先日、アメリカ・オースティンで開催されたe-Sportsの祭典「DreamHack」で、『Hearthstone』のトーナメントに出場したアフリカ系アメリカ人選手へ向けられたTwitch内のコメントが、人種差別的な表現に満ちていたとして大きな問題に発展している。本件に関して、『Hearthstone』の運営元であるBlizzard Entertainment(以下、Blizzard)は、海外メディアの取材に対して公式声明を発表。ライブイベント中にプレイヤーが直面する人種差別や性差別に満ちた嫌がらせ行為に対して、Twitchとの連携に基づいた対応策を講じていく姿勢を明確にしている。こうしたコメント欄の悪用はTwitchの利用規約で固く禁じられているが、団体・個人の配信にかかわらず差別発言は後を絶たない。特に、今回の大会では、モデレーターの対応が追いつかないほど大量の問題コメントが押し寄せたとのことで、事態は深刻さを増している。
レイシズムとヘイトスピーチであふれたコメント欄
「DreamHack」公式チャンネルの中で、Twitchのコメント欄が差別主義に染まったのは、『Hearthstone』トーナメントにアフリカ系アメリカ人のTerrence Miller選手(通称、TerrenceM)が登場した時間帯。有色人種を蔑視する発言や、人種差別的な絵文字が大量に投稿された。コメント欄を監視・管理していた複数のモデレーターは即座に対応に乗り出したが、急な増員も虚しく配信はレイシズムの波に飲み込まれたようだ。その後、Miller選手は決勝まで勝ち進み、惜しくも優勝は逃すも選手インタビューで大いに脚光を浴びた。しかし、その間もコメント欄は差別発言で埋め尽くされ、運営側にも制御不能の状態に陥っていたという。もちろん、心ない書き込みの数々はMiller選手本人の目にも届いている。
業界メディアPolygonによると、大会当日は10人程度のボランティアスタッフがモデレーターとして離れた場所から配信を管理していたとのこと。自身も『Hearthstone』プレイヤーで、Miller選手の友人でもあるモデレーターの一人、Carling “toastthebadger” Filewich氏は、当時の状況を次のように振り返っている。「Twitchの利用者なら、こういうイベントが人種差別主義者や性差別主義者、憎しみに満ちたコメントを誘引してしまうことは誰もが知っています。しかし、まさかここまで酷い事態に発展するとは誰も予想していなかったでしょうね。Terrenceが勝ち進むにつれて、状況が悪化の一途たどるのは明白でした。その時点でさらなるモデレーターが増員されました」。
しかし、急ごしらえのチームということもあり対応方針は統一されておらず、十分な意思疎通ができない状態で、あらかじめルールを設定していなかったことが裏目に出たようだ。中には野次馬根性で騒動を楽しむモデレーターもいたという。「見たことない名前の人も何人かいました。問題を引き起こしていたのは、そういう人たちです。ルールがなかったことで互いに摩擦が生じていました。R9K(反復的なスパム投稿をブロックする際に便利なTwitchのMod)が起動していたと思ったら誰かが切ってしまったり、スローモード(ユーザーが数秒毎にコメントすることを規制する機能)もオン・オフに切り替えられたり、その間隔が変更されたり。モデレーターの大半は自分が最善だと思う処置を取っていました。混乱を煽っていたのは残りの数人です」。
一方、不特定多数の心ない視聴者から標的にされたMiller選手も、今回の嫌がらせについて胸の内を明かしている。「酷くなるとは思っていたけど、ここまで悪化するとは思いませんでした」。幸いにも、試合中や選手インタビューの最中に本人が惨状を目にする機会はなかったが、直後にイベントの録画を視聴して事態の深刻さを目の当たりにしたという。「ちょうど両親からテキストメッセージを受け取っていたんです。“あなたのインタビューを観たよ。本当に頑張ったね”って。その時は、両親がフルスクリーンで視聴していてチャット欄は見ていなければと、ただ祈るばかりでした」。しかし、そんな彼の想いとは裏腹に、心ないコメントの数々は家族の目にも届いていたという。「私は気にしません。だけど応援してくれる人や気にかけてくれる人たちが目にしたら、さぞ傷つくだろうということは分かります」。その言葉からは家族やファンに対する深い思いやりがうかがえる。
Terrence Miller氏はニューヨーク在住で、会計士を目指して勉強中の21歳。カードゲーム歴は10年で、『Hearthstone』はオープンベータテスト期間の2014年1月からプレイしているという。これまで参加してきたライブ競技イベントでは、今回のように直接敵意を向けられたり、人種差別的な扱いを受けたりすることは一度もなかったと語っている。「(DreamHack会場では)みんな超親切でした。“本当に大したもんだよ”“君のプレイにマジ感動した”ってみんなが私を祝福してくれました。あそこにいる間に直接嫌なことは何も起こらなかったんです。Twitchのチャット欄であんなコメントをする人たちの大半は、面と向かっては言わないんじゃないかって思います。もちろんネットとリアルでは、事情は大きく異なるでしょうが」。
TwitchとBlizzardが対応に乗り出した背景
一連の騒動を受けて、BlizzardはPolygonの取材に対して公式声明を発表した。同社の社長、Mike Morhaime氏が、今回の出来事について遺憾の意を表するとともに、Twitchと連携してプレイヤーに対する同様の嫌がらせ行為への対応策を講じていくことを明らかにした。「先々週末、オースティンのDreamHackイベント中に、一部のオンライン視聴者が憎しみに満ちた侮辱発言を行っていたことは、誠に遺憾です。弊社の企業価値の一つに“Play Nice; Play Fair;”(仲良く遊ぶフェアプレイ)とある通り、レイシズムやセクシズム、ハラスメントをはじめとしたいかなる差別行為も、ゲームコミュニティの内外に関わらず許容されるべきではないと感じています」とのこと。
続けて、ライブイベント中に起こり得る同様の行為に対処するために、Twitchや「DreamHack」といった提携先はもちろん、プレイヤーやストリーマー、モデレーターにコンタクトを取り、改善に向けて各々が何をすべきかについてのコンセンサスや協力を求めたと説明している。また、そのために現在、モデレーションの効率化やBANの抜け穴対策に向けてTwitch社が準備中の実験プログラムついて調査しているとも述べた。加えて、同社のコンテンツをめぐるチャット体験を改善するために、e-Sportsの大会におけるパートナーポリシーを改定する予定であると明言している。
こうした背景には、Twitchのガイドラインを無視した暴言や嫌がらせが、当然のものとして蔓延っているという現状がある。著名なストリーマーの中には、フォロワーを煽って無法者を演じることで知名度を高めようとするユーザーもいるといわれており、影響力が高い一部のコミュニティが悪習の定着を助長していることは否めない。また、問題が指摘されているのは人種差別的なコメントに限らない。女性配信者はたびたびミソジニーの標的にされる。今回の「DreamHack」にモデレーターとして参加したFilewich氏も例に漏れない。以前に友人のチャンネルのチャット欄を管理していた際、規約に違反した視聴者を一時的に強制退室させたところ、レイプをほのめかす逆恨みのメッセージが個別に送られてきたという。
Twitchのみならず、ライブ配信サービスにおけるヘイトスピーチや嫌がらせ行為は決して珍しいことではない。Twitch社は、嫌がらせ行為を減らすために新たな解決法を模索中としているが、ストリームのモデレーターを配信者に一任しているのが現状だ。もちろん、「DreamHack」のような大規模イベントの配信サポートには、モデレーションチームの提供も実施している。しかし、今回の大会運営側は、そうしたサービスを上手く活用できていなかったと見られる。なお、Twitchの利用規約では、人種・民族性・性別認識・性的指向・年齢・宗教・国籍に基づいた差別や嫌がらせ、ならびに暴力を助長もしくは奨励するいかなるコンテンツも禁じられている。
一方で、Twitchの現行ガイドラインでは、常習化したチャット欄の悪用を完全に撲滅することは念頭に置いていない。嫌がらせはまず“無視する”ことが推奨されている。違反者の書き込みが配信者の目に入らないように設定することもできる。また、禁止ワードを登録すれば、視聴者は指定された単語をコメントできない。しかし、文字の間に記号を挟むなど、いくらでも抜け道はあるため効果は薄いといえる。そのほか、悪意のあるユーザーを10分間強制退室させたり、チャンネルからBANしたりもできるが、別のアカウントを作成すればでいくらでも入室可能なことに加えて、他のチャンネルへ移れば自由に振る舞えてしまうのだ。有料でサブスクリプションしたユーザーのみがコメント欄に書き込める設定も存在するが、Twitchガイドラインでは特例を除いて推奨していない。大会配信となれば尚更だ。
もちろん、現状を打開するためにTwitch側も対応に乗り出している。同社の広報担当者はPolygonに対して、「チャット行為への現行アプローチでは、配信者にツールとガイドライン、チャンネルの秩序を保つ自治権を提供しています。今回の事例では、配信側が問題行為を完全に防止できなかった一方で、Twitchには配信者とプレイヤーに快適な環境を提供する責任があります。こうしたことから現在、認識を高め問題を緩和するための新たなツールとプロセスを吟味しており、違反チャットを通報されたユーザーに対しての対応を継続していく所存です」とコメントした。Miller氏が語ったように、大半のユーザーはネットという匿名世界に限って、ディスプレイ内の“同じ人間”に抵抗なく毒牙を向けるのだろう。オンラインが日常と化した今こそ、コミュニケーションツールの使い方を見直す必要があるのではないだろうか。