廃墟と化した豪華客船から30年前のアーケード筐体が大量に発掘される、レトロゲームに人生をかける男たちの物語

数年前、ウェールズ北部のLlanerch-y-Morで、30年以上放置されていた豪華客船「The Duke of Lancaster」から、年代物のアーケード筐体が大量に発掘された。

数年前、ウェールズ北部のLlanerch-y-Morで、30年以上放置されていた豪華客船「The Duke of Lancaster」から、年代物のアーケード筐体が大量に発掘された。これらのゲーム機は元々、現役を退いた同船をレジャー施設としてリノベーションした際に積載されたもの。施設の閉鎖後、誰の目に触れることもなく、錆びゆく船の中で長い年月を眠り続けていた。しかし、近年になって一部の廃墟マニアの目に留まり、インターネット上に投稿された内部写真を手がかりにコレクターが動き出した。レトロアーケードマシンの発掘に人生をかける男たちの物語を、英国の専門サイトThe Arcade Bloggerが綴っている。

 

ランカスター公爵が眠る鉄の墓標

「The Duke of Lancaster」は、1956年にベルファストで造船され、1979年までアイルランドやスコットランドをはじめとした欧州の海域で活躍した大型客船。イギリス国鉄が運営する最後の旅客専用蒸気船に数えられる。1970年には、カーフェリーに換装され、Sealink社が運用。1978年まで洋上を駆け続けた。一線を退いた後は、リバプールの企業に売却され、娯楽施設「The Fun Ship」として生まれ変わった。車両デッキだったスペースいっぱいにアーケードゲームを敷き詰め、さらにはホテルとしての運用も計画。プロジェクトは地域の活性化へ大いに貢献し、田舎町に巨万の富と雇用を生み出した。

当時のポスター Image Credit: The Arcade Blogger
当時のポスター
Image Credit: The Arcade Blogger

レジャー施設の土台にわざわざ客船を利用した背景には、日曜日に商業施設を営業してはいけないという当時のローカルルールがあるのだという。該当の法律が船には適用されないという抜け穴を利用したというわけだ。しかし、間もなくして地方行政との摩擦が高じて法廷闘争に発展。夢の事業はそう長くは続かなかった。野ざらしのまま放置された「The Fun Ship」は、アーケード黄金時代の遺産を秘めたまま忘却の彼方へ消え去ったのだ。船体は次第に錆つき、かつて大海原を駆け抜けた“ランカスター公爵”は、地元のランドマークとして完全な廃墟と化した。

時は流れ2009年、廃墟探索の愛好家が集うコミュニティサイトに、「The Fun Ship」の船内を捉えたものと思われる複数の写真が投稿された。実に30年の時を経て、鉄の墓標は暴かれたのだ。この写真を手がかりに発掘へ乗り出したのが、レトロアーケードゲームの収集や修復を目的としたフォーラムUKVACのメンバーOliver Moazzezi氏。英国屈指のアーケードコレクターとして知られている人物だ。船の所有者に接触するために、地方議会や郵便局、ありとあらゆる場所へ電話で問い合わせること8ヶ月。パズルのピースを繋ぎ続けてようやく親族にたどり着いたという。そして、2011年1月、ついに「The Duke of Lancaster」のオーナーへのコンタクトに成功。同氏は船内のアーケードマシンが売りに出されていることを知らされると、翌月コレクター仲間を引き連れて早速視察に向かった。

「これだけのゲームがずっとここにあったなんて信じられなかった。1983年のある日を境に法律的な問題で船が完全に閉鎖されていたなんて。ここにあるゲームたちは、来る年も来る年も夏と冬が過ぎ去っていくのを小窓から覗いてきたんだ。日が昇り、また落ちて。30年間も。己の運命を知らぬまま、救出されるかどうかも、いつかまた遊んでもらえるのかどうかも分からずに、ただひたすら待ち続けていたんだ」。そう語るのは、Moazzezi氏。しかし、感動の対面とは裏腹に、全ての筐体を引き取るまでには問題が山積していたという。価格交渉だけで計12ヶ月。商談が成立すると、今度は船から運び出す大仕事が待っている。おまけに最初の視察後、何者かが船体外部から真ちゅう製の窓枠を盗んでしまったために、室内に水が入り込み始めていたのだ。さらに、船体の修繕作業を控えていたため、売り手が提示した回収期限はたったの10日間。一刻も早い回収を迫られていた。

初代船長John “Jack” Irwin氏
初代船長John “Jack” Irwin氏
Image Credit: The Arcade Blogger

問題は大量のアーケード筐体をいかに船外へ運び出すか。唯一の搬送ルートは外部デッキを経由することだが、高所のためクレーンの使用が余儀なくされる。その搬送過程で万が一精密機器を落としてしまったら目も当てられない。しかし、他に手段はない。そして、2012年2月4日。ウェールズ北部の小さな田舎町に、15人のコレクターや支持者が欧州全土から集った。この“ランカスター作戦”で救出されたレトロ筐体は50台以上。全て1980年から1981年頃に稼働していた代物で、それより新しいものはなかったそうだ。なお、回収された全タイトルと保存状態は、The Arcade Bloggerが公開したリストから確認できる。現在、ヨーロッパ全土のコレクターの手にわたり、それぞれ修復作業中とのこと。“ランカスター作戦”は、英国史上最も大胆なアーケード発掘作業として語り継がれている。

ちなみに、30年間守り続けた財宝をとうとう人の手に明け渡した「The Duke of Lancaster」は、今も地元のランドマークとして当時の時を刻み続けている。変わったことといえば、2012年8月にラトビアの著名落書きアーティストにより、船体のあちらこちらに鮮やかな壁画が描かれた点だ。役目を終えた“彼女”を世界最大の野外アートギャラリーにする計画もささやかれているとのこと。現在、その船体には「The Duke of Lancaster」の初代船長John “Jack” Irwin氏の肖像画が誇らしげに飾られている。

Ritsuko Kawai
Ritsuko Kawai

カナダ育ちの脳筋女子ゲーマー。塾講師、ホステス、ニュースサイト編集者を経て、現在はフリーライター。下ネタと社会問題に光を当てるのが仕事です。洋ゲーならジャンルを問わず何でもプレイしますが、ヒゲとマッチョが出てくる作品にくびったけ。Steamでカワイイ絵文字を集めるのにハマっています。趣味は葉巻とウォッカと映画鑑賞。ネコ好き。

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