音楽や映画における違法コピーの蔓延のみならず、PCゲームの海賊版とそれを防ぐコピーガードの争いは、これまで終わりなきイタチごっこを続けてきた。新作タイトルはクラッカーによってことごとく防壁を突破され、発売日を待たずして海賊版が出回る始末だ。しかし、そんなクラッカーが跋扈する大海賊時代にも陰りが見えてきているようだ。近年、新たに導入され始めたコピー防止技術「Denuvo Anti-Tamper」が、これまで容易だった違法コピーを急速に困難にしているとして、ゲーム業界で大いに脚光を浴びている。日々改良を重ねる堅固な牙城は、数年後には世界から海賊版ゲームが消え去るのではないかと、クラッカーから危惧されるほど。中国で悪名高いクラッキングフォーラムに漏れる嘆声から、PCゲームの違法コピーをめぐる現状に迫る。
Dragon Ageの1か月戦争、Denuvo陥落
「Denuvo Anti-Tamper」は、オーストリアに拠点を置くソフトウェア会社Denuvo Software Solutions GmbH(以下、Denuvo)が開発した改ざん防止技術。ゲームソフトを特定のユーザーアカウントと紐付けることでコンテンツの無制限な利用を規制するデジタル著作権管理(通称、DRM=Digital Rights Management)とは異なり、Valve CorporationのSteamライセンスマネージメントシステムやElectronic ArtsのOrigin Online Accessといった、既存のDRMソリューションそのものを保護するようデザインされている。デバッグ作業や逆行分析、実行ファイルの改ざんを防ぐことで、DRMをバイパスできないようさらに強固な守りを提供するのが目的だ。そのため、DRMを組み込まれていないゲームに対しては何ら意味をなさない。
相対費用の観点からそれほど幅広くは普及していないが、「Denuvo Anti-Tamper」はこれまでに『Dragon Age: Inquisition』をはじめ、『FIFA 15』『Lords of the Fallen』『Battlefield Hardline』『Batman Arkham Knight』『Mad Max』『METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN』『Just Cause 3』と数々のAAAタイトルに使用されており、その都度メディアの注目を集めてきた。
しかし、その防壁は決して永久不変というわけではない。2014年12月1日、中国のクラッカー集団Warezグループ(通称、3DM)が、それまで難攻不落とされた64ビット版「Denuvo Anti-Tamper」を破ったと伝えられた。これにより『FIFA 15』や『Lords of the Fallen』を守っていた牙城は揺さぶられ、結果的に『Dragon Age: Inquisition』の海賊版が世に出回ることになったとみられる。いくら防備を固めてもクラッカーたちは硬軟織り交ぜてそれを突破してしまう。無駄骨に終わるイタチごっこのように見えるが、Denuvoの真の強みは『Dragon Age: Inquisition』を1か月近く守りぬいたという実績と、その先に続く果てしない革新にある。
後に、業界メディアEurogamerの取材で、Denuvoの関係者は次のように語っている。「保護されている全てのゲームはいずれはクラックされてしまいます。例えば、FIFA 13のコピー防止は破られるまでに13日要しました。FIFA 14の際はシステムを向上させ、クラックに46日もかかりました。FIFA 15にいたっては、さらなる強化を施したおかげでクラックされることなく90日が過ぎようとしています。つまり、イノベーションを持続させることで我々は一歩リードし続け、消費者の知的財産を守れるのです」。重要なのは破られないことではなく、クラックされるのを可能な限り遅らせることだという。それこそがDenuvoがクラッカーに突きつけた反撃のカードなのだろう。
余談になるが、海外フォーラムを中心に一部の消費者から、「Denuvo Anti-Tamper」は膨大な量のデータを書き込むためにSSDの寿命を減らしてしまうとの苦情が一時期寄せられていたが、Denuvoはこれを根拠の無いデマであると完全に否定している。「弊社の改ざん防止技術はゲーム作動中にハードドライブに対して何らかの読み書きを実行することはありません。セキュリティーの観点から全くの無意味でパフォーマンスに悪影響を及ぼすだけですから。実際、ゲームパフォーマンスに悪影響は一切ありませんし、ハードウェアにさらなる負荷をかけることもありません。それがクライアントであるデベロッパーやパブリッシャーから求められる最重要課題の一つだからです。購入ユーザーがAnti-Tamperの影響を受けることは皆無です。我々は海賊版を防ぎ、遅らせているに過ぎません」と、Eurogamerに対し断言した。なお、Denuvo公式サイトのFAQセクションにも同様の説明が明記されている。
Just Causeの悪夢、逆襲のDenuvo
昨年11月30日にスクウェア・エニックスから発売されたアクションアドベンチャー『Just Cause 3』は、海賊版を待ち望むアングラ住民の希望虚しく、今だにコピーガードが破られていない。それどころか、怯むことのなかったクラッカー集団を絶望の淵に追い詰めている。著作権に関する情報を扱う海外メディアTorrentFreakによると、クラッカー集団3DMのフォーラム創設者である通称“Bird Sister”(またの名を“Phoenix”)が、『Just Cause 3』のガードを破れないフラストレーションを同フォーラムで赤裸々に綴っている。
「最近、Just Cause 3のクラック状況について尋ねる人が多いのでズバリお答えします。最終ステージが困難を極めていてJun(担当クラッカー)は諦めかけています。だから先週水曜日に続けるように励ましておきました」。技術の抜け穴を掻い潜ってきた歴戦の海賊団も、破れば破るほど厚さを増していく巨大な壁に疲弊の様子を隠せないようだ。彼女はさらに、「それでもこのゲームは割れると信じています。だけど近年のエンクリプション技術における発展の流れを見ていると、2年後には世界から無料のゲームがなくなるんじゃないかって不安になります」と付け加えた。彼らの心に植えつけたこの焦燥感こそが、約1年前にDenuvoが語っていた持久戦の要だったのだろう。
ちなみに、2014年12月に「Denuvo Anti-Tamper」が破られた際、3DMはすでにクラッキングのプロセスに難航の色を見せていたのかもしれない。その際、クラッキングに成功しつつも、異なる多様なコンピューターハードウェア情報を集める必要がある旨を強調する書き込みをフォーラムに残している。これはDenuvoの技術が、各ハードウェアにインストールされたシステムごとに生成される個別の暗号鍵を用いているためとされているが、Denuvoの企業秘密のため詳細は不明。つまるところ、クラック行為はハードウェアごとに固有であり、完璧な抜け穴を生成するには多種多様な環境の情報を集積しなければいけないということだ。
Denuvoは以前、Eurogamerに対して、「現状にこの上なく満足しています。PCゲームのほとんどが遅くてもリリース日にはクラックされ海賊版が出回っていたことを考えれば、数週間でも数か月でも100パーセント海賊版のない状態を維持できるなんて、ゲーム業界史上前代未聞といってもいいでしょう」とコメントしていた。今後、この前代未聞が当たり前になり、クラッカーにのしかかる労力と時間が結果に見合わないものになった時、もしかしたらPCゲームの海賊版は本当にこの世界から姿を消すのかもしれない。海賊が跋扈する時代はまもなく終焉を迎えるのだろうか。救世主Denuvoの戦いは終わらない。