Valve所属の心理学者が語る。『Counter-Strike』シリーズや『Dota 2』に適用された「心理学」の秘密
心理学者は、いまや幅広い現場で活躍する職業のひとつだ。医療や福祉といった特定の分野のみならず、多くの一般企業が心理のスペシャリストを起用している。プラットフォーム「Steam」を運営するValveもまた、心理学者を重宝している企業だ。Valveはもともと『Half-Life』シリーズなどメガヒット作品を生み出した、PCゲーム界隈において老舗ともいえるゲームパブリッシャー。企業が心理学を導入するといえば、社員のメンタルケアなどが連想しがちであるが、Valveはゲームデザインに利用しているという。同社に所属する心理学者Mike Ambinder氏は、その試みの一端を先日開催されたSteam Dev Daysの講演で明かしている。
Ambinder氏は実験心理学を専門とし、ゲームデザインにさまざまな心理学的見地を導入している。氏が今回、ゲーム作りにおける重要な心理メカニズムとして紹介したのは「認知バイアス」だ。認知バイアスとは人間の認識や見方の歪みだ。物事や事象を誤って見てしまうことで、正しい認知ができなくなる。
具体的な認知バイアスとして取り上げられたのは「アンカリング」。アンカリングとは、特定のデータに引っ張られて数的認知が歪んでしまう現象だ。Ambinder氏は、Valveのスタッフに社会保障番号(マイナンバーのようなもの)を問い、その数字が50以下のユーザーをグループ1、50以上のユーザーをグループ2とした。この質問をした直後に『Dota 2』のキャラクター数を聞いたところ、グループ1のメンバーの平均回答は100、グループ2のメンバーの平均回答は115となった。こうした直接関係のない数字情報からも影響を受けるのが「アンカリング」であると氏は話す。
Valveはこのアンカリングをゲームデザインに適応させている。たとえば『Counter-Strike』シリーズでは、マップ選択時にプレイに参加できるまでに必要な時間が表示される。この時間は、実際にかかる時間よりも長く表示されているのだという。その結果、プレイヤーは予想していた時間より早くゲームをプレイすることができ、ポジティブな反応が生まれるという仕組みだ。またこれまで、プレイするために必要な時間を正確に表示していたこともあったが、回線環境の問題でバッファなどが重なると、時間どおりにゲームの参加ができず、長く待たせる結果になることもあったという。そういった実験を経て、この“実際より長い” 時間表示を採用しているようだ。このシンプルな工夫は、アンカリングの性質にのっとって生まれている。
認知バイアスにはほかにも「ダニング=クルーガー効果」が存在する。ダニング=クルーガー効果とは、能力の低い人間が自己を過大評価するという現象だ。オンラインゲームのチーム戦などで吐かれる暴言は、実際にチームにそれほど貢献できていないにもかかわらず「自分はうまいのになぜ仲間は下手なんだ」といったフラストレーションから生まれることも多い。こうした認知の歪みを解決すべく、Valveは以前『Dota 2』で「試合査定システム」を導入していた。
試合査定システムとは、試合後に「自分」と「チームメイト」と「チームでの協調」に対して5段階の星をつけ評価するシステム。一見、このデータはマッチメイキングなどに適用されているように思える。しかし実は、この星の評価自体には何か用途があるわけではないのだという。星をつけて評価する行為自体に意味があり、あくまでプレイヤーが自己を振り返ることに意義が生まれるというわけだ。ダニング=クルーガー効果は、自分を正しく評価するメタ認知の欠如から生まれるとされている。冷静にプレイした試合を評価することで認知的不協和が生まれ、認識を修正せざるをえなくなるというのが本来の狙いだ。『Dota 2』には他プレイヤーをレポートするシステムがあり、試合査定システムを導入した結果、日毎のレポートの数が12.5%減少したとAmbinder氏は話す。
このレポートシステムにも工夫がなされていると氏は語る。『Dota 2』では迷惑プレイヤーなどを通報した場合、実際にその迷惑プレイヤーが処罰された時、通報したプレイヤーに連絡がいくシステムとなっている。こうしたシステムが『Dota 2』のプレイヤーの“自浄”を手伝っているというわけだ。レポートが活発になるだけでなく、「自分の通報によって迷惑プレイヤーが罰せられる」という結果を見ることで、プレイヤーは自分の手でゲームプレイの環境が変えられると感じられ、そういった体験を提供することも重要であるとValveは考えているようだ。
またAmbinder氏は、ゲームデザインにおいて「モチベーション」を促すことが課題であると話す。氏はこのモチベーションを「内的な楽しさ」と「外的報酬」に切り分けている。内的な楽しさはゲームを遊んでいて本質的に面白いと感じる感情で、外的報酬はレベルアップやアンロック、実績など行動により生まれる外部的なインセンティブだ。
内的な楽しさはプレイヤーを飽きにくくし、より満足度の高いゲーム体験を提供する。外的報酬はゲームデザイン時にはプレイヤーの行動を制御しやすいが、飽きやすさを伴う。外部的な報酬であるお金をもらって何かを作る時間より、自分が楽しむために何かを作る時間の方が満足度は高いと考えてもらえればわかりやすいだろう。このふたつのモチベーションのバランスを保つのが難しいとAmbinder氏は語る。プレイヤーが内的な面白さを楽しめる環境にいる際に、デベロッパーが外的報酬を過度に与えすぎるとモチベーションは外的報酬にスライドし、ゲーム体験が損なわれていく。あくまで内的な面白さを誘発させるための外的報酬を用意するのが肝心だと語っている。
氏によると、内的な面白さを育むためには4つの要素が重要であるという。ひとつめは自律性と作用性。自律性と作用性は、前述した「自分が働きかければ、環境が変わる」という体験だ。人はみな行動を起こした時、結実することを望んでおり、より結実しやすいシステムを整えることでプレイに楽しさが生まれるのだという。ふたつめはゲームプレイの上達の実感。ゲームの進行がしっかりと目に見えることは、楽しさにつながると語る。そうした上達の実感へのフィードバックが楽しさをより高め、また上達しないことに対する他者からのアドバイスもプレイの動機となる。そして最後に社会的比較。SNSなどを通じて他者から社会的比較され、良い評価を受けることで、楽しさが感じられるという。最近のタイトルでは実装されているランキング形式のリーダーボードも、この社会的比較を満たすために存在しているようだ。
大学などで講演することもあるMike Ambinder氏は、Valveの名物心理学者となりつつある。氏は学者としてアドバイスするのみならず、実際にゲームデザイナーとしてさまざまなタイトルにアイディアを提供する一面もあったようだ。近年、Valveはゲーム開発よりもVRのデモ開発やSteamの運営に注力している。高い評価を得ているValveのVRデモの数々にも、こうした心理的作用を駆使した理論が適応されているのかもしれない。