Steam規約から「仲裁合意・集団訴訟権放棄条項」が消える。法的な“リアルDDoS攻撃”防止のためか
Steamを運営するValveは9月26日、Steamの利用規約を改定した。同改定では、紛争解決にまつわる条項が変更。ユーザーに集団訴訟権を放棄させる規約などが削除され、「仲裁ではなく裁判での紛争解決」に合意を求める内容となっている。その背景には近年、企業にしばしば向けられる仲裁申し立ての“リアルDDoS攻撃”があると見られる。PC Gamerなどが伝えている。
Steamは、PCゲーム配信プラットフォーム。毎日ピーク時には約3400万人のオンラインユーザーが利用する超大手だ。SteamはPCゲーム配信先のデファクトスタンダードとして隆盛を誇る一方で、30%の販売手数料、いわゆる“ストア税”を巡って、独占禁止法違反であるとの訴えを起こされるなど法的トラブルにも見舞われている(関連記事)。そのSteamが、ユーザーからの訴訟提起にまつわる利用規約を改定し、注目を集めている。
今回改定されたなかでメインとなるのは、利用規約の第10条「適用法/裁判管轄」に関連する内容だ。同条項では、ユーザーとSteam運営元Valveの間での紛争・請求の解決方法を示している。今回の改定以前には、同条項に続けて第11条「紛争解決/拘束力のある仲裁/集団訴訟への参加権の放棄」とする条項があった(Wayback Machine)。しかし、今回の改定版では同条項がカットされているのだ。
消えた第11条で示されていたのは、要約すると「拘束力のある仲裁を紛争解決手段とし、集団訴訟権を放棄する」との内容だ。紛争の際には裁判ではなく、ユーザーとValveの間での仲裁(Arbitrary)にて解決を目指す、という合意を求める内容である。仲裁も法的な手続きではあるものの、裁判よりも柔軟な紛争解決手段だ。
また、集団訴訟権の放棄は、大手企業やサービスの利用規約にはよく含まれる。たとえば、任天堂を相手取る“Joy-Conドリフト訴訟”のひとつが、そうした規約を根拠に棄却されたケースもあった(関連記事)。そうした、企業が法務上の備えとしてよく利用規約に設けている内容が、今回Steamの利用規約から削除。「ひとつひとつ裁判で解決しましょう」という内容となったわけだ。
今回の意外な改定は、複数の海外メディアにて取り上げられるなど話題に。その背景についてもさまざま推察されるなか、海外メディアPC Gamerは近年しばしば見られる手法である「Arbitration Overload(大量仲裁申し立て)」が原因ではないかと分析している。
同手法は、集団訴訟にかわる「戦術」として、一部の弁護士に利用されているという。具体的には、ひとつの集団訴訟を提起するのではなく、紛争を望むユーザーをまとめ上げ、大量の仲裁申し立てを一斉に実施するのだという。PC Gamerによれば、2020年にはComcastやAT&Tといった大企業がこうした手法を受けたとのこと。
大量の仲裁申し立てが殺到することにより、企業の法務コストは激増。ひとつの集団訴訟より対処しづらくなるという仕組みのようだ。たとえば、今回削除されたような「仲裁合意・集団訴訟放棄」の規約をドライバー向けに設けていた米国企業DoorDashは、規約を逆手に取られてそうした大量の仲裁申し立てに見舞われることに。数にして6000件・総額数百万ドルを請求する仲裁申し立てを受け、防戦するも最終的に連邦判事より支払い命令を下されることとなったそうだ(The New York Times)。PC Gamerはこの手法をサーバーに過負荷を与えるサイバー攻撃に例えて「現実のDDoS攻撃」と表現している。
そしてValveは近年、実際にこの“仲裁DDoS攻撃”を受けていたのだという。Reutersによれば、Valveは昨年、小規模法律事務所であるZaigerなどを相手取り訴訟を提起。同法律事務所が大量仲裁申し立てを利用して、Valveから金銭を「巻き上げよう」としていると主張した。Valve側が証拠として提出したスライドでは、同手法を「投資機会」として、Valveを訴えた際にいかに“儲かるか”を解説する内容が綴られている(資料PDF)。
今回ValveがSteamの利用規約を改定した背景には、上述のようなトラブルの経験や、「商機」として利用される側面がある大量仲裁への対策があるとも考えられるだろう。こうした規約変更がValveの法務にどのような影響を与えるかも注目される。