「世界最小のシューティングゲーム」を名古屋大学と弘前大学が開発。ナノの世界で、自機を“現実”に出現させる

名古屋大学は1月23日、弘前大学との共同研究で、ナノ単位の大きさで実際に動かせる「世界最小のシューティングゲーム」を発表した。特殊なディスプレイを用いて作成したナノサイズの自機を動かし、弾で“現実の”ナノ粒子を弾き飛ばすという内容で、実際に操作する様子がデモンストレーションされている。
名古屋大学大学院の星野隆行教授らの研究グループが、弘前大学大学院の一戸嘉允氏と共同で行った本研究では、厚さ100ナノメートルの窒化シリコン薄膜に特殊な加工を施してディスプレイとして使用。情報空間とナノ物理空間をリアルタイムに繋ぐ「ナノ複合現実」という理論が実証された。ちなみに1ナノメートルは1メートルの十億分の1のサイズで、砂1粒の百万分の1や、髪の毛の太さの十万分の1に相当する。このディスプレイが途方もなく小さいということがわかるだろう。
この非常に小さなディスプレイは、下から電子線というビームを当てることで、電磁気的な性質を持つ「電場」という領域を作り出すことができる。このディスプレイはさまざまな形状の電場を形成することができ、電子線のコンピューター制御により形や方向を自在に変化させることが可能だ。つまりナノサイズの極小なディスプレイ上に、これまた極小な形(ナノツール)を作り出すことができる仕組みだ。

また、作成した電場はただの映像ではなくそこに存在しているため、現実のナノ粒子に影響を与え、弾き飛ばすなどの動作も可能になる。「ナノ複合現実」というのは、コンピューターで作成した形状をディスプレイ上に映し出すのではなく“作り出し”、実際に存在しているナノサイズの粒子に影響を与えられるということを表した言葉だ。スマートグラスを用いるような一般的な複合現実(Mixed Reality)とは異なるわけだろう。要はコンピューターの情報と、ナノサイズの物理空間をミックスし、リアルタイムで影響を与えられるようにした、というのが今回の研究の趣旨のようだ。
そしてその研究成果をわかりやすく伝えるために作られたのが、「世界最小のシューティングゲーム」だ。上記の動画では、実際のゲームプレイを確認できる。画面には、先述の特殊なディスプレイを顕微鏡のカメラで映したものがリアルタイムに表示されている。その中には大小さまざまな丸い形が映っており、これらは敵に見立てたポリスチレン球というナノ粒子だ。そしてディスプレイ上には、電子線によって二等辺三角形が形成され、これがゲームにおける自機となる。これはコントローラーで動かすことができ、ボタン操作により先端から弾を放つことが可能だ。ちなみにこの弾は自機と同じ「電場」でできている。動画では、弾が当たった粒子が弾かれて動く様子が確認できる。

プレスリリースによると、この研究はナノテクノロジーや医療への応用が期待できるという。これまでナノマシンといったナノ単位のツールを使う場合、実際にそのサイズの物を用意する必要があった。しかし今回発表された技術を応用してコンピューター上から微粒子を制御できれば、何もない空間にナノサイズの構造体を出現させる、「ナノレベルの3Dプリンター」のような技術の出現も期待できるそうだ。また、コンピューター上でシミュレートした細胞や分子の動きを、この技術を用いて現実世界で再現することで、がんの早期発見など医療分野にも応用が期待される。
名古屋大学の学術研究・産学官連携推進本部が開発者の星野隆行教授に行ったインタビューによると、このゲームに用いたシステムは電子ビーム発生装置や光学顕微鏡、高精度カメラなどを組み合わせてできており、完成までに15年を要したという。通常、ナノ粒子は化学反応や物理的な接触なしには動かせない。そこで、電子ビームでナノ粒子の周囲に電場を発生させ、遠隔コントロールできるようにしたのがこのシステムだ。しかし、この技術は直感的に理解することが難しいため、「ゲーム」という形式で見せることを思いついたという。
また同氏は、今回のゲームのような一見「役に立たないもの」が、新たな技術やブレークスルーをもたらすかもしれないと述べている。確かにこのゲームはスコアなどのゲームらしい要素はなく、ゲームというよりは研究結果を伝えるためのデモンストレーションだ。しかしゲームというかたちにすることで新たな技術として幅広く興味を引き、いずれはナノテクノロジー業界に新たな発想や人材をもたらすかもしれない。
なお本研究とは逆に、VR技術を使った手術研修や、切断された手足をVRで再現することで幻肢痛を和らげるといった、「ゲームを他分野に応用する」研究も進められている。またゲーム用のコントローラーが、医療研究に活用される事例もみられる(関連記事)。いずれもゲーム向けの技術をほかの分野に活用しようという試みだ。業界をあげて幅広いプレイヤー向けに分かりやすさやユーザビリティが追求されてきたことも、ゲームの技術がさまざまな分野に活用される背景としてあるのだろう。