小野義徳氏は、なぜラセングル社長になったのか。小野氏から見たラセングルの外と内、そして見えてきた “面白い現在地”
2021年5月、元カプコンの小野義徳氏がディライトワークスの社長に就任した。この大胆な抜擢は大きな話題を呼んだ。そして同社は今年2月にゲーム事業を新会社ラセングルに承継、アニプレックス傘下となり心機一転スタートを切った。引き続き小野氏がラセングルを指揮しており、現在メンバーを大規模に募集しているようだ。ラセングルは『Fate/Grand Order(FGO)』の開発・運営元としてゲーム創りをしている一方で、謎多き会社。
これまでのインタビューにて、管理部門責任者とジェネラルマネージャー4名に、ラセングルの現状と求める人材を聞いてきた。そして今回は、ラセングル代表取締役社長である小野義徳氏に話をうかがった。
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そもそもなぜ小野氏が社長に就任することになったのか。小野氏はラセングルに何をもたらし、そして何を目指しているのか。たっぷり話をうかがってきたので、その内容をお届けする。
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ディライトワークスに入社した理由
――自己紹介をお願いします。経歴もあわせてお伺いできればと。
小野:
ラセングル代表取締役社長の小野義徳です。旧ディライトワークスに来るまでは、30年弱ほどカプコンに勤めておりました。朝から晩まで人と殴り合うゲームを創り、晩年は人からネットでバッシングを……いや、ご指導をいただく仕事をずっと一手に請け負っていて、今に至ります。もういい歳になりつつありまして、前職の会社で一定のポジションにまでいきました。そうなってくると、なかなかモノづくりに直接関与できるタイミングが少なくなってきたなと。はたしてそれで人生を全うするのがいいかどうかを前会社の会長とも話をした上で、守られた湾から一度“大海”に出てみようかなと思いました。
――大海ですか。
小野:
大海に出た時にちょうどコロナ禍が来て、家族からも会社を辞めるべきじゃなかったんじゃないかといわれましたが、今までの30年弱で見えなかったものも見えてくるかなという期待がありました。
それと、やっぱりゲームが好きだったんですよね。もっと別の角度で「ゲーム」で挑戦したかった。ありがたいことに、各地をフラフラしてる間にいろんな会社の方々からお声がけいただいて。その中で、旧ディライトワークス会長の庄司さん(庄司顕仁氏)から声をかけられたんです。当時スクウェア・エニックスからタイトーに出向していた庄司さんとは、『ストリートファイターⅣ』のアーケード版の基盤の話を通じて知り合いました。
庄司さんから「ゲームを創りたいなら一緒にやろうよ」と誘われました。でも正直迷いました。というのも、すごく結果を残しているものの、当時「ディライトワークス」で検索するとネガティブな発言が散見されて、ちょっと勇気がいりますよね。まぁ、僕も相当色々と言われてきましたけど……。(笑)
その時、庄司さんと話をする中で、ベンチャーなりの大変さを含めて相談されて。「友人として、ゲーム業界の先輩として一緒にやってほしい。」というのと、「ここ(ディライトワークス)だったら小野さんがやりたかったことをもう一回できる可能性もあるよ」と。結果的には半分だまし文句に踊らされることになりましたが……。(笑)こちらは後で説明します。
――入社前、小野さんからはディライトワークスという会社はどう見えていましたか。
小野:
会社を立ち上げたときから大変そうでしたね。ディライトワークスの立ち上げ直後はうまく回っていなくて、本当に軌道に乗り始めたのは『FGO』の第一部 中盤以降の頃でしょうか……。3年間ほど試行錯誤していた時は、外から見てベンチャーながらの大変さを感じました。
一方で、メンバーからはなんとか戦ってやろうという異様な熱気も感じました。みんなの炎ですよね。僕が初めてゲーム業界に入った頃に、朝まで『ヴァンパイア』のデバッグをしてた時と同じテンションかも……。(笑)
あのときは苦しかったですが楽しくもありました。そういう熱気を当時のディライトワークスから感じましたね。そこからどんどん会社が大きくなっていき、それに応じてどんどん叩かれ具合も大きくなり、それでもタイトルがさらに大きくなっていくのを横目で見ていました。それが外から見ていたときの印象であり、かつ事実でもあった。
――いろいろな選択肢があった中で、小野さんがディライトワークスを選んだ理由はずばり何でしょうか。
小野:
日本のゲーム創りにおける緻密な作り方というか、そこの触感というところは大切にしていて、日本の会社でチャレンジしたかったんです。僕もカプコンのバンクーバースタジオの責任者をしながら、海外のチームを回すというのは何タイトルかやってきました。海外メンバーと協力した経験を踏まえて、自分のゲーム人生の中で培ったDNAを思う存分発揮できるのはやっぱり日本のタイトルだと思ったんです。「あのとき見てたあのテレビだよね」とか「あのマンガだよね」とか、そういう話でシナプスが繋がるところは、日本の文化で育ってきたメンバーや、日本の文化を愛するクリエイターと創るほうがやっぱり話が早い。そこの触り心地のところで、僕は日本の会社の方がやりやすい。
ディライトワークスを選んだ理由はもう一つあって、小回りの利くことをしたいなと思ったんですね。大きい組織になればなるほど、小回りが利かなくなる。ただ小さい組織であれば小さい組織で、パワーがないというデメリットも出てくる。これから自分自身を発揮していけて、提供できるものがあり、一緒に歩いていけるかを考えた上で、小回りと大回りどっちが楽しいか。結果が出るか。そう思うと、じゃあ小回りが利くところだな、との結論に至りました。パワーは後からどんどん追加していけばいい。毎日朝起きて、「次これやろうかな」という気持ちになるだろうな、とイメージできたのが決定打でしたね。
なので、ディライトワークスで働くのはハードだというのは覚悟の上です。けれど、どうしようもないハードさというよりかは、これからフロンティアで開拓していける楽しさが勝つんじゃないかなと。それと、奈須さん・武内さんが愛情を注いで築き上げてきたあの原作を、デジタル上でこれだけ命を吹き込めるのであれば、それもすごく刺激的ですよね。メンバーとは、ゲームに愛情を注ぐという距離感は全然遠くないと思っていました。
で、実際門をくぐってみたところ、そんなにネットを見た時に受けた印象ほど粗悪な状態じゃなかった。扱っているタイトルが熱いからこそ、熱いファンがいて。その熱いファンに応えようとするけど応えられなかったという、ボタンの掛け違いからほころびがいっぱい出ていたという。ファンとの信頼関係が完全にゼロというわけじゃないな、というのもわかってきた。この会社で自分がやりたいこれからのゲーム創りもあるし、自分自身がこの30年弱培ってきたゲーム業界での引き出しを還元できる場でもあるなと。そうした経緯を経て、ここでやってみたいと思い、去年の5月の社長就任発表に至ります。
騙し討ち式社長就任
――最初から社長に就任する前提でオファーが来たのでしょうか。
小野:
これがね、騙されたんですよ。入ってから知らされるっていう。(笑)
――え……?
小野:
入社してほんの数か月で、社長になると告げられて、数日後オフィスの大広間に全社員が集められて、庄司さんから「小野さんに社長になってもらおうと思ってます」とみんなに伝えられました。それまでは社長になるつもりはまったくなかったんです。開発チームで何か問題が起こった時にサポートするとか、創り方において問題を発生させないようにするためのノウハウの伝授をする予定でした。
少し話は変わりますが、僕は入社してから『FGO』をプレイしたんですよ。それも正直に、奈須さんたちにもこれからやりますと伝えて、やった感想もどんどん伝えて。その感想を伝えていくうちに、奈須さんとは雑談できる仲になりました。奈須さんは奈須さんで、格ゲーの話をしてくれたり。『FGO』や奈須さんと関わるうちに、僕自身も今はもう『FGO』のイチファンですね。これが奈須きのこの作品の面白さか、何千万のファンが次を知りたくなるところなのかと。素晴らしい“種(たね)”があるんですよね。
ただ、こういう素晴らしい種がある中で、いかにそこに命を吹き込んでいくかが課題でした。ディライトワークスのメンバーは優秀だけれど、多分アプローチやその対応結果が期待されたものと異なり、一部のタイトルではユーザーとのコンフリクトが生まれたり。そこが今のネット上に残ってしまっているところの原因でもある。そうした部分を改善する上では、社長でも社長じゃなくても変わらないだろうとは思いました。
社長就任時にみんなには、「今までのディライトワークスと、これからのディライトワークス。今までとこれからはしっかりと分けてやりましょうね」と話しました。決して今までを否定しないけども、これから切り替えていこうと。みんなに頑張ってもらうことで新しいディライトワークスがつくられるし、さらに進化するためにぜひ皆さんの力を貸してほしい、ついて来てほしいというのが、最初の就任時の僕のメッセージでした。
――入社後、改めて中から見たラセングル(旧ディライトワークス)はどのような印象でしたか。
小野:
本当に僕の偏見でしたが、モバイルゲームを創っている会社の人たちはもっと作業的にゲーム開発をしているのかなと思っていたんです。実際は情熱ばりばりで、完全に覆されました。今まで自分が創ったゲームとはタイプが違うのですが、やはりこのメンバーたちがゲームに命の息吹を吹かせているんだなと。
僕が創ってきたタイトルもある意味キャラゲーで、一つのキャラクターにいろんな技を覚えさせて、作り込んでいく。なので、キャラ創りの気持ちは負けないと思っていたんですが、実際はそれ以上でした。もっと冷めた目でビジネスビジネスしていると勝手に思っていましたが、まったく違いました。
よくよく考えてみると、そんな冷めた目でこれだけ影響力のあるゲームを創れるわけがないですよね。ただ一方で、作り方が稚拙なところもありました。“ベテランおじさん”として、作品の創り方やそのなかでの着眼点のほか、着地の仕方についてアドバイスできるところは多く見えた。みんなのやり方を守りながら、良い方向に導きたいという気持ちにかられましたね。やっぱり蓋を開けてみないと、中のことはわからない。
叶たち(『FGO』第2部 開発ディレクター)もそれ以外の現場のプログラマーやデザイナーたちも、外からの評価はよく理解している。その一方で、わかっているからこその、実現したいという熱意がある。『FGO』がゲームサービスとして成功している一方で、賢い人のそろばん勘定だけじゃできない、エンタメとして必要な熱量というのも備わってるんです。
他方で、社長としてはそれをどう健康的に続けるかを仕組み的に考えなければいけない。なので、ずっと仕組みづくりと見直しをしていますね。ゲームを創ろうとして来た割には、あまり大阪にいた時と変わらない事をやっていると思ってはいます……。(笑)ただ、仕組みの整備によって、モノづくりやスピードといった部分は、小回りが利くからこそグイグイ変わっていくのが目に見えるので楽しいです。
もう一方で驚いたのは、奈須さんと武内さんの熱量ですかね。原作モノは僕も何度か携わりましたけど、並みの原作者の熱量じゃないんです。自分たちの絵や書いたものをかっこよく見せたいじゃなくて、どうユーザーの皆さんに楽しんでもらえるかとか、どうユーザーの皆さんが思ってくれるかを、到底考えられないほどの熱量で話すので。だからこそ、メンバーのみんなが四苦八苦しながら『FGO』の開発に真剣に携わっている。
それと、フェスイベントとかもう、とんでもないんですよね。コスパも見合わないし、正直前職では到底考えられないんですよ。イベントで感じる事ができるファンの皆さんとのエンゲージが『FGO』の文化だというのがこの会社に来てよくわかりました。フェスイベントを通じて、みんなで『FGO』を紡いでいるんだろうなという感覚を痛感しました。
勉強と整備からの、雪解け
――ちなみに小野さんは『FGO』に関わっているのでしょうか。
小野:
見守り程度です。というのも、この1年半で、まだ僕自身が作品の真髄を追いかけきれてないんです。
この作品の真髄が何か、本当に好きなファンにとってどこがトリガーになっているのかを、まだ軽々しくジャッジできる立場じゃないなと思っています。それがわかる頃には、多分もう少しいろいろとゲームの中に口を出せるかもしれない。でも、今できることは『FGO』のゲーム創りをもっと効率化させることです。
――タイトルによっては、開発や運営についてアドバイスすることもありますか。
小野:
あります。たとえば、『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』については、かなりフィードバックしました。開発初期はフランスパンさん、アニプレックス、ディライトワークスのそれぞれが、必死ながらもやっていた。でも噛み合ってない部分もあった。『FGO』はこんなにうまく回っているのに、なんで違うタイトルだと回らなくなるんだろうと疑問でした。とにかく『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』については、僕も入りみんなで頑張りました。
――『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』は、最終的にはしっかり仕上がり、アップデートのスケジュールもマネジメントされているように見えます。
小野:
そう思ってもらえると嬉しいです。
――小野さんがゲーム創りにおいて重要視しているものはありますか。
小野:
僕は自分の中で「やってはいけない十戒」をもっています。その十戒には、誰も好きじゃないのに創ってはいけない、誰も熱を持って取り組んでいないのに創っちゃ駄目、誰も面白いと思ってないのに続けても駄目。そして、お客さんが見えていないものもやっちゃ駄目、など。そういった問題を抱えた状態でスタートしたプロジェクトもありました。みんながより手に取りたくなるゲーム創りをするために、“やってはいけないことはやらない”というのが重要になると思っています。
そういった信念のもと、ラセングルでもこの十戒が浸透してきたというのがだいぶ見え始めて来たなと。なので、そろそろ次の新しいこととして、僕のわがままである「モノを創りたい」というエンジンを今年の末~来年頭ぐらいから始動したいなと思っています。社長業としては今、バックオフィスの延長ぐらいのことしかできてない。本当はモノづくりがしたいので、創る仲間を今募ってます。いつかみんなに「社長業やってくださいよ」と言われるぐらいに現場に降りてやろうと思っています。
――とはいえ、入社時は風当たりが強かったのではないでしょうか。そもそも『FGO』は入社後にプレイし始めたとのことでした。入社時の周囲の反応はどうでしたか。
小野:
斜に構えた目をしたメンバーがいたのは今でも覚えてます。本人はそんな目してなかったと言い張ると思いますけど……。(笑)ただ、逆の立場なら「『バイオハザード』シリーズも『ストリートファイター』シリーズもやって来ませんでした」と言われたら、そりゃ何のためにカプコン来たの、となると思うんですよね。
でもそこは想定内というか、反感を持ちたくなるのもわかっている。ただ、衝突したいわけじゃなくて、自分は少なくとも業界に長くいるから、知見を渡せるという話に持っていきたかった。一方で、今から7年分の『FGO』を追いかけるからもうちょっと待ってくれと。プリペイドカードを何枚も買って、チャージしてから臨むからちょっと待ってほしいという話はしました。(笑)
そこからは玄関に入らせてもらった感覚でした。そして靴を脱いで、ようやく居間まで来ました。
僕が入社してから最初の数か月、喋ってないジェネラルマネージャー陣もいました。でも、今後の話とかするうちに、対話が始まって。「そうしなきゃいけないと僕も思ってました」と話してくれて。……そう思ってたんならもっと早く来てよとは思いましたが。(笑)その後、彼らとはいろんな話をしました。開発・運営において課題があるから改善しよう。その先に何があるかというと、みんなの自由時間が増えるよね、と。
自由時間が増えれば、新しいことにチャレンジできる時間がつくれる。その中で始めた新たな取り組みには、「新たなゲーム創りの初期費用に予算1億円をつける」というものもあって、この1億の中でどう分割するか好きにやっていいから企画書出してください、と。その代わりこの1億はちゃんと使いきるんだぞ、と。結局使い切れなかったんですが。(笑)でも、要は自由な時間ができれば新たなチャンスにチャレンジできるということです。
僕が社長就任の時に、「4つのC」をやりましょうよという話をしたんです。4つのCは「Change(変化)、Challenge(挑戦)、Chance(機会)、Confide(信頼)」です。『FGO』や『FGO』以外のタイトルでも4つのCをしっかりとサイクルしてやっていこうねと。そのころぐらいからですかね、みんなと打ち解け始めたのは。
――入社3か月でようやく風向きが変わった?
小野:
はい。本当に、関わり方が変わりましたね。まったく畑違いの人が何かおかしなことをするんじゃないかという警戒心が払拭できたんだと思います。「一緒にゲームを創っていく変なおじさんが来た」と思ってくれたんじゃないかと、僕は勝手に前向きに解釈してます。(笑)
クリエイターであれ
――これまでのインタビューでは、小野さんがジェネラルマネージャー陣に対して「クリエイターであれ」とよく話しているとうかがいました。この言葉には、どのような思いがあるのでしょうか。
小野:
原作モノ、特に奈須さんや武内さんのようにクリエイティブ性が高い方々と一緒に仕事をすると、一歩間違えると単なる受け皿になっちゃう。でも、やっぱり奈須さんらもキャッチボールがしたいんですよね。
キャッチボールがしたいのであれば、我々もクリエイターでなければいけないと。奈須さんからすると、打ち返しで「次はこんなことやりたい」というやり取りが欲しいと思っています。こうやったらもっと『Fate』作品を好きなファンの皆さんが喜ぶ、こんな絵が見られたら楽しいよねという、あくまでユーザー目線が求められるんです。奈須さん武内さんが自分のタイトルでこれほど謙虚に熱心に取り組んでいるのだから、なおさら我々もクリエイティブをビルドアップしていかなければならないですよね。
個人的には、1回ごとに期間が空くパッケージ開発と違う、運営タイトルの忙しさを知れてよかったです。みんな忙しさに追われちゃうところがあるという、その空気は多少なりとも感じていました。だからこそ開発をリードしている熟練開発者たちからまず、クリエイターであってほしいと。自分たちはモノを創っているというのを、会社の中でも言ってほしい。
モノを創る以上、誰かの言うことを聞くだけじゃなくて、創りながら自分がどうしたらいいかというのを考えて提案してほしい。そうすれば必然的に会社のモノづくりの空気も良くなっていくし、その空気はそのままユーザーの皆さんにも届くので。
ゲームは食べ物ではないので、究極的には生きていく上では必要ないですよね。だからこそ「熱」がいる。ユーザーからしたら、創り手の情熱とか愛情といった熱量とか、信頼関係のエンゲージがあるかどうか。そこにクリエイティブがなかったら、好きだからとファンアイテムとして買ってもらえたとしても、永遠にユーザーの思い出に残るものじゃなくなってしまう。うちらはそんなゲームを創ろうとしているわけではないんですよね。
モノづくりに携わるのであれば、自分の創っているものが何なのかを提示するのが第一です。それを社内で評価してブラッシュアップしていく。創る側が「そもそもこれをどうしたいのか」と定まってない中で批評を受けると、間違いなくビジネス寄りのタイトルになっちゃいます。それを見たユーザーも冷めていく。
――小野さんは「社長の机」というブログも掲載されていますね。ラセングルの近況を書きつつ最近プレイしたゲームの感想も書かれています。しかもそのゲームの感想はインディーゲームが多いですよね。僕も『Peglin』はお気に入りです。どういう意図なのでしょうか。
小野:
お、『Peglin』ですか!盤面リセットが連続して決まると快感ですよね。(操作キャラの)ペグリンでは何度か全クリしてますので、新クラスの実装が楽しみです。(笑)ブログでインディーゲームの話をすることについて、最初は社内で議論があったんですよ。最近は評判が良くなってきたので続けています。(笑)
「小野義徳」で検索すると山のようにご意見をいただいていますが、ちゃんといろんなゲームが好きで遊んでいるのを見て、興味を持ってくれる方もいるかもしれない。あとは社内がリモートワーク中心で社員のみんなと直接会えているわけじゃないので、“テレビ越しでずっと喋ってるあのおじさん”についてわかってもらえる機会にもなるかなと。
本当はもうちょっと組み立てのPCのこととかも書きたいですね。水冷式のPCの話とか、静音ファンとか。そういう話を載せたいんですけどそれは載せると、行き過ぎかなと。(笑)
タイトルに寄り添うことも必要だけど、たとえば僕がブログでマシュのこと書いたら、付け焼き刃感が出たり、読み手も「うん?」ってなっちゃいそうですよね。もちろんインディーゲーム以外の大作ゲームもプレイしてますが、同じ船の仲間を呼ぶのであれば、発信するメッセージに親近感を持ってもらえることが重要だと思っています。ここなら話を聞きに行こうかな、と思ってもらえるようにしたい。そのためにも、個人や少人数で開発しているインディーゲームが持つ熱量、世代の違いによる感覚を、何とかして自分も学びとっていかないとダメだろうと。「この会社に行こうとは思ってないけど、話ぐらいは聞いてみようかな」と思ってもらえるだけでも変わるかもしれないし。まぁ、学ぶなんて言いましたが、僕にとってはゲームを遊ぶことは息をするくらい自然なことなので。そういうことも情報発信していきたいなと。(笑)
――たしかに小野さんが就任されてから、ラセングルの情報発信など、外部とのコミュニケーションの仕方が変わったように感じます。何か心がけていることがあるのでしょうか。
小野:
「ゲーム創り」に向き合っている、という事は実直に伝えたいですよね。 IT企業の様なキラキラ感はラセングルでは伝える必要もなく、「純粋にゲームを創る」という事を伝える事で、ユーザーやクリエイターの皆さんとの距離感を縮めたいと思っています。
そして、共にゲームを創る仲間を呼び寄せるような空気にしたいとも思っています。ゲームが好き、モノづくりが好きっていう仲間に集まってほしくて。「ラセングルは儲かってるから給料を多くもらえそうだよ」というだけで応募に来られても困るので。過去の話を聞くと、ディライトワークスは人材紹介会社には、ちょろい会社だと思われていると推測できるエピソードもありました。ベンチャーで走ってきた5~6年はあったとしても、今はそういうところもやはり変えるべきだなと。
必要なのは召使いではなく仲間
――採用の仕方も変わりましたか。
小野:
だいぶ変わりましたね。まず採用する我々の心意気を変えました。応募してきた方に対して、これから5年、10年、15年、どういうビジョンで一緒にやりたいかを聞きましょうと。
モバイルゲームでさえも作るのに2~3年かかるし、次世代機向けにゲーム作りましょう、PCゲームやりましょうといったら、3~4年以上かかるわけですよね。リリースした後もバージョンアップしていこうとなると、チームメンバーと5~6年の付き合いをしなきゃいけなくなる。なら、5~6年先のビジョンを分かち合う仲間とやりたい。
それともう一つ、ディライトワークスの面接を受けた時に面接官が偉そうだったという指摘が、過去にはあったんです。もちろん会社には指揮命令としての上司・部下の関係はありますが、一緒にゲーム創りに取り組む“船員”を募集しているのに、面接官が偉そうだと感じたら入ろうと思わないですよね。
一緒に頑張るうちに苦しいことがあるかもしれないと思わせるぐらいは全然いい。でも面接時に偉そうというのは、最初から人間関係ができてない状態ですよね。船員を募集するんだったら、その船員と一緒に世界一周する中で、5~6年後にはどうなっているかを想像しないと。ともに航海する仲間の将来のビジョンを考えなければいけない。あくまでも募集しているのは仲間であり、召使いを募集しているわけじゃないので。
まだラセングルは過渡期ですけど、やっぱりちゃんとした姿勢をとり続けたい。ぜひこれを読んでラセングルに話を聞きに来ていただいて、もし面接で偉そうだったらTwitterに書いてもらってもいいです。それはそれでまた僕らの次の反省の糧になるので。
――ラセングルの社長という立場で、小野さんが気をつけていることはありますか。
小野:
やっぱり「あぐらをかかないこと」ですかね。あぐらをかいちゃったら多分何もかも終わると思っているので。これはもう前職の時代から、どのタイトルでも言っています。互いにうまくボタンが合わなくなる時って、やっぱりあぐらをかいちゃっているところがある。自分自身が社長になろうが何になろうが、あぐらはかかないようにしています。
ラセングルだから、できること
――小野さんから見た、今のラセングルの魅力とは何でしょう。
小野:
大きな組織のいいとこ取りをしながら、小さな組織の小回りが利くところです。
今年の2月にソニーグループに加わり、アニプレックス傘下になるとの発表が出た時に、いろんな方から心配されたんです。
僕の結論を言うと、とても良かった。ソニー・ミュージックエンタテインメントは、プレイステーションの生み親といえる会社です。多くのソニー・ミュージックエンタテインメントの方々が話されていたのは、「私たちは独立独歩で、プレイステーションを生み出した90年代の精神は残っています」と。
どんなものでも手を挙げたら実現できると多くの方々が言うので、この企業文化は本当なんだなと思いました。この精神論は僕が今、ラセングルのみんなに言っていることと一致している。まだグループとなってから半期ちょっとしか経ってないんですけど、改めて大きな組織のいいとこ取りをしながら、小さな組織の利点を維持するということができそうだと思える。今のラセングルは、非常に良い立ち位置にいると感じています。
また、ラセングルは『Fate』作品と関わっている一方で、ソニーグループやアニプレックスが持っているいろんなIPとも、もしかしたら何か一緒にできる可能性がある。僕がグループ内での会議中にとあるIPのゲーム化のアイデアを話した時も、いろんな意見がどんどん出てきて話が膨らむんです。
ソニーグループに入ったことで、いろんなアイデアを出せるフィールドに立てたなと。ラセングルでは自分がクリエイターであり続ければ、そういう突破口もできてくるし、いくらでも「4つのC(変化・挑戦・機会・信頼)」を実現できると思っているので、僕自身も本当に充実しています。
――ありがとうございます。今ラセングルの求人へ応募を検討している方に向けて、なんと声をかけられますか。
小野:
ゲームを創りたかったらラセングルに来たらどうですか、と。
――直球ですね。
小野:
はい。ゲームを創るための仲間を求めているので。ゲームを創りたいな、あのアイデアをいつか完成させたいなと言ってくれたら、その思いをより短いスパンで実現できる可能性がラセングルにはあります。今来たら1月の社内コンペに間に合いますし。(笑)(社内コンペについての詳細はこちらの記事参照)
みんなのやりたい思いが蓄積していくと、どこかで面白い企画になるかもしれない。ひとまず、数千万円ぐらいで創ってみようよと。ほかの会社だとたくさん稟議や審査を通過するのを待たなければいけないんですが、ラセングルだったらすぐに始められる可能性もある。
なので、まんざら嘘ではなく、ゲームを創りたいんであれば、ぜひラセングルの面接で話聞いてみたらどうでしょうか。穿った目で見ていただいて、査定いただいても構いません。でも、思ったよりよかったら、色眼鏡を外してもらえると嬉しいです。また、迷った結果違う会社に入社したけどあまりうまくいかなかった場合でも、もう一度ラセングルの門をノックしていただくのもウェルカムです。
一緒にモノづくりをやってみたいなという想いがあれば、日本全国から来てほしいです。
できることであれば、世界中から来てほしい。ただ、今はまだ英語を喋れるメンバーがあまりいない。今日の全体会で、TOEICでこの点数取ったら一時金を出すといったプランも発表しました。そういうこともやって、世界中に発信できる新しい環境ができたらいいなと。
リモートワークにフォーカスすると、うちはちょっと振り切っているレベルでやっていると思っています。最終的には僕が大阪からリモートワークできるぐらいにしたいです。育児もあれば、両親の面倒を見なければいけない時期も来るし、あるメンバーは沖縄から、あるメンバーはハワイから働きたい、そういう働き方もできた上で、創りたいゲームに携われる環境が実現できるのは、ラセングルならではだと思います。他社も似たことをやっているかもしれませんが、少なくとも「僕が若い時に、こういう会社を知れたら嬉しかった」という会社になっています。ぜひラセングルに来てください。
――ありがとうございました。
ラセングルは現在、さまざまなポジションのスタッフを募集中。以下の求人サイトをチェック:
「株式会社ラセングルリクルートサイト」
[執筆・編集: Aya Furukawa]
[聞き手・編集: Ayuo Kawase]
[撮影: Maho Ikemi]
編集部後記:
約4回にわたって、ラセングルの求人をまじえたインタビュー企画をお伝えした。本企画のメイン担当である私川瀬は、10時間以上にわたりラセングルのスタッフの話を聞いてきた。その上で驚いたのは、各スタッフがとても謙虚で内省的であるということ。旧ディライトワークスといえば、ユーザー対応や事業展開の失敗など、ポテンシャルは高いものの、ユーザーや世間の温度とちょっと合ってない印象をもっていた。
しかし実際に取材を通じてラセングルのさまざまなスタッフと話してみると、どの人物も謙虚で自己批判的で内省的に映った。上層部は過去の失敗をなかったことにせず反省し悔やんでおり、一方でユーザーに良きものを届けたいと願うクリエイターに見えた。求人記事広告のお手伝いではあったが、スタッフたちの話を聞くのが非常に楽しかった。ただ、スタッフたちが内省的で謙虚だからといって、今後の『FGO』以外の新作を含めて面白いモノを作れるかというと、まだその判断を下すには尚早で、今後を見なければわからないだろう。
ラセングルはかつてのディライトワークスではなく、ラセングルとして新たな歩みを始めていると感じた。小野氏が指揮するラセングルの評価は、あくまで今後出す成果物によって定められるかと思うが、少なくとも個人的にはラセングルが今後何をするのかが非常に楽しみになった。聞き手に“ドキドキ”を感じさせる、そんなインタビュー取材だったことをここに記したい。
※ The English version of this article is available here