今年5月、欧州連合(以下、EU)の執行機関である欧州委員会は、EUにおけるデジタルマーケットを一つに統合することを目指した、デジタル単一市場(Digital Single Market、通称DSM)戦略を発表した。これにはデジタルコンテンツのオンライン販売における共通規則の施行も含まれており、計画が実現すればSteamやPlayStation Store、Xbox Liveといったオンラインストアにおけるゲーム価格が、全てのEU加盟国の間で均一化される見込みだ。マーケティング担当者が抱く開かれたゲーム市場への想いを、海外メディアMCVが伝えている。
クヌート王と波
欧州委員会は、デジタル単一市場の実現によってオンライン販売業者の締め付けが起こるというより、むしろ流動性がもたらされるだろうと主張しており、究極的にはマーケットの強化へつながることを見込んでいる。委員会関係者は、MCVの取材に対して次のようにコメントした。「デジタル単一市場戦略は、EU加盟28か国におけるデジタルコンテンツとサービスの自由市場を目指しています」。
また、DSM戦略はゲーム業界の前線で活躍するマーケット担当者からも明るい展望が期待されており、インディーゲームレーベルKISSでマーケティング代表を務めるDave Clark氏も提案に賛同する一人である。MCVの報道によると、「国境を超えたオンラインのデジタル販売におけるルールが簡易化および近代化されれば、国をまたいでより多くのオンラインビジネスが促進されるでしょう。その結果として、ゲーム業界をはじめとしたデジタル市場の発展につながるのです」と、欧州委員会が目指すマーケットの促進に、デジタル販売の普及が進むゲーム業界の発展を希求している。
続けて、「ゲームをデジタル販売している企業に限らず、全ての企業がデジタルの津波に飲まれて転覆するビジネスモデルを認識している」「デジタル商品、もしくはオンラインストアで販売されるアナログ商品の価格が国ごとに異なる事実を消費者に納得してもらうことは、もはやこれまでになく正当化しがたい。別の提案をするなら単にクヌート王のアプローチ(中世イギリスの歴史家ヘンリー・オブ・ハンティングドンが記した逸話に由来する言葉で、ここでは“抗えない力に立ち向かおうとする姿勢”を意味する)を実践すればいいだけです」。
「EU28か国でデジタルプロダクトの価格を均一にするという欧州委員会の提唱は、必然の未来を加速させるに過ぎません。つまるところ、デジタル単一市場戦略は消費者の味方であり、ビジネスにとってはいい事ばかりだということです」と、アナログなビジネス形態を飲み込むデジタルの波に逆らわないことが寛容である旨を付け加えた。
おま国のない世界
先月には、PCゲーム配信プラットフォームSteamの同時接続ユーザー数が1000万人を超えたことが発表され、PlayStation StoreやXbox Liveを牽引してますます波に乗るゲームのダウンロード販売。一方で、Steamでは国内からの購入が制限されたり、国内価格が海外より割高に設定されたりと、リージョン規制の処置がとられるタイトルが近年後を絶たない。家庭用コンソール版を取り扱う小売店への配慮や、パブリッシャーが国内に代理店を構えていることが背景にあると考えられる。
「その商品は売っているがお前の国には売ってやらない」「お前の国にも売ってやるが割高の値段で」という状態はユーザーから「おま国」「おま値」と揶揄され、時代の流れに逆らった行為として多くの批判を浴びている。しかし、元来PCゲームといえば海外タイトルとアダルトゲームが大半を占めていた日本では、マルチプラットフォームが当然になった現在でもコンソールがゲーム市場の圧倒的なシェアを有している。マーケット規模を優先したパブリッシャーによるおま国タイトルは、増加の一途をたどっているのが現状だ。
また、世界的なPCゲームの普及に呼応するかのように、国産ゲームのPC移植も盛んになってきている。しかし、その多くはおま国タイトルであり、日本のゲームなのに日本のユーザーは購入できないという珍事がまかり通っている。こうした事態を受け、一部のパブリッシャーでは改善傾向にあるが、海外のPCゲーム市場のみを視野にいれる企業をはじめ、アナログ販売を取り巻く強大な力がデジタル販売へもたらす圧力は依然として消えないようだ。活発な低価格競争が阻害されるだけでなく、消費者からマルチプラットフォームという自由な選択肢が奪われると問題視されている。
ゲームのデジタル販売は、パッケージの製造や流通にかかるコストをカットすることで劇的な低価格化をもたらしたが、その一方でビジネス形態の変化は大波となって業界全体に押し寄せている。地域による価格変動や販売規制をめぐる議論が尽きないなか、欧州で提案されたデジタル単一市場戦略。EUは今、変化を乗り越えてデジタルマーケットの新時代を迎える過渡期なのかもしれない。おま国のない世界の到来と、抗えない波に真っ向から挑戦するクヌート王の再来を期待したい。