鍵屋がブラックマーケットと呼ばれる理由、ゲームキー転売によるマネーロンダリングが業界に与える影響
近年、ゲームのプロダクトキーを商品として出品できるマーケットプレイス(広義での通称、鍵屋)が、不正取引によるマネーロンダリングの温床になっている。今年3月、鍵屋が生み出した詐欺師の為のエコシステムについて詳しく解説した。先日、『Punch Club』や『SpeedRunners』をはじめとしたインディーゲームの販売を手がけるtinyBuild Games(以下、tinyBuild)が、盗難クレジットカードを使った詐欺被害で自社のオンラインストアが痛手を被ったと報告すると共に、ゲームキーの転売先とされるマーケットプレイス大手G2Aのあり方に疑問を呈した。これを受けてG2Aは公式声明を発表。互いに主張が噛み合わないまま対立状態が続いていたが、先月27日になってG2A側がついに打開策を打ち出した。盗難クレジットカードと鍵屋を使ったマネーロンダリングが、パブリッシャーやデベロッパー、ひいてはゲーム業界全体に与え得る影響を紐解いていく。
詐欺師が増えれば鍵屋が儲かるオープンマーケット
鍵屋とは、主にPCゲームのプロダクトキーやダウンロードコードを販売するサービスを指す。SteamやOrigin、UplayのようなDRMプラットフォームを通じた正規ダウンロード販売や、パブリッシャーの自社販売サイトにおける希望小売価格よりも、遥かに安い値段で取引されているのが特徴だ。ゲームキーの入手ルートは千差万別だが、特に一部で問題視されているのが、G2AやKinguinのように誰でもゲームキーを出品できるマーケットプレイスを備えている鍵屋の存在である。バンドルセールでまとめ買いしたゲームの中から、すでに持っているものや不必要なタイトルを正規価格より安く出品することで、売り手と買い手の両方が得をするシステム。運営側は仲介料を得ることで利益を上げる。一見、万人が得をするサービスだが、近年に入って詐欺師に悪用され始めたことで、パブリッシャーやデベロッパーは甚大な損害を被っている。
事実、一部のマーケットプレイスは盗品を洗浄するための換金場所として、マネーロンダリングの温床となっている。その仕組みはいたってシンプルだ。まず、詐欺師は盗まれたクレジットカードの情報を使ってSteamやOriginといった正規ルートから大量のゲームキーを購入する。それをG2AやKinguinのようなオープンマーケットに破格の値段で出品。転売することで不正クレジットを洗浄して現金を手にできるという寸法だ。数か月後、クレジットカード会社がチャージバックを適用して利用代金の売上を取り消す頃には、ロンダリングは全て完了している。ゲームキーの販売業者には膨大なキャンセル手数料が降りかかり、盗品を掴まされた消費者は最悪の場合キーを無効化される。無論、マーケットプレイスにとっても大規模なユーザー対応は避けられない。一方で、不正取引を仲介した手数料が失われるわけではないため、結果的にはマーケットプレイスが詐欺師のエコシステムから大いに恩恵を受けていることになる。
こうした実態に一石を投じる形で、tinyBuildは公式ブログでG2Aを痛烈に批判している。「G2Aのようなウェブサイトがペテン師経済を助長している。ゲームキーの再販業者が大量の盗難クレジットカードによる不正取引の標的にされる中、彼らはゲームの低価格販売により急速に成長しているのだから」。tinyBuildは、数か月前に自社サイト内に小規模のオンラインストアを開設したばかり。ファンに向けたディスカウント販売や、販売促進用に無料キーの配布を実施していた。これまでにもゲームキーの流出は僅かながらあったが、目くじらを立てるほどではなかったという。しかし、自社のオンラインストアが異常な件数のチャージバックを受けたことで事態は一変した。数千件のトランザクションを受けて、ペイメントプロバイダーはサービスを停止。次の瞬間には、大量の自社製品がG2Aで叩き売りされているではないか。奇しくもこの時、G2Aとの提携と仕組みについて社内で協議している最中だったという。
tinyBuildがG2Aに自社製品の取引数と売上に関して問い合わせたところ、マーケットプレイスがパブリッシャーに与える経済的な影響の大きさが浮き彫りになった。それによると、『Punch Club』が平均価格8.72ユーロで1251本、『Party Hard』が7.95ユーロで890本、『SpeedRunners』が6.26ユーロで2万4517本、これまでにG2Aで販売されたとのこと。売上に換算すると17万1460.64ユーロ。米ドルに換算すると、およそ19万7179.74ドルになる。対して、これらがもし正規ルートにて小売希望価格で販売されていたとしたら、総額は約45万201.33ドルに上る。つまり、単純に見積もって、本来の経済効果の半分以上が闇に消えていることになる。しかも、盗難クレジットカードによる不正取引で流出した盗品については、クレジットカード会社がチャージバックで売上をキャンセルするため、残りの経済効果についても販売元には微塵も還元されていない。それどころか、マーケットプレイスの売上から販売元に支払われるインセンティブは、これまで皆無だった。
ゲームキーの出処や補償の有無について尋ねたtinyBuildに対して、G2Aは次のように回答している。「問題は貴社がすでに販売したキーにあります。G2Aにキーを出品しているのは、貴社から直接購入したあなた方のパートナーです。(中略)一切の補償はございません。もしチャージバックの対象となったコードが不正取引によるものだと疑うのであれば、弊社は喜んで調査に応じますが、tinyBuild側にも協力してもらうことが前提です。盗品であると主張するキーを現所有者から無効化することに加えて、疑わしいコードの情報を提供していただきたい。真相を確認いたします。ここまで大規模となると、効果的なプロセスだとは到底思えませんが」。平たく言えば、キーを流したのが誰であろうと、取引の場を提供したに過ぎないマーケットプレイスに責任はないという言い分だ。
加えて、ゲームキーの転売行為は再販業者が市場にとってベストだと判断した結果であり、出品先がたまたまG2Aだったというだけであると、同社は主張する。この対応にtinyBuildは猛反発。正式な認可も受けていない転売屋と競い合うために、本来の商品価値を落とさなければいけない理不尽な価格競争の現状を批判している。また、不正に流出したと思われるキーを特定・無効化することは決して容易ではない。転売されているキーがバンドルからばら売りされたものなのか、販促用の無料サンプルが出回ったものなのか、盗難クレジットカードで不正に取得されたものなのか、入手経路をトラッキングするのは困難だからだ。ましてや数百と出品されている商品の出処を全て洗い出すのは、トリプルA級タイトルを扱う大企業でもない限り、人的資源の観点から不可能に近い。また、一度発行したゲームキーを不用意に無効化すれば、正当な所有者にも影響を及ぼしかねないという弊害も生じる。
ロビン・フッドの仮面を被ったグレービジネスの実態
tinyBuildが公式ブログで鍵屋の存在に疑問を呈した翌日、G2Aは業界全体に向けた公式声明を発表。tinyBuildが不正被害にあったと主張する該当キーの情報を開示しない姿勢を批判すると共に、3日以内の提供を要求した。このプレスリリースには、些か不可解な点がいくつかある。結果、tinyBuild側に着火した不信感に油を注ぐ形となったようだ。まず、tinyBuildから問い合わせがくる以前に、ユーザーの利用規約違反を理由に、すでに200件以上の同社ゲームキーをマーケットプレイスから除外したと主張していることだ。これについてtinyBuildは、被害リストの提供がない限り協力できないと通告してきた内容との矛盾を指摘。また、除外の発端として、tinyBuildが3月21日に掲載した記事の内容を持ち出している点も合点がいかない。『Punch Club』が100万回以上も違法ダウンロードされたことを報告する内容だが、G2Aとの関連性は一切見当たらないからだ。tinyBuild側は、G2Aがプレスリリースを使って企業の評判を貶めているとして、強い遺憾の意を表した。
また、G2Aがゲームキーの出処としてtinyBuildと提携する再販業者を挙げたことについては、tinyBuildは強く否定している。Humble Storeをはじめ、BundleStars、IndieGameStand、IndieGalaといったパートナーがG2Aにキーを横流ししているとの主張は事実無根であり、G2Aがバンドル販売をスケープゴートにしていると断罪した。その上で、一連の問題を引き起こしているのは、G2Aが出品者の身元を徹底的に確認しようとしない運営方針であると指摘。解決案として3つの条件を提示した。まず、パブリッシャーが最低価格を設定できること。次に、サードパーティによる全ての売上にパブリッシャーの最低配当額を設定すること。そして、実際に出品者の身元確認を行うことだ。なお、eBayのような大手オークションサイトでは、少なくとも身分証明書の確認に加えて、住所や銀行口座といった情報の開示が要求される。tinyBuildは、パブリッシャーとデベロッパーもマーケットプレイスから恩恵が受けられる具体的な解決策を、3日以内に提供するようG2Aに求めた。
主にオープンマーケット型の鍵屋のあり方については、これまでにも幾度となく議論されてきた。前回の記事では、インディーゲーム販売サイトIndieGameStandが3万ドルを超える詐欺被害にあった事例から、鍵屋が小規模ビジネスを破滅に追い込んでいる現状を取り上げた。また、国産のビジュアルノベルやアダルトゲームを英語圏向けにローカライズ販売しているMangaGamerも、不正クレジットカードを使った同様の被害を報告していた。こちらは、ペイメントゲートウェイの契約プロバイダーを変更せざるを得ない状況に陥り、自社オンラインストアにおけるSteamキー販売の停止を余儀なくされた。tinyBuildの問題提起を発端とした今回の騒動もまた、インディーズをはじめとしたPCゲーム業界全体に波紋を広げている。
『Action Henk』を手がけるRageSquidの創設者、Lex Decrauw氏は、自社タイトルをプレイするためにユーザーが怪しい鍵屋をサポートするくらいなら、海賊版が出回ってくれた方が嬉しいと発言。ダウンロード先のリンクを提供してもいいとまで付け加え、フォーラムサイトで物議をかもした。「みんながゲームに必ずしもフルプライスを払えない、もしくは払いたくないことは承知している。私にとって最も重要なのは、みんなに自分のゲームをプレイしてもらうことだ。間違った手にお金を落とすくらいなら、Torrent(BitTorrentをはじめとしたP2Pのファイル転送ツールのこと)で入手してくれていい」。業界メディアPCGamesNの取材に対して、その真意を語っている。「海賊版は悪い面ばかりじゃないと思う。誰かがゲームを不正コピーしたとしても、それを気に入ってくれて、友人たちに“このゲーム最高だからプレイした方がいいよ”って広めてくれるなら十分だよ。そのゲームについて一度も聞いたことがなかった友人がプレイしてくれるかもしれないし、もしかしたら買ってくれるかもしれないだろう。G2Aのキーにお金を払うことに対立するものとしてなら、ゲーマーが違法コピーで遊んでくれる方を選ぶよ」。
『Atlas Reactor』を手がけるTrion WorldsのCEO、Scott Hartsman氏は、過去数年の間、ゲームを作ることよりも詐欺と戦うことに多くの時間を費やした人物だ。防止策に多額の費用をつぎ込み、オンラインゲーム販売とマイクロトランザクションの詐欺を未然に防ぐ業界一のシステムを構築したと自負する。G2Aをめぐる一連の論争について、PCGamesNを通じて持論を展開している。もし世界が理想郷だったならオープンマーケットの鍵屋に何の罪もないとした上で、実際には何百万という盗難クレジットカードの情報であふれている現状を指摘。自由に売買できるゲームキーが詐欺のリスクに晒されない訳がないのだ。その中で、パブリッシャー公認の再販業者が自らマーケットプレイスに出品しているとG2Aが主張していたことについて触れ、「経験から言って、G2AがtinyBuildに対する論拠としているような、“パートナー”が購入したキーをグレーなマーケットプレイスに転売するということは、ただの一度もありません」と語っている。出品されている価格が安すぎると感じたら盗品であることを疑った方がいいと、ユーザーに向けて注意喚起した。その上で、本当にパブリッシャーやデベロッパーをサポートしたいなら、公式ストアはもちろん、SteamやAmazon、GOGといった正規ルートからゲームを入手することを推奨している。
デベロッパーやゲーマーをはじめ、コミュニティ全体からのフィードバックを受けて、G2Aは6月27日、ゲーム開発者がサードパーティのマーケットプレイスから恩恵を受けられる環境を構築するための新たな施策「Developer Support System」を打ち出した。その内容は、デベロッパーへのロイヤルティ(知的財産権の利用に支払われる対価)確保、正規出品者の可視化、チャージバック保護、専用データベースへのアクセス権など、多岐にわたる。中でも、開発元が最大10パーセントのインセンティブを請求できるようになる点は大きい。また、データベースへのアクセスが許可されることで、セールス情報が逐一確認できることに加えて、不正行為の特定が容易になるだろう。しかし、tinyBuildが要求していた身元確認の徹底を強化する項目はなく、盗品故買の問題を解消する直接的な打開案は一切ない。この点についてtinyBuildは、詐欺の温床となっている元凶を改善しない限り、こうした取り組みは単にデベロッパーを共犯者に仕立てあげるだけだと、懐柔策とも受け取れる内容を痛烈に批判している。
何故、G2Aはブラックマーケットと呼ばれるのか。主な理由は、にわかに囁かれているマーケットプレイスの収益構造にある。まず、G2Aでは一般利用で10.8パーセントの売上手数料がかかる。ここに出品料や送金手数料、為替手数料などが加わり、合計で最大30パーセント程度が売上金からカットされる。これがG2Aの収益となる。加えて、忘れてはならないのが有料保障サービス「G2A Shield」の存在だ。トランザクション毎に購入できる保険のようなもので、商品が盗品である等の理由で無効化された場合、保険料以外の全額が返金される。なお、eBayをはじめとした多くのマーケットプレイスでは、こうした保障は通常無料である。保険に入っていない利用者がたまたま盗品を掴まされた場合、購入者の商品は保障されないが、G2A側には通常どおりの手数料が支払われる。特筆すべきは、売り手が盗品を捌いていたことが発覚した場合、G2Aは利用規約(該当箇所5.15は日本語版で表示されない)に則って違反者の残高を全額没収できる点だ。つまるところ、どちらに転んでもG2Aが儲かる仕組みになっている。これこそが、ペテン師経済を助長していると揶揄される所以なのかもしれない。少なくとも、富豪の財産を貧者へ分配する義賊、ロビン・フッドのような存在ではないことだけは確かだろう。