e-Sportsプレイヤーは“アスリート”か否か。スマブラプレイヤーの米国ビザ不認可で問われるプロゲーマーの市民権
e-SportsプレイヤーWilliam “Leffen” Hjelte氏は、自身が米国に入国を拒否されたことをRed Bullにて発表した。Leffen氏は格闘ゲームを得意とするスウェーデン在住のプレイヤー。氏は特に『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズに強く、数々の大会で成績を残してきた。今回も格闘ゲームの世界的な大会EVO 2016に出場するためにビザの手続きをおこなっていたが、米国市民権・移民業務局はLeffen氏の申請を却下。理由は複数あったようだが、そのひとつとして「Leffen氏が出場予定のタイトル『大乱闘スマッシュブラザーズDX』が正式なスポーツとして認められていない」ことが原因なのだという。まずはこのビザ問題について説明しておきたい。
P-1ビザが持つ大きな役割
今や世界各国さまざまな土地から生まれつつあるe-Sportsプレイヤー。ゲームで腕を競い合い賞金を獲得したり、スポンサーを得たりするのが収入源となっているが、勝利して賞金を得るにも知名度をあげてスポンサーを見つけるにも、まずは大会に出場する必要があり、その多くは米国でおこなわれている。つまり世界各国のe-Sportsプレイヤーは米国を目指すのが重要なステップとなるのだ。
米国以外に在住しているe-Sportsプレイヤーが米国の大会に出場するためには、移民法に基づき、労働内容に対応した所定のビザを取得する必要がある。申請者の身分によって発行されるビザはそれぞれ異なっており、近年では「P-1」と呼ばれるスポーツ選手や芸能人を対象とするビザがe-Sportsプレイヤーに発行されつつある。このP-1ビザの選考は厳しくおこなわれるようで、まず参加している競技が国際的に認知されているか、また知名度の高いチームに属しているかが査定される。プレイヤー自身のレベルやこれまでの実績が一定水準に達しているかどうかも厳しくチェックされ、数字のみならず関係者による才能を認める証言も必要となってくる。晴れてP-1ビザに認定されれば、仕事をするのに必要な期間か、もしくは数年の滞在が可能となり延長することもできるようになる。もちろん、米国のビザにはさまざまな種類があり、旅行客として訪れるならESTAを申請することが多いだろう。しかしESTAやB1ビザなどはあくまで観光や出張のためのものであり、アメリカ源泉の報酬を受け取ることはできない。P-1はそれらのビザとは異なりアメリカで雇用され報酬を与えられることが認められており、e-Sportsプレイヤーとして考えるとP-1の重要性は高い。
今でこそP-1ビザを利用し、米国に滞在するe-Sportsプレイヤーは多いが、これは『League of Legend』(以下、LoL)による影響が大きい。『LoL』はほかのゲームとは異なってリーグ戦を採用しており、シーズン中米国に滞在する必要がある。ゆえに、P-1ビザが発行されなければ米国以外の国籍を持つプレイヤーにとって長期滞在は難しかった。しかし『LoL』を手がけるRiot Gamesの強い働きかけもあり、2013年7月から米国は公式大会League of Legends Championship Series(League of Legend1部リーグ)をプロスポーツであると認定し、出場選手にP-1ビザを発行するようになった。これで晴れてLCSに属する『LoL』プレイヤーはアスリートという扱いとなり、現在では2部リーグのチームに所属する選手もP-1ビザの対象となっている。Riot Gamesの尽力によってもたされたこの功績は、業界にとっても輝かしいニュースであったことは間違いない。しかしほかのe-Sportsタイトルへの浸透という面では、期待していたほどすんなりとはいかない現実があった。
というのも、2013年以降も複数のタイトルがビザの取得問題に悩まされているからだ。特に代表的なのが、Valveが開発する『Dota 2』だ。『Dota 2』は大会賞金が高額なこともあり、人気の根強いMOBAタイトルのひとつであるが、ビザの取得問題は完全に解決されたわけではない。2014年にふたつアジアのチームArrow GamingとCIS-Gameが大会に出場するためのビザの申請したところ、メンバーのうち数名が却下され、Valveに助けを求めていた。2015年の7月にはウクライナチームNatus Vincereのロシア人選手SoNNeikO氏がB-1/B-2ビザ申請をおこない幾度も却下されたということで、Valveはこのときには米国上院議員Maria Cantwell氏に接触し問題の解決を模索していた。『Counter-Strike: Global Offensive』も同様のケースに悩まされており、モンゴル人によって構成されたチームMongolZのP-1ビザの申請が通らず、大会予選の出場資格を失っている。もちろん、これらのケースはそれぞれに事情があるのも確かだ。B-1ビザとP-1ビザでは審査の基準がそれぞれ異なっているし、モンゴル人は米国のビザが通りにくいという内情がある。『LoL』では保証されつつあるP-1ビザは、ほかタイトルでは決して当たり前のものではない。
抗議、そして署名へ
今回の騒動の中心にいる『スマブラ』シリーズもまたビザの壁に阻まれているタイトルのひとつだ。ビザが却下されたほかの理由としては「ゲームとして大衆的であり、制度化されていない」「正式なランキング機能などがない」ことが理由としてあげられており、ゲームシステム上の競技性が疑問視されているとの指摘がある。Leffen氏はこの結果に強い落胆を覚えているようで、Red Bullとスポンサー契約を結んでいることもあり、同社のYouTubeのチャンネルにて悲しみの声明をあげている。
映像内でLeffen氏は自身のビザが却下されたことに対し「Bullshit(でたらめだ)」と嘆いている。
大会の注目プレイヤーが予想外の理由で出場できないかもしれないという今回の結果を受け、『スマブラ』を中心にe-Sportsコミュニティは米国市民権・移民業務局に強く反発している。RedditではLeffen氏を助けようという動きが現れ、その一環としてホワイトハウスへの請願キャンペーンが始まった。このホワイトハウスへの請願は、1か月以内に10万人以上の署名を集めれば政府からの反応が得られるという仕組みであり、政治的な要望にかぎらずさまざまな市民から政府への働きかけの場として機能している。また今回のキャンペーンは『スマブラ』シリーズに限定した働きかけではなく「すべてのe-Sportsを正式なスポーツと認め、P-1ビザで米国に来られるようにすべきだ」という主旨で展開されており、5月10日時点では5万5000以上の署名が集まっている。
しかしこの活動の結果を待たずしてLeffen氏が所属するチームTeam SoloMidが、短期間P-1ビザの認可を得たことを発表。これで氏は晴れてEVO 2016へ参加することが可能となった。Team SoloMidは現在、氏がより長期的に米国に滞在できるよう働きかけていることも明かしている。『スマブラ』人気はEVO2016のなかでも急上昇中で、界隈では屈指の実力を誇る同氏が無事大会にエントリーできたことは盛り上がりという面でも大きな意味を持つだろう。
今回は米国の話が中心となったが、ドイツでは『LoL』プレイヤーですらビザの問題で大会に出場できないことがあり、欧州におけるe-Sportsの地位は米国のそれよりもずっと低いとの見方もある。e-Sportsプレイヤーを養成するような学校やプログラムも生まれつつあり、ビジネスとしても成長しているが、ビザという“市民権”を解決することがひとつの至上命題であることは変わりないだろう。