スペインではゲーム市場が“新黄金時代”を迎えている。実績あるスタジオが世界に目を向けるスペイン、その勢いを感じた「スペインゲーム祭2024」


東京ゲームショウ2024の前日となる9月25日、東京・神田明神ホールにて、スペイン大使館が主催する「スペインゲーム祭2024」が開催された。本イベントはスペインのゲーム開発会社約20社と日本のパブリッシャーや代理店等が交流する、招待制のビジネスネットワーキングイベントである。

イベントには9月26日に行われた東京ゲームショウ2024にて「Games from Spain」として出展するクリエイターたちが多数参加。スペインのクリエイターたちによる、東京ゲームショウ2024の前夜祭ともいえる格好だ。「スペインゲーム祭」としては2022年、2023年にもイベントが開催されている。いずれも東京ゲームショウの前夜祭として行われて盛況を博していた。今年の「スペインゲーム祭2024」も300名ほどの参加者が出席。神田明神のお膝元である会場は人で埋め尽くされ、日本語、英語、スペイン語が飛び交う盛況ぶりを見せていた。

本イベントのオープニングセッションではグラスホッパー・マニファクチュアのCEO、須田剛一氏も登壇。海外向けには「SUDA51」の名でも知られている人物だ。同氏は、スペイン国内のマーケットだけでなくグローバルにも開発するスペインのゲーム市場について自身の経験も踏まえつつ、スペインの開発者たちにエールを送る一場面も。ユーモアにあふれるオープニングトークに会場は盛り上がりを見せていた。またオープニングトークでは須田氏が原案に携わり、White OwlsのSWERYこと末弘秀孝氏と共に開発中のタイトル『ホテル・バルセロナ』の話も。バルセロナといえばスペインの都市、つまり“スペイン繋がり”ということのようだ。会場でも同作のトレイラーが披露された。

そんな本イベントであるが、メインとなっている「スペインのゲーム開発会社」と聞いてパッと作品をイメージしたり、その代表的な名前を挙げたりできる人は多くないのではないだろうか。恥ずかしながら、かくいう筆者もその一人である。しかし実際には、スペインの開発会社はグローバルに展開される多数のタイトルに関わっており、スペインのゲーム市場は現在“新黄金時代”を迎えているという。今回弊誌は同イベントに招待いただいた。イベントを通して垣間見えた、スペインゲーム市場の現状とその盛り上がりについて、本稿でレポートしたい。

成長を遂げる独自のマーケット、スペインゲーム市場

なぜ現在、スペインのゲーム市場は“新黄金時代”を迎えているのか。スペインのゲーム市場について、本イベントにて合同会社Shinyudenの代表を務めるガルシア・ルイス氏が「スペインのゲームの市場の今」としてプレゼンテーションを展開。その内容を紹介するかたちで説明してみたい。

スペインのゲーム市場規模は、一時は世界的なパンデミック渦により落ち込んだものの、現在は復活し成長を続けているという。毎年売上高を伸ばし続け、2023年には売上高は過去最高の23億3900万ユーロ、現在のレートで日本円に換算するとおよそ3725億円を計上している。


また過去にさかのぼると、1983年から1992年の期間、スペインは欧州において2番に大きなゲーム開発国であったという。ルイス氏はこの時代をスペインゲームの“黄金時代”と呼んでいる。その背景には、当時主流となっていた8ビットPCのコストの低さ、そしてソフトウェアの開発コストや主な流通媒体となっていたカセットのパブリッシングコストの低さもあった。多数の若い才能あふれるクリエイターが頭角を現した時代であったという。

そんな“黄金時代”にはスペインゲーム業界のパイオニアとなるゲームも多数登場。なかでも著名なの『La abadía del crimen(The Abbey of Crime)』であるという。同作はスペインのゲーマーにとっては知らない人はいないほどのタイトルだという。同作はスペインの開発会社Opera Softによって、1987年にAmstrad CPC 6128 向けに発売。のちにMSX,MS-DOSなどに移植されたゲームだ。ウンベルト・エーコの小説「薔薇の名前」を主題とした作品で、フランシスコ会の修道士ウィリアム・オッカムとベネディクト会の若い修道士アドソを操作し、中世イタリアの修道院で起きた連続殺人の犯人を見つけだすゲームとなる。

『La abadía del crimen』 スライド内では「犯罪のアビー」

同作は見下ろし型視点で描かれており、探索の主体となるフィールドは“オープンワールド”で描かれているという。プレイヤーが手がかりを探すため自由に修道院内を探索することができる、自由度の高さが特徴となっていた。また昼夜の概念も存在し、時間帯によってNPCが活動を変えるなど、当時は画期的なシステムを多数搭載。スペインではカルト的な人気を誇り、郵便切手にも描かれたことがあるという。また違法コピーが検出されると、「¡Pirata!(海賊)」とゲームに叫ばれるというユニークな要素も。そんな本作であるが、スペイン以外にはあまり流通していないとのことで世界的な知名度は控えめだそうだ。

そうして独自の変遷と発展を遂げてきたスペインのゲーム市場であるが、現在は“新黄金時代”に突入しているという。2023年時点で直接・間接的にゲーム業界で働いている人はおよそ1万人。またスペイン国内には618のゲームスタジオが存在している。この背景には、現代においてゲームのダウンロード販売が主流となったことが大きい。かつての“黄金時代”のように、ソフトウェアの開発コスト、パブリッシングコストが低下したという。なおスペイン国内のユーザーにおけるプラットフォーム比率としてはPC(Windows)の所有率が高く、スライドによるとその数値は85%。スペインゲーム市場ではPCゲームが主流となっているようだ。


しかしゲームスタジオの数は増えつつあるものの、スペイン国内は“巨大なプレイヤーがいない”問題を抱えているという。米国のActivision Blizzard、フランスのUbisoftのような、国と市場を代表するほどの大きな会社がなく、小規模なデベロッパーが多数存在。そういった小規模な開発会社がメジャーな会社に作品を多く提供している状態だそうだ。ルイス氏はスペインのゲーム開発会社を、巨大な自動車メーカーの「部品を担当する会社」と例えて説明していた。名前こそ知られていないものの、各国に品質の高い作品を展開している、ということのようだ。

そんなスペインの開発会社の例として、『メトロイド ドレッド』におけるMercurySteam、『ヌヌの唄:リーグ・オブ・レジェンド ストーリー』におけるTequila Worksなどが紹介された。いずれもスペインのゲーム開発会社であり、任天堂やRiot Gamesといった著名な会社のもとで開発を担当、品質の高いゲームを世に送り出している。また『Blasphemous』シリーズを手がけるThe Game Kitchenも例に挙がっており、開発力には定評ある会社が多いものの、名前そのものが売れている会社は少ないといった状況がうかがえる。


そうしたスペイン国内市場の状況があり、本イベントのようにスペイン大使館のバックアップのもと、スペインの開発会社とパブリッシャーとの商談の場が大々的に設けられてきたようだ。実力ある新進気鋭のスペインの開発会社は、グローバル展開のチャンスを狙っているのである。かつてE3があった時代には3大ゲームショウに数えられ、現在も世界的なゲームショウとして年々存在感を増している東京ゲームショウ。その開催時期にあわせて、グローバルにスペインのゲーム開発会社がパブリッシングパートナーを探す場。それが本イベントなのだ。

“スペインらしさ”あふれる開放的な商談の場

イベントにはかつてラブデリックに在籍し、『moon』『ちびロボ!』などを手がけたゲームクリエイター・西健一氏も登壇。現在は個人事務所Route24を立ち上げ、かつて『ちびロボ!』シリーズに携わったタイニー・ワンダー・スタジオのスタッフと共に新作タイトル『koROBO』を開発中である。登壇した西氏は、本イベントには“戦力を探しに来た”と直截的に述べるなど、ユーモアあふれる語り口に会場も盛り上がりを見せていた。


また20近くの開発会社により開発タイトルが紹介され、パブリッシングパートナーを探す合同プレゼンテーションも行われた。ちなみに本イベントの参加企業は以下の通り:

Vermila Studios
Undercoders
Trusiga
Selecta Play
Tequila Works
Quantum Box Games
Ophion Studios
Oniroid Studios
Herobeat Studios
Hello Monster
Fundación UD Las Palmas
Foxter Studio
Entalto Publishing
Dunwich Studio
Drakhar Studio
DALOARAntidote
Cool Math Games
Cosmic Spell
Canary Islands Games

開発中のタイトルのデモや技術プレゼンテーションなど内容はさまざまであったものの、共通するのは強いグローバル展開への意志である。各企業のプレゼンテーションは公式サイトでも確認できるため、興味のある方は確認されたい。また会場には試遊ブースも存在。開発中のタイトルやリリース済みで日本語未対応のタイトルを自由にプレイすることができるなど、ビジネスイベントながらもひとつのゲームイベントのような様相を見せていたのが印象的であった。


本イベントはそういった、業界人と業界人をつなぐ商談の場となっている。しかしイベントではそれに終始しない、ある種のパーティのような和やかな雰囲気も散見された。会場では食事も提供され、パエリアやスパニッシュオムレツといったいわゆるスペイン料理である。ほかにも“原木”の状態からスライスして切り落とされる生ハムやスペイン産のオーガニックワインなど、スペインならではのご馳走ばかり。各自が各々好きな料理を皿に取り、食べながら会話を交わすという立食パーティのようであった。イベント自体は真剣な商談の場でありながらも、開放的で明るいスペインの気風も感じられるものとなっていた。

 


年々成長を遂げるスペインゲーム市場。本イベントでは、そんなスペインの開発会社がグローバルに進出するための“気合”が感じ取れる傍ら、どことなくスペインらしい明るく開放的な雰囲気も同時に感じられたのが印象的であった。今後スペインゲーム市場はさらに成長を遂げ、実績あるスタジオも多く擁するスペイン発のタイトルがどんどんと展開されていくかもしれない。そんな期待を感じさせるイベントとなっていた。