Tokyo Indie Fest 2017にて出展されていた『29』は、フラットデザイン的なアートスタイルで描かれたポイント&クリックアドベンチャーゲームだ。今回出展されていたプレイアブルデモでは、部屋に何人かの男女が集まっており、誰かがビデオゲームを遊び始めることになる。その作品は『29』のゲームジャンルと同じ、アドベンチャーゲームだった。
ゲーム画面のなかでは帽子をかぶった一人の人物が森の中の小道を歩いている。遊んでいるところを見ている周りの友達が、「あそこの電話を調べたらどうだ」とか「茂みのほうにむかっていってみたら?」なんて隣から話しかけてくる。たくさんの友達と一緒の部屋でビデオゲームをやったことがあるならば、誰でも一度は体験したことがあるだろうひとときだ。
今回のデモはテキストアドベンチャーのスタイルとなっており、プレイヤーはテキストを読みつつ途中でいくつかの選択肢を選んでいく。デモ版では複数の分岐を楽しめるように、マウスの右クリックでリセットしてすぐに最初へと戻ることができるようにデザインされていた。作中の登場人物たちへの接し方を選ぶことで、ゲームは別々の方向へと進んでゆく。ただし本作は、製品版ではポイント&クリック式のアドベンチャーゲームになるそうで、今回のテキストアドベンチャー式のデモは世界観やストーリーの一端を楽しむために用意されたもののようだ。
帽子の人物が進む先にはさまざまな人間がおり、ささやかな会話を交わす。静かなトーンでゲームは進んでいくが、『29』の世界はとても不思議で、クトゥルフ神話にでも出てきそうなよくわからない化け物がいたりする。また、周囲の背景がアニメーションして非現実的に動き出しもする。地面からピアノは浮かび上がってきたり、パイプが動き出して目の前が変わっていく。このゲームで描かれている世界は現実なのだろうか?それとも夢なのだろうか。
ひととおりのゲームプレイを終えると、視点はゲームを遊んでいる部屋に戻っていく。ところが一緒に遊んでいたはずの仲間たちはいなくなっており、たったひとりでテレビの前に佇んでいる。みんなどこへ消えていってしまったのだろう?寂しさを感じさせるシーンでデモは終わる。
不思議な演出で彩られた本作について、制作された2人組のチームhumble groveのHana Lee氏にお話を伺った。Lee氏はロンドンの大学に留学した経験があり、『29』は卒業に対する不安を感じていた実体験をもとにしているという。デモで描かれた最後のシーンも、みんなで集まってゲームをしていたところ、ふと誰かが帰ってしまいそのままひとりきりになってしまうという体験が元になっている。
それではあの超現実的なアニメーション描写はなにを示しているのだろうか。itch.ioで公開されているページでは、『29』は「A magical realist point and click game」と表記されている。つまり本作は、「マジックリアリズム」の手法を使って日常を描く作品だということだ。「マジックリアリズム」とは、日常的な描写の中で非日常的な要素が自然に混ざり合っていることを描く小説や絵画の手法である。本作では不安や寂しさがキーとなって、非日常的な世界が顔を覗かせる。
フラットデザイン的なアートスタイルに、超現実的でありながらどこか文学的なアプローチについても伺ってみたところ、『Kentucky Route Zero』の影響を受けているという。そのほかには『Gone home』や『Dear Esther』、それから昨年話題となった『Firewatch』といったウォーキングシミュレーターの傑作たちにも影響をうけたそうだ。選択肢がストーリー自体を変えていくのではなく、登場人物の心境を変えていくことでプレイヤーの解釈も変わっていくことも狙いとしている。
『29』は今作だけで終わる作品ではなく、連作のシリーズモノとなる予定。シリーズ全体は『No Longer Home』というタイトルで括られ、次のエピソードでは卒業後に実家に戻り、将来に不安を感じているというような内容になるという。
制作のhumble groveは現在itch.ioで作品を公開中。グループで制作したものだけではなく、メンバーそれぞれが制作したゲームも含まれている。『29』は現在itch.ioでは公開を停止しているが、関連作品『Friary Road』はPWYW(ユーザーが価格を決定する購入方式)で公開されている。こちらは二人の男女がベンチに座り、星空を見上げながら会話を進めていく内容。『29』よりもシンプルな内容だが、移動する背景や宙に浮いていく椅子などささやかな時間のなかで、超現実的な瞬間が訪れる点が共通している。東京インディーフェスでチェックできなかった方もこちらに触れていただければ、このシリーズがどんな方向性を掲げているのかを理解できることうけあいだ。
なお、『29』は今年Steam Greenlightを通過している。対象プラットフォームはPCのほかにiOSでも考えており、今年夏の発売が目標とされている。