスの監修のもと中国のPerfect Worldが開発したタイトルであり、『ペルソナ5』の世界観をベースにした新たなストーリーやキャラクターが特徴で、メインストーリーはアトラススタッフが手がけている。主人公こと「ワンダー」は己刮(こかつ)学園高校に通う学生。彼は進路志望調査のプリントに書けるような自らの進路を見出しておらず、階段前にたむろっている生徒に「通りたいからどいてほしい」とも言えないような意思の弱さが見られている。
高校の帰り道に女性が屋上から飛び降りる場面に居合わせたが、なにもすることができなかった。そんな日々に違和感を抱いていたある日、人語を解するフクロウ「ルフェル」とともに大衆の無意識が具現化した「メメントス」に迷い込み、そこで自らの「欲望」を誰かに奪われていると明かされる。シャドウに襲われ窮地に立たされたワンダーは、一度は命を諦めようとするももう一人の自分に呼びかけられたことをきっかけに「すべてを奪い返す」と決心し、ペルソナ能力に覚醒するというのが本作のあらすじだ。
『P5X』の世界では「磨我痛神(まがつうしん)」という動画サイトが人気で、多種多様な迷惑行為を映したムービーが投稿されている。逮捕されないグレーゾーンの迷惑行為をする者は「ファントム」と呼ばれ、特に悪質な人物は磨我痛神の管理者であるマガツカミにより「公式ファントム認定」されている。メインストーリーでは他者の欲望を奪うとされるファントムのシャドウが生み出した、自らのテリトリー「パレス」を攻略していくのが目的となる。
一番目のパレスの主こと木内雄之は、メジャー確実とまで言われていた才能あふれた野球選手だった。しかし、ある出来事からスランプに陥ったことで戦力外通告され、今は営業職の会社員として勤めている。野球選手だった頃の栄光とやりたくもない仕事をしている現状のジレンマに自らの欲望(シャドウ)が暴走し、駅で女性を狙ったぶつかり男としてファントム認定された。今回のβテストはこのキウチパレス攻略までが配信範囲であり、彼と新たな怪盗団メンバー「新井素羽(クローザー)」との因縁とダンジョン攻略を楽しむことができた。
どうやら『ペルソナ5』と『P5X』の世界はパラレルワールドの関係のようだ。シナリオ上で認知存在として『ペルソナ5』主人公 である「ジョーカー」が登場する場面もあったが、基本的にすべてオリジナルストーリーで進行する。正直に言うと『P5X』をプレイする前は2016年発売の『ペルソナ5』のスピンオフということで、作中が原作当時のままで現実とズレが生じ、現代劇を描く『ペルソナ』としての切れ味が鈍っているのではないかという懸念があったが、それは杞憂だった。テーマもモダンにブラッシュアップされており、『P5X』では「反逆」ではなく「欲望」が物語の軸に据えられ、ペルソナ使いも反逆の意思ではなく、正しく自分の欲望と向きあい「選択」できる人物が覚醒するという描かれ方に変更されている。
作品だけではなく主人公のワンダーとジョーカーも対比されている。来訪者の“精神の在り方”を反映しているベルベットルームは、『ペルソナ5』では牢獄で理不尽にがんじがらめにされた囚人を表していた。一方で、『P5X』で訪れるのは海深くに築かれた海底トンネルだ。心の海より発現するペルソナの設定とリンクさせつつ、ジョーカーのように可視化された鎖ではなく、停滞感があふれ未来に希望がもてない社会からの圧力と「息(生き)苦しさ」の表現だろうか。
『ペルソナ5』でも描かれた関係性の分断が加速した現代、理不尽への反逆をすることも叶わないような無気力に支配された疲れきった世界が舞台。しかしながら、『P5X』では成敗されるような悪人は日々の生活に紛れ込む迷惑人間という転換がある。 そして「ファントム」とペルソナ使いを繋ぐ共通のワードとして「欲望」を設定することで、原作の「歪んだ欲望を奪う」から「奪われた欲望を取り戻す」というテーマに変化し、欲望自体は悪ではなく生きる原動力であり決して捨ててはならないという『ペルソナ』らしい自己実現と自己克己のテーマが強調されている。それは“今”『ペルソナ5』としてストーリーを描くならどうするかという、プレイヤーへの疑問への解答と若者へのエンパワメントにも繋がるだろう。
バトルは簡略化しつつも独自システムで変わらぬ楽しさを提供
『P5X』のバトルは『ペルソナ5』同様の1MOREバトルが採用されている。ただし本作独自要素も存在。画面右下の「ハイライトゲージ」が最大まで溜まると発動可能になる各キャラ固有の必殺技「ハイライト」や、ダウン耐性という複数回弱点を突かないとダウンしない状態の強敵の存在。さらに1MOREを獲得した際の追加行動も再度コマンドが選べるのではなく、キャラクターに応じた属性の固定技しか使用できない(ワンダーのみ装備中のペルソナ属性)などが新たに実装されている。しかし弱点を突いたりクリティカルが発生したりして、敵をダウンさせて総攻撃をおこなうというサイクルは健在、原作と大きく体験が乖離することはないだろう。
次に本作独自の要素として「ロール」が存在する。『ペルソナ5』においてはモルガナがヒーラー、坂本竜司がアタッカーという形でスキル構成に応じてざっくりとそれぞれの役割が決められていた。一方で、『P5X』では単体の敵への攻撃が得意な「反抗」、デバフ性能に特化した「屈伏」などに細分化されている。さらにアギ・ブフといった全キャラ共通の汎用スキルは、ワンダーが所持するペルソナ以外には存在せず、各キャラ独自のスキルが3種、ハイライトが1種といったように簡略化されている。そしてスキル効果も発動によって専用スタックを一定数獲得し、別スキルで消費することで独自のバフを付与できるというようなキャラが多く、複雑化しているのが特徴だ。
これは本作が運営型タイトルであり性能を尖らせ独自性をもたせることによって、今後も徐々にキャラクターが増加していく状況下で捨てキャラを作らないという方針だと理解できるため、単純にスキル数が減ったからダメとは思わない。また直情的でスポーツ万能な怪盗団メンバー「新井素羽(クローザー)」は全スキル攻撃技の構成だったり、その親友で心優しく分析が得意な野球少女「野毛朋子(モコ)」は攻撃力を高めるバフが得意だったりする。そして2人は幼少期バッテリーを組んだ仲ということでアタッカーとバッファーで性能が見事に噛み合っており、スキル構成とロールがキャラクターの背景を説明するフレーバーとしての役割も担っている。
さらに同じ属性のキャラクターを複数人編成すると能力が上昇する「共鳴」システムなど、本家以上にパーティー編成時の面白さが味わえるだろう。ちなみにバトル参加時の怪盗団以外の人物は、「怪ドル」という“もしあの人が怪盗になったら”というifを体現した認知存在のため、必要以上にメインストーリーに干渉することはなく、いないはずのキャラの存在感が強くて雰囲気がぶち壊しという事態は発生しないので安心してほしい。
タスク管理は形骸化しつつもハイカロリーなシミュレーション要素は健在
『ペルソナ5』には、バトルに並ぶ魅力として学生/都市生活シミュレーターとしての側面があり、そちらも当然『P5X』でも健在の要素だ。放課後・夕方・夜として区切られた時間帯で、現実時間で毎日回復する行動値(スタミナ)を消費してそれぞれバイトや勉強・遊びに励むことができ、報酬の獲得とともに人間パラメータが上昇させられる。原作では「コープ」と呼ばれていたキャラクターとの交流要素は「シナジー」として実装されており、怪盗団メンバーおよび特定の「怪ドル」などと 絆を深めることが可能。CBTでは一部しか体験できなかったがシナジーランクを高めていくことでゲーム内要素が解放されていくほか、一部キャラとは恋人関係になることもできるようだ。
ただし、徐々にコンテンツを拡充させていく運営型タイトルのため、明確な日付カレンダーが存在せず原作のようないつまでにダンジョンを攻略するといった、時間・タスク管理要素はやや形骸化している。しかしダンジョン攻略において適正レベルを実現するためか、要所で「主人公をレベル〇〇にしろ」という進行制限がかかることがあり、それを解消するためにサブクエストに励んだりメメントスに潜ったりするという、日常生活のサイクルは本編さながらだと感じさせる。
またメインストーリーという軸がありながら、脇道の膨大なコンテンツにユーザー自らが「どのように付き合っていくか」を考え、プレイを進めていく過程は『ペルソナ5』らしいと同時に、本作の物語でも重きを置かれているように思える「欲望」と「選択」といったキーワードと合致したプレイフィールだろう。
ちなみに運営型タイトルのため、課金要素についてもお伝えしたい。CBTのため詳細には確認できなかったが、報酬が追加でもらえるひと月分の課金パスや契約(ガチャ)用の石に、「行動値」の回復ドリンクなどがラインナップ。契約にはキャラクターと武器(装備アイテム)の2種が存在し、同じキャラクターを重ねることで固有の特性が強化されるというオーソドックスな育成要素につながっている。
ただしストーリー進行にはスタミナは必要なく、本人とは別人という設定だからか中国からの留学生「李瑤鈴」のシナジーも、怪ドルとしてガチャで獲得していなくてもランクアップした。またパレス探索中にも恒常ガチャ用のチケットが多数手に入ったため、現在の推測として期間限定キャラを収集したり、育成を極めたりするようなプレイスタイルではなく、シナリオを楽しむ分には課金圧は少ないかもしれない。
今回のCBT範囲はあくまで序盤を切り取った一部であり、メインストーリーの盛り上がりやシナジー・サブクエストなどのコンテンツ解放についてもこれからが本番だろう。だが現状の所感として『P5X』は決して『ペルソナ5』のガワをエミュレートしただけではなく、いわば冒頭に称した『ペルソナ5』でありながら『ペルソナ5』ではないと思えるタイトルで、アイデンティティを取捨選択してブラッシュアップした作品という面持ちである。現代に『ペルソナ5』が改めて描き直された喜びと興奮を覚えつつ、サービス開始を楽しみに待ちたいタイトルになった。
『ペルソナ5: The Phantom X』はPC(Steam/Google Play Games)/iOS/Android向けに、基本プレイ無料で配信予定。
🄫 [2024] Perfect World Adapted from Persona5 🄫ATLUS. 🄫SEGA.