『ウィザードリィ外伝 五つの試練』は、ゲームメディア編集が「今復刻してほしい」の願いだけで取り組み続け、上役に断られまくってもめげずSwitchパケ発売までこぎつけた

『ウィザードリィ外伝 五つの試練』パブリッシングと一部開発を手がけたGameSpark Publishingの宮崎紘輔氏と堀江陽氏にインタビューを実施した。本作はGameSpark Publishingが初めて手がけるタイトルである。

イードが運営するブランド「Game*Spark Publishing」と59 Studioは1月30日、『ウィザードリィ外伝 五つの試練』のNintendo Switch向けダウンロード版をリリースした。また、予約好評につき発売が延期していたNintendo Switch向けパッケージ版も、2月27日より発売中だ。

『ウィザードリィ外伝 五つの試練』(以下、五つの試練)は、2006年に発売された同名作品をベースとした大幅なバージョンアップ版となる、3DダンジョンRPGだ。今回のNintendo Switch版は、2023年にリリースされたSteam版をベースとしている。『ウィザードリィ』への原点回帰をテーマとするオリジナル版の醍醐味はそのままに、高解像度への対応やUIの刷新などがおこなわれている。また、ユーザーが制作したシナリオをインターネットを通じて配信できるシナリオエディタサービスも、オリジナル版から引き続き楽しむことができる。

弊誌では、本作のパブリッシングと一部開発を手がけたGameSpark Publishingの宮崎紘輔氏と堀江陽氏にインタビューを実施した。本作はGameSpark Publishingが初めて手がけるタイトルであることに加えて、両人ともゲームメディアの人間ではあるものの直接のゲーム開発の経験は一切ないとのこと。異例の座組で開発された本作、気になることを全部訊いてみた。

──自己紹介をお願いします。

宮崎紘輔(以下、宮崎)氏:
イードの宮崎です。弊社は自動車・教育・映画など様々な専門ジャンルのメディアを複数展開している会社で、ぼくはその中のゲームとアニメのメディアの事業の責任者をしています。ゲームだったら「Game*Spark」とか「インサイド」、アニメだと雑誌の「アニメディア」や「メガミマガジン」、サイトの「アニメ!アニメ!」の一番偉い人ということになります。

普段の業務としては、編集の手伝いをすることもあれば、出版社や取次(出版における流通業者)と雑誌の話をしたり、たまに広告営業についていったり、新規事業の相談をうけてボヤッとしたものを提案したりといろいろやっています。しがない中間管理職として、誰もやらない仕事をかき集めている……というのが正確かもしれません。今回の『五つの試練』復刻の業務はそういったことのなかのひとつということになります。肩書上はプロデューサーですが、基本的にゲームの中はほぼ全部堀江さんに任せていて、ぼくのやっていることは「ウィザードリィ」IPの現在の権利元であるドリコムさんとの折衝や、開発方針の整理とちょっとしたユーザー対応、さらには各プラットフォームとのやりとりの最初の糸口を見つけるといったようなことをしています。

堀江陽(以下、堀江)氏:
株式会社イードの堀江と申します。私の方はイードが運営しているゲームメディアの1つであるGame*Sparkの副編集長をやらせてもらっています。日中のニュースデスク担当が主な業務ですね。今回の『五つの試練』移植では大本の企画の発起人として、移植に際しての仕様の提案などで一部開発に関わらせていただいています。

──本作の移植はどのような経緯でおこなわれたのでしょうか。

宮崎氏:
オリジナル版『五つの試練』の話からさせてもらった方がスムーズかな。実は『ウィザードリィ外伝 戦闘の監獄』(以下、戦闘の監獄)やオリジナル版『五つの試練』をPCやPS2向けにパブリッシングしていたのが、イードの前身であるIRI-CT( IRIコマース&テクノロジー)という会社です。当時から開発担当は変わらず59 Studioさんでした。日本の『ウィザードリィ』開発における中心人物である金田さんと徳永さんのお2人が関わった作品で、お2人には移植版にも関わってもらっています。

IRI-CTは現イードと同じくウェブメディアの運営などを行う会社でした。なんでゲームを出したのかっていうと、イードの現社長でもある宮川がもともとアスキー(かつてファミ通を刊行していた会社、現在はKADOKAWAグループの事業ブランド)の出身で、同期の1人が59 Studioの金田さんだったんです。そうした縁と、ゲームを出したかったIRI-CTの意向とが合致してリリースしたのが『戦闘の監獄』と『五つの試練』でした。ぼくは一切知らないのですが、このあたりは、4Gamerさんに載っている金田さんと徳永さんのインタビューで詳しいお話がありましたね(4Gamer.net)。素晴らしいインタビューをしていただいたので、ぜひそちらを読んでいただきたいです。

画像はSteam版『戦闘の監獄』より

堀江氏:
『戦闘の監獄』リリース当時は2005年で、まだまだパッケージが優勢だったんです。ダウンロード販売も流行ってなかったですしSteamも日本のゲームを広く受け入れる体制には程遠かったです。そのうえ国内では一部の先進的なゲーマーしかSteamを使っていないような時代だったので、間に会社が入らないとゲームをリリースしづらかったことから縁が生まれました。

──今回の『五つの試練』移植プロジェクトは堀江さんがイードに持ち込んだとのことですが、メディア側の人間がなぜゲーム開発を手がけることになったのか、経緯を教えてください。

堀江氏:
これはすごく単純な話で、自分は今のゲームもたくさん遊ぶのですが、同じぐらいにWindows95や98、XP時代のゲームが好きなんですね。そういったよく遊ぶ昔のゲームの中に『五つの試練』も入っているんですが、企画当時にはもうパッケージ版の生産はもちろん、ダウンロード版の販売もほとんどのサイトで終了済みで、このままだとそう遠くない未来に新規に遊べなくなっちゃうということを危惧していたんです。なので、そろそろSteam上で売りませんかと……。

──めちゃくちゃ個人的な願望だ(笑)好きなゲームを復刻させたいという気持ちがきっかけだったんですね。

堀江氏:
そんな折、『ウィザードリィ』の関係者の話をまとめた「ウィザードリィの深淵」という同人誌が2017年に出ていまして、そこに59 Studioの金田さんが『五つの試練』の新バージョンを作っているという話が載っていたんです。なので、その話をイードに持ち込んで、「僕らでパブリッシングをしませんか」と飲み会の度に宮崎さんに熱弁を振るっていました。

──口説かれて、宮崎さんは最初どう感じましたか?

宮崎氏:
本当に「何言ってんだろうな」と(笑)

一同:
(笑)

宮崎氏:
冗談じゃなく、ぼくの反応は最初かなり冷たかったと思います。

堀江氏:
こっちとしても最初から通るとは思っていなくて、まあしょうがないよねという感じでした。最初にその話をした時はまだ編集部内部の人間ではなく、外部のいちライターでしたし。

宮崎氏:
ぼくもオリジナル版の立ち上げの経緯なんざ一切知らないですし、『ウィザードリィ』も詳しくないですからね。ちょっと補足しておくと、かつてIRI-CTから『ウィザードリィ』がリリースされていたことと、今のインサイドやGame*Sparkの事業って、何の関係もないんです。いや、社長の大好きな言葉が「Connecting The Dots」なので、もしかすると点と点をつなげよという意図はあったのかもしれませんが、今回のプロジェクトを立ち上げるまでは、担当者も管理する部署も別で、なにも繋がっていない状態でした。

ぼくが2017年5月に今のポジション(ゲーム事業部長)になって、堀江さんにその話をされたのは2018年ぐらいかな。で、まずは「シッシッ」って感じ。「いや知らんし、忙しいし、ぼく『ウィザードリィ』興味ないし。あなたがやりたいことは分かりましたが、自分でやればいいんじゃないですか?」と。でも堀江さんが案外しつこくて。あれは結構しつこかったですよね、3~4回とかもっとでした?

堀江氏:
2年ぐらいかけて、飲み会の度にひたすらその話をしていました(笑)

──しつこい(笑)

宮崎氏:
そうなんですよ、「宮崎さんも知ってると思うんですけど、『ウィザードリィ』の最近でた同人誌で……」とか言われて、最初は「一個も知りません」とか思いながら聞き流していたんです。でもだんだんと「こんなに堀江さんが言うのなら、もしかして1000本ぐらいは売れるかな」というような考えになってきて。

そのころはすでに堀江さんも編集部の中で仕事をしてくれていたこともあり、「堀江さんという面白いGame*Sparkの編集部員がいるんです。ぼくはよく分かりませんが、とってもやる気のようなので、今だったらGame*Sparkでも作れますよね」というような話を会社にちょっとしてみたんです。そしたら最初の堀江さんに対するぼくと同じ反応を返されたんですね。「そんなことやめた方がいいよ。儲かんなさそうだし大変そうだし、夢見てないでもっと足元の事業ちゃんとしなよ」みたいなことを言われたんですけど、その時点でなんかぼくもやりたくなっちゃって(笑)

──反対されたのに?それはまたどうして?

宮崎氏:
まったくロジカルな思考じゃないんですけど、会社の対応にそれはそれでムカつくなと(笑)反対されてむしろ燃える、みたいなことですかね。それを受けて、「じゃあ開発も広告宣伝も自分たちのメディア事業で稼いだ資金でやります、責任も自分たちでもちます」ということで勝手に始めました。いまだに社内向けにちゃんとした資料も作ったことがありません。これも勝手に喋っているので後から誰かに怒られそうですが、イードってそもそもそういう会社なんですよ。プロジェクトを起こすにしても、インサイドやGame*Sparkでちゃんと利益が出ているんだったら、そこの余剰をどう使うかは事業責任者や企画をやりたい人間に任せるよと。上場企業なので、偉い人の会議には諮られるのですが、何億もかけるとか、莫大なリソースを使うわけでなければ、細かい稟議もないですし、ちょっとした資料と説明だけすれば「とにかくチャレンジしてみなさい」という会社なんです。だからその時も、「やめなよ」とは言われたが「やるな」とは言われていないというのがぼくの理解でした。

堀江氏:
おかげさまで、そういうところにはだいぶ助けられましたね。

──堀江さんが宮崎さんを口説き落として、会社に反対されたものの逆に燃え上ったというストーリーがあったんですね。

宮崎氏:
あとはもう1つ、パブリッシングを経験してみたいという動機はありました。アスキーみたいな、いい専門媒体といいゲームがセットになって面白いことをやるというのにボヤっとあこがれていたので、今は堀江さんという適任の人もいるし、1000本売れればいいなぐらいの気持ちで始めました。

──ちなみに売り上げ1000本は達成しましたよね?

宮崎氏:
リリースから最初の1時間で1000本以上売れてびっくりしました。

堀江氏:
現在Steam版の本体のみの売り上げは4万本を突破していますね。開発規模に対してはかなりの売り上げだと思います。それと、DLCも比較的好調で、一般的なタイトルだとDLC装着率は10~14パーセントぐらいが基本ですが、今作は装着率が高めで『戦闘の監獄』は8000本超え、率で言うと20%強ほどです。もう1つの『慈悲の不在』も6000本前後、平均をわずかに上回る15%弱ほど売れています。みなさん応援してくださっているんだなと感じてだいぶ嬉しく思っております。

──イード側のスタッフさんも『五つの試練』のパブリッシングや開発に参加しているのでしょうか。

宮崎氏:
イード社内のスタッフも一部協力してくれていて、サイトやサーバー周りに関して社内のエンジニアやデザイナーが忙しい合間を縫って稼働してくれています。もう1人、普段は広告営業やビジネスサイドの統括をしているゲーム事業部の副部長、藤野(藤野央之氏)も協力してくれています。Nintendo Switch版のパッケージ版から参加してもらっていて、どこの流通会社と組むのがいいのかなどの話し合いを重ねました。体験会の案内などの業務は、僕か藤野の手の空いている方がそれぞれ担当するという体制でやってきました。

──堀江さんも、Game*Sparkの業務をこなしながらゲーム開発も並行しておこなっているのでしょうか。

堀江氏:
最近は結構そうなっております。昔はもう少し業務を時間帯で分けていたんですが、パッケージ版など含めて忙しくなってきてからはごちゃまぜです。

宮崎氏:
デジタル版のストアページでの配信周りなどは、Steam版はもちろんNintendo Switch版もほぼ全部堀江さんが担当しています。

堀江氏:
各販売ページの日本語版文言なども、全部自分が用意していますね。

──今回のプロジェクト、いろいろとあんまり聞いたことない座組ですよね。

宮崎氏:
今回のプロジェクトで通常のパブリッシャーから踏み越えている部分として、企画発起人である堀江さんの意向が結構加わっているというか、59さんが作った初期のビルドを踏まえつつも、ほぼ堀江さんが決めたものに1回作り直しているんですね。ボタンやUIレイアウト、フォントなどの細かいデザインや、堀江さんが希望する変更部分の仕様決め、新規に必要なイラストを作ってくれる会社やイラストレーター探しなんかも少なくない部分をぼくら側でやりました。Nintendo Switch版ではパッケージ版のデバッグ会社も探してきて、こういう体制でやりましょうと仕切っているのもぼくらなので、まるっと投げて全部やらせて最後ポチっとボタンを押してリリースというよりは、かなり開発に首を突っ込んできましたね。

というのも、先ほど堀江さんが話していたように元々59さんが開発しかけていたSteam版に後からぼくらが乗っかる形でプロジェクトが始まりました。デベロッパーとパブリッシャーそれぞれに、思惑の違うプロデューサーとつくりたいものをつくりたいディレクターがいるだけという体制で進行していたので、往々にして開発が止まるんですよね。一番大変な時は、ぼくがガントチャートを作ってスケジュールを管理していました。ぼくは作っておいてスケジュールを守らないのですが……。

──メディアとしては、ゲーム制作の勉強になりそうです。

堀江氏:
ゲームを作るのって本当に大変ですねというところは、実際に出す側になって勉強になりました。毎日のように新しい仕事が入ってきて、世の中で見えているさまざまな事情も、実は内部ではこういうことが起きているんだなと理解できるようになりました。

宮崎氏:
他の業界に比べて、ゲーム業界は発売の延期に怒るユーザーは少ないですが、一ゲーマー目線では「なんでこんな納期守れないんだろうな」とは常々疑問に思っていました。実際に開発に携わってみると、驚くほどに大小トラブルが頻発して約束したスケジュールを守れないことがあるということは身をもって体感できましたし、延期発表を目にしたときもメディアとしてはちょっとおいしいと思う反面、すごく同情するようになりましたね。多分怠慢じゃないんだろうけど、今頃きっと大変なんだろうな……と。

──では今後Game*Sparkでは、ゲーム発売の延期を煽る記事はなくなるわけですね。

宮崎氏:
でも、やっぱり他人の話ならネタになるので……(笑)

堀江氏:
自分は温情を入れたいと思っていますよ!我々もパッケージ版やパッチの延期でユーザーの皆さんにご迷惑をかけているところですし……。

『ウィザードリィ外伝 五つの試練』は、PC(Steam)版とNintendo Switch向けのダウンロード版がどちらも3980円で配信中。追加DLCシナリオ「戦闘の監獄」「慈悲の不在」はそれぞれ2480円と1480円で、本編とDLCシナリオ2本がセットとなった「トリプルパック」は7146円となっている。またNintendo Switch向けのパッケージ版は通常版・コレクターズエディションともに、2月27日より発売中だ。通常版は4980円、コレクターズエディションは9980円で、モンスターカードに加えてサントラやアクリルスタンドなどが付属する(上記価格はすべて税込)。

明日公開予定の後編では、今回のパブリッシングについてビジネス的観点から伺ったほか、『五つの試練』の今後の展望についても語ってもらう。

[聞き手・執筆・編集:Daijiro Akiyama]
[聞き手・編集:Ayuo Kawase]

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