先日、フェミニスト団体を支持する韓国人声優が、SNSに投稿したメッセージ入りTシャツの画像を発端とした嫌がらせを受けて、自身がゲームキャラクターの声を担当していたネクソンとの契約を終了する事態に発展した。急進的な進歩主義を快く思わない一部のゲーマーによって引き起こされた一連の騒動は、韓国版「Gamergate」と呼ばれるまでに拡大している。ネクソンの対応方法に異を唱える者や、フェミニズムを少しでも擁護する者は、考えを改めるようことごとく槍玉に挙げられる現状から、マッカーシズムに触発されたミソジニーの闇を紐解いていく。
“I don’t need a hero. I need a friend.”
Star vs. the Forces of Evil EP08 pic.twitter.com/79CeIBGVSt— ??? (@KNKNOKU) July 18, 2016
一部過激派への憎悪が個人に向かった背景
「Gamergate」とは、2014年中頃から欧米を中心に蔓延し始めたソーシャルメディア上の思想運動で、#Gamergateというハッシュタグを旗印に、主にゲーム文化における反フェミニズムやメディア批判を目的としたインターネット上のキャンペーン全般を指す。明確な定義はないが、フェミニストのような進歩主義者への嫌がらせや誹謗中傷の大義名分として、SNSやフォーラムサイトを中心に使われることが多い。そのほとんどは匿名で、思想の中心となる人物や組織が存在しない。ネット社会に形成された完全なスタンドアロン型の複合現象といえる。主にターゲットにされるのはゲーム業界で活躍する女性デベロッパーやフェミニストで、過激な事例になるとプライバシーの侵害や殺害・レイプ予告にまでいたっている。
先月18日、ネクソンの人気オンラインゲーム『Closers』で声の演出を担当している女性声優、Kim Jayeonさんが、“Girls Do Not Need A Prince”(女の子に王子様は必要ない)とプリントされたTシャツの画像を、自身のTwitterに投稿した。直後、この行為を快く思わない一部の男性ゲーマーから批判が殺到。Jayeonさんが韓国のフェミニスト団体、Megaliaを支持していたことを理由に謝罪を要求した。さらに、Jayeonさんが改心の強制を拒否すると、今度は標的をネクソンに移し、大量のクレームや返金リクエストを一斉に送信。画像の投稿からわずか12時間後、Jayeonさんは職を失った。
Megaliaは、韓国におけるフェミニズムの象徴として、2015年中頃に発足した急進的なフェミニスト団体。過激な発言や活動の内容がたびたび物議を醸しており、十数年にわたり法の網をかいくぐってきた児童ポルノや、リベンジポルノのウェブサイトを閉鎖に追い込んだこともある。一方で、急速に拡大した組織の大きさ故に、内部構造は決して一枚岩とは言えない。中には、ゲイの男性が女性と結婚するのは不誠実な行為であるとして、公に晒しあげようとする差別主義的な過激派も存在することに加えて、ネット上の発言内容が原因で名誉毀損の訴訟にまで発展したケースも。多くのゲーマーがMegaliaを“ヘイトグループ”と揶揄する所以でもある。こうした活動理念に対する認識の違いから、団体は短期間で数多の勢力に分裂したと言われている。
今回、騒動の発端となったTシャツは、Megalia4という本家とは独立して活動しているサブグループによって販売されたもの。アメリカの非営利放送局ナショナル・パブリック・ラジオ(以下、NPR)によると、Tシャツ販売による資金調達は10万ドルにも達しており、そのほとんどは家庭内暴力の被害者を救済するために使われたという。また、NPRの取材に匿名で答えた韓国人女性は、失明寸前まで自分を殴った父親の訴訟費用を、Megalia4が全額負担してくれたと語っている。このように、Megaliaの全てが必ずしも差別主義に基づいた単なる“ヘイトグループ”とはいい切れないのも事実だろう。少なくとも、槍玉に挙げられたJayeonさんが過激派の活動に参加したわけではない。
自由意志を火炙りにする異教徒狩りに発展
渦中のJayeonさんと契約を打ち切った理由について、ネクソンは韓国の地元紙に対して、次のようにコメントしている。「弊社は消費者の意見に敏感でなくてはいけません。件の声優は、“Megaliaを支持して何が悪いの?”といったツイートの投稿で怒りを扇動し、騒動を激化させました」。なお、契約終了はネクソン側とJayeonさんが互いに同意した上の決定であり、すでに契約金も全額支払われたと伝えられている。特筆すべきは、ネクソンの主張する“消費者の意見”とは裏腹に、Jayeonさんのツイートには彼女に対する同情や激励の言葉が、韓国内外のユーザーから英語で数多く寄せられている点だ。伝統思想としての男尊女卑が根強く残る極東アジアと、差別的な価値観の是正が国際世論となった欧米諸国における、多様性に対する認識の差があるように思えてならない。
Tシャツ画像に端を発する騒乱は、一部で韓国版「Gamergate」と呼ばれるまでに同国内でエスカレートしている。少しでもMegaliaの理念に同調する意見の持ち主や、ゲーム声優を事実上解雇したネクソンの判断をたしなめる人物は、たちまち不特定多数の匿名ネットユーザーから袋叩きにされ、改心と謝罪を要求されているからだ。NPRによると、Jayeonさんがネクソンを去った後、80人以上がしつこく粘着され、公式の謝罪を要求されたという。見境のない異端審問が繰り広げられる様相は、もはや中世ヨーロッパの魔女狩りである。また、とある女性インディーゲーム開発者は、“Megalia信者”のレッテルを貼られた上、自身の作品の販売サイトやフォーラムで誹謗中傷の標的にされているとの報告がある。
韓国でコラムニストとして活動するLee Junhaeng氏は、こうした現状を1950年代にアメリカで広まった共産・社会主義者の迫害運動になぞらえて、マッカーシズムに触発されたミソジニーと表現している。「私は男なので記事の主要ソースとしては相応しくないかもしれませんが、今のところ多くの女性は表立って声を上げることすらできません」。事実、NPRがインタビューを試みた12人の女性の内、実際に口を開いたのはたったの3人だったという。また、騒動の余波はゲーム業界の外にまで広がっている。Chungkang文化産業大学で教授を務めるPark Inha氏は、ソーシャルメディアにフェミニズムを肯定する意見を投稿しただけで、Megalia支持者であると決めつけられ、大学そのものが非難の対象になったことを、自身のFacebookで打ち明けていた。
このように、Megaliaという特定の組織に対する憎悪が、フェミニズムそのものを弾圧する大義名分と化してしまっている点において、2年前に北米を中心に社会問題へ発展した「Gamergate」の構図と酷似している。当時、ゲームを宣伝するために男性ジャーナリストと肉体関係を持ったという、事実無根の疑惑をかけられた女性開発者に対するヘイトにはじまり、そうした嫌がらせを嘲笑した別の女性も強姦殺人の脅迫を受けた。結果、ポップカルチャーにおける女性像を分析する動画配信チャンネル「Feminist Frequency」で知られるメディア評論家、Anita Sarkeesian氏に対する反感が一層高まったであろうことは言うまでもない。挙句、ゲームイベントの授賞式に際して爆破予告を受け、FBIが捜査へ乗り出す事態にまで発展したこともある。
今回のTシャツ騒動におけるネクソンの判断が正しかったかどうかはさておき、その結果に異を唱える人間をことごとく糾弾しようとするミソジニストたちの行動は、まるでろくな証拠もなく容疑だけで自由意志を火炙りにする“異教徒狩り”のようだ。特定の個人や団体に対する反感が、思想全体を迫害する大義名分であっては決してならない。宗教にも同じことが言えるのではないだろうか。